第24話 友達とは
「これは、一体、どういうことかな? 湊?」
目の前の般若が問い詰めてくる。百瀬が湊を君付けで呼び始めてから、昔のように湊の名前を呼び捨てにした事が一度だけある。
それは百瀬が本気で怒った時だ。
とはいえ、湊には百瀬が怒っている理由が分からない。
「どういうこと、とは?」
「湊ともあろう人が、どうして二ノ宮さんにこういう仕打ちをしているのかな?」
「そんなひどい事をした覚えが無いんだが」
普段から愛梨の事を気遣っているつもりだし、彼女の嫌がる事をした覚えは無い。
本気で分からないと答えたら、目の前の般若の顔が一層怖くなった。
「部屋の掃除にお風呂の準備、洗濯に夜ご飯を作らせ、休日は何処にも行かせず、服もほぼ無し。さあ、弁解を聞こうか?」
「……それは、だな」
他人に今の愛梨の状況を説明されると、重労働ってレベルじゃないのがはっきりと分かる。これはどう考えてもアウトだろう。
完全に湊が悪いので、百瀬に土下座した。
「申し訳ありませんでした」
「謝る相手が違う」
確かにそうだ、謝らなければいけないのは愛梨にだ。
「二ノ宮さん、誠に申し訳ありませんでした」
しっかり話し合って決めたものの、どんな結果であれ愛梨に甘えていたのは確かだ。
彼女に向き直って土下座すると、愛梨は慌てて否定する。
「どうして謝るんですか? 家事は二人でちゃんと話し合って私がやるって決めたじゃないですか。それに休日外に出ないのも、服を買わないのも私が自分で決めた事です、九条先輩は何も悪くありません。むしろ先輩は何度も大丈夫かと言ってくれましたし、心配してくれました。感謝もいっぱいもらっています」
「いや、でもそうやって二ノ宮がやってくれている事に甘えていたのは俺だ」
「私が望んでやっていたんです。義務だと思ってませんし、嫌だと思った事もありません。お願いですから頭を上げて下さい」
泣きそうな声になった愛梨に懇願されたので、ようやく頭を上げる。
隣で湊を見下ろす百瀬が大きい溜息を吐いた。
「ふー。とりあえず、わたしが早とちりしたみたいでごめん。それで、そこら辺の事情をちゃんと説明してくれるかな?」
湊達の口論を見ていた百瀬が口を開く、どうやら怒りは収まったらしい。
その後、俺達の普段の生活がどうなっているか、湊と愛梨でちゃんと説明すると百瀬が頭を下げた。
「なるほど、分かったよ。湊君ごめんね、畜生に堕ちたと思っちゃった」
「いや、これはそう言われても仕方ないだろ。全面的に俺が悪い」
「ですから九条先輩は悪くないです。私が自分で決めたんですって」
「いや、それでもだな――」
「はいはい、そこまでだお二人さん。話が元に戻ってるぞ」
玄関に逃げていた一真がいつの間にか戻ってきて、一度流れを切った。
「それで、湊も二ノ宮さんも互いに合意の上で家事の役割分担を行っていて、不満は無い。間違いないな?」
「ああ」
「はい」
一応最初にやろうとしたとか、今でも申し訳ないと思っている等を言おうとしたが、話がややこしくなりそうなので止めておいた。
変に愛梨を刺激してマッサージの件を持ち出されたらどうなるか分からない。というか、その話が出た時には次こそ問答無用で怒られそうだ。
説明したのが家事と休日の過ごし方だけで本当に良かったとホッと一息吐く。
家事の件は誤解が解けたので、一真の話を百瀬が引き継いだ。
「なら次は服だね。二ノ宮さん、本当にいいの?」
「うん。別に欲しいとは思わないし、一緒に出掛ける人はいないから」
「湊君とは?」
「九条先輩と行くと先輩に迷惑が掛かるから駄目」
「俺に迷惑? 何でだ?」
愛梨の顔が曇る。
別に買い物に行くくらい迷惑でも何でもない。むしろ普段のお礼として喜んで荷物持ちをしたいくらいだ。
愛梨が視線を集めてしまう事を嫌がっていて一緒に行かないのは分かるが、湊に対して何を迷惑だと思っているのだろうか。
