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第21章 マッサージ2

「それでは九条先輩のマッサージをしましょうか」

「間に合ってます」


 夜飯と風呂を済ませた後、急に愛梨が言い出してきた。

 湊には前回寝てしまって迷惑をかけた前科がある。なのでしっかりと断ったのだが、愛梨は納得がいかないのか不機嫌そうに眉を寄せている。


「前回のマッサージから一ヵ月半以上経ってますし、そろそろやらないと駄目です」

「実は二ノ宮が風呂に入ってる間に自分でやってるんだ、だから体は大丈夫だ」


 嘘ではない。前回の反省を生かして自分でやらねばと思って密かに勉強したのだ。

 バレたらややこしそうだと思ったので、愛梨が風呂に入っている間にやっていたが、やはり彼女にはバレていなかったらしい。

 理由を説明すると愛梨はジトっとした目で睨んできた。


「まあ、確かに前回の時みたいに疲れが酷い感じではなさそうですが。それ、結構適当なんですよね?」

「失礼な、ちゃんと勉強したぞ。それに体育祭終わりで二ノ宮も疲れてるだろ?」

「私は一度寝たので大丈夫ですよ」

「だからって、マッサージをさせていい理由にはならないと思うんだが」


 愛梨に対して言い訳をしていると、彼女は顔を(うつむ)かせた。


「……そんなに私のマッサージは嫌でしたか?」

「え!? いや、そういう訳じゃ無いんだが」


 表情は見えないものの、声が震えていて泣きそうだ。

 いきなりそういう声を出すのは卑怯だと思う。


「では私がやっていいでしょうか?」


 表情の見えないまま、愛梨は許可を求めてきた。


「ああもう、分かったよ」


 この状況は断れない、泣かれる訳にはいかないので頭をガシガシと掻きながら許可した。

 今回は仕方ない、湊の意志が弱い所為じゃないと自分に言い聞かせる。決して愛梨のマッサージが気持ち良いからではない。


「ありがとうございます」


 顔を上げた愛梨はとても晴れやかな笑顔をしていた、さっきの泣きそうな声もどこへやらだ。

  

「……お前、さては俺を(だま)したな?」

「なんのことでしょう? さあ、布団に寝転んで下さい」


 まさか湊を騙してまでマッサージをしたいとは思わなかった。

 愛梨がそんなことをするとは全く考えていなかったが、余程湊の体を心配してくれているのだろう。

 本来なら騙されて悔しいと思うのに、湊の心は何故か嬉しいと感じてしまった。


 前回と同じように布団にうつ伏せで寝転び、枕に顎を乗せる。


(本当にいい匂いがするな)


