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第37話 危険な感情

 湊の高校では期末考査後から終業式の間に球技大会が行われる。

 進学校にもかかわらずスポーツ系の行事が体育祭以外にあるのはどうかと思うが、参加しない訳にもいかない。

 とはいえ体育祭と同じように運動が可もなく不可もない湊に、参加種目であるバレーボールのコートに立つ機会は無くベンチにいるだけの存在だ。

 しかも湊のクラスは早々に負けてしまったのでもう出番が無い。


 体育館の二階でぼんやりしていると、館内がざわりと騒がしくなる。

 周囲を見渡すと、湊にとってはもはや見慣れた銀髪が目に入って全てを理解した。


「相変わらず二ノ宮さんは凄い人気だな」

「まあそうだろうな」


 隣の一真が呆れを込めた眼差しで苦笑気味に愛梨を見る。どうやら彼女はこれから試合らしい。

 チームメイトと外行きの笑顔で会話しており、一緒にいる百瀬にはほんの少しだけ気安い態度を取っているようだ。

 周りの女子が羨ましそうに二人を見ていて、ふと心配になる。


「そういえば一真、百瀬は大丈夫なのか? 二ノ宮と二人きりになれる唯一の人だから、嫉妬が凄いと思うんだが」

「心配すんな。そんなんで折れるほど紫織は弱くねえ、お前も知ってるだろうが」

「……ということは多少はあったんだな」

「まあな」


 横目で一真を見るが、その表情は何も心配していないというような明るい笑顔をしている。

 嫌がらせの予想はしていたが、あまり酷い仕打ちをされていないようで安堵(あんど)の溜息を吐く。


「ちゃんと百瀬を見てやってくれ、俺じゃあ出来ない事だからな」

「言われなくても分かってるって」


 いくら幼馴染とはいえ湊に出来る事などたかが知れているだろう。

 大事な部分は彼氏に任せるべきだ。一真は百瀬を泣かせたりしないので信用できる。

 そのままコートを見ていると試合が始まった。

 光り輝いて見える美しい銀髪が動き回り、観客を魅了する。見ていて絵になるなと湊は思った。


「なあ湊、二ノ宮さんと一緒に生活していてどうだ?」

「どうだ……ってどういう事だよ」


 質問の意図が分からず隣を見た。一真は感情の読めない微笑を浮かべてコートを見ている。

 てっきり百瀬を応援すると思っていたのだが違うらしい。


「紫織に言ってたよな、二ノ宮さんの事が大切だって。それ、どういう意味だ」

「大切は大切だ。それじゃあ駄目なのか?」

「駄目だ。どういう意味で大切なんだ?」


 一真はこちらを見ない。湊にだけ聞こえるようにしている声はいつもの冗談のようにも聞こえるが、どこか真剣味を帯びている。

 誤魔化すことが出来そうにないので、湊はなぜ愛梨が大切なのかを自分の頭の中で整理する。


「大切にしなければ、守らなければと思ったんだ」

「それは、二ノ宮さんの何かを知ってか?」

「ああ、俺に話してくれたことは多分全てじゃないとは思うけど、それを聞いて思ったんだ」

「異性としては?」

「魅力的だとは思う。けど俺じゃあどんなに頑張っても隣には並べない。ならせめて俺にでも出来る事をしたい、だから大切にしなければならないんだ」


 異性として、女性として魅力的だとは思っている、もちろん湊の好みだ。

 けれど、体育祭後の話を聞いて愛情というよりは庇護欲が湧いた。何とかしてあげたいと思ってしまった。

 だが、そもそも愛梨と湊は住んでいる世界が違う。何かの間違いで同棲してしまっているが、本来ありえない事だ。

 愛梨にはきっと素晴らしい人が見つかるだろう。何の取り柄も無い湊とは違い、彼女を支える事が出来て、隣に立つのにふさわしい人が。

