第80話 湊の見た目
湊、一真、拓海、そして雨宮と珍しい四人で集まった次の日の日曜日。
昨日の湊の呼び出しに集まってくれたお詫びという事で、一真、拓海と出掛ける事になった。当然ながら雨宮とは一緒に遊ぶ仲では無いので呼んでいない。
昼過ぎに湊が出掛ける準備していると、なぜか愛梨も準備し始めた。
事細かく聞くつもりは無いものの、普段であれば家で大人しくしている彼女が買い物以外で出掛けるのは本当に珍しい。思わず疑問が口から零れる。
「あれ、愛梨もどこか行くのか?」
「ええ、まあ……」
湊の言葉に愛梨は歯切れの悪い反応を見せた。顔も嬉しいような、気まずいような苦笑だ。
そんな表情をしてまで出掛ける準備をしているのだから、行きたくないのだろうか。
「そんなに嫌なら別に無理しなくて行かなくてもいいだろ」
「いえ、行きたくないというか、行くのが怖いというか……。湊さんに心配を掛ける訳にはいかないので正直に言うと、彼女達とお出掛けです」
「彼女達って言うと……、ああ夏休みの買い物の時に会った愛梨の同級生か」
愛梨は湊達が浴衣を買いに行った際に出会った女子の一団と今からお出掛けらしい。
夏休み明けの初日に「遊びに行くかもしれません」と言っていたタイミングが今日のようだ。
そして、根掘り葉掘り聞かれる事が分かっているので、気が進まないのだろう。
とはいえ本当に嫌であれば断っているだろうし、物凄く微妙な心境なのだと思う。
その心の中を表すかのような、苦い顔で愛梨は口を開く。
「はい。『随分遅くなったけど、二ノ宮さんの話を聞きたいな!』なんて顔を輝かせて言ってきましたよ。別に彼女達が嫌いという訳では無いですが、疲れる事が分かっていながら出掛けるのは辛いです……」
「まあ、なんだ、頑張れ」
今回の件に湊がついていく事は出来ないので、せめてもの励ましの意味を込めて頭を撫でると、不満そうな顔つきで睨まれた。
「そういう湊さんは私を見捨ててどこに行くんですか?」
「おいおい、人聞き悪いな。今から一真と後もう一人の奴と遊びに行くんだよ。こっちもこっちで大変なのが分かってるから、気が重いんだ」
今日のお出掛けを言い出したのは一真だ。その時の表情はニヤニヤしたものだったので、どうせ碌な事にならないのはもう分かっている。
湊も同じ状況だというのが分かった瞬間に、愛梨の顔がいつもの平静なものに戻った。
「でしたら許してあげます。……でも私、帰ってきたら相当疲れてると思うので、その時は甘えていいですか?」
「ああ、遠慮するな。俺も疲れそうだし、その時は頼らせてくれ」
「はい、いっぱい甘えてくださいね」
湊の言葉でようやく笑顔になった愛梨と一緒に準備を再開した。
「……それで? 俺はどうして洋服屋に来てるんだ?」
一真が集合場所に指定したのは大型ショッピングモールだ。
そして、三人集合したとたん洋服屋に連れられたので、状況が良く分かっていない。
じっとりとした目で一真を睨むと、腹立たしいくらい気持ちの良い笑みを浮かべた。
「題して、湊を出来るだけ二ノ宮の隣に立てるように変化させよう作戦だ」
「お前は何を言ってるんだ」
意味の分からない長い題名を言われたので思わず突っ込んでしまったが、言いたい事は分かる。
平々凡々な湊を、出来るだけ愛梨の隣に立っても良いような見た目にするというのは正直有難い。
だが、その手の努力は昔に一度している。その時には一真も居たので、まさか分からないはずが無いだろうと再び彼に視線を向けた。
「……お前も分かってるだろ。俺はどんな服を着たって、どういう髪型をしたって平凡にしかならない。むしろ、変な事をすると悪化してしまう」
「ああ、分かってるさ。だから助っ人を呼んだんだよ」
「という訳で僕の出番だね。頑張るよ」
どうやら前回一真一人では駄目だったので拓海を呼んだようだ。
協力してくれる事は嬉しいものの、前に失敗しているのであまり期待は出来ない。
とはいえ折角なので、お願いしてもいいだろう。
「まあ、ほどほどによろしくな」
「任せてよ。じゃあ早速――」
そうして、男三人の服選びが始まったのだが――
「……難しいね」
「だろ?」
