第47話 負けず嫌いな愛梨
「さて、体も温まったことだし、バレーしようか」
とりあえず四人で軽く泳いで体を温めた後、百瀬がビーチバレーボールを持ってきた。
この施設にはスポーツも出来るスペースがあるので、折角だからやろうという事らしい。
だが、四人の中で一番運動に適さないと思われる格好をしている人がいる。
「待て、愛梨はワンピースだけど運動は大丈夫なのか?」
「しっかりと肩紐があるものですし大丈夫ですよ、運動しても問題無い物を選びましたから」
愛梨は柔らかく微笑んでいるので本当に問題無いのだろう。
ワンピースタイプのもので激しい運動をすれば目の毒になりそうではあるが、本人が大丈夫と言ったのでこれ以上は何も言えない。
そもそも泳ぐ前に視線なんて無視だと言っていたので、特に気にしていないのかもしれない。
「まあ、それならやるのは構わないが、チーム分けどうするんだ? 俺だけ運動能力足りないんだが」
百瀬、一真、愛梨の三人は運動神経抜群なので、湊だけが仲間外れになる。ぶっちゃけ言うなら足手まといだ。
こうなると湊のいるチームが負けになってしまう。
なので、チーム分けを相談したのだが、一真に「何言ってんだこいつ」というように呆れたような目を向けられた。
「湊は二ノ宮さんとに決まってるだろ。当然俺と紫織が一緒のチームだ」
「……は? 俺が一番下手だろ? だから入れ替わりながらチームを変更した方が――」
「ねえ湊君、愛梨の運動神経ってどれくらいか知ってる?」
「何だよ急に。運動は出来るって聞いてる。後は噂で運動神経抜群とは知ってるな」
「……抜群ってほどでは」
湊が最初に聞いた時は単に出来るとしか言わなかったものの、噂で流れてくるのは運動神経抜群という話だった。
本人が誇りに思っている訳では無さそうだったので今まで詳しく聞くことは止めておいたのだが、愛梨が頬をほんのり染めて強く否定をしなかったので、ある程度は事実らしい。
「ぶっちゃけ言うと湊君以外の三人の中だとダントツだね」
「へえ、噂には聞いてたが、二ノ宮さんってそこまで出来るのか」
一真は百瀬から詳しくは聞いて無かったのか、「良い勝負が出来そうだ」と言いたげな好戦的な笑みになる。
百瀬も隣にいる一真に負けないくらいのニヤリとした笑みを浮かべた。
「そうだよ一真、楽しみにしててね。という訳で、多分これで一番バランスが取れると思うよ。それに愛梨の相方は湊君がぴったりだと思う、なにせ湊君は――」
「紫織、それ以上はやってからのお楽しみだ」
「確かにね。じゃあ早速やろうか!」
「お、おい!」
湊の制止も聞かずに一真達がコートの反対側に行く。
一真達の行動を不自然に思ったのか、愛梨が怪訝な顔をして湊に尋ねてくる。
「あの感じだと湊さんってバレー出来るんですか?」
「いや、普通だぞ。一真や百瀬には勝てないな」
「でも何かありそうなんですが」
「さあ、俺にも分からん。なにせ一真達とこうやってスポーツするなんて久しぶりだからな」
「そうなんですか? まあいいです、とりあえずやりましょうか」
そうして試合が始まった。
「負けたー!」
とりあえず一試合終わり、結果はギリギリで湊達の勝ちだ。百瀬が悔しそうに眉を寄せている。
やはり愛梨の運動能力は凄まじい。一真達二人を相手にしながらも、全く引けを取らなかった。
試合中、ワンピースタイプの水着でビーチバレーは大丈夫かと改めて心配したものの、何も問題にしていない。
清楚で上品な水着を着た美少女がアグレッシブに動くのが映えるのか、たった一試合しただけで人が集まりだしている。
「やっぱり愛梨は凄いな、まさか勝てるとは思わなかった。ありがとな」
