第25話 複雑な心境
百瀬の発した意見に湊と一真が賛同し、愛梨は最初渋っていたものの最終的に折れて出掛ける事になった。
その時の表情を見る限りどことなく嬉しそうだったので、内心では結構喜んでいるのかもしれない。
愛梨には数少ない私服に着替えてもらい、大型のショッピングモールに来ている。
「とりあえず愛梨の服を買うのは確定として、後は何処に行きたい?」
先頭を歩く百瀬が愛梨を引っ張りながら、上機嫌に彼女に尋ねた。
「えっと、服だけでも十分かな」
愛梨は自分の都合に皆を巻き込むのが申し訳ないようで、苦笑いをしている。
湊としては遠慮なんてせずに楽しんで欲しいと思っているが、彼女の性格的に難しいのだろう。
百瀬も愛梨が露骨に遠慮しているのが分かっているようで繰り返し尋ねる。
「本当に?」
「……化粧品も見に行きたい」
「おっけー、それじゃあ先にそっちに行こうか!」
「あ、あの、引っ張らないで」
百瀬の押しに負けた愛梨がおずおずと言う。やはり他にも行きたい場所があったようだ。
ちゃんと言ってくれた事が嬉しいのか、百瀬がぐいぐいと愛梨の腕を掴んで引っ張っていく。
百瀬のテンションがかなり高い。ずっと遊びには誘っていたみたいなのでようやく遊べて嬉しいのだろう。
湊の隣の彼氏は置いてけぼりだがいいのだろうか。
「一真、良いのか? 百瀬がお前といる時より楽しそうなんだが」
「正直複雑ではあるが、紫織が楽しいことが一番だ。ようやく二ノ宮さんと遊べるんだから思いっきり楽しんで欲しい」
そう言う一真の顔は嬉しさと寂しさで半々の苦笑いだ。
自分が一番喜ばせたいけれど、今一番喜んでいる百瀬の邪魔はしたくない、難しいものだと思う。
「彼氏って大変だな」
「まあな、でもそれがいいんだよ。にしてもお前と話す二ノ宮さんを見てると、とても氷の人形と呼ばれてるとは思えないな」
「……お前、それ本人に言うなよ?」
思わず眉を寄せてしかめっ面をしてしまう。
一応、愛梨達には聞こえないような音量で言ってくれているが、万が一にも聞こえて欲しくは無い。
氷の人形なんて愛梨は聞きたくもないだろうし、傷つくのが目に見えている。
彼女は男子に対して冷たい対応をするので悪態を吐かれるのは当然だと思っているが、だからと言って暴言を吐かれてもいいというのはおかしいと思う。
一真もしっかり分かっているようで、ふん、と鼻で笑いながら肯定する。
「そんなの当たり前だろうが。とりあえず俺への対応はかなり壁を感じるけど、紫織への対応は結構柔らかくなってるようで安心だ」
「まあ、お前はいくらクラスメイトの彼氏とはいえ警戒されて当然だからな。百瀬はこの短期間で二ノ宮の態度をあそこまで軟化させたんだから凄いもんだ」
一真は彼女持ちとはいえ警戒される対象なのは仕方ないだろう、百瀬に関しては流石としか言いようがない。
多少固いとはいえ、百瀬と話す愛梨の顔は学校での人形のような顔と違って、ちゃんと等身大の女の子という感じがする。
その表情が湊以外にも知られ、彼女の事をよく知る人が増えるのは良い事のはずなのに、どこかもやもやした気持ちを抱えてしまう。
「でも、お前といる二ノ宮さんが一番良い顔してると思うぜ。だからそんな複雑な顔すんな」
「そんな顔ってどん――」
「おーい二人共、置いてくよー!」
「おっと、離れすぎたな。行こうぜ」
肩を軽く叩かれて励まされた。一真から見た湊はどんな表情をしてたのだろうか。
尋ねようとしたものの、百瀬に呼ばれて聞くに聞けなかった。
百瀬達が化粧品を選んでいる間、一真に頼んで少し席を外させてもらって、アクセサリーショップに来ている。
愛梨に普段のお礼をしたいが、ありきたりな物では駄目だろうと探してはいるものの、良い物が見つからない。
あまり派手過ぎる物は駄目だろう、高い物も無しだ。早く帰らないと二人に怪しまれる。
とはいえ愛梨は普段から特に欲しい物は無いと言っているので、好みなど分からない。
(でもなぁ、目に付くような物が……って、これ良いんじゃないか?)
