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第31話 四人での勉強会

「忘れ物は無いか」

「はい、大丈夫です」


 休日の昼過ぎ。バイトを終えて、今から百瀬の家で勉強会をする約束をしている。

 互いに持って行く物をチェックし、戸締りを確認した。

 先に玄関に向かった愛梨はこの前買ったフェミニン系の服を着ている。

 外はもう夏と言っていいくらいに暑く、薄手のものを選んで良かったとホッと胸をなでおろす。

 綺麗だなと改めて思って眺めていると、愛梨に不思議そうに首を(かし)げられた。


「どうしました? 私の格好、何か変ですか?」

「いや、相変わらず綺麗だなと思ってな。似合ってる」

「……そ、そうですか、ありがとうございます」


 湊に褒められても嬉しくなど無いと思うのだが、愛梨はスカートを抑えてもじもじしている。

 前に一度褒めたのだし、そこまで反応されるとは思っていなかった。

 顔を赤らめた愛梨にどうしていいか分からず、互いに無言になってしまう。


「……さ、さあ、行くか」

「は、はい」


 甘いような、気まずいような空気に耐えられず、逃げるように外に出た。


「九条先輩と二人で外に出るなんて、何だか変な感じですね」

「確かに。前まで外では完全に他人のフリだったからな」


 今回は百瀬の家を知っている湊が愛梨を案内する、という大義名分があるので一緒に外に出れている。

 湊と愛梨が接点を持っているのは既に知られているので、そこまでおかしな事ではないはずだ。

 外での接点を作ってくれた百瀬には何かお礼をしなければと思った。

 隣を歩く愛梨の足取りは軽く、妙に上機嫌になっている。


「何か機嫌良いな、どうした?」

「ふふ、何でだと思います?」


 からかうようなニヤニヤとした表情で愛梨は尋ねてくる。

 彼女の友達関係上、勉強会のようなものは今までやった事が無いと思うので、余程今日の勉強会を楽しみにしていたのだろう。


「友達と初めて勉強会出来るからか?」

「はぁ……。違いますよ」

「えぇ……」


 どうやら外れだったらしい。

 愛梨に盛大に溜息を吐かれ、彼女の機嫌が悪くなるが、湊には全く理由が分からなかった。





「いらっしゃい、二人共!」


 百瀬の家に着くと本人にお迎えされた、両親は留守らしい。

 随分久しぶりだなと思いながら家に上がらせてもらう。隣の愛梨はおっかなびっくりという風にきょろきょろしていて妙に可愛らしい。

 百瀬の部屋に着くと既に一真が座っていた。勝手知ったる恋人の家なのでかなりリラックスしている。


「よう、二人共」

「こんにちは、六連先輩」

「悪いな、バイトが昼過ぎまでかかっちまった」

「気にすんな、時間に追われてる訳でも無いからな」


 謝らなくていいというように一真は手をひらひらと横に振った。

 お言葉に甘えて、これ以上の謝罪はせずに湊達も座る。

 湊の隣の愛梨は同年代の友達の部屋に入った事がないのか、いつにも増して身を固くしている。おそらく緊張しているのだろう。

 久しぶりの百瀬の部屋ではあるが、女性の部屋をじろじろ見るのは悪いと思って一真と他愛ない話をしていると、百瀬が人数分のお茶をトレイに乗っけて部屋に入ってきた。


「ゆっくりしてね。そんなにかしこまらなくていいよ、愛梨!」

「う、うん、分かった」


 愛梨はかしこまらなくていいと言われてすぐにだらけるような人では無いので、(ほとん)ど緊張は取れていない。

 そもそも家でもだらけている姿はほぼ見ない。強いて言うなら湊達四人で出かけた次の日に疲れて帰って来た時くらいだろうか。

 そんな愛梨の様子を見て百瀬は苦笑する。


「もう、リラックスしてくれていいのに……」

「……ごめんね」

「怒ってる訳じゃないよ、気にしないで!」

「……とりあえず勉強するか。その為に集まったんだからな」

「だな、とりあえずやるか。一真と俺、二ノ宮と百瀬で勉強、分からないところがあれば俺か二ノ宮に聞く。これでいいか?」


 このまま話していても進まないと思ったのだろう。一真が場を仕切って流れを変える。

 勉強していたらそのうち部屋に慣れて緊張が無くなるだろう、と思って湊も一真の意見に賛成し、事前に愛梨に伝えていた通りのペアで勉強する。

 そうして勉強会が始まったのだが――


「うあー、疲れたよー」

「えぇ……。紫織さん、まだ一時間しか経ってないよ」

「休憩しようよー、ねえー」

「え、ちょっと、くっつかないで!」


 案の定、百瀬の集中力が切れた。何とか休憩しようと愛梨にしなだれかかっている。