「いえ、湊さんのおかげですよ。紫織さんの言っていた意味が分かりました」
とりあえず一旦休憩を取り、座りながら愛梨に感謝を伝えるとにこやかに微笑みながら感謝された。
一真達の言っていた意味とは何だろうか。先程の試合などほぼ愛梨の一人試合だったので全く分からない。
「別に俺は何もしてないぞ。ほぼ全て愛梨の活躍だ」
「いいえ、湊さんが私を生かしてくれたんですよ。多分湊さんはそういうのが得意なんだと思います」
「そうか? 普通にやってるだけなんだが、意識したこと無かったな」
「湊は自覚が無いだけでチームプレーで光るんだよ。二ノ宮さんが言ってたようにサポートが得意な奴なんだ」
「だから愛梨と組ませた方が良いと思ったんだー」
罰ゲームで飲み物を買ってきた一真達が話に加わる。
どうやら二人共前から知っていたようだ。
「俺、全然知らなかったんだが」
「言わなかったからな。あとお前は誰かと一緒にスポーツなんてしないから誰も気づかないんだろ。体育の時もワザと目立たないようにしてるし」
「目立てるような力なんてないからな」
「俺や紫織が運動出来るだけであって、ほぼ全ての事をそつなくこなして他人のサポートが上手いってのは十分凄いんだがなぁ」
「でも、確かに湊君は目立ちにくいからね、仕方ないよ」
「うるさい、どうせ俺は地味だよ」
誰かの力になれると言うのは嬉しいが、結局のところ縁の下の力持ちだ。
別に不満ではないものの、表に立つ一真達に言われると釈然としない。
そっぽを向いて拗ねると、愛梨の柔らかい声が聞こえてきた。
「やっぱり湊さんは私の力になってくれるんですね」
「……まあ、一緒のチームだからな」
「ふふ、そうですね。ありがとうございます」
嬉しそうに愛梨に感謝されるとむず痒くなってしまう。
しかもバレーのことについて言っているだけなのに、愛梨の言い方は何か勘違いしてしまいそうだ。
彼女の態度に落ち着かなくなっていると、一真が溜息を吐いた。
「さて、休憩終わりだ。お二人さん、いちゃついてないで続きやろうぜ。次は勝つ」
「負けないからね!」
「いちゃついてなんかない。愛梨、やろうか」
「はい」
勝気な笑みをする一真達とバレーを再開する。こういうのも悪くないと思った。
「うぅ、悔しいです……」
それから数試合したが、ギリギリで負け続け、罰ゲームとして今度は湊達が飲み物を買いに行かされることになった。
隣の愛梨が繋いでいる手を振って、不満をアピールしてくる。
その態度は微笑ましいものの、結局のところ湊の力不足が出た形になってしまったので思わず苦笑してしまう。
「悪いな、俺の力不足だ」
「いえ、責めてる訳じゃ無いんですよ。次は勝ちましょうね」
「ああ」
家でゲームをした時もそうだが、普段表に出さないだけで愛梨はかなりの負けず嫌いだ。やはり負けっ放しは嫌なのだろう。
できる限りの事はしたい、彼女には笑顔が一番だ。
何か愛梨が頑張れるようなものが無いかと考え、一つ思いついた。
「折角だから、勝てたら何かご褒美をあげようか? 勝つとなると愛梨が活躍することになるからな」
「……本当ですか?」
急に愛梨の声のトーンが変わり、湊をジッと見てくる。
その目は恐ろしいくらい真剣で、思わず固まってしまった。
「湊さん、その話は本当でしょうか?」
「あ、ああ、俺に出来る事ならいいぞ」
「言質取りましたよ。ふふ、任せて下さい、ふふふ……」
暗く不気味に笑う愛梨に「これは軽率すぎたか?」と思ってしまった。
「勝ちました! やりましたね、湊さん!」
あれから愛梨は見違えるような動きをして試合に勝った。
湊のご褒美など大したことは無いと思うのだが、何かが火をつけたらしい。
