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第49話 穏やかな時間

 ウォータースライダーを楽しんだ後、一真と百瀬が競泳エリアで競争をしだしたので、愛梨と流れるプールに来ている。


「湊さん、なんで浮き輪なんて持ってるんですか? 私も湊さんも泳げるでしょう?」


 湊が持っている浮き輪が気になったようで、愛梨が首を(かし)げた。

 確かに二人共泳げるので必要ないと言われるのは分かるが、流れるプールだと割とメジャーな道具だと思う。

 とはいえ愛梨はプール施設が初めてなので、どういう用途で使用するか分からないのだろう。


「これはな、ちょっとした遊具みたいなもんだ」

「え? ただの浮き輪ですが」

「まあまあそう言わず。ほら、あっちで使ってる人がいるだろ?」


 湊が指差す方向を愛梨が見ると、女性が浮き輪の穴に腰を落として浮かんでいるのが見える。

 しっかり湊の言わんとしていることを理解したようで、彼女は感心するような声を上げた。


「ああ、なるほど。あんな風に使うんですね」

「というわけで、これは愛梨が使ってくれ」

「いいんですか?」

「……俺がああやって(くつろ)いでるところを見たいか?」


 それだけは有り得ない事だろうと思って愛梨をじっとりと睨む。

 ああいうものは湊には似合わないと思う。というか湊が寛いで愛梨に支えてもらうというのは情けなくて嫌だ。

 湊が浮き輪で寛いでいる姿を想像したのか、愛梨がおかしそうに笑った。


「ふふ、湊さんには似合わなさそうですね」

「そう言うことだ。さあ遠慮せずにどうぞ」

「はい、ありがとうございます」


 愛梨を浮き輪に乗せて、湊が浮き輪の(ふち)を支えてコントロールする。

 そうして二人で水の流れに任せてゆっくりと漂う。


 ビーチバレーやウォータースライダーのような激しい事は当然ながら起きない。

 浮き輪の縁を持っている為、愛梨の真っ白い肌が近くにある事を意識してしまって胸の鼓動が落ち着かないものの、家でいつも過ごしているような穏やかな時間だ。


「なんかいいですね、こういうの。落ち着きます」


 愛梨はかなりリラックスしているようで、柔らかく目を細めている。

 こういう過ごし方を気に入るだろうなとは思っていたが、やはりお気に召したようだ。


「こういうのもいいだろ?」

「はい、運動するのもいいですけど。こういうゆっくりした時間も好きです」

「……ああ、俺もだ」


 好き、という言葉に反応してしまい、一瞬だけ反応が遅れてしまった。

 とはいえ湊も穏やかな時間は好きだ。こんな時間がずっと続けばいいのにとすら思ってしまう。


「……こんな時間がずっと続けばいいのに」

「え?」


 ぼそりと愛梨が(つぶや)く。

 湊が(まさ)に思っていた事を彼女が言ったので思わず聞き返してしまった。

 口に出すつもりは無かったようで、一瞬で愛梨の顔が真っ赤になる。


「あ、あの、違うんです。他意は無いんですよ、本当です」

「分かってる、分かってるから。俺の考えを当てられた気がしてびっくりしただけだよ」

「……湊さんもそう思ってくれたんですか?」


 愛梨が嬉しそうに顔を(ほころ)ばせる。

 そういう顔をされると勘違いしてしまいそうになるので止めて欲しい。

 彼女はただ単に穏やかな時間が好きだと言っているだけだろう。


「ああ、いつも家にいる時みたいだろ?」

「そういう事ですか……」


 湊が内心の動揺を誤魔化しながら言うと、愛梨が嬉しそうな顔を引っ込めて呆れたような顔になった。

 なんのつもりなのか、湊に手で水を掛けてくる。


「おい愛梨、なにするんだ」

「うるさいです。全く、湊さんはこれだから」

「こら、止めろって」

「知りません。湊さんなんて顔に水が掛かってしまえばいいんですよ」

「む、ならこうすれば出来ないだろ」

「ひゃっ」


 湊の制止も聞かずに水を掛けてくるので、強引に手を掴んで止めさせると小さく悲鳴が上がった。

 今日は愛梨と手を繋いでいた時間が多かったものの、じっくり見るのはほぼ無かった。

 湊とは全く違う、女性としての柔らかさがありつつも、ほっそりしていて折れてしまいそうな手。

 なのにビーチバレーでは活躍していたので、こんな手でどうやってあれほどの働きが出来るのか気になってしまう。

 まじまじと眺めていると、愛梨から制止の声がかかる。


「あの、そんなに見られると恥ずかしいです」

「え、ご、ごめん!」

「……湊さんの、えっち」


 頬を薔薇色に染めながら睨まれたので、正直あまり迫力が無い。怒っているというより、恥ずかしさが全面に出てしまっている。

 しかも罵倒の仕方があまりに可愛らしいので、意地悪したくなってしまった。


「俺は止めてくれって言ったんだけどなぁ。じろじろ見たのは申し訳無いが、えっちってどんな想像したんだ?」

「な、何にも想像なんてしてません! 湊さん意地悪です!」

「ごめんごめん、俺が悪かったから」


 湊が弄ると湯気が出そうなくらい真っ赤になって愛梨が暴れ始めた。

 流石に周りに迷惑になるので必死に(なだ)めると、暴れることは無くなったものの、ふくれっ面をしながら湊を罵倒する。


「えっち、意地悪、ばか。湊さんなんてきら――うぅ、何ですか、もう……」


 愛梨の悪口を甘んじて受けていたが、急に大人しくなった。


「えっと、ホントにごめんな?」

「……許しません」

 

 よく分からないが、今が謝り時だろうと謝罪を口にしたものの、きっぱりと断られた。


「そこをなんとか」

「そうですねぇ。では私の言葉に正直に答えて下さい」

「……愛梨のそういうパターンは(ろく)な事にならないんだが」

「あーあ。私、湊さんに辱められました。傷ついちゃいましたよー」

「人聞きの悪い事を言うな!」

「ふんっ」


 愛梨はいかにも「拗ねています」と言わんばかりに湊の抗議に聞く耳を持たない。

 こうなったら彼女の言う事に従った方が良いだろう。


「何をご所望でしょうか?」

「ちゃんと答えて下さいね?」

「……ハイ」


 愛梨はにこやかな笑顔だが、薄ら寒いものを感じる。

 ここで湊が従わないと本当にどうなるか分からない。


「私の手、どうでしたか?」

「細いなあ、と思った」

「それだけですか? 正直にって言いましたよね?」

「綺麗だなというのと、柔らかそうだなとも思った。正直、見惚れてました」

「触りたいですか?」

「出来るなら。でも歯止めが効かなさそうだからやらない」


 あまりの恥ずかしさに湊の頬が熱を持っているのを感じる。

 ここまで言ってしまうと、もはや愛梨を意識してしまっていると暴露してしまうようなものだ。

 引かれていないだろうかと思って愛梨の表情をおそるおそるうかがうと、彼女が真っ赤な顔で微笑みながら湊を手招きした。

 顔を近づけると湊の耳元に顔を寄せてくる。


「いいですよ、湊さんなら。好きなだけ触って下さいね」


 色っぽく(ささや)かれた言葉に胸をかきむしりたくなってしまう。


「……愛梨、そういうことは冗談でも言うな」

「ふふ、ごめんなさい」


 注意したものの、全く悪びれていない笑顔で謝られた。

 湊の(よこしま)な感情すら受け入れるような笑顔をこれ以上直視できず、顔を水に浸けて熱を持った頭を冷やした。

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