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第95話 幼馴染達への報告

「……意外だな。正直、もっと言われるかと思った」


 愛梨と一緒に登校したのでクラスメイトから問い詰められるかと思ったのだが、多少冷やかされるだけだった。

 あまりにもあっさりし過ぎているので気になって尋ねてみたのだが、多くのクラスメイトから呆れの目と言葉をもらっている。


「文化祭であれだけ見せつけられたからな。むしろ今更だろ」

「もうお幸せにとしか言えないからね……」

「あれは間に入り込む気すら起きないというか、入ったら二ノ宮さんに怒られそうだ」

「二ノ宮さんって九条君以外の人と話す時はこれまでと変わらないみたいだし、特別扱いだよねぇ」


 夏休み明けから一ヶ月間、愛梨と頑張った成果だと思えばこれくらいの小言は気にならない。

 むしろ話しかけてくる人達からは呆れや羨みの感情こそ向けられているが、それに悪感情はこもっておらず世間話の延長だと言うのが分かる。


(これだけで済むなら大丈夫だな)


 彼らと話をしながら、大事にならなくて良かったと心の中で安堵(あんど)した。

 




「いろいろ迷惑を掛けたけど、正式に恋人になった。協力してくれてありがとな」

「ありがとうございました」


 文化祭の片付けを終わらせてからの昼飯には、一真と百瀬が同席している。

 愛梨と二人きりではない事を申し訳なく思うが、彼女は気を悪くしていない。

 むしろ「私もお礼を言いたいので、気にしないでください」と言われたので、お言葉に甘えさせてもらった。


(ホント、一真と百瀬には頭が上がらないな)


 二人がいなければ湊と愛梨が文化祭で一緒にまわることは難しかっただろうし、元から親しい関係とはいえ僅か一ヶ月という短い期間で距離を縮めることは出来なかったはずだ。

 毎日では無いにせよ湊達に付き合ってくれたのには感謝の言葉しかない。

 なので深く頭を下げたのだが、一真と百瀬の顔は呆れきっている。


「お礼を言われる事は嬉しいんだがな。俺達からすればようやくだぞ」

「ホントだよ、長かったねぇ……」

「それについては否定出来ないな」


 一真達は随分前から湊の好意に気付いていたので、ようやくという言葉に反論は出来ない。

 苦笑を返すと、責めるような目をしながら一真が口を開く。


「夏休みどころかその前の時点で二人共好意を持ってるくせに、片方は気付かないフリしてるし、片方は肝心な事を言わないし……。事情が事情だから理解は出来るんだが、愚痴を言いたくもなるぜ」

「急にいちゃついて、しかもそれを本人達は自覚無しなんだから呆れもするよ……」

「その……、ごめんね。悪気は無かったの」


 よほど物申したかったのか、一真達の文句は止まらない。

 悪気は無かったものの、迷惑を掛けてしまった負い目があるのでここは大人しくしておくべきだろう。

 (しばら)くあれこれと言われていたがようやく落ち着いたようで、一真達がいつもの明るい笑みを浮かべた。


「まあ、なんだ。おめでとう、これからも仲良くな」

「もちろんだ」


 あくまでも恋人になったというだけで、これからも学校生活は続いていくし、彼女との暮らしもまた同じだ。

 喧嘩をするつもりは無いが、どうしても譲れない事はあるだろう。

 その時はしっかりと話し合っていくつもりだ。それは狭い六畳半の家で過ごしてきたこれまでと何も変わらない。

 一真の言葉にしっかりと(うなず)くと、今度は百瀬が言葉を発する。


「恋人になって、何か生活は変化したの?」

「いいや、特には。なあ愛梨?」


 恋人になって初めての休日でも、湊達の生活は極端に変化しなかった。

 強いて言うなら、湊が愛梨に触れる事を躊躇(ちゅうちょ)しなくなった事くらいだろうか。

 けれど、そんな事を幼馴染に言うのは恥ずかしい。誤魔化すべく愛梨と目線を合わせると、にこりと気持ちの良い笑みを返された。


(あ、これ駄目なやつだ)


