第154話 恩人への報告
「なんだかこうして出掛けるのも久々だな」
二ノ宮家での用事が早く終わり、晩飯まで時間が空いたからとショッピングモールに来ている。
年が明けてから今日までデートをする余裕が全くなかったのと、愛梨と向かいたいところがあったので、短い時間ではあるがお出掛けだ。
湊の呟きに、隣で彼女が思い出すように少しだけ遠い目をしながら頷く。
「そうですね、デートなんてしている状況じゃなかったですから」
「喧嘩した上に、それが終わったら俺が風邪を引いたからな。……やっぱり、こうして傍に居てくれている方が嬉しいよ」
楽しくデートが出来る状況ではなかったとはいえ、全く出掛けられなかった事は申し訳なく思う。
だが、やはり隣に居るのは人形などではなく、天真爛漫な笑みを見せてくれる少女が良い。
その意味を込めて言葉を放ったつもりなのだが、愛梨の顔が悪戯っぽいものに変わった。
「そんなに外でも胸の感触をずっと感じて居たかったんですか? もう十分知っているくせに、欲張りですねぇ」
「……俺はそんなつもりで言った訳じゃない」
ショッピングモールに着いてから、愛梨は以前やっていた湊の腕を抱き締めるような体勢になっている。
当然ながら彼女の柔らかな感触を感じるのだが、そんな邪な思いなど少ししかなかった。
内心を言い当てられた動揺を押し込め、人が多い場所で際どい事を言うなとじっとりとした目を向ける。
しかし、彼女の笑顔の質は変わらない。
「おや、では止めましょうか?」
「……そのままでお願いします」
愛梨の素晴らしい感触は十分に理解しているものの、それがなくなるのは寂しい。
あっさりと脅迫に屈すると、愛梨はふわりと心から嬉しそうに笑った。
「ふふ、良いですよ。たっぷり貴方の欲を満たしてくださいね?」
相も変わらず独占欲と優越感を見抜かれているが、それでも愛梨はぐいぐいと胸を押し付けてくる。
そんな態度に苦笑しつつ、ゆっくりと目的地に向かった。
「ああ、ここで買ったんですか?」
「そうだな」
愛梨と二人で来たのは、これまで様々なプレゼントを買ったアクセサリーショップだ。
そこまで大きくない店内を見渡すと、目的の人を見つけた。
打ち合わせをした訳ではないので今日ここに居るのかは不安だったが、これなら目的を果たせる。
ゆっくりと近づくと、その人は湊達の姿を見て微笑んだ。
「お久しぶりです。先日はお世話になりました」
「いえいえ、それがお仕事ですから。仲直り出来て良かったですね」
何度もお世話になった女性店員に頭を下げると、彼女にゆっくりと首を横に振られた。
しかし、今回の件でかなりの無茶を言ったのだ。親しくもない人とはいえ、感謝は忘れてはならないだろう。
もちろん指輪を受け取った時にきちんとお礼を言ったが、その時に「指輪を着けてのご来店、お待ちしてます」と言われたので、結果報告も兼ねてデートがてら店に来たのだ。
「それでも、ですよ。あんな短期間で準備していただいてありがとうございました。お蔭でこの通りです」
いくら仕事でも、あれほどの短い時間で準備してくれたのには変わらない。
実際に動く人が彼女でなくとも、こうして礼をすればその人にも伝わるはずだ。
仲良くなれたと示す為に愛梨と繋がった手を緩く振る。
すると愛梨は頬をほんのりと羞恥に染めて、顔を俯けた。
「ご迷惑をおかけしました」
「そんな事はありませんよ。少しでも商品が役に立ったのなら、それは誇らしい事です。担当の者にも伝えておきますね」
「お願いします」
しっかりと作業してくれた人への感謝も伝わるようだし、これで一安心だ。
これで用件も済んだので、冷やかしはすまいと立ち去ろうとしたのだが「あの」と引き留められた。
「折角ですし。写真でも一つどうですか?」
「……はい?」
この店では有り得ない提案をされ、呆けた声を返してしまった。
そんなお願いをしてきた当の店員は、申し訳なさそうな、しかし目を輝かせて湊達に近寄ってくる。
「今、指輪してますよね?」
「ええ、まぁ……」
流石に浩二さんに会うのに指輪をする度胸は無かったので、先程まで着けていなかった。
だが以前の店員の要求通り、今はお互いの薬指に赤と青の指輪が嵌まっている。