最初は意気込んであれこれと服を渡してきたが、それを続けていくうちに拓海の顔が曇っていった。
隣の一真はもはや諦め気味の顔をしている。
「バッサリ言っちゃうと、顔が普通過ぎるんだよね。どこにでも居る一般人みたいな」
「そのくせ身だしなみにはしっかり気を付けてるから、清潔感はしっかりあるんだ。あと髪型もだな。どうしてワックスを使って髪型を変えても普通にしかならないんだ……」
「やめろ、二人して俺を傷つけて楽しいか?」
二人共湊の髪と服装に文句を言ってくるが、もはや自分ではどうにもならないので止めて欲しい。そして、清潔感について湊は結構気にしている。
美男美女である一真、百瀬と昔から居るのだ。みすぼらしい恰好であれば一真達に迷惑が掛かるからと、自分に出来ることはやれるだけやっている。
その上でこの酷評なのだから、悲しみを通り越して諦めの心境にもなるというものだ。
とはいえ一真も拓海も真剣に悩んでくれているので、これくらいの軽口は流せる。単に一言くらい言っておきたかっただけだ。
湊の言葉に二人が一層顔を顰めて悩みだす。
「奇をてらうものは流石に似合わないし、かと言ってありきたりな物を選べば、これこそ普通って感じなんだよねぇ……」
「ある意味余程変なものでなければ着こなせるってのは凄いんだが、いかんせんパッとしないんだよなぁ……」
「二人共ありがとな。じゃあせめて、一番マシだと思うものを選んでくれないか?」
ここまでしてもらって何も決まらなかったとなると、頭を悩ませた二人に申し訳ない。
であれば、普通の見た目なりに普通の恰好をしようと思う。
そういう意味を込めてお願いすると、二人の顔にやる気が満ちた。
「おい拓海、ここで選べなかったら俺達は何だったんだってなる。意地でも見つけるぞ」
「うん、流石に自信満々に言っておいてこれは情けなさすぎるからね。本気も本気でいくよ」
「……本当に、ほどほどで頼むぞ」
火のついた一真達には湊の言葉は聞こえていないようだ。
結局、二人の服選びは結構な時間が掛かった。
「いやぁ、ホントにごめんね」
「いいさ、気にすんな。大体予想してたから」
服選びで結構な時間が経ったので、休憩がてら喫茶店に入っている。
あまり助けになれなかった事に拓海がしょげているが、湊の見た目はどうにもならないと割り切っているので、そこまで落ち込まないで欲しい。
慰めの言葉を掛けると、拓海は苦笑気味の顔をこちらに向けた。
「その言葉が心に痛いな……。まあくよくよしても仕方無い。結局見た目はこれ以上改善出来ないって事で、後は何か無い?」
「運動神経なんて今更良くはならん。勉強は出来る方だがそれだけだ。後は何か……無いな」
「あちゃあ……。駄目だね」
「だろ?」
拓海と二人してどうしようもならないと首を捻っていると、一真が口を開いた。
「まあ大丈夫だ。文化祭まで後一週間だし、その時に湊達が周囲を黙らせるだろ」
「変な事をするつもりは無いぞ?」
文化祭を愛梨と一緒にまわるとは決めているものの、具体的にどうするかなどは決めていない。
彼女と一緒に居られればそれでいいと思っていたのだが、一真の発言は湊達が何かをすることが決まっているような口ぶりだ。
大それたことをする気はないと言い返すと、彼はやれやれといった風に首を振った。
「これまでの流れからすると、お前らは絶対にいちゃつく。それで周りは何も言えなくなるさ」
「一真がそう言うってことは、普段の湊達はよっぽどなんだね」
一真の発言に拓海は目を輝かせた。普段見れないような湊達の姿を知れる事が嬉しいのだろう。
そんな態度に一真は爽やかな笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。
「ああ、どうせ拓海の耳にも入るだろうから、楽しみにしとけよ」
「もちろんだよ」
「お前ら……」
完全に湊と愛梨が何かをやらかす前提で話が進んでいるので、目の前の二人をじっとりと睨んだ。
けれど話を止める気は無いようで、ニヤリとした笑みを向けられた。
「まあまあ。何かちょっかいを掛けるつもりはないし、これくらいはいいだろ?」
「まあ、それくらいなら」
