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第43話 気持ちの蓋を外して

「う、ん……」


 腕の中の愛梨が身じろぎする。彼女が泣き疲れて眠ってからそれほど時間は経っていない。

 意識がハッキリしたようなので、撫でるのを止めたら離れると思ったのだが、動く素振りが見えない。

 どうしたものかと悩んだが、とりあえず愛梨に声を掛ける。


「おはよう」

「……おはようございます。すみません、取り乱しました」

「気にすんな、偶には吐き出しとけ。スッキリしたか?」

「はい、ありがとうございます」

 

 湊の胸に顔を埋めているため愛梨の表情が分からないものの、お礼を言うその声色は落ち着いている。

 彼女の力になれたのなら良かったと湊が安心していると、愛梨はおずおずと言葉を発した。


「あの……、我が儘を、言っていいでしょうか?」

「ああ。良いぞ」

「また、頭撫でてくれませんか?」

「分かったよ」

「……ん」


 羞恥を含んだ可愛らしいお願いを断る理由は無い。

 再び愛梨の髪を梳くように撫でると、気持ちよさそうな声を漏らした。

 安らいで欲しいという気持ちを込めて湊は撫で続ける。

 

 愛梨は(しばら)くそのままジッとして撫でられるがままだったが、ゆっくりと顔を上げて至近距離で湊を見つめてきた。

 瞼を真っ赤に染めて潤んだ碧色の瞳は、不安に揺れているようにも、期待しているようにも見える。


「湊さん、お願いがあるんです」

「好きなだけ言ってくれ」

「私を独りにしないで下さい」

「一緒に住んでる人を一人になんてするか。それに、前に一人じゃないって言っただろ?」

「そうじゃないんです。私がまた人形にならないように、傍にいてください。貴方の傍なら私は人形にならなくても良いんですよね?」

「当然だ、愛梨が望むなら傍にいるよ。俺で良ければ甘えたり弱音を吐き出してくれ」


 今の愛梨には頼れる人が湊しかいないのだ。彼女があんなにも感情を吐き出してくれたのでその自負はある。

 なら弱音なんて溜め込まないで欲しい。湊にくらい甘えたっていいはずだ。

 そういう意味を込めた湊の言葉に愛梨は呆けたように固まった。


「……いいんですか? 私、いっぱい甘えますよ?」

「好きなだけ甘えればいい」

「無茶もいっぱい言うと思います、嫌な時はちゃんと言って下さいね」

「分かった、その時は遠慮無く言うよ。お願いはそれだけか?」

「じゃあ、もう少しここにいさせて下さい」

「お安い御用だ」


 愛梨がまた湊の胸に顔を埋めたので、再び頭を撫でる。

 気持ち良さそうに喉を鳴らし、湊に体を預ける彼女が安らげている事が嬉しい。


 そうして、湊のお腹が鳴るまでくっつき続けていた。


「ふふ、私達ってこんな事ばかりですね」


 体育祭後の事を言ってるのだろう。毎回毎回お腹の音に邪魔されるのがおかしいのか、愛梨がくすくすと笑いながら湊から離れた。

 しっかり立ち直れたようで彼女は穏やかに顔を綻ばせている。やはり愛梨には無表情や泣き顔ではなく笑顔が似合うなと湊は思った。

 

「悪い、なんだか締まらないな」

「私達らしくていいじゃないですか。さあ、ご飯にしましょう」

「そうだな」


  



「さてと、これからどうしようか?」


 夜飯の時に今後の事について尋ねた。

 今は夏休み中なので学校は無く、強いて言うなら登校日くらいだが、休みが明ければ間違いなく問題になるだろう。

 湊があまりに話を(はぶ)き過ぎたせいでしっかり伝わっていないのか、愛梨がコテンと首を(かし)げる。


「どうしよう、とは?」

「あの男子生徒の事だ、多分今日の事を言いふらすと思うんだが」

「でしたら問題無いと思いますよ」

「……本当か?」


 あっさりと愛梨が言うが、確実に話題を提供してしまっただろう。

 彼女の平穏が崩れるような事は避けたいので何とかしないといけないとは思うが、なぜそんなにも楽観的なのだろうか。

 湊が(いぶか)しげに愛梨を見ると、心配するなというように愛梨が微笑する。


「はい、雨宮(あまみや)さん達――言いたくもないのであの人達でいいですね。あの人達は元々学年でも評判が悪いんですよ」

「お、おう……。そんなにか」


 愛梨の顔が笑顔から無表情へと一瞬で変化した。

 あまりの塩対応に若干引いてしまうが、それほど頭に来たのだろう。

 あれに関しては自業自得だし、湊としても愛梨を傷つけたので慈悲は無い。


「顔の良さとお金を持っているという点を自慢して、気に入った女性に手当たり次第に声を掛ける。話した結果少しでも気に入らなかったらすぐに批判する、という典型的な性格が悪い人ですよ。一年生の間で相当問題になっています。周りにいる人はあの人の金とおこぼれをもらいたいという、こちらも最低な人達ですね」

「……何というか、相当運悪く出会ったんだな」


 湊はそこまで情報に詳しくなく、一真以外にも話すクラスメイトはいるがそんな話は聞かなかった。

 そもそも湊がその話に興味が無いだろうと思って話題に上げなかった可能性もある。

 大勢の人が参加する花火大会で、よりによって雨宮達に出会ってしまったのは考えうる最悪の状況だったなと湊が眉を寄せると、愛梨も苦笑で同意を示す。

 

「まあ、そうですね。なので、変な事を言われても、彼らが『またこいつら問題起こしたんだな』と白い目で見られるだけですよ。それに湊さんの方が大切なのは当たり前ですから」