 愛梨がこういう笑顔をした後に発せられる言葉は必ず(ろく)なものでは無い。

 嫌な予感がしたが、止める前に彼女が言葉を紡ぐ。


「いつもと変わらないよ。湊さんが積極的になったくらいかな」

「え、湊君が積極的に!? 知りたい知りたい!」

「却下だ。お前達だって恋人事情を知られたくは無いだろうが」


 一真達が付き合ってから今まで、湊は彼らの恋人事情を深く知ろうとはしなかった。

 あれこれと聞かれるのは嫌だろうと思っての判断だし、幼馴染達の生々しい話などあまり聞きたくはない。

 それは二人も同じだろうと睨むと、百瀬がばつが悪そうな笑みを浮かべた。


「確かにね。……あれ、じゃあ付き合って無い時のいつもって何してたの?」


 これまで一真達には湊と愛梨が家でどのようにして過ごしているかは話していなかった。また、彼らも配慮してくれていたのか聞いてくることは無かった。

 けれど、付き合う前と変わらない生活だと口にした事で気になったらしい。

 どのようにして話を逸らすべきかと思考しているうちに、愛梨が前までの過ごし方を口にし始める。


「いつもは湊さんの横にくっついてるかな。頭を撫でて欲しくて寄り掛かると『仕方ないなぁ』って顔をするけど、撫でてくれるの。あと、私が疲れた時は膝枕してくれるんだよ。少し硬いけど、湊さんの体温が伝わってきて安心出来るんだ。……体温と言えば、前まで寝る時は一緒の布団で背中合わせに寝てたの。背中をくっつけると心臓の音が伝わってくるから、それを聞いてるとすぐに眠れるんだよ」


 愛梨の喋りは今まで一度も見た事が無いくらいの勢いだ。

 大量の言葉から伝わってくる愛情の大きさと、それを受けてのあまりの恥ずかしさに固まってしまう。


(隣でべた褒めされると、滅茶苦茶恥ずかしいんだけどなぁ……)


 途中で止めようかとも思ったのだが、彼女があんまりにも嬉しそうに話すので、その顔を曇らせるのであれば湊が我慢すればいいだけだと判断した。

 また、本人は気付いていないようだがその口から出る言葉はただののろけであり、生き生きと喋る彼女に対して一真達の顔がどんどん苦笑に変わっていく。


「後はーー」

「愛梨、よく分かったからそこでストップ。……ねえ一真、私もうお腹いっぱいなんだけど」

「安心しろ、俺もだ。というか、そこまでしておいて付き合ってなかったとか信じられねえよ。湊、お前はヘタレ認定だ」


 夏休みの間で露骨な好意を示され、けれど付き合ったのは文化祭なのだからそう言われてもおかしくは無い。

 けれど、こちらも情けない男にはなりたくないという意地があった。

 

「ヘタレは否定しないが、家に居る時だけ恋人として振る舞って、外ではただの知り合いにしてくれって男の方から言うのは情けないだろ? だから文化祭までで愛梨との距離を近づけたんだよ」

