大学生活
「ねむい……」
大学生活が始まってはや一ヶ月。ある程度大学には慣れてはきたが、この朝の早起きだけは慣れない。
なにせ以前よりも一時間以上も早いのだ。眠くなるのも仕方ないだろう。
再び落ちそうになる瞼を必死に開きつつ、湊の腕の中で安らかに眠っている少女を眺める。
「すぅ……」
相も変わらず無垢な寝顔をしている愛梨に思わず笑みが零れた。
ずっと眺めていたいが、そういう訳にもいかない。
ゆっくりと体をずらし、愛梨の頭を枕に乗せる。
「さて、やりますかね」
出来るだけ音を立てないよう、愛梨を寝かせたまま着替え等の準備をする。
その後朝食を作り終えてから、ようやく愛梨の体を揺さぶった。
「愛梨、朝飯食べるか?」
「ん……。たべるぅ……」
のっそりとスローモーションのように愛梨が起き上がり、間延びした声で反応する。
湊のスウェットは下半身が丸見えな程に捲り上げられているが、愛梨が気にしている様子はない。
というよりは、気にするだけの意識がないのだろう。はしたないとは思わず、むしろ幼げで微笑ましいとすら思う。
愛梨の姿に小さく笑みつつ、テーブルを挟んで反対側に行き、愛梨の下半身が見えないようにする。
「いただきます」
「……ぃたらきまふ」
うつらうつらとしながらも、愛梨はゆっくりと朝食を口に運ぶ。
最初の頃は零さないかと心配だったが、流石にそこは大丈夫のようだ。
暫く無言で食べているとようやく愛梨の意識が覚醒したらしく、アイスブルーの瞳に光が灯る。
「おはよう。いつもごめんね」
「おはよう。俺の方こそ、こんなに早くに起こして悪いな」
「ううん、私がお願いした事だから」
本当はこんなに早く起こしたい訳ではない。出来る事ならギリギリまで寝かせてあげたいのだ。
だが以前一人で朝食を摂り、家を出る直前に愛梨を起こすと滅茶苦茶怒られた。
曰く「一緒に住んでいるのだから、一緒にご飯を食べたい」との事で、それ以来心を鬼にして起こしている。
とはいえ、朝の弱い愛梨に無理をさせているのは変わらない。
「辛かったら寝ててもいいんだぞ?」
「嫌だよ。学校では会えないんだから、この時間だけでも一緒に過ごしたいの」
むっと眉を寄せて愛梨が睨んできた。
その気持ちは分かるので、愛梨がそう言うのであれば止めろとは言えない。
代わりに呆れた風な目を向ける。
「強情だなぁ」
「いいの。それが私のやりたい事なんだから」
「分かったよ。それと、服はちゃんと直してくれ。そっちに行けないからな」
「もう何回もしてるのに、まだ慣れないの?」
愛梨が悪戯っぽく目を細め、意地悪な笑みを浮かべた。
既に数えきれないほどに愛梨を味わってはいるが、心臓の鼓動が早くなるのは変わらない。
それに魅力的な肢体がこれでもかと視界に入ってくるせいで、手を出したくなってしまう。
素直に認めるのは恥ずかしく、そっぽを向きつつ応える。
「うるさい。無防備な事をしてると襲うぞ」
「もう今更だし、別にいいよ? 朝も夜も、いっぱい楽しもうね?」
「はぁ……」
この様子だと、朝から手を出しても愛梨は喜んで受け入れるだろう。
そもそも愛梨の言う通り既に何度も朝に手を出しているので、脅しの効果がなかったと後悔する。
蕩けた笑みを浮かべる愛梨に溜息を吐きつつ、朝食をかき込んだ。
朝食を片付けて玄関に行くと、いつも通り愛梨が見送ってくれる。
愛梨にとってはまだ時間があるので、スウェットのままだ。
「だらだらしてるのはいいが、二度寝するなよ?」
「大丈夫だよ。湊こそ気を付けてね」
「分かってる」
普段と同じやりとりを行い、愛梨に手を伸ばす。
すべすべの頬に触れれば、愛梨がこてんと首を傾けて湊の手に頬擦りした。
「ん……。今日の帰りは?」
「今日はバイトがあるからな。遅くなる」
大学生になってはいるが、バイトは相変わらず続けている。
以前のように気軽には出来ず、頻度も時間も減ってはいるが、それでも店長が許してくれたのには感謝しかない。
むにむにと頬の感触を楽しみつつ告げると、愛梨の目が細まった。
「じゃあ待ってるね」
「ああ。晩飯、期待してる」
「任せて」
頬から一度手を離し、靴を履いて再び愛梨に向き直る。
何をするかは分かっているので、愛梨が更に湊に近づいて胸に埋まった。
小さい体を抱き締め、顎を上げさせて唇を合わせる。
「ん……」
「ふ……」
瑞々しい唇の感触を味わいつつ、甘い花のような匂いを堪能する。
ずっとこうしていたいが、流石に電車に遅れてしまうので体を離した。
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
柔らかな笑みに背中を押され、外へと足を踏み出すのだった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
バイトから帰ると、すぐに愛梨が玄関まで来てくれた。
疲れた体に愛しい少女の笑みは非常に癒しになる。
湊の体が求めるままに、愛梨を抱き締めて温もりを共有する。
「ふふ。大学生になっても変わらないね」
「そりゃあな。愛梨はいつだって抱き締めたいよ」
もう数えるのも馬鹿らしいくらいにこういうやりとりをしているが、全く飽きが来ない。
むしろ、抱き締めなければ落ち着かないくらいになっている。
「じゃあご飯とお風呂を済ませた後もくっつこうね?」
「もちろんだ。今日の晩飯は?」
「今日は唐揚げだよ。さっき出来たばっかり」
「そりゃあ楽しみだ」
鞄を預けて手洗いとうがいを済ませる。居間に行くと、きつね色の唐揚げが大量に並べられていた。
揚げ物のいい匂いに、空きっ腹が早く食べさせろと音を鳴らす。
「いただきます」
「いただきます」
小さい部屋での幸せな生活は続いていく。