第152話 洗い合い
愛梨が暴走してからしばらく経ち、学校も含めて汗を掻いたので、風呂に入ろうという話になった。
当然ながらそれは二人共ではあるが、先に女性に入ってもらうべきだ。
なので湊が片付けしているうちに愛梨に入ってもらおうと思ったのだが――
「どうせなら一緒に入りませんか?」
「いや、無理じゃないか? お湯に浸かるのはまぁ……、頑張ればいけると思うけど、体を洗うのは無謀だろ」
恋人と一緒に風呂に入るというのは憧れではあるが、はっきり言って湊の家の風呂場は狭い。
バスタブに二人共入るとなるとぎゅうぎゅう詰めになるのは確実だ。
また、洗うのも交代で行わなければならない上に、下手をすると邪魔になるだろう。
だからこそ考えついてはいたものの今まで提案してこなかったし、乗り気ではない態度を取ったのだが、愛梨がにんまりと笑う。
「でしたら浸かるのは頑張るとして、髪だけでもどうですか? その間に自分で体を洗うって事で」
「……それならギリギリいけそうだな」
一緒に入りたいという欲望はあるので、顎に手を当てながら無表情を意識して妥協案を呑んだ。
欲望丸出しはみっともないと思っての行動なのだが、湊の内心を読み取ったのか愛梨がくすくすと軽やかに笑う。
「もっと素直に喜んでくださいよ」
「露骨に色目を使ってるようで恥ずかしいんだよ」
「何を今更。貴方が私の体を大好きな事なんて分かり切ってますよ。先程も、ねえ?」
あまりに直接的な事を言われたの事で、恥ずかしさを隠せずに頬が熱を持ってしまった。
先程まで求めていたのは事実だが、それは愛梨も同じだ。というよりは彼女の方が激しい。
人の事は言えないとじっとりとした視線を向ける。
「そういう愛梨こそ、俺の体が好きなんだろ? 何もしてないのにスイッチが入ったんだし」
「当たり前じゃないですか。貴方の全てが大好きですし、欲しいという想いはずっと持っていますよ。勿論今もです」
てっきり照れると思ったのだが、愛梨は当然だとでも言わんばかりにあっさりと宣言した。
それでいて美しいウインクで湊を誘うのだから、本当に質が悪い。
「……お湯張ってこい。俺は居間を片付けるから」
「分かりました。あぁ、それと――」
このままではずっとからかわれるので、風呂場に行けとぶっきらぼうに指示した。
だが愛梨は悪戯っぽい笑みを浮かべ、耳を寄せてくる。
「いつでも、何度でも、良いですからね?」
「……っ!?」
甘く熱を持った声が耳に届き、背筋が震えた。
既に仲直りをし、深夜までのバイトは終わっている。更に風邪も治ったのだから、湊達のやりとりを阻む物は何も無い。
その所為か一瞬だけ爛れた生活を想像してしまった。
(いや、流石にそれは駄目だ。高校生からかけ離れてる)
煩悩に塗れすぎだと愛梨から距離を取り、頭を振ってイメージを消す。
散々楽しんだ後で何を今更という話ではあるが、このままでは年始のごく僅かな期間よりも酷い生活になるのは確実だ。
なんのつもりだと湊を誘う声を出した主をほんのりと睨むと、妖艶な笑みを返された。
「ふふっ。貴方が頭に描いた事、やってみたくありませんか?」
「それ、は……」
「待っていますからね?」
理性と欲望がせめぎ合い、愛梨の言葉に何も言い返せない。
そんな湊の耳元で再び彼女が囁き、すぐに身を翻して風呂場に入っていった。
銀髪がご機嫌に揺れていたのは勘違いではないだろう。
「……頑張れ、俺」
湊がしっかりしなければ、誰も止める人が居ないのだ。
もう手遅れな気もするが、やりすぎには注意だと自らに言い聞かせた。
「入るぞー」
「はーい」
片付けも終え、愛梨に声を掛けてから風呂場に入る。
女性は体を洗うのも大変のようで、事前に彼女は体に泡を付けていた。
流石に下はタオルで隠しているが、芸術品のような肢体は何度も見ても素晴らしい。