 なぜか胸が痛む。愛梨が家で湊に見せてくれる、様々な表情を別の人に見せると思うと息苦しくなってしまう。


「馬鹿だねぇ、お前は」


 必死に胸の痛みから意識を逸らしていると、一真がやれやれと呆れたような声を出して首を横に振った。

 湊の考えがちっぽけな物だというような態度にほんの少しだけ腹が立つ。


「何だよ、事実だろうが」

「隣には並べない? どうせ見た目が良い奴が二ノ宮さんに選ばれるとか思ってんだろうが」

「美少女にはイケメンが付くべきだろ」

「……顔の問題じゃねえよ。お前、本当に気付かないのか?」

「何がだよ」

「俺は少しの間しか二ノ宮さんと一緒に居なかったから、あの子の全てを知ってる訳じゃ無い。けどな――」


 一真が言葉を止めて息を吸い、これから伝える事から目を逸らすなとでも言いたげに、真っ直ぐに湊を見つめる。


「お前の隣で、お前と話してる二ノ宮さんが、一番幸せそうにしてたんだ」

「……ッ」


 心臓を鷲掴みにされたような気がして息が詰まる。確かに家で湊と話している愛梨はとても生き生きとしている。

 けれど、それは湊が同居相手だからではないのだろうか。

 湊の内心を見抜いたのか、こちらの思考を断ち切るように一真が声を発する。


「お前の事だから『同居相手に気を遣ってるだけ』みたいな阿保(あほ)っぽい事でも考えてんだろ?」

「それは――」

「よく考えろ。あんなに警戒心が高い子が、一緒に住んでいるだけであんな楽しそうな顔するのか? あんなにお前を受け入れるか?」

「でも――」

「なあ、ちゃんと考えてくれ。守らなければ? 見た目が釣り合わない? そんな上っ面の言葉じゃなくて、お前の本心は何だ?」


 湊を思ってくれているのが伝わってくるような、真面目な声で一真が告げる。

 確かに湊は愛梨を守らなければと思った。だが、見た目が釣り合わないのは間違いでは無い。その心に嘘は無いはずだ、きちんと考えたはずだ。


 自分の感情が分からなくなり一真に何も言えないでいると、一真が急に緊張感の無い、いつも通りの軽い声になる。


「というか、約三ヵ月一緒に住んで何も起きないとかお前ホントに男か?」

「……さっきまでの真面目な雰囲気は何処に行ったんだよ」

「そんなもん放り投げた。もっとこう、思春期の男子高校生らしい出来事が何か無かったのか?」

「ホントに空気台無しだな!」


 真面目な空気は一瞬で崩れた。隣の一真はもういつものニヤニヤとした表情を浮かべている。

 愛梨の下着を干そうとした事や、一緒の布団で寝ている事が頭に浮かんだが、言ったら間違いなくからかわれるだろう。

 完全に一真の手のひらで踊らされた気がして湊は唇を尖らせる。


「何も無い」

「なんだよ、勿体無いなあ」

「むしろ、男子高校生が喜ぶようなアクシデントがあった日には視線で殺されそうだ」

「そうか? 他の男ならまだしも、お前には違う対応しそうだぞ?」

「どうなんだろうな、多少は信用されてるとは思う」

「あの表情が多少信用されているだけのものとは思えないけどなぁ」

「……なあ一真、お前には俺と二ノ宮はどう見える?」


 湊がそう言うと、一真はニヤニヤした表情を引っ込めてほんの少しだけ寂しそうな顔をした。 


「凄く幸せそうだ。正直、幼馴染の俺達が嫉妬するくらいにな。でも、お前は庇護欲を盾にして壁を張ってる気がする。二ノ宮さんは気付いてないと思うけどな」

「……そうか」


 庇護欲を前面に出せば愛梨を傷つけることは無いだろう。そう思ってしまっている事がやはり一真にはバレている。

 けれど、最近湊は少しずつおかしくなってきている。


「なあ一真。最近変なんだ。触れたら傷つけてしまうかもと思ってるのに、気が付いたら近づいてしまう。なんだろうな、これ」


