第16話 愛梨との勉強
中間考査の一週間前から湊は愛梨と一緒に勉強を始めた。と言っても普段ゲームをしている時間を勉強に充てただけだが。
始めてから既に二時間経ち、湊の集中力が切れてきたので背伸びをしてリフレッシュする。
「テスト前は割としっかり勉強するんですね。普段は出された課題と復習を少しするだけなのに」
どうやら愛梨も集中力が切れてきたらしい。ペンを置いて休憩モードだ。
休憩がてら彼女の質問に答える。
「学費に父さんのお金と奨学金を使ってるからな。テストで悪い点を取ったらマズい」
「なるほど、だからですか。でもそういう割には普段はあんまりしませんね」
「普段はゲーム優先、テスト前は勉強優先。キッチリ分けるようにしてるんだ」
湊はしっかりと勉強と趣味を分けて、メリハリをつけるようにしている。
偶にテスト期間中に新作のゲームが出ると心が負けそうになるが、我慢だ。
「そのやり方で成績はどれくらいなんですか?」
「だいたい一桁台だな。一位を目指している訳じゃないからそこまで順位を深刻に考えてない」
日頃授業をしっかり聞いて、難しかった所は軽く復習するだけで何とかなると思う。
流石にテスト前となると今回のように勉強の比率を増やすが。
湊の言葉を聞いて、愛梨が鮮やかな碧眼を僅かに見開いた。
湊の普段の生活から一桁台を取れるとは思っていなかったのだろう。
「頭良いんですね」
「確かに頭が良い方だとは自負してるが、それを二ノ宮が言うか?」
「何でですか? 普通に一桁台は誇れるものでしょう?」
愛梨がどこか羨むような目で湊を見てくる。
どちらかというとその目は湊がする方だと思って苦笑いした。
「誇れるというか、新入生代表挨拶をした学年主席に言われるのは複雑な気分になる」
「学年主席とか止めて下さい」
「悪い事じゃ無いだろ」
「私は特にやる事が無かったので勉強していたら主席になってしまっただけですから」
自慢にもならない、と言いたげな愛梨の顔には喜びや照れの感情は見えず、いつも通りの無表情だ。
一位というのは勉強してただけで取れるような物ではない。それは間違いなく愛梨の努力の成果だろう。
「十分誇れる事だろう、凄いな」
「……なんでしょうか、あまり勉強せずに一桁台を取れる先輩に言われると腹立たしいですね」
「おかしい、怒られる要素は無かったはずなのに」
「自覚無しですか、そういうところですよ。それに私、最近ゲームしているので不安なんです」
顔を顰めて大きく溜息を吐かれた。
この前RPGを勧めてから愛梨はハマっている。とはいえ初日のように完全に時間を忘れてしまうという事は無い。
湊と同じように、課題等を終わらせた後にゲームをやるようにしているので不安にならなくても良いと思う。
「二ノ宮は大丈夫だろ。見た感じ分からないところも無さそうだし」
「それは確かに大丈夫なんですが、心配なだけですよ」
「もし分からないところがあったら教えようか?」
「そうですね、その時はお願いします」
まあ教えることなんて無いだろう。チラチラ愛梨の勉強を見ていたが、手が止まる事は無かったのできちんと理解しているようだ。
彼女も社交辞令として言っただけだろうし、湊は気にしない事にした。
「さ、もう少し頑張るか」
「そうですね」
数日経ち、テスト勉強は終わって後は本番だけとなった。
やはり愛梨が勉強を聞いてくることは無かったので、湊も自分の勉強に集中した。今回はそれなりの点を取れるだろう。
湊は今回のテストに対して前向きに考えているが、向かいの愛梨の表情は曇っている。
「どうした? やっぱり何か不安なのか?」
「テストに不安はありませんよ。というか別に一位に拘っている訳でも無いですからね」
「でも何だか浮かない顔だな。心配事があるんじゃないのか?」
「心配事というか、気になることですね」
「遠慮無く言ってくれ。俺に答えられる事限定だがな」
「じゃあ遠慮無く。百瀬さん達と勉強会しないで良かったんですか?」
「……何の話だ?」
愛梨が申し訳なさそうに顔を俯かせる。
どきりとした、動揺が顔や態度に出ていないだろうか。
てっきり勉強で分からない場所があると思っていたのだが、まさかそんな質問が来るとは思っていなかった。
愛梨には一真の家に遊びに行く際に二人とは幼馴染だと説明したが、いつもテスト前に勉強会をしているとは言っていない。
言えば彼女は遠慮して一人で勉強すると思ったので言わなかったのだが、何故その考えに行きついたのだろうか。
「百瀬さんがクラスで言っていましたよ。今回は一緒に勉強会をしている幼馴染がいないので、彼氏と二人で勉強会をすると。クラスメイトは羨ましがってましたが」
「……なるほどな」
百瀬が愛梨のいる所でその話をするとは思わなかった。
百瀬からすれば彼女は全く関係無いと思っているので仕方無いのだが、湊の詰めが甘かったのかもしれない。
愛梨は眉尻を下げて湊を問い詰める。
「九条先輩、どうしてですか?」
「恋人同士でやらせた方が良いと思ったんだ」
それっぽい事を言って誤魔化した。
一真達が付き合いだしたのは中学生の頃だ。当然その事を愛梨は知らないので、追及されなければ付き合い出したカップルに気を使った、ということで騙せるはずだ。
「本当にですか?」
「ああ、本当だ」
「……嘘つき」
なるべくいつも通りの対応を意識したのだが、愛梨に思いっきり睨まれた。
完全にバレているようだ、何故だろうか。
「何のことだか分からんな」
「百瀬さん『今までずっと三人だったのに』って言ってましたが、どういうことなんでしょうね?」
「知らん、身に覚えが無い」
「いい加減認めましょうよ」
「……」
ここで認めると、意地を張った挙句全てバレるというあまりにも情けない事になる。
湊がそっぽを向いていると、愛梨に大きく溜息を吐かれた。
「本当に、先輩は。……ありがとうございます」
「何を感謝されているか分からん」
愛梨が薄っすらと微笑みながら、小さな声でお礼を言ってきた。
湊がこうしたかったからやっただけであり、ただのお節介だ。お礼を言われる理由がない。
顔を反らしたままムスッとしていると、愛梨にくすくすと笑われる。
無性に恥ずかしくなって、誤魔化す為に寝る準備を始めた。