第3話 美少女の料理は絶品
「とりあえずお互いにもう少し詳しい自己紹介をしようか、まずは俺の事からだな。部活には入ってないが、バイトをやっているんだ」
「お店の時の話だと、金銭に困っている訳ではないと思うのですが何故ですか?」
愛梨が訝し気な表情で尋ねてくる。
たかが高校生のバイトだけで一人暮らしが出来る訳がない。
店では義母にお金は問題無いと言いながらバイトをしてるのだから、そこは疑問に思うだろう。
ただ、その理由を話す事は湊自身は構わないものの、重い話をしなければならない。
「ちょっと気まずい話を聞いてもらう事になるけどいいか?」
「はい、九条先輩が構わないのでしたら」
「なら話すよ。俺の父さんは他界してるんだ、そして父さんは自分自身に高額の死亡保険を掛けてた。その保険金を学費、家賃等の生活費に充てているから、あの時義母には問題無いと言ったんだ」
なるべく暗くならないように事実だけを淡々と伝えた。
学費に関しては奨学金も利用しているため、全額出している訳ではないが、それでもかなりの額を受け取った。
父の保険金を全て湊が預かる代わりに、実質的に実家を追い出され、義母が他の全てを引き継いでいるのだが、そこまで愛梨に話す必要は無いだろう。
そもそも彼女に話したところでどうにかなるようなものでもない。
父の話をすると顔が曇った。
「すみません、そんな大変な事情を聞いてしまって」
「いや、大丈夫。もう割り切ったことだ、話すことに苦痛は無いよ」
愛梨が気に病まないように笑顔を浮かべながら話した。
父が他界したのは湊が中学生の頃であり、既に気持ちの整理はついている。
今更特に悲しむ事はないので、他人である彼女にそんな顔をして欲しくはない。
あまり言いふらしたい事ではないが、愛梨としても金銭面の不安は取り除きたいだろう。仕方のないことだ。
「とりあえず生活面ではそんな感じで問題は無いんだが、自分の趣味のお金は自分で稼ぐようにしてるんだ」
バイトをするのは一人暮らしをする時に決めたケジメのようなものだ。
父の金が、人の命によって得られた金が湊の趣味などに使われてはならないと思っている。
趣味にも割と金を掛けているので結構苦しい時はあるが、後悔したことは一度も無い。
すると、愛梨が尊敬するような目を向けてきた。
「……立派ですね」
「そんな事は無い。結局の所、趣味に金を回す余裕があるから出来ている事だからな」
何も立派な事などしていないので、苦笑しながら答えた。
父の金で生活出来ているだけであって、もっと生活がキツくなったら趣味を辞めてバイトを増やすか、あの義母の所に行くしかなくなる。流石にそれは嫌だ。
他界した事に感謝するというのはあまりにも不謹慎すぎるが、大切に扱わなければならないお金には変わりない。
「次に、俺はゲームをすることが多いんだ。うるさいなら遠慮なく言って欲しい」
どこまでがうるさいかなんて人それぞれだ。湊はゲーム音に慣れているが愛梨はどうか分からない。
流石にゲーム禁止と言われたらキツいどころの話ではないので、何とか許可してもらうように交渉するしかないが。
「別に私はうるさくても大丈夫なのですが」
「それは耐えられるって意味だろ? 一緒に住むんだから不満を溜め込まないでくれ、嫌なものは嫌と言っていいんだ。……うるさくする俺が言うのも何だがな」
「嫌と言ってもどうしようもならないこともあると思います」
そう言う愛梨の顔はほんの少しだけ苦しそうに歪んだ。
実際にそんな事があったのかもしれない。かといって今その事を聞くことはできないので、なるべく柔らかい声になるように意識しながら考えを示す。
「その時は互いに納得できる妥協点が見つかるまで、しっかり話し合おう」
一緒に住む人に対して一方的に我慢を強いるのは駄目だろう。
湊が大丈夫でも愛梨が我慢できない事があるだろうし、折り合いをつけるのは大切だと思う。
「それと、俺には幼馴染が二人いる。近いうちに紹介するよ」
「別に私は九条先輩の友人関係に関わるつもりは無いのですが」
拒絶するような冷ややかな表情をしているので、どうやら心底興味が無いようだ。また後で本当に軽く紹介するくらいでいいだろう。
「一応名前を知っておくくらいはいいだろ? 俺の方はそれくらいかな」
「まあ、そうですね。では次は私ですね。と言っても特にありません、部活は入りませんし、趣味がある訳では無いので」
「折角なんだし、部活に入ったらどうだ? 何か趣味が見つかるかもしれないぞ」
愛梨はまるで他人事のように言葉を発した。
趣味が無いのは結構辛いのではないだろうかと思ったが、本人が平気だというならお節介を焼くわけにもいかないので軽く言うだけに止めた。
「いいえ、入りませんよ。それに私はこの見た目です。何処かに入ればトラブルが起きるのが目に見えていますよ。同じ理由で特に友人を作ろうとは思いません」
底冷えのするような声だ、どうやら深く聞く訳にはいかないことだったらしい。おそらく過去に何かトラブルがあったのだろう。
「すまん」
「いえ、気にしないで下さい」
互いに謝ってこれで終わりと空気を入れ替える。