 頭を撫でてしまう、頬に触れてしまう、そうやって触れ合う愛梨との距離感が心地いいと感じてしまう。男の湊が近づけば傷つけてしまうかもしれないのに。

 この感情は危険なものだ、取り返しのつかないものだ、すぐに蓋をしろと本能が告げる。

 なので、それ以外に何か対策が欲しいと真剣に相談したつもりなのだが、湊の言葉を聞いた一真は目を丸くして固まった。

 何か変な事を言ったかと首を捻ると、一真が急に笑い出す。


「ははは! お前がそんな事を言うとは思わなかった! 何だよ、俺が心配するまでも無かったじゃねえか!」

「お、おい、一真。どうした?」

「内緒だ。これは紫織に相談しなきゃな」

「何を相談するつもりだよ!」

「まあいいじゃねえか。なあ湊、(たま)には欲望に素直になっていいと思うぞ?」

「何言ってんだ!?」

「気にすんな。さあ紫織達を応援しようぜ、試合が終わっちまう!」


 一真は湊の話を聞かずに百瀬の応援をし始めた。おそらくこれ以上は何も聞けないだろう。

 湊が溜息を吐いて一真と一緒に小さな声で応援すると、湊の声が届くはずも無いのに愛梨と視線が合った。

 一瞬だけ家に居る時と同じような柔らかい微笑をされてしまい、湊の胸は疼いてしまった。





「ただいま」


 バイトが終わって家に帰ると電気は点いているものの、返事が無い。

 体育祭の時と同じように寝ているのだろうと思って居間に行くと、やはり正解だった。

 ただ、前と違うのは湊がいつも枕替わりにしているクッションを抱きしめて寝ている事だろう。


 『欲望に素直になっていい』という一真の言葉を思い出す。今触れたら愛梨は嫌がるだろうか。

 湊の感情の蓋が開き、つい愛梨の頭に手を伸ばす。

 癖が無くさらさらで、いつまでも触り続けてしまう鮮やかな銀髪。

 撫でる手と反対の手で床に広がる神秘的な髪を一房束ねた。

 きっといい匂いがするのだろうなと思い、匂いを嗅ごうとして――


(俺、何しようとしてるんだ!?)


 無意識にとんでもない行為をしようとした事に驚愕(きょうがく)し、両手を愛梨から離して風呂場に向かう。

 彼女を起こすのはシャワーを浴びた後でいいだろう。

 なんだか最近頭を冷やすために水を被ってばかりいるなと自虐するが、これが一番手っ取り早く冷静になれるので仕方ない。

 「水道代は大丈夫だろうか」と心底どうでもいい思考をしながら冷水を被って、(よこしま)な考えを頭から追い出した。





 しっかりと頭を冷やして愛梨を起こしたが、彼女の様子が変だ。

 意識が覚醒するまでボーッとするのはいつもの事なのだが、そわそわと落ち着きが無いし、目にきちんと光が灯っているように見える。極め付けに本来無表情の顔がうっすらと薔薇色に染まっている。

 いつも愛梨を起こすのは湊の役目なので、普段と違う場合はすぐに分かる。彼女の状態から察するに――


(さっき起きてたんだろうなぁ……)


 湊が愛梨の頭を撫でて、髪の匂いを嗅ごうとしたのが完全にバレている。怒る様子は無いものの、これはこれでどうしていいか分からない。

 おそるおそる愛梨の様子を(うかが)うと、彼女とばっちり目が合った。


「「……」」


 互いに無言で見つめ合い、疑惑が確信に変わる。先程愛梨は絶対に起きていた。

 意思の光が灯った碧色の目が「さっきのは無かったことにしよう」と湊に伝えている気がする。

 湊が小さく頷くと、愛梨が目を逸らして晩飯の用意をし始めた。どうやら間違いでは無かったらしい。

 感情にしっかりと蓋をしなければならないと、溜息を吐きながら湊は項垂れた。

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