どうせ話題にはなってしまうのだ。であれば拓海の耳に入ってしまうだろうし、気にしない事にする。
その後くだらない話で盛り上がり、男三人での遊びを楽しんだ。
「疲れました、本当に疲れましたよ……」
「はいはい」
愛梨の帰りは湊より遅く、疲れ果てて帰って来た彼女はすぐに胡坐の上に座ってきた。
そのまま体重を湊に預けてくるので、それを受け入れつつ頭を撫でる。
湊の撫でる感触が気持ち良いのか、それとも出掛けた時の事を思い出したのか、愛梨が大きく溜息を吐く。
「ふぅ――」
「今日は一段とお疲れだな。そんなに大変だったのか?」
愛梨がここまで露骨に態度に出す事はかなり珍しい。であれば、今日のお出掛けは相当大変たっだのだろう。
湊の質問に彼女は体勢を変え、横向きになりつつこちらを恨みがまし気に見つめる。
「ええまあ、それは根掘り葉掘り聞かれましたよ。馴れ初めとか、普段どんな話をしてるのかとか……。もう圧が、圧が凄いんですって」
「予想はつくな……」
湊が見た彼女達の印象はかなり活発なものだったので、多対一で愛梨がたじたじになる姿が想像できる。
別に詳しく聞くつもりはないし、彼女の事は信用しているので会話の内容には触れない。
代わりに撫でる事に一層気を遣い、愛梨を労う。
「嫌では無かったんだろ?」
「そうですね。話す事自体は平気ですし、正直なところ友人が出来たことは嬉しいです。でも疲れることは疲れるんですよ……」
「だろうな。じゃあゆっくり癒されてくれ」
「はい、そうしますね」
そう言いながら愛梨は湊の胸に顔を埋めた。
この触れ合いにも多少は動揺せずにいられるようにはなったが、やはり心臓の鼓動は早まるし、慣れもしない。
暫く彼女は無言で撫でられるがままだったが、ふと何かに気付いたようで顔を上げた。
「そう言えば湊さん、彼女達と話している時にあの人――雨宮さんの話題になったんですよ。謝罪された人が居て、随分変わったって皆言ってました」
「ああ、そうなのか」
別に雨宮に謝りに行けと強制した訳では無いのだが、どうやら本当に迷惑を掛けた人に謝罪して回っているようだ。
その反応を見るに好感触であり、それならば湊の何の参考にもならない発言も多少は役に立ったのかもしれない。
とはいえ、愛梨にはあの時の会話など興味無いだろうと素っ気なく応えると、彼女が意地悪な笑顔になった。
「ちなみに、私のところにも随分前に謝罪してきましたよ。『九条先輩にお世話になった。これから大変だろうけど頑張れ』って言われましたが、何をしたんです?」
「別に何も。少しだけ話しただけだ」
嘘は言っていないし、あの会話は友人がするものではないだろう。
少なくとも湊はお世話をしたつもりもなければ、仲良くなったつもりもない。
正直に伝えると、愛梨は呆れた風な顔になった。
「……まあ、どうせ私の時のようにあの人の助けになるような事を言ったんでしょうね。本人がそれを自覚していないのが質が悪いですが」
「助けになるような事なんて言って無いぞ。『話し相手くらいにはなってやる』って言っただけだ」
完全に上から目線であり、何の助けにもならない言葉だと思うのだが、それを聞いた愛梨はやれやれと首を横に振った。
「それを助けと言うんでしょうに……。私達が大変だというのに、いつも通りお人好しですねぇ」
「……お人好しか?」
確かに湊達は大変だが、それで周囲を蔑ろにするつもりは無い。
雨宮は湊の友人という訳では無いが、他人の不幸をあざ笑う人は愛梨の隣に居るのにふさわしくないとは思うし、そもそもそんな事をするつもりなど無い。
あくまで湊が勝手にやっただけなので、「お人好し」と言われてもピンと来ないのだ。
なので、首を傾げて愛梨に尋ねると、じっとりとした目を向けられた。
「お人好しですよ、優しすぎます。そんな貴方だからこそ私は傍にいるんですが、こう……。もやもやしますね」
「雨宮に嫉妬してどうするんだ。こうして触れるのは愛梨だけだぞ」
湊が愛梨以外の人に優しくした事で嫉妬されたが、雨宮は男だし、こうして傍に居たいと思うのは彼女だけだ。
その思いを伝えると、愛梨の機嫌がすぐに良くなった。
「でしたら今日は許してあげます。さあ、どんどん私を癒してください」
「任せてくれ」