 甘い花のような愛梨の匂いは思春期の男子に悪いと思う。

 心を(しず)めつつ、このままジッとしていたら始まるだろうと思っていたのだが、まだ始まらない。


「二ノ宮、どうした?」

「九条先輩、勝負をしませんか?」

「勝負だと?」


 何か問題でもあったのだろうかと思って愛梨に尋ねてみたが、変な事を言われた。

 マッサージに勝ち負けなど無いと思う。一体何を勝負するつもりだろうか。


「はい。今から一時間で先輩が寝落ちしたら私の勝ち、起きていたら先輩の勝ち。どうですか?」

「何でそんな事をするんだよ」

「いいじゃないですか。逃げるんですか?」

「……何だと?」


 愛梨の目的は分からないものの、(あお)られて引き下がるほど腑抜(ふぬ)けてはいない。

 ましてや彼女には先程綺麗に騙されたのだ、ここで引き下がるのは負けた気がする。

 そもそも前回は自分で適当なマッサージしかしていなかったので、体が硬くなってしまったのが原因だ。

 体育祭後で疲れているとはいえ、今回は前回ほど体が辛くないので大丈夫だろう。


「分かった、その勝負受けよう」

「ありがとうございます。ちなみに負けた方は勝った方の言う事を一つ聞いてくださいね」

「おい、その罰ゲームは駄目だろう!」

「はいはい、それじゃあいきますよ」


 その罰ゲームは男女がやっていいものではないだろう、しかも女の子側からだ。止めようとしたが、強引に始めてしまった。

 絶対的な自信があるようだ。完全に舐められているので、ここは何としても勝って、こんなことをさせないようにしなければ。

 湊は決意を新たにしてマッサージを受けた。





 愛梨が湊の体を触る。前回も気持ち良かったが、今回の方が格段に気持ちが良い。

 彼女の優しい声が背中から掛かる。


「どうですか?」

「まだまだだな、精進してくれ」

「なるほど、気持ち良いみたいですね」

「……なんでバレるんだ」

「九条先輩は普段そういう言い方しませんよ。分かりやすいです」


 勝負だから気持ちいいと認めたく無いのと、先程騙されたのが(しゃく)だったので嘘を吐いたのだが、すぐにバレてくすくすと笑われた。

 それにしても本当に気持ちが良い。


「前回とは全然違うな」

「ちゃんと勉強しましたから。といっても知識だけで実際にやるまで不安だったんですけど。その様子なら大丈夫そうですね」


 今更(いまさら)取り(つくろ)っても仕方ないので尋ねると、どうやらしっかり勉強していたようだ。

 さっきは意地を張って認めなかったものの、これはしっかり感謝しないといけないだろう。


「凄く気持ち良い。ありがとな」

「ふふ、どういたしまして」


 とても嬉しそうな声が聞こえてくる。

 そのまま身を任せていると徐々に眠気が襲ってきた、後何分だろうか。


「二ノ宮、後どのくらいだ?」

「二十分くらいですね。寝てもいいじゃないですか、変な事は言いません。約束します」


 確かによく考えてみれば、愛梨が理由も無く理不尽な要求をすることは無かった。

 なら勝負に負けても大丈夫だろう。そう気を抜くとさっきの決意はどこへ行ったのかと思うほど急激に眠くなる。

 本当にいつもいろいろやってもらっている。たった約二ヵ月しか一緒にいないが、愛梨には感謝してもしきれない。


「にのみや、いつも、ありがとな」

「私の方こそ、いつもありがとうございます」


 働かない頭でお礼を言うと、囁くような声で答えられた。

 その言葉を最後に意識を手放した。



 

 頭に触れられている感覚で目を覚ます。前回はマッサージし続けられていたが、どうやら今回は髪を触っているようだ。

 

「すまん、寝てた」


 嫌な感覚ではないので、うつ伏せのまま愛梨に話しかけると手が止まった。

 ほんの少しだけ名残惜しいと思ったものの、体を起こす。


「おはようございます、構いませんよ。それと勝負は私の勝ちですね」


 愛梨の煽りに乗ってしまって勝負を受けた上に、あっさり寝たのだ。

 彼女が理不尽な事を言わないと信用しているものの、言い訳のしようもないだろう。


「ああ、俺の負けだ。何でも言ってくれ」

「そうですね、では先輩も一緒に布団で寝てください」

「……は?」


 愛梨の目は真剣で、冗談で言っている訳では無さそうだ。しかし、それは女の子の方から言ってはいけない事だと思う。

 湊が何も言えずにいると、彼女が心配そうにこちらを見てきた。


「やっぱり床で寝るのは駄目です。いくらマッサージしているとはいえ、体に悪いですよ」

「それは駄目だ、二ノ宮も隣で男が寝ているのは気になるだろ?」


 付き合ってもいない男女が一緒の布団で寝るのはどう考えてもマズい事だろう。

 それに一緒に住んでいて、多少信用されているとは思っているが、男と関わりたくない愛梨はそんな事をするのが嫌なはずだ。

 

「大丈夫です、私は気にしません。むしろ先輩が床で寝る方が気になります」


 首を横に振って愛梨が否定するが、一緒に寝るとなると普通警戒する。

 ましてや彼女は人一倍警戒心が高いと思っていたが、違うのだろうか。


「頼むから気にしてくれ。俺が何かするとは思わないのか?」

「九条先輩は私が嫌がったら止めてくれますし、そもそも変な事をするとは思いません」

「……俺、嫌がる事してたのか。すまん」


 湊なりに気遣っていたつもりなのだが、どうやら不快にさせてしまっていたようだ。


「ち、違いますよ。私が嫌な事なんてされてません。それくらい信用しているという事です」

「それなら良かったんだが。でも、一緒の布団で寝るか……。やっぱり無しだ無し」


 湊が本気で落ち込んでいると、愛梨は焦って否定した。

 そこまで信用されてるのなら寝ても良いかと一瞬思ったのだが、いくら信用されているとはいえ、美少女と同じ布団で寝るのは湊の理性が削られそうなので拒否した。

 すると、彼女の目がすうっと細くなる。


「先輩、負けましたよね?」

「負けたな」

「敗者は勝者に従うものですよね?」

「普通はそうだな」

「……先輩?」

「それ以外の事でお願いします」


 湊が駄々を()ねると愛梨が首を(かし)げて真顔でこちらを見てきた。怖い。

 勝負の罰ゲームの件を持ち出されたが、引くわけにはいかないので誠心誠意お願いしたら、渋々納得してくれた。


「はあ、分かりましたよ……。他のお願いとなると今は思いつかないので後でいいですか?」

「ああ、それで構わない」

「言質取りましたよ、忘れないで下さいね」


 にっこりと笑顔で言われたが、妙な迫力があった。そんな笑顔をされたのは初めてかもしれない。

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