証明の為に愛梨と二人して左手薬指を見せると、店員はいっそう目を輝かせた。
「でしたら、ペアリングを買った人の意見という事で、是非写真をお願いしたいんです!」
「えぇ……。俺達高校生ですよ?」
湊が買ったペアリングは大人向けの物であり、普通であれば高校生が手を出せるような物ではない。
妥協に妥協をした事、そして湊に偶々貯金があった事で買えただけだ。
そんな人の写真を撮ったところで宣伝にもならないだろうと訝しむと、店員は首を横に振った。
「だからこそです、若い人達への宣伝になりますので。もちろん店内に飾ったりなどはしません、ペアリングが欲しいと思った方へこういう人も買っているのだと証明したいだけです。いかがでしょうか?」
「うーん。どうする、愛梨?」
大勢の人に見られないのであれば、写真の一つくらいは構わない。
だが、それは湊の意見であり愛梨は違うだろう。彼女は見世物になるのが嫌いなのだから。
愛梨が望まないのであれば受けるつもりはないので横を見ると――
「それ、ツーショットですか!?」
凄まじく生き生きとしている少女が居た。尻尾があればぶんぶんと振っているだろう。
彼女はこういうのが苦手だと思っていたのだが、正直意外だ。
まさかの反応に、呆れた声が出てしまう。
「そういう反応になるのか……」
「あの、データとかいただけるんでしょうか?」
「はい、構いませんよ」
「でしたら是非お願いします!」
湊の呟きはテンションの上がった愛梨には聞こえなかったようで、店員とどんどん話を進めている。
とはいえ、彼女が乗り気であるなら湊に断る理由などない。
「さあ湊さん、撮りましょう!」
「はいはい。分かったよ」
恋人の願いを叶えるのが彼氏の役目だ。
なので、凄まじくご機嫌になった愛梨と二人並んで写真を撮られた。
「ふふー。湊さんとツーショット……」
写真自体は特段変な事をせず、愛梨とくっつきながら指輪が見えるように撮って終わった。
そして店を後にしたのだが、愛梨がふやけきった笑顔をずっと浮かべている。
「もしかして、普段から写真とか撮りたかったのか?」
今まで湊達は写真を撮る事などなかった。
単に愛梨がそういうのを好まないだろうと思っての事なのだが、間違っていたのかもしれない。
おそるおそる尋ねると、彼女が顎に手を当てて思案しだした。
「んー。いえ、普段は写真を撮りたいとは思わないんですが、折角のチャンスなので利用しただけですよ」
「それならいいんだ」
湊が言わないからと我慢をさせていたら非常に申し訳ない。
だが、この様子だと本心からのようなので一安心だ。
「そもそも、小さな事や外食するたびに写真撮るのがいまいち理解出来ないんですよねぇ……。女っ気が無い私は嫌ですか?」
「いや、愛梨らしくて良いと思うぞ。そもそも写真を撮るのが女っ気があるとは言わない気がするがな」
愛梨が料理の写真を撮ってテンションを上げている姿は想像が難しい。
そもそも、女子イコール写真を一杯撮るというのが偏見に近いだろう。
それに、いちいち写真を撮るという事は湊もあまり共感出来ない。
正直な感想を伝えると、彼女が安堵の表情を浮かべた。
「それもそうですね。やっぱり写真撮りたかった、なんて言われたらどうしようかと思いましたよ」
「それは俺も同じだな。まあ、偶になら良いけど」
ある意味質素とも言えるが、これくらいが湊達らしくて良い。
お互いが傍に居てくれるのが一番なのだから。
「さて、用も終わったし、帰るか」
「でしたら、ぐるっとまわりながら帰りませんか? 人混みは嫌ですが、久しぶりのデートなのでもう少しこうしていたいです」
他人の視線が嫌いで、買い物をすぐに終わらせる愛梨にしては珍しいおねだりだ。
とはいえ、湊としてもこれでデートが終わってしまうとなんだか物足りなさを感じてしまう。
毎回となると遠慮したいが、偶にはこういう雰囲気も悪くない。
「ああ、じゃあゆっくりぶらついて帰ろうか」
「はい。買いたい物はありませんがね」
お互いに買いたい物はなく、はしゃぐ事もない。ただ空気を楽しみたくてウインドウショッピングをする。
それでも、湊達の顔から笑顔が無くなる事はなかった。