「私と一緒にいる事が分かったら、学校で揉め事になります。私のせいで九条先輩がトラブルに遭うのは駄目です。それに、学校で事情を聞いてくる人達があまりに鬱陶しいと思うので、出来れば話題を提供したくありません」
「じゃあ湊君がトラブルに遭わず、話題が提供されなければいいんだよね?」
「そんな方法があるのか?」
正直そんな方法なんて無いと思っている、あれば湊が既に実行しているからだ。
「あるよ、わたしと一真と湊君と二ノ宮さんの四人で出かければいいんだよ。二ノ宮さんのクラスメイトであるわたしが、彼氏と彼氏の友達を連れてきたっていう事。それに私達はそもそも幼馴染だしね、一緒にいるのにそんなに違和感は無いはずだよ」
百瀬が自慢げに言う事は一理ある。百瀬伝いに一真、それから湊と繋ぐようにする。確かにそれならそれほど違和感はなさそうだ。
ただ、愛梨は納得いかないようで、ふるふると首を横に振った。
「そうなると百瀬さんに迷惑がかかるよ、私を紹介してくれっていう人が大勢来ると思う」
「そんなの、二ノ宮さんと仲良くなりたければ、自分で話しかければいいじゃない。本人には何も言わず、友達伝いに知り合って外堀を埋めようっていう人に対して紹介する気は無いよ。まあ私も湊君伝いだからあんまり人の事は言えないけど」
「それと、百瀬さん友人が多いからこう……。大勢の人は苦手なの」
「分かった、なら二ノ宮さんと遊ぶときは他の人には遠慮してもらう。いるのはわたしと一真と湊君だけ、どう?」
多少説明はいるかもしれないが、これならほぼ全ての問題は解決できると思う。湊が事情を聞かれたら百瀬の知り合いと言えばいいのだから。
紹介しろと言われても百瀬が言ったように本人に話せと言えばいい、そもそも湊は親友と呼べる人が一真と百瀬だけだ、妬まれて仲間外れにされても何も問題は無い。
他に気になるのは一番大変であろう百瀬だ。愛梨も気付いたのだろう、百瀬を心配そうに見つめる。
「本当に良いの? 多分相当恨まれると思うよ?」
「恨まれる? 誰に?」
「皆に。一人だけ私と仲良くなっておいて、遊ぶ際は私達以外の人は拒絶する。どう考えても反感を生むと思う」
「言ったでしょ、仲良くなりたければ自分で話せって。現にわたしもこうして二ノ宮さんに話しかけてるんだし、皆にもそうしてもらって、それから二ノ宮さんが受け入れることが出来る人とだけ仲良くなれば良いと思う。それで二ノ宮さんを紹介しない事でわたしを嫌いになる人がいるなら勝手に嫌えばいい、わたしはそんな人を気にしない。それに、友達が嫌がってる事をしない、当たり前の事でしょ?」
「……私、友達なの?」
「当たり前だよ、よろしくね、愛梨!」
「……うん。よろしくね、紫織さん」
こういうことが出来るのが百瀬の良いところだろう、ちゃんと相手の意志を汲み取って、納得の出来る形で友達として付き合う。
友達と言われて感極まったのか、愛梨は声を震わせて俯いた。
「愛梨可愛い! いやー、ずっと仲良くしたかったんだー!」
「え? あの、何で近づいてくるの?」
「そりゃあ、女の子同士で仲良くなったらやる事は一つだよね!」
「きゃあ!」
ずっと友達になりたかったらしい百瀬が我慢の限界を超えたようで、愛梨に抱き着く。
美少女二人の絡み合いは目の保養になる。
「九条先輩、助けて下さい!」
暫く放置していたが、愛梨は強引に引き剥がせないようで、眉を寄せて湊にお願いしてくる。
ここら辺が限界だろう。一真もやれやれと首を振って百瀬を止めに行く。
「おい百瀬、そこらへんでやめとけ」
「紫織、仲良くなった瞬間に過度なスキンシップをしようとするな」
「あいた。えへへ、ごめんね愛梨」
「う、うん」
暴走しようとした百瀬の頭を一真が軽くはたいた。
それによって落ち着いた百瀬が声を発する。
「よし、今から親睦もかねて皆で買い物に行こう!」