時間も無いので焦っていると一つのヘアピンが目に付いた。
鮮やかな青色をした花がとても綺麗だ、愛梨の銀髪に良く合うだろう。
(良い物を見つけた)
店員に聞くと、ちょうどこの時期くらいに咲くアヤメという花らしい。
値段もお手頃なのでラッピングしてもらい、速足で愛梨達の所に戻った。
「すまん、遅くなった」
化粧品売り場に戻ると、愛梨と百瀬が悩んでいるようだ。一真は近くで気配を消している、どうやら巻き込まれたくないらしい。
「ハンドクリームの匂いがどれが良いか悩んじゃってねー、わたしと愛梨で意見が割れてるんだ」
「私は普通の薬用の物で良いと言ったんですけど、紫織さんは匂いがついたものの方が良いと言ってまして」
男としては非常にどうでも良いとは思うのだが、女の子としては譲れないのだろう。
「自分が好きな物を買えば良いんじゃないのか?」
「愛梨は別に何でも良いって言うんだけどね。折角なんだから、愛梨からいい匂いがして欲しいでしょ?」
「元々二ノ宮はいい匂いだ。それに俺の好みを強要するのは駄目だろ……って、どうした?」
既に愛梨はいい匂いがするので、ハンドクリームの匂いが何だろうとどうだっていい。
普段から近い距離にいる訳ではないが、一緒の部屋に住んでいる以上、どうしても愛梨の匂いは感じてしまう。
マッサージの時は特に分かってしまうが、即座に頭からその時の記憶を追い出した。
ともあれ、湊の好みを押し付けるのは駄目だろうと思って言ったのだが、何故か百瀬が絶句し、愛梨の顔が真っ赤になっている。
何か変な事を言ってしまったか、と自分の言葉を思い返して恥ずかしくなった。本人の前で思いっきり匂いを褒めてしまっている。
「あぁ、いや、違うんだ。これは」
「……九条先輩、私はそんなにいい匂いでしたか?」
デリカシーの無い発言を否定しようとしたのだが、愛梨が上目遣いで湊を見つめてくる。彼女ほどの美少女にされると破壊力が凄まじい。
速くなってしまう心臓の鼓動を必死に抑えつつ、つっかえそうな口で答えた。
「ノーコメントだ、何か、すまん」
「いえ、ではこのハンドクリームとどちらがいいでしょうか?」
そう言って愛梨は、百瀬が持っていたハンドクリームを自分の手に塗って湊の鼻に近づける、手からは甘い苺の匂いがした。
苺の匂いは別に嫌いではないものの、愛梨の甘い花のような匂いの方が好みだ。
「このハンドクリームじゃない方がいい」
「ふふ、分かりました。なら無臭の薬用の物にします」
「俺の意見じゃなくて、二ノ宮が気に入ったものにすればいいだろ」
「私は無臭の物が気に入ったんです。じゃあ買ってきますね」
愛梨の方が良いとストレートには言えなかったので、誤魔化して答えたら愛梨は嬉しそうに微笑んだ。
そのまま買いに行こうと歩き出すので、これくらいは出そうと思って彼女に追いつく。
「いや、それくらいなら俺が出すよ。日頃のお礼だ」
「ありがとうございます」
機嫌がいいのかあっさり湊に買わせてくれた。
「何だあいつら、急にいちゃついたぞ」
「まさか湊君があんな顔をするとは思わなかったよ」
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