 美少女同士の絡み合いはとても目の保養になるものの、愛梨に助けになると約束しているので湊が止めさせないと駄目だろう。


「おい百瀬、せっかく学年主席が勉強を教えてくれるんだぞ」

「それは有難いと思ってるんだけどなぁ」

「はぁ……、分かった。後一時間経ったら休憩するからそれまで頑張れ。休憩中は二ノ宮と好きなだけ話していいから」

「……え?」

「ホント!? よーし、やる気出てきたー!」


 完全に休憩モードだったので、仕方なく餌をぶら下げると百瀬が見事に食いついた。

 愛梨が捨てられた子犬のような目で湊を見たので手だけで謝る。

 自分が生贄にされたことで愛梨は一瞬だけ顔を(しか)めて湊を睨んだが、その後苦笑し百瀬の勉強を教え始めた。


「……お前、鬼畜だな」

「うるさい、百瀬に勉強させる為なら何でもするぞ。一真も後一時間頑張れ」

「はいはい、分かったよ」


 一真に引きぎみに笑われたが一蹴した。こうでもしないと百瀬は勉強しないので致し方ないだろう。

 後で愛梨のお願いが怖そうだなと一瞬思ったが、今は考えない事にする。


 そうして勉強会は問題無く進んだ。


「よーし、休憩だ!」


 百瀬がペンを置いてリラックスしている。

 あれからちゃんと一時間勉強し続けたので、湊も同じように休憩に入った。

 いつもなら三人でゲームをするのだが、湊がご褒美として言ったように百瀬は愛梨と話したいらしい。


「ねえねえ、愛梨って普段湊君を何て呼んでるの?」

「普通に九条先輩って呼んでるよ」

「え、家でも?」

「うん。そんなにおかしいことじゃないと思うんだけど」

「えぇ……」


 湊も愛梨と同じでそんなにおかしな事ではないと思っているのだが、百瀬は違うようだ。

 眉を寄せて難しい顔をしている。


「一緒に住んでるんだからもうちょっと親しい呼び方でいいと思うんだよねぇ。何か堅苦しくない?」

「別にそんな事ないけど」

「いっそお義兄ちゃんとかどうかな?」

「ぶっ! 湊がお義兄ちゃんとか面白すぎるだろ! ははは!」


 お義兄ちゃん呼びがツボに入ったのか、一真が腹を抑えて大爆笑している。

 湊も似合わないとは思っているものの、他人に笑われるとそれはそれで腹が立つ。

 とりあえず一真の腹を一発殴ってから、百瀬を止めに入る。


「おい百瀬、流石にそれは駄目だ」

「何でだよー! さあ愛梨、試しに言ってみて!」

「二ノ宮、別に言わなくても――」

「……お、お義兄ちゃん」

「「「……」」」


 愛梨が頬を赤く染めながら、たどたどしく言葉を放つ。

 完全に空気が固まってしまった。あれほど笑っていた一真も真顔で止まっている。

 正直なところ物凄く可愛らしいのだが、急にそんな事をされると心臓に悪い。

 それに、愛梨は庇護対象ではあるが、やはり湊は愛梨を義妹として見ることが出来ないので違和感がある。

 こんなに可愛い美少女が義妹になる事に喜びそうな人は多いと思うが、実際のところ戸惑うだけだ。

 愛梨以外が固まっていると、失言したと勘違いしたのか、愛梨が顔を赤らめながら慌て始める。


「す、すみません! 嫌でしたよね!」

「そういう訳じゃないんだが、その呼び方は止めてくれると助かる」

「は、はい……」


 リンゴように顔を真っ赤にした愛梨が体を縮こませながら言うので、なんと言うか庇護欲をそそられる。

 頭を撫でたくなって手が浮き上がってしまったが、必死に抑えた。


「ハッ! あまりの可愛らしさに我を忘れてしまってたよ」

「破壊力凄すぎだろ」


 どうやらフリーズした一真達も復活したようだ。


「でもお義兄ちゃん呼びが駄目ってことは、後は名前呼びくらいしか無いなあ」

「それこそ親しくないと駄目だろうが」

「親しいでしょ? 何も問題ないじゃない」

「湊達は一緒に住んでるからな、別にそれくらいいいだろ」

「いや、でもなあ……」


 湊は女性を名前呼びしていいのはとても親しい間柄だけだと思っている。

 それこそ恋人のような関係じゃなければ駄目だろう。

 変な事を言って話をややこしくしたくないので、とりあえず逃げることにした。


「俺が良くても二ノ宮が嫌だろうし、無しだ」

「愛梨、湊君を名前で呼んでみてよ」

「えっと、その……」


 再び愛梨が頬を染めた、今度は顔を(うつむ)かせたので本当に嫌なのだろう。


「百瀬、いいかげんやめろ」

「……分かったよ。愛梨、ごめんね」

「うん、大丈夫だよ」


 いい加減にしろと本気の声で百瀬に注意すると止めてくれた。

 会話も途切れ、結構時間も経ったので空気を入れ替えるように勉強を再開した。

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