(本当に、綺麗だな……)
真っ白な肌にはシミ一つ無く、水に濡れているからか余計に美しく感じる。
そして肌に張り付いた銀髪は、先程までとは違った艶めかしさを醸し出す。
なんだか見てはいけない――普通に考えれば彼氏とはいえ見てはいけないのだと思うが――ものを見た気がして、それをずっと見ていたくて、体が動かない。
「……あの、流石にそんなじっくり見られると恥ずかしいです。というか寒いんですが」
「すまん」
無言で見続けていると、お咎めの言葉をもらった。
いくら知り尽くされた体とはいえ、じろじろと見られるのは恥ずかしいようだ。
素直に謝罪し、頬を真っ赤に染めた愛梨の背後に回る。それでも風呂場は非常に狭く、二人で本当にギリギリだ。
瑞々しい肌にどうしても触れてしまうが、そんな事になるのは分かり切っているのでお互いに文句は言わない。
「じゃあ洗うからな。サポートよろしく」
「任せてください」
湊の髪を洗うのとは訳が違う。素人が適当にやるよりかはアドバイスをもらいながら洗った方が良い。
そうして意気込みつつ、滑らかな銀髪を洗い出した。
「……いやぁ、こんなに大変なんだな」
愛梨に指示をされながらロングストレートの銀糸を洗っているが、想像以上に労力が掛かる。
洗う量が増えるのは当然なのだが、そんな軽い言葉では済まされない。
シャンプーの量は圧倒的に湊より多いし、それを髪全体に行き渡らせるとなると結構疲れる。
また髪が白色なので、シャンプーがどこまで行ったかを確認するのも大変だ。
思わず呟くと、愛梨に苦笑された。
「でしょう? 苦労してるのは風呂上がりの手入れだけではないんですよ」
「実感したよ」
「……お願いした側ではありますが、大丈夫ですか?」
「もちろん。言った以上は責任を持ってやらせていただきます」
不安気に尋ねてきたので、冗談っぽく返す。
大変ではあるが、貴重な経験だ。それに、こんな素晴らしい物を洗えるのは誇らしさすらある。
心配する必要などないと言葉に込めると、愛梨が肩の力を抜いた。
「ありがとうございます。気持ち良いです」
「そりゃあ良かった。こんなのはどうだ?」
髪全体を洗うのは勿論だが、頭も洗わなくてはならない。
少し乱暴に頭を泡立てると、力を抜いた愛梨がゆらゆらと揺れた。
「んー。良いですねぇ、堪らないです」
「かゆい所は無いか?」
「それはありませんが、もっとしてくださいー」
「はいよー」
どうやらこれくらいの力加減がちょうど良いらしく、愛梨がご満悦な声を上げる。
定番のセリフを言うと、上機嫌で間伸びした声が風呂場に響いた。
「さて、次は湊さんの番ですよ」
「頼む。特に注意する所は無いから、好きにやってくれ」
男の髪など何も気にする必要は無い。完全に愛梨任せにし、体を洗う。
散髪で他人に頭を洗ってもらう事はあるが、やはり恋人に洗われるというのは格別だ。
しっかりと、だが丁寧にしなやかな指が髪を洗う感触は気持ち良すぎて溺れてしまう。
「気持ち良い、ありがとな」
「いいえ、私も楽しいですから。かゆい所があったら言ってくださいね?」
「大丈夫だ、もっと強めでもいいからな」
「はぁい」
狭く、肌と肌が触れ合ってしまう距離で、お互いの髪を洗う事などそうそう出来はしない。
彼女の髪は洗い終えたが、髪を洗われるというこの幸福な時間を楽しむべきだと身を委ねる。
「はー。こんなに楽なんですねぇ」
すぐに愛梨は湊の髪を泡だらけにし、感嘆の声を漏らした。
あまりやりがいがないのを申し訳なく思う。
「短いとこんなもんだな。あっさりしてて悪い」
「気にしないでください、楽しいですよ。……黒だとシャンプーが良く分かりますねぇ」
「それも違いだな」
どうやら愛梨も違いを楽しみながら洗ってくれているようだ。
だが、そうなるとどうしても尋ねたい事がある。