「そう言われたら男としては納得出来るが……。そりゃあ今までと生活が変わらない訳だ、納得したよ」

「恋人っていうか、もう夫婦だよね、それ」

「夫婦って……。ふふっ」


 一緒に住んでいるどころか同じ布団で寝ているのだ。そう言われてもおかしくはないだろう。

 百瀬の言葉に頬が熱を持ってしまうが、湊よりも愛梨の方が酷く、湯気が出そうなくらい真っ赤になっている。

 ただ、恥ずかしがりつつも嬉しさの方が多いのか、ふにゃりと頬が緩み切っているのでとても可愛らしい。

 湊はこういう姿をある程度見慣れているので動揺を抑える事が出来るが、他の人は見た事も無い愛梨の姿に完全に固まっている。

 今までなら愛らしい態度を咎めていたが、もはやその理由は無いので好きにさせていると、百瀬がじとりと睨んできた。


「湊君、彼氏なんでしょ。あれを止めて、被害がでかすぎる」

「……まあ、確かにな。愛梨、嬉しいのは分かるが抑えてくれ」

「どうしてですか? 湊さんは嬉しくないんですか?」

「いや、嬉しいけどさ……」


 幼馴染に注意されると止めるしかなくなるので声を掛けたのだが、「どうして責められているのか分からない」と言いたげに可愛らしく小首を傾げられた。

 その無邪気な姿を見て、止めようとした湊の心が痛む。正直、二人一緒に居る事が当たり前だと言われているようで湊も嬉しいのだ。

 愛梨を止める言葉を口に出せないでいると、一真達が呆れ顔になる。


「駄目だこれ。バカップル認定だな」

「だね」





 付き合ってから最初の放課後。これまで湊達が一度もやっていなかった二人での夜飯の買い物に来ている。

 前まではこうして買い物に行ってしまうと大事になると思って、バイトがある時は愛梨、無い時は湊が買い物に行っていた。

 別に一人でも寂しいと思った事は無いが、二人での買い物は付き合っている実感が持てて心が弾む。

 隣の愛梨も同じなのか、機嫌良さそうに微笑んでいる。


「こういう事が遠慮なく出来るのも付き合って嬉しい事ですね」

「そうだな。デートじゃないけど、一緒に暮らしてるって実感出来るよ」

「ふふ。一緒にスーパーへ買い物なんて、今日の昼に紫織さんが言っていたように恋人どころか夫婦みたいですけどね」


 愛梨の言葉は嬉しいが、湊はまだ結婚できる歳でも無いし、学生結婚は責任が取れないので考えていない。

 それに単純に恥ずかしいので、頬が熱くなっているのを自覚しつつも彼女を咎める。


「まだ俺達は恋人だろうが。……恋人にしては距離が近すぎるけどな」

「ふふ、どんなに近くても『まだ』恋人ですからね、仕方ないです」


 わざと誤魔化した部分に愛梨が目ざとく気付き、「まだ」と強調した。

 その顔は湊が有耶無耶にした事を嫌がっているようには見えず、いつかの未来を思いながら頬が緩んですらいる。

 当然のように受け入れてくれるのには嬉しく思うが、蒸し返すつもりは無いので話を逸らす。


「愛梨、卵あったっけ?」

「いえ、もう無くなりますね。ちょうどお一人様一個限りで安いので二つ買いましょうか」

「だな、二人での買い物はこういう利点もあるのが嬉しいところだ」


 スーパーでの買い物は偶にこういう風に個数限定で安くなるので、二人ならばかなり得が出来る。

 このために付き合ったという訳では無いが、これもメリットの一つだとお互いに笑い合った。


「卵をいっぱい買いますし、卵料理にしましょうか。何かリクエストはありますか?」

「そうだなぁ……。だし巻き卵とかどうだ?」

「いいですね。じゃあそれだけじゃなくて――」


 二人で晩飯のメニューを考えながら行う買い物は、何も特別な事をしていないにも(かか)わらずとても楽しかった。



(結構買ったなぁ……)


 買い物を終え、後は袋に詰め込むだけとなる。折角二人で来たのだからとお徳用品をいくつも買ったせいか、大き目の買い物袋が二つになってしまった。

 とはいえこれくらいなら湊一人でも大丈夫なので、まとめ終わった袋を両手に持つと愛梨がこちらに手を差し出してくる。


「湊さん、買い物袋を一つください」

「いいよ、荷物持ちくらい俺がやるって」


 こういう時くらい男を見せなければと意気込むと、愛梨がなぜか呆れ顔になった。


「気遣ってくれるのは嬉しいんですが、そうじゃないんですよ。いいから、一個ください」

「……分かったよ」


 湊だけに持たせるのがよほど嫌なのだろうかと思い、軽い方を渡した。

 愛梨はそれを受け取った後に、買い物袋を持つ手とは反対の方をまた差し出してくる。

 まさか二つとも持つ気なのかと首を(かし)げながら口を開く。


「何で?」

「ああもういいです。この鈍感」


 湊の態度の何かが(しゃく)に触ったのか、愛梨が文句を言いつつも空いている手を強引に握った。

 そこまでされて、ようやく湊にも先程の行動の意味が分かった。確かにこれは責められても文句は言えない。

 申し訳なさで眉を下げながら愛梨に謝る。


「気付かなくてごめん」

「本当に女心の分からない人なんですから。帰りますよ」

「ああ」


 拗ねながらも繋いだ手を離すまいと、しっかり握る愛梨が湊を先導する。

 先程の事をそこまで気にしていないのか、スーパーを出ると彼女の機嫌はすぐに戻った。


「いいですね、こういうの」

「そうだな」

  

 夕暮れ時を買い物袋をぶら下げて、手を繋いで歩く。

 恋人になっても湊達の間には多くの会話は無い。

 けれど、話さずとも心が繋がっているような気がして、小さく温かい手をしっかりと握り返して家に帰った。

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― 新着の感想 ―
[一言] あかん、このバカップルに歯止めがなくなって学校でも砂糖を吐かせ続けるテロリストになってしまった
[良い点] バカップルにバカップル認定されおった [一言] 告白するまでが恋人同士で、告白後は夫婦になることだった?(混乱
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