第68話 湊の評価
夏休みが明けて、相も変わらずの長い始業式とホームルームが終わった。
今日は特に授業も無く、午前中で学校が終わり、昼には帰れる。
生活リズムが崩れている訳では無いが、夏休み明けからすぐに授業を受けなくていいのは有難い。
そして、もう一つ昼に帰れる事に対しての有難さがある。
(予想してたけど、視線多いなぁ……。疲れる)
登校日以降、愛梨と出かけたのは買い物と夏祭りくらいだが、そのいずれかが見られていた可能性がある。
もしくは、あの時は広まっていなかっただけで、彼女とプールに行った事が知られたのかもしれない。
視線の細かい感情は分からないものの、嫉妬、羨望、値踏みといったところだろうか。
唯一の救いはクラスメイトからそれほど悪感情を向けられなかったことだ。
正直もっといろんな人に詰問されるかと思ったのだが、偶に話すクラスメイトからは羨ましがられつつも「何でお前なんかが」というような言葉は言われなかった。
一安心ではあるものの流石に辛いので、帰ろうと準備していると一真と拓海が近づいてくる。
「なあ湊、これからちょっと遊ぼうぜ」
「僕もいいかな? 湊の話を聞きたいんだ」
ゆっくりしたいという気持ちはあるが、クラスの中でも話す方である二人なら、そこまで気疲れすることもないはずだ。
それに愛梨に頑張ると言ったのだ。彼女と一緒にいて後ろ指を指されないようにするためには、今までのように他者とあまり話さないままでは駄目だと思う。
なので遊ぶのは構わないのだが、二人共予定は大丈夫なのだろうかという疑問が浮かんだ。
「一真、百瀬と帰らなくていいのか?」
「今日は無理だってさ、大方二ノ宮さんと一緒にいるんだろ。……メッセージアプリで聞くと相当大変な事になってるようだからな」
若干引いた笑みで一真が言った。
こちらが大事になっていないのは、おそらくだが地味で目立たない湊を周囲が見定めるために、観察に徹しているのだろう。
愛梨の方は今まで男っ気が無かったのに夏休み中、湊と一緒に居たのだ。有名人であるがゆえに様々な人に話しかけられて苦労をしているらしい。
彼女と「互いに苦しむ時は一緒だ」という約束はしたものの、今日は慰めることになりそうだ。
愛梨と触れ合うことへの嬉しさはあるものの、彼らの前でそんな感情を出す訳にはいかないので、一真の言葉に苦笑を返す。
「まあ、予想はつくな……。後で百瀬にありがとうって連絡しとくよ」
「紫織は好きで二ノ宮さんと一緒にいるから、湊がそこまで気にしなくていいぞ」
「分かった。拓海の方はいいのか? 俺達学校の外で一緒に行動するのは初めてだが」
拓海とは学校では話すものの、遊びに行くことは無かった。
つかず離れずの位置で、適当にくだらない話をするクラスメイトという風に湊は感じていたのだが、どういう風の吹き回しだろうか。
訝し気に拓海を見ると、彼は人好きのする笑みを浮かべた。
「いいも何も僕からお願いしたいくらいだよ。貴重な情報が得られるからね」
「あぁ、噂を早く確かめたいってことか」
「それもあるけど、純粋に湊と遊びたいって気持ちもあるよ? 湊は学校が終わるとすぐ帰っちゃうからね、ちょうどいいタイミングなんだ」
当事者から正確な情報を得たい為だけかと思ったが、どうやら違うようだ。
それに拓海の言い分だともっと前から湊と放課後に遊びたかったと言っているように聞こえる。
「意外だな、俺と遊んでも面白くはないぞ?」
「別に友達っていうのは、いつも笑えるような面白さだけで決めるようなものじゃあ無いと思うよ? これでも結構湊と仲良くしたいんだけど」
「変な事なんて言っていない」という風に拓海は首を傾げた。
湊は特に面白い話が出来る訳では無い。百瀬や一真は昔からの付き合いで気にしないでいてくれるが、他の人は湊と居ても面白くないだろう。