「なあ愛梨、髪を――」
「湊さん、それは愚問ですよ。何度も言わせる気ですか?」
「……悪かった」
愛梨が質問を遮り、キッパリと言葉を放った。
そう言われてしまえば「髪を切るか?」とは言えない。
「いっそ今度からは髪の手入れだけでなく、洗うのもお願いしましょうかね?」
「それは魅力的だが、偶にやるくらいで頼む。……多分、それどころじゃなくなるから」
暗に「毎日一緒にお風呂に入りますか?」と聞かれたが、それは流石に遠慮したい。
今は気力が無いので手を出さないが、毎日となれば確実に髪を洗うどころではなくなる。
それに今の風呂場は狭すぎるので、二人だと落ち着けないし不便過ぎる。
様々な理由から断ると、愛梨がいきなり抱き着いてきた。
「もう、良いと言ってるのに、強情ですねぇ……。それとも、お楽しみは後にしたいからですかぁ?」
「……っ」
直に背中に当たる柔らかい感触に、耳をくすぐるような声。洗剤の匂いが充満しているはずなのだが、愛梨の甘い匂いがする。
内心で思っている事を正確に言い当てられて、言葉に詰まってしまった。
「えっち、すけべ。ほら、こんなに近くに居るんですよ? じっとしていて良いんですか?」
「ああもう! ほら、流すぞ!」
「ひゃん!」
このままでは強引にその気にさせられてしまう。
湊の理性を溶かす温かい感触を振り払って泡を流した。
「はふー」
腕の中にいる愛梨が溜息を吐いて力を抜く。その高い声が風呂場に響いた。
「いやぁ、狭いですねぇ」
「ああ、ぴったりくっつかないと一緒に入れないな」
体と頭を洗い終えてから一緒にバスタブに入ったのだが、やはりここは二人で使うようには出来ていなかった。
足を伸ばせないのは一人の時からとはいえ、二人共入るとなると密着しなければならない。
必然的に愛梨を抱き抱える形になるので、細く柔らかい体の感触を余す事なく味わえてしまう。
勿論極上のものであり、ずっとこうしていたいとも思えるが、リラックスには程遠いのではないか。
「なあ愛梨、窮屈じゃないか? 大丈夫か?」
「平気ですよ、むしろくっつけるので嬉しいです。それに、そう言う湊さんだって嬉しいでしょう? 目線、バレバレです」
「いや、だって、これは見るだろ……」
意地悪な声に言い訳を返す。
何度も見ている肢体とはいえ、至高の芸術品が隠されずに目の前にあるのだ。反応しなければ男として異常だとも思える。
ましてや湊に存在しない柔らかい物体が浮かんでいる光景など、もはや神秘と言っても良いだろう。
「……それ、浮くんだな」
「ええ。身も蓋もない言い方をすれば唯の脂肪の塊ですし、中身は水ですよ」
「本当に身も蓋ないな」
自らの大きな物をバッサリと言ってのける愛梨に苦笑を返した。
確かにそうなのだが、それが男を魅了するのには変わらない。
魔が差して彼女の腰に回している腕を持ち上げ、それに触れさせるとぷかぷかと動いた。
「おぉ……」
「堂々と人の体で遊びましたね。いや、私の体は貴方の物なんですけれども」
感嘆の声を漏らすと、苦言を呈された。
とはいえ言葉通り抵抗する気は無いようで、愛梨は凭れ掛かって来たままだ。
「悪い、男として避けては通れなかったんだ」
「はぁ……。本当に湊さんは私の胸が好きですよね」
「勿論だ。そんなのは今更だろうが」
既に湊の趣味はバレているので、呆れ気味の声に開き直った。
大き目が嫌だという人も居るとは思うが、湊にとってはこれがベストである。
それに胸だけではなく、水面に無造作に散らばった銀髪も素晴らしい。
水着の時は迷惑だからと纏めていたが、家という事で好きにしている。
銀糸がゆらゆらと揺蕩う光景は、ちっぽけなバスタブとは思えないくらいに幻想的だ。
「……俺、この光景を見れて良かった」
「こんなの当たり前なんですがね。まあ、喜んでくれているので良しとしましょうか」