「……ありがとな」


 大切。という言葉に胸の鼓動が早くなるが、おそらく唯一の心を許せる人だからだろう。

 親愛の感情を向けられるのは嬉しいが湊の心臓に悪い。

 顔が熱くなったのを誤魔化すように夜飯を平らげた。


 


「湊さん、もう寝ましょうよ」


 遅めの夜飯と風呂を済ませて大した時間も経っていないが、愛梨はもう眠いようだ。泣いた分の疲れは多少寝た程度では取れないらしい。

 湊の服の裾をくいくいと引っ張ってきて、眠いとアピールされる。

 いつものまったりしている時は互いに離れて別々の事をやっているが、今は何をしていても湊の傍にべったりだ。背中をくっつけてくる時すらあった。

 距離が異常なくらい近い。近すぎる距離にいるので落ち着かないし、甘くていい匂いもずっとしている。


 湊が対応に困って考えを巡らせていると、無視されたと思ったのか裾を引っ張る力が強くなる。


「無視ですか? 泣きますよ? 泣いちゃいますからね?」

「分かった分かった。確かに今日は疲れたからな、早めに寝るか」

「はい」


 そうして寝る準備をしたのだが、愛梨はずっと上機嫌なまま湊の傍を離れない。

 明らかに様子がおかしい、ここまで近い距離にいる事など今まで無かった。


「なあ愛梨、近くないか?」

「甘えて良いんでしょう? 傍に居てくれるって言ったじゃないですか」

「……確かにそう言ったが」

「なら構いませんよね? ……でも、本当に嫌だったら言って下さいよ?」


 先に布団に入った愛梨が瞳を揺らして不安そうに湊を見つめる。

 甘えていいと言ったのは湊なので、ここで突き放すつもりは無い。


「……分かったよ」


 仕方ないなと溜息を吐いて湊も布団に入って愛梨と反対の方向を向く。

 すると彼女が背中に触れてきた。


「なあ、何してるんだ?」

「湊さんの背中って大きいですねぇ」


 感心したような声を漏らした愛梨はぺたぺたとあちこち触ってくる。

 細くてしなやかな指の感触にくすぐったさを感じてしまうし、距離感が近すぎるので一度落ち着きたい。


「止めてくれ、くすぐったい」

「止めて欲しければ私の質問に答えて下さい」

「……何だ?」


 こうやって湊を脅迫する時はいつも(ろく)なことにならないが、我が儘を言っても良いと言った手前、拒否出来ない。

 嫌な予感がしつつも愛梨の質問を待つ。


「湊さん、私の事好きなんですか?」

「ぶっ! な、何言ってるんだよ!」

「私が泣いてる時に言ってくれたじゃないですか。外見も、中身も好きだと」

「あ――」


 確かに言った。本音である事は否定しないが、取り乱す愛梨を慰めるためとはいえあの場であんな言い方はするべきでは無かったのかもしれない。

 湊が固まっていると愛梨が背中を叩いて催促(さいそく)してくる。


「どうなんですか?」

「愛梨に泣いて欲しく無かったから、ああ言ったんだ」

「では嘘だったと?」

「ノーコメントでお願いします」

「……仕方無いですね、今日は許してあげます。代わりに今から私のやることを止めないでくださいね」


 大きく吐かれた溜息が湊の背に触れる。

 「今日は」の部分を妙に強調されたが、その後の言葉があまりに物騒で意識をそちらに持っていかれてしまった。


「……痛かったりするか?」

「別に痛くなんてしませんよ、ちょっとくすぐったいとは思いますが」


 そう言って愛梨は湊の背中を人差し指で触る。

 確かにくすぐったいが、湊に許可をもらってまでする事では無いと思う。

 しばらく好きなようにさせていると、愛梨の指には法則性があると気付いた。

 どうやら何文字かのひらがなを書いてるようだ。


(あ、り、が、と、う。……全く、口で伝えればいいのに)


 伝え方がぎこちなくて、声を出さずに笑ってしまった。

 湊が理解したことに愛梨が気付いたのか、指先が背中を離れる。

 ようやく終わったかと安堵(あんど)したものの、すぐにトンっと硬い何かが背中に触れ、腕を湊の腰に回された。愛梨の吐息が背中に当たるのでこの感触は頭しかない。

 驚きに固まっていると、愛梨が手をあちこちさまよわせ始めた。おそらく湊の手を探しているのだろう。今日くらいはいいかと思って彼女の手を握った。

 安心したように息を吐く感覚が背中に伝わる。そのままジッとしていると、すうすうと規則正しい息遣いが聞こえてきた。


(人の気も知らないで、安心しきってるよ)

 

 親愛にしても距離が近すぎる気がするが、甘えられる人が出来て嬉しいのだろう。

 最初は大切にしなければという気持ちからだった。見た目は初めから好みだったが、別に何かをしようなどとは全く思わなかった。

 今でも庇護欲はあるものの、こんなにも甘えられたら、頼られたら、もう気持ちを誤魔化す事は出来ない。


(愛梨の事が好きだ)


 一度自分の気持ちを認めると、好意が溢れて止まらなくなる。

 愛梨の信頼に応えたいと思う、支えてあげたいと思う。

 彼女の笑顔が、優しい性格が、無邪気な振る舞いが好きだ。


 自分の気持ちに整理をつけることは出来たのだが、今の状況は好きな人に抱き着かれているという非常に困るものだ。

 背中に掛かる寝息から愛梨の存在を意識して心臓の鼓動が速くなってしまう。


 今日は寝れないだろうな、と思いながら夜が更けていった。

二章は終了となります。

これからの投稿について活動報告に書きましたので、読んでいただけるとありがたいです。

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