愛梨とは一緒に暮らしていても大笑いすることは無いが、彼女はそれが良いと言ってくれている。
だが、拓海とは約五ヵ月の間で多少話して名前で呼び合うくらいにはなっているが、それだけだ。
となると拓海が「仲良くしたい」という意図が見えない。
気を悪くさせたい訳では無いので、慎重に口を開く。
「こういう言い方は悪いとは思うが、何のメリットがあって?」
「……湊は自己評価と他人からの評価がずれてるのが問題かな。これはしっかり話す必要がありそうだね」
湊の言葉に拓海が苦笑した。自己評価はそれほど間違っていないと思うのだが、そんなにずれているのだろうか。
訳が分からずに一真を見ると、一真も一真で呆れ気味にやれやれと首を横に振っている。
「という訳で男三人で仲良く話そうぜ。行こう行こう」
強引に一真が指揮をとって教室を出ていくので慌ててついていく。
なんにせよ、これは周囲に認められる第一歩になるだろうと、ひっそり湊は意気込んだ。
男三人で来たのは全国チェーン店のファミレスだ。遊ぶと言った割には今日は話すだけらしい。
ドリンクバーと軽く三人で摘まめる物を注文し、三人それぞれが席についたところで拓海が口を開く。
「まずは湊の他人からの評価だね。湊はどう思われてると感じてる?」
「パッとしない地味な奴。お前達二人と並ぶと露骨だろうが」
そもそも見た目の時点で湊の周囲に居る人達とは違い過ぎる。
女子であれば可愛い系の百瀬、言わずもがな綺麗系かつレベルが段違いに高い愛梨。
男子であれば文句無しのイケメンである一真。彼程では無いせよ整っていて優し気な拓海。
ここまで見目麗しい人が多いなど、湊が何か前世で悪い事をしたのかもしれないと思ってしまう。
余計な考えをしだした思考を戻し、見た目の違いなど分かり切っているだろうと拓海を軽く睨むと苦笑を返された。
「まあ、見た目はね。と言っても別に露骨ってほどじゃ無いと思うけど。それでも意外と評価高いんだよ?」
「は? どこが?」
「まあ自分で言うのもなんだけど、僕に似ているタイプかな。前にも少し言ったけど話すときはしっかり対応してくれるし、不愛想でも突き放す訳でも無い。しかも聞いたら勉強を教えてくれるから『大人しいけど良い奴』っていうのが僕が知る限りの湊の評価だよ」
「……意外すぎるんだが」
湊の全く予想していなかった評価に目を見開くと、それを見た拓海が愉快そうに微笑んだ。
「それは湊が深く関わろうとしなかったからだよ。ちなみに顔についても悪い意見はあまり無いからね。それと、今日皆から問い詰められなかった事が不思議じゃなかった?」
「それは思った。否定的な奴が殆どいなかったのは正直拍子抜けしたくらいだよ」
「湊が二ノ宮さんと元々知り合いってのも大きいけど、湊ならまあ有り得そうだなっていう人が多かったかな。とは言っても羨ましがられるのは当然だけどね」
「嫉妬はまあ、仕方ないとは思うが……。もしかして、二ノ宮と出かけた際に俺に対して文句を言う人がいなかったのってそれが理由か?」
初めて愛梨を含め一真、百瀬と出かけた次の日。湊には多少の嫉妬の目線が向けられただけで、一真伝いで知り合ったと伝えたら特に文句も言われなかった。
あの時は百瀬と一真のおこぼれをもらっただけの男という評価を下されたのだと思ったのだが、違うのかもしれない。
「そうだね。湊と一年の時に一緒のクラスで話した人も居るし、そういう人からの評価は高めだよ。これで他人の評価は分かったかな?」
「……一応。とりあえず針の筵にならなくて一安心だ」
湊の評価が高かったのは意外だが、それが良い方向に働いてくれたようだ。
愛梨と一緒に居ても批判されないようにするにはどうすればいいかと結構悩んだのだが、案外先は明るいのかもしれない。
拓海の言葉に湊の心が軽くなると、それまでにこやかな表情をしていた彼の顔が曇った。