感極まったのか愛梨は周囲に人がいるという状況も忘れて、満面の笑みで湊の両手を掴み、ブンブンと振っている。
「ちょ、愛梨、何するんだ」
「湊さん、勝ちました! 約束、忘れないで下さいね!」
喜色に染まった碧色の目が見つめてくる。
愛梨が笑顔になってくれるのは嬉しいものの、遠慮せずに全身で喜びを示すというのは彼女の見た目もあり視線を集めてしまうだろう。
心配になって目線だけで周りを確認すると、批難の声こそ無いものの、男性は羨ましそうな、女性は微笑ましいものを見るような視線を湊達に向けている。
気恥ずかしい気持ちになったことと、コートから出なければいけないこともあり、愛梨に落ち着いてもらおうと声を掛けた。
「愛梨、嬉しいのは分かるが落ち着け」
「ふふ、何にしましょうか。湊さんから何でもいいって言いましたからね」
「頼む、落ち着いてくれ!」
愛梨は興奮して全く湊の話を聞いてくれない。仕方が無いので少々強引に手を引きはがした。
すると、湊がどうしてそんな行動を取ったのか分からないようで、彼女はムスッとした顔になった。
「なんですか、湊さんから言ってきたんですからね」
「そうじゃない、そうじゃなくて、今の状況を確認してくれ」
「状況ですか? ……あ」
ようやく今の状況に気が付いたのだろう、湯気が出そうなくらい真っ赤な顔になった。
そのままおろおろと視線をさ迷わせて逃げる場所を探したようだが、そんな場所など無い。
慌てた愛梨は湊の手を引っ張ってコートから出て隅っこに行き、視線から逃げるように湊を盾にして背中に隠れてしまった。
「お、おい」
「ごめんなさい、今だけ、今だけですから。恥ずかしすぎて人前に出れません……」
「はぁ……。仕方ないな」
愛梨がぐいぐいと背中に体を押し付けてくるので、彼女の形の良い胸の感触がハッキリと分かってしまう。
ここで反応する訳にはいかないと必死に自分の体を抑えた。
動くわけにもいかないので暫くジッとしていると一真達がこちらに来た。どうやら後始末をしてくれたようだ。
愛梨が視線から逃げているのを見て一真が苦笑する。
「二ノ宮さんってあんなに感情豊かなんだな」
「すみません、すみません……」
愛梨は一真の指摘を受けて、謝りながら更に湊に体を密着させてきた。
話せる状態ではないので代わりに湊が一真達の対応をする。
「一真、茶化すな。それと後始末を任せて悪いな」
「いや、いいさ。それで、二ノ宮さんはなんであんなに本気だったんだ? 正直殺気すらあったぞ」
「一真達に負けるのが悔しいらしくてな。で、勝ったらご褒美をあげるって言ったらああなった」
「ご褒美って、何か条件付きでか?」
「ああ、俺に出来る事なら何でもって言ったぞ」
湊の言葉に一真達が大きく溜息を吐いた。
多少は湊の心臓に悪い事が起きるだろうと思ってはいるが、負けず嫌いな愛梨のモチベーションに少しでもなるならという判断に間違いはないだろう。
おかしな事など何も言っていないと思ったのだが、一真達がジットリとした目で湊を見てくる。
「まあ、そう言われたら愛梨は本気になるよねぇ……」
「湊、お前度胸あるなぁ……」
「え、納得するんだな」
「このぼくね――はぁ、何かもう馬鹿らしくなっちゃった。私達向こうで休憩してるから愛梨を戻してね。行こう一真」
「また後でな」
そう言って、呆れた顔をしながら一真達は湊を放り出して休憩に向かった。
結構な時間も経ったのでもういいだろうと愛梨に尋ねてみる。
「なあ愛梨、もう落ち着いたか?」
「……まだです、もうちょっとお願いします」
結局、愛梨が元に戻るまで結構な時間が掛かった。
遅くなって申し訳ありません。
今日から更新頻度を元に戻します。