愛梨の表情は無表情なものの、意識的に感情を消してはいないようで一安心だ。
「それじゃあ帰ってきたら何をするんだ?」
「そうですね、前までは勉強していたので、ここでも勉強しようと思います」
「分かった」
学年主席はどうやら勤勉のようだ、あるいは趣味が無いと言っていたので、ただ勉強するしかなかったのかもしれない。
それに趣味は自分で興味を持ってこそだと思うので、あれこれ言う事では無いだろう。ゲームをしたいと言われたら喜んで貸すが。
ひとまず互いの自己紹介が終わったので、一息つくと良い時間になっている、腹も減ってきた。
「そろそろ夜飯にしようか」
「でしたら住ませていただくお礼ということで、私が作ってもいいでしょうか?」
「別にお礼なんて必要無いんだが、本当にいいのか?」
「はい、任せて下さい」
そう言って彼女は微笑んでキッチンに向かった。
「調理器具も使ってるようですし、調味料も十分ある。意外と料理するんですね」
愛梨がキッチンを見ながら感心したように呟く。
「自分が食える程度にはな」
誇れる事では無いので素っ気なく返した。
料理と言ってもどこまでを料理と呼ぶかは人それぞれだ。
野菜炒めを作れれば料理が出来るという人もいるし、そんな物は料理と呼ばない人もいると思う。
湊は自分が満足できるだけの料理が出来ればいいと考えているし、そんなに舌も肥えていないと思っている。カップ麺は流石に料理とは言わないが。
「とはいえあまり食材がありませんね」
「すまん、補充してなかった。買ってこようか?」
昨日までで冷蔵庫の中の食べ物を結構食べてしまっているのであまり材料が無い。
足りなければ買ってきた方がいいだろうと思ったが、微笑で遠慮された。
「いえ、大丈夫ですよ。今日はあるものでなんとかします」
「お願いします」
「何ですか、その言い方」
作ってもらう側なので、丁寧にお願いしたら忍び笑いされた。
その後、愛梨が調理に取り掛かった。
自分以外の人がキッチンに居る事に違和感を感じる、ましてやそれが美少女だ。
料理をする姿をじろじろ見るのは悪いと思い、極力見ないようにしていたが、いい匂いが漂いだしてから食器を出すのを手伝いに行った。
「「いただきます」」
愛梨が作ったのは炒飯だ、腹も空いているし早速いただいた。
「美味い」
素直な感想が口から出た。
炒飯を炒めるのは意外と難しいと思う、湊はご飯がパラパラになるように炒めることが出来なかったが、これはちゃんと出来ている。
「ただの炒飯ですよ、材料も冷蔵庫の中の物ですし」
「ただの炒飯とか言うな。俺が作るとこういう風に綺麗に炒める事なんて出来無いぞ、本当に美味い」
「……ありがとうございます」
心から褒めると頬が薔薇色に染まった、どうやら照れているようだ。
元々肌の色がシミ一つない真っ白なので、少し赤くなっただけで直ぐに分かる。
落ち着き無くそわそわしている所はとても可愛らしい、とんでもない美少女と噂されるだけはある。噂されるようになった入学式で見たのは無表情だったが。
照れる姿を見続けるのは良くないだろうと湊は食事に戻る。
あまりにも美味しくて無言で炒飯を平らげる湊を、愛梨は自分の分を食べながら興味深そうに見ていた。
「「ごちそうさまでした」」
「滅茶苦茶美味かった、本当にありがとう」
自分で作る料理とはレベルが違う、愛梨の料理とは比べるだけ彼女に失礼だと思う。
余りの食材で作ってもこれなのだ、本気を出したらどれだけ凄いのだろうか。
改めて感謝を伝えるとまた頬が朱に染まった、あまり褒められ慣れていないらしい。
「いえ、お粗末様でした。ではこれからは私がご飯を作りますね」
「……待て、これからは? もしかして毎日作るつもりか?」
「そうですけど、何か問題ありますか?」
「いや、それは駄目だろ」
当然ではないかという表情をされたが、即座に否定する。問題大ありだろう。
毎日料理を作るのは大変だ、一年間一人暮らししてきたが、自炊せずカップ麺や冷凍食品で済ませる日も多かった。
愛梨だけがやらなければいけない理由は無いし、やらせるつもりも無い。
「せめて交互か、当番制にしないか?」
「別にいいですよ、言ったでしょう。部活には入りませんし、趣味も特にありません。時間が余ってるのでむしろやらせて下さい」
先程家に帰ってからは勉強するとは言っていたものの、ずっとではないだろうし、やらせてくれと言われたら駄目とは言えなくなる。しかも頭まで下げられた。
けれど湊も多少は料理が出来るし、無理はさせたくない。
「分かった、無理しない範囲で頼む。けど後片付けは俺がやるよ」
美味い夜飯を作らせておいて、更に後片付けまでやらせるのは酷すぎる。それくらいはやらせて欲しい。
「いえ、後片付けくらいやりますが」
「いいや、俺がやる。やらせてくれ」
「……そこまで言うならお願いします」
強引に頼み込むと渋々だが納得してくれた。
早速食べ終わった皿をキッチンに運び、後片付けをする。
普段なら割と片付けは面倒くさく感じるのだが、美味い飯を食べられたことが理由か、不思議と悪い気持ちはしなかった。