「喜ぶに決まってるだろ。綺麗だよなぁ」
愛梨からすれば自分の一部なので何の感情も抱かないと思うが、綺麗すぎて写真に残したいとすら思う。
流石にそんな事は出来ないので、代わりに銀髪を一房すくって感触を確かめる。
湊の手に絡みついてくる銀糸はとても髪とは思えない。
「それを手入れするという自覚を持ってくださいよ?」
「ああ、分かってるって。俺の趣味だからな。愛梨の髪は俺の物だ」
深夜までのバイトの時は流石に無理だったが、これからは以前のように湊が愛梨の髪の手入れを行う。
この艶を保つのが自分であるという実感に、優越感を感じた。
独占欲丸出しの発言なのだが、愛梨の肩が嬉しそうに震える。
「ええ、代わりに貴方は私の物です」
上機嫌な声を発した愛梨がぐいぐいと体を押し付けてきた。
そんな事をすれば、誘惑に負けないようにと必死に我慢していた体が反応してしまうので止めて欲しい。
というより、分かってやっているのだろう。横からでも悪戯っぽい笑みをしているのが分かる。
「二人っきりでこうして密着しているんです。そりゃあ我慢なんて出来ませんよねぇ?」
「……そうだけど、流石にキツいって」
高校生なので元気が有り余っているのだが、この場で手を出すのはあまりに節操がない。
それに、おそらく止まらなくなってしまうだろう。
何とか話を逸らそうと考えていると、二人共の腹が鳴った。
「……むぅ」
「ははっ。腹減ったな?」
場の雰囲気を壊した自らの腹に愛梨が唇を尖らせたが、むしろいいタイミングだ。
盛り上がった結果、のぼせたくはない。
それに、どうせ後で似たようなをするつもりだ。仕返しの意味を込めて、お湯で火照った小さい耳に口を近づける。
「そんなに煽ったんだ。後でいっぱい触れるからな。覚悟しろ?」
「……っはい。是非、お願いします」
どうやら、今日は早めに布団に入らなければならないようだ。
「そうだ。折角だし、前に言っていた愛梨の髪を拭くの、今やっていいか?」
流石に玄関で二人共体を拭く事は出来ない。
なので風呂場と玄関に分かれようと愛梨が言い出したのだが、ちょうど良いタイミングなので尋ねてみた。
以前聞いた時は髪が濡れたまま居間に行く事は出来ないとの事だったので、この状況なら大丈夫だろう。
予想通り、愛梨が苦笑しつつも頷いた。
「良いですよ。全く、まだやりたかったんですか?」
「ああ、忘れる訳ないだろ。さあいくぞ」
「はい」
バスタオルを体に巻いた愛梨の前に立ち、まずは頭からだろうとわしゃわしゃと拭く。
「んー! 気持ち良いですねぇ」
髪を洗う時の反応からして、少し乱暴な方が良いと思って遠慮しなかったのだが、合っていたようだ。
弾んだ声が聞こえてきて、湊にされるがままになっている。
頭を終えたら、次は腰まで伸びている銀髪だ。
「バスタオルで拭いてようやくか。やっぱり髪の量が多いと水も凄いな」
湊の髪の量だとバスタオルが余ってしまう。
だが愛梨の髪を拭くとなると、これでちょうど良いくらいになる。
「ですね。でも後で湊さんに乾かしてもらいますので、ある程度で良いですよ」
「分かったよ」
言われてみれば湊が手入れする以上、滴り落ちない程度で良いはずだ。
これで終わりだと思うと、名残惜しさを感じた。
だが、愛梨の目には期待が満ちている。
「ねえ湊さん。さっきのをもう一回してください」
「それ、単に気持ち良いだけだろうが」
「そうですよ。良いでしょう?」
「勿論だ」
空腹なはずなのに、愛梨は触れ合いを求める。
そして、おねだりを拒否する理由など無い。
再び頭をバスタオルで少し乱暴に拭く。
「ふ、ふふっ。最高ですねぇ……」
ちらちらとタオルの隙間から見える顔は満面の笑みだ。
そうして、髪を拭き切ったにも関わらず愛梨の髪をタオルで撫で続けた。