「……ただ、それは湊とある程度関わったことのある人に限定される。さっき言った事と矛盾してるけど、今や昔のクラスメイトを含む、湊をよく知らない人からは『なんであんな冴えない奴が二ノ宮さんと一緒にいるんだ』っていう評価をされてしまうだろうね。……実際、湊の噂を聞いて不機嫌になる人が居たよ」
「分かってる、覚悟の上だ。それに、クラスメイト全員に認められるとは思ってないさ」
拓海の言ったように、湊をよく知らない人からの評価はそんなところだろう。
それこそクラスメイトであろうと話さない人は居る。湊の性格であれば尚更だ。
そういう人からの評価は厳しめのものになるのは予想していたので、今日問い詰められなかっただけ良かったと思う。
けれど、愛梨が湊を必要としてくれて、湊の存在を肯定してくれるのなら、誰に非難されようとも湊が折れる訳にはいかない。
真っ直ぐ拓海の目を見て言うと、その顔に驚きが浮かんだ。
「正直、その反応は意外だったな。登校日の時には結構不安そうだったのに、どういう心境かな?」
「……秘密だ」
登校日の時は愛梨に迷惑が掛かる事を恐れていたが、今は彼女がそれでもいいと言ってくれている。
だが、多少話す間柄とはいえ拓海に事細かく言う訳にはいかない。
そう思って誤魔化したのだが、彼の表情が楽しそうなものに変わった。
「へぇ……。ねえ一真、これってもしかして、もしかする?」
「ああ、その通りだ。分かりやすいだろ?」
「おい一真! 裏切ったな!?」
湊の頑張りも空しく、一真があっさりと湊の気持ちを暴露してしまった。
想い人である愛梨には既に把握されているだろうからいいものの、拡散されては堪らない。
思いきり睨むと一真が申し訳なさそうに眉を下げた。
「バラして悪いな湊。でもこいつなら大丈夫だ、お前も薄々と分かってるだろ?」
「まあ、多少は信用してるが……」
拓海がもし口が軽い人であれば友人が多く出来る訳がない。
それが分かっているからこそ多少は構わないと判断してはいる。たが、実際のところはどうなるかは分からない。
おそるおそる拓海の顔を見ると、柔らかな笑みを浮かべている。
「無神経に聞いて悪かったよ。誰にも言うつもりは無いから安心して欲しいな」
「頼む」
「でも湊が二ノ宮さんをねぇ……。いくら二ノ宮さんに一番近い人って言っても壁は高いんじゃない? 僕が聞いた中だと雨宮達から守った、二ノ宮さんが湊と出かけてたっていう情報だけだし、警戒心の高い二ノ宮さんがガードを緩めるかなぁ……」
どうやらプールの件は噂として流れていないようだ。あれが知られると今日の視線どころの話では無くなってしまうので、バレていなくて本当に良かった。
そして、愛梨の男子への対応はよく知られているので、いくら彼女に一番近い湊でも付き合えるかどうか不安なようだ。拓海がほんのりと顔を顰めている。
「ガードねぇ……、あれ、湊に対してだけは豆腐――」
「おい一真、いい加減黙れ」
「え! なになに、聞きたい!」
呆れ顔の一真が更に余計な事を言いそうだったので遮って言葉を止めると、拓海が目を輝かせて湊を見てきた。
これ以上は言わせないし、いくら口の堅い拓海でも知られたくはない。
「秘密だ、何が何でも言わんぞ」
「む、そこまで言うなら仕方ない。今後に期待かな」
拓海はしっかりと湊の踏み込まれたくないという意思を汲み取ってくれたようで、あっさりと引いてくれた。
あとは口の軽い幼馴染への制裁だけだ。
「一真、余計な事を言った罰だ。コップを寄越せ」
「……まさか」
「さあ、何を混ぜようかなー」
「お、いいね! 僕も協力するよ!」
「おいお前ら!」
一真の言葉を無視して拓海と一緒にドリンクバーの飲み物を滅茶苦茶にブレンドする。
最初は渋っていた一真だが、余計な事を言ったという自覚はあるようで、しっかりと飲み干した。
「おぇぇ……」
ダウンした一真を尻目に、こうやって男だけで楽しむのも悪くないと思った。




