第40話 花火大会
「私、花火大会初めてなんですけど、何か持って行くものってありますか?」
「特には無いな、でも大きいバッグは止めておいた方が良いと思う。人が多くて持ち運びに不便だからな」
「分かりました」
夏休みに入ってすぐ、一真達と花火大会に行くことになった。
この地域の花火大会は結構早めに行われるので数日前に一真達に誘われていた。
最初は断るつもりだったが愛梨が行くと言い出したので湊も参加だ。
愛梨は人が多い場所は苦手だろうし、正直彼女が行くと言うとは思わなかった。一真達に誘われた際に本当に良いのかと愛梨に尋ねてみたが「大丈夫ですよ、心配してくれてありがとうございます」としか言わなかった。
「本当に大丈夫か? 人も相当多いだろうし、無理しなくていいんだぞ?」
「別に無理はしてませんよ、結構興味ありましたし。まあ赤の他人とは行くつもりありませんが」
もう一度尋ねてみたものの、愛梨の顔を見ても嫌そうには見えないので本心だろう。
ならばこれ以上湊があれこれ言う必要は無い。
「分かったよ、忘れ物は無いな?」
「はい」
「それじゃあ行こうか」
家を出る時の愛梨は上機嫌そうに体をそわそわさせている。かなり楽しみにしているのだろう。
花火大会は初めてと言っていたし、精一杯楽しんで欲しい。
「こんばんは、二人共!」
「よう、お二人さん」
「こんばんは」
「よう」
一真達と会場の河川敷から少し離れたコンビニで待ち合わせした。
会場に近くなれば人も増えるので集合場所としてはちょうどいいだろう。
「本当はみんなで浴衣を着たかったんだけどねー」
「悪いな、俺と二ノ宮はそんなもの持ってないんだ」
百瀬が残念そうに呟くので謝罪する。
湊は昔持っていたのだが、独り暮らしする時の整理の際に捨ててしまった。
そもそも一真達と花火大会に行く事自体かなり久しぶりである。毎年誘われてはいたものの、何が悲しくてカップルに一人で付いていかなければならないのかと断っていた。
湊と愛梨に合わせるためか、一真達は浴衣を持っているはずなのに今回は普段着だ。
「分かってるよ、だから私達も普段着にしたんだし」
「……ごめんね、紫織さん」
「ううん、別に愛梨が謝ることないからね! でも折角だし買ったらどう?」
百瀬が湊を見つめてくる。「どうせなら二人分買ったらどうか?」という事だろう。
浴衣を買うとなるとそれなりの費用がかかるだろうと思って、買うという選択肢が頭に無かった。
昔の浴衣は父に買ってもらってそれきりなので今の相場は分からない。
とはいっても愛梨の浴衣姿を見たいとは思ったので、値段しだいだが買ってもいいかもしれない。
「そうだな、なら今度買いに行くか」
「え、別にいいですよ」
「えー、勿体無い。買おうよ!」
「う、うん、分かった、分かったから」
百瀬が愛梨に抱き着いて強引に納得させた。
なんだかんだで普段と違うものを着れるのは嬉しいのか、愛梨はほんのりと笑顔になっている。
「紫織、じゃれつくな。それで、もしはぐれたらスマホで連絡する。人が多くて繋がらない可能性もあるから、連絡が取れても取れなくてもここに集合でいいか?」
「ああ、それでいい」
「よし、なら行くぞ」
「はーい!」
一真が話の軌道を修正し、はぐれた場合の対処法を皆で共有した。こういう事に気が付くのは流石だ。
そのまま当然のように百瀬の手を繋いで歩き出す。恋人同士で何回もやって慣れているので、驚くほどスムーズな流れだった。
隣の愛梨があまりにも自然な流れに目をぱちぱちと瞬かせている。
四人で買い物に行った際や勉強会の時は百瀬が愛梨にべったりだった事もあり、意外に見えるのだろう。
「すごいですね、何か当たり前って感じです」
「カップルとして長い付き合いだからな、当たり前って感じだ。はぐれると合流出来なさそうって意味もあると思うがな」
「確かにはぐれると困りますからね。そうですよね」
愛梨がしきりに頷いている。そこまで感心するような事だろうか。
湊が彼女の反応に訝しんでいると、真っ白で小さな手が湊に差し出された。
「では湊さん、私達もしましょうか」
「は? 一体何を言い出すんだ?」
「え? はぐれたら困るので手を繋ぎましょうと言ったのですが」
「何もおかしな事など言っていない」というように首を傾げられたがどう考えても駄目だろう。
そういうのはカップルがする事だし、もし愛梨と手を繋いでいる所を同じ高校の人に見られたら話題になってしまう。
銀髪なんてそうそういるものではないので、似たような人がいたのだろうと誤魔化す事も出来ない。
「駄目だ。そんな事をして同じ高校の奴に見つかってみろ、いいネタだろうが」
「まあ、確かにそうですね」
「という訳で無しだ、いいか?」
「……はい」
納得いかないと言いたげにほんのりと睨まれたが、話題にされたくないと言っていたのは愛梨なので反論はされなかった。
一真達と離れてしまったので追いつく為に歩き出すと、服の裾を引っ張られる感覚がした。
何事かと思って隣を見ると愛梨が湊のシャツを掴んでいる。
「手を繋ぐのは駄目ですけど、これなら周りにもバレにくいですし、いいですか?」
「……分かったよ」
寂しそうにか細く言われると、それも駄目だとは言えない。
既に周りは薄暗いし、それくらいなら問題無いだろうと許可した。
「ありがとうございます」
やんわりと、でも嬉しそうに愛梨が笑う。
胸がむず痒く感じるのは、普段なら有り得ないような、裾を引っ張られているからだと自分を納得させた。
「愛梨、何か食べないの?」
「夜ご飯は家で作るし、それに屋台の値段を見るとかなり高いから止めておこうかな」
「……すごい主婦の会話をされた気がするよ。別に値段とか気にしなくていいと思うけどなあ」
場所取りも終わり、後は時間が来るのを待つだけとなった。
暇になったのか百瀬が屋台を物色しようと愛梨を誘ったが、愛梨は値段が高い事を気にして渋い顔をしておりあまり良い反応ではなさそうだ。
折角なのでここは百瀬に愛梨を連れていってもらおう。屋台で何か買うのもこういう時の醍醐味だ。
「そうだぞ、折角だから何か買ってきたらどうだ? 値段なんて気にするな」
「湊君の許可ももらえたし、行こう愛梨!」
「え、いいんですか?」
「いいに決まってる、遠慮せずに行った行った。一真、悪いが一緒に行ってやってくれないか?」
「分かったよ、悪いが場所取り頼むぜ」
「ああ」
愛梨が不安そうにこちらを見たが、気にするなという風に笑顔を返すと申し訳無さそうに彼女が苦笑した。
一真に付き添いを頼んだのでナンパされる心配も無いだろう。こういうのは顔が良い奴の方が効果がある。
三人が湊の傍から離れると、周りの目線が急に無くなった。
(気持ちは分かるが、露骨過ぎだろ)
見た目が普通の湊と美少女二人にイケメン一人は比べるまでも無いと分かってはいるが、あまりに露骨過ぎて呆れてしまった。
少し離れても分かる、薄暗くなっても目立つ美しい白銀の髪を遠目に見ながら湊は溜息を吐いた。
「で、買ってきたのは綿あめと。こう、選択肢がなんというか」
「ねー、可愛いよね!」
「……そんなに言わないで」
愛梨が買ってきたのは綿あめだ。
いろいろなものがある中で、妙に可愛らしいものを選んだなと湊が笑うと、愛梨は顔を俯けた。
「なんでそれなんだ?」
「綿あめって家で作れませんし、食べた事無かったので」
「確かにそうなんだが、選ぶ基準がそれなんだな……。まあいいか、折角買ったんだし食べろ」
「はい」
愛梨が綿あめを口に運ぶ。お気に召したのか、へにゃりと目を細め頬を緩めている。
反応が小動物っぽくて可愛らしいなと微笑ましく思っていると、湊の前に綿あめが突き出された。
「……何?」
「私一人では食べきれないので、一緒に食べて下さい」
「いいのか?」
「私がいいっていってるんですから食べてくださいよ」
「そうじゃなくて。下手したら間接キスになるが大丈夫か?」
もちろん愛梨と同じ場所を食べるつもりは無い。
家ではそんな事にならないよう気を付けていたが、湊も綿あめを食べるとなると、どうしても間接キスになってしまうと思う。
湊が指摘すると愛梨の顔が朱に染まった。
「た、確かにそうですが、大丈夫です」
「いや、そんなに真っ赤になって言われても説得力無いぞ」
「いいんです! 私が大丈夫と言ったら大丈夫なんです!」
湊達が言い合いをしていると一真がじっとりとした目でこちらを見てきた。
「千切れば問題無いんじゃないのか?」
「「あ」」
「はぁ……。胸やけしそうだ。俺達って普段こういう雰囲気出してるのかねぇ」
「いやぁ、わたし達でもこの雰囲気は出せないかな」
一真達が生暖かい目で湊達を見てくるので、恥ずかしくなって会話が止まってしまった。
隣の愛梨も頬を染めてもじもじしている。
「じ、じゃあ少しもらうよ」
「は、はい、どうぞ」
綿あめも食べ終わり、後は花火を待つだけだ。
四人で座って時間が過ぎるのを待っていたが、ようやく闇夜に光の花が咲いた。
「ひゃっ!」
どうやら愛梨は間近で聞く花火の音にびっくりしたらしい。
花火を見つつ小さな声で尋ねる。
「大丈夫か?」
「はい、間近でみると凄いですね。音もそうですし、振動もします」
「確かに、慣れないと驚くよな」
「でも綺麗です。凄く、凄く綺麗……」
呆けたように愛梨が花火を見上げる。湊は何回か来ているので慣れたものだが、愛梨にとってはとても新鮮なのだろう。
喜んでくれているようで良かったと思いながら花火を見ていたが、湊の手にひんやりした物が触れた。
湊が驚いて手を見ると愛梨の手が重ねられている。彼女の顔を伺うと花火に釘付けになっているので無意識なのだろう。
やめさせようかと思ったが、夜空に咲く花を見つめるサファイアのような碧眼があまりにも綺麗で見惚れてしまった。
(まあいいか)
こんな時間がいつまでも続けばいいなと思いながら、湊も美しい光を見上げた。