第139話 湊の決意
「うーん。良い物がないなぁ……」
大型ショッピングモールに着き、めぼしい物がないかとあちこち物色しているが、ピンと来るものは見当たらない。
頭を悩ませながら彷徨っていると、いつか来たアクセサリーショップに着いていた。
「アクセサリーか、最近買ってないな」
前に買ったのは夏休みの時だった。
あれ以降、愛梨へのご褒美やプレゼントはアクセサリーばかりでは駄目だろうと別の物を選んでいたが、今はそんな事を言ってはいられない状況だ。
だがネックレスにヘアピンと来て、次は何が良いかと考えながら物色してもこれだという物は見つからない。
「適当なものじゃあ愛梨を元気付けられないし、かといって高すぎる物は手が出せない。どうしよう……」
唸りながら店内を回っていると、見かねたのか女性の店員が近づいてくる。
見覚えのある人だと記憶を探ると、ヘアピンを買う時にお世話になり、ネックレスを買う時にからかわれた女性店員だと思い出した。
「お困りですか?」
「そうですね、恋人を元気付けるようなものはないかと思いまして」
「お二人の様子だと問題無さそうに見えましたけど……」
これまでの湊達の様子からして、揉める事が無いと思われていたのだろう。
その信頼は嬉しいが、今の現状から目を逸らせはしない。
「仲が悪くなった訳じゃありませんよ。単に彼女に愛情を示せる物がないかと探していただけです」
「ふむ……。店員としてこれを聞くのはどうかと思いますが、使えるお金はどれくらいでしょうか?」
「バイトをしているので、ある程度は大丈夫ですよ」
「でしたら、こちらはどうでしょうか?」
店員に連れて来られたのは、以前愛梨と一緒に見たペアアクセサリーだ。
しかし、似たような物では彼女を元気付ける事など出来ないだろう。
「うーん……」
「以前見てましたものね、あまり良い物は無いですか?」
「……ですね」
ここには目に付く物が無いので周囲を見渡すと、あまり人の居ないエリアに色とりどりの石が並んでいるのが見えた。
「あっちにあるものは何ですか?」
「あちらの物はかなり値が張りまして……。正直、お客様では厳しいかと」
眉を下げてそう言うのだから、かなりの物なのだろう。
だが、どんな物でも良いので、これだという物が欲しい。
「構いません、一度見て良いですか?」
「は、はい」
戸惑う店員に許可をもらい、気になった場所に行く。
そこには、これまでとは別格の物が並んでいた。
確かにこれらは今の湊には厳しいと言わざるを得ない。思わず顔を顰める。
「確かに、高校生にこれは……。でも……」
「安い物もありますが、使っているのは小さいとはいえ本物なので、結構値が張ります。それに人によってはかなり重い物になりますが、本当にこの中から選ぶんですか?」
「ん……」
店員が心配するのも分かるくらいのものだ。おそらく、普通の人であればこれをプレゼントするとなると重いだろう。
だが、愛梨の愛情の重さは凄まじいものだし、今の彼女を励ますのにはぴったりだ。
当然ながら高い物ばかりではあるものの、それを払うだけの価値はあると思う。
(……でも、問題が多すぎる)
金銭面は勿論そうだが、普段ならば時間を掛ければ良いだけだ。
それよりもお金を今から準備するとなると、圧倒的に時間が足りない方が問題になる。
一応当てがあるにはあるが、それも自信がある訳ではない。
それに――
(あれ程大口叩いておいて、愛梨の傍に居られる時間が減ってしまう)
働かなければお金は得られない。そして、短期間で無理をして得たとしても、愛梨を裏切る事になってしまう。
湊が傍に居るだけで良いと言っていた、彼女の望みを叶えないのだから。
それだけではなく、甘やかすという自ら宣言した言葉すらほぼ否定する事になる。
それは駄目だという心と、今のままでは何も変えられないという心がせめぎ合う。
(どうすれば良い? そもそも、これは俺の勝手な行動だ。俺が苦労するのは構わないけど、それを押し付けて悲しませた挙句、何の変化も無いのであればむしろやらない方が良い)
そうして弱気になると、次々と負の方向に思考が傾いてしまう。
独りよがりな行動をしていいのか、愛梨を悲しませていいのか。
また、アクセサリーというのもそれに拍車を掛けている。
(どんなに頑張ったところで、たかがアクセサリーだ。これで愛梨の自信が付く保証は無いんだから、無駄になる可能性は十分にある。……本当に、俺の行動は正しいのか?)
さんざんこれ以上アクセサリーは遠慮したいと思っていたくせに、結局それに頼ってしまう。
ましてや、高価な物など要らないと愛梨に言われていたにも関わらずだ。
ぐるぐると答えの出ない疑問に頭を悩ませていると、「あの」という女性店員の声が聞こえた。
「贈ってもいいのかとお悩みでしたら、それはきっと大丈夫ですよ」
「……え?」
柔らかな声に俯けていた顔を上げる。
おそらく相当酷い顔をしていたのだろう。彼女は気遣わし気に湊を見つめていた。
「そこまで悩むという事は、お金に困っていても贈りたいという、余程大切な人のはずです。……まぁ、それは見ていて分かりましたけど。そして、彼女さんは少し会う時間が減った程度で呆れられるような人でしょうか?」
「でも、一緒に居たいという恋人の願いを断ってまでやるべきなのでしょうか?」
店員に相談するというのは普通有り得ないだろう。
だが、今の湊では情けない事に正解に辿り着ける気がしない。
縋るような言葉を放つと、彼女は柔らかく微笑んだ。
「女性の立場から言えば、確かにそれは辛いです。でも、あれだけ仲が良いお二人であれば、きっと分かってくれると思います。それとも、貴方の彼女さんはそれすらも受け入れてくれないのでしょうか?」
「いえ、そんな事は……。でも……」
「大丈夫ですよ。きっと、貴方の真っ直ぐな想いは伝わります。だから、貴方が選んでください。今を苦しんで切っ掛けを掴むか、それを止めて別の道を探すか。それを決めるのは貴方です」
「……」
彼女の言葉に胸を打たれた。
他人の意見に左右されては駄目だと、進むなら恋人に甘えず傷つく覚悟を決めろと。
そして、湊にはこれらのアクセサリーが必要だ。
となれば、ここで怖気付く訳にはいかない。
「ありがとうございます。この中から選びますね」
「いいえ、こちらこそ。ふふ、売りつける店員がアドバイスというのは変ですかね。結局買わせてますし」
ハッキリとお礼と意志を告げると、店員は嬉しそうに微笑んだ。
少しだけからかうような響きに首を振って応える。
「そんな事はありません、踏ん切りがついたんですから。あの、少しだけ席を外していいですか? 電話を掛けたい人が居るので」
「どうぞ、お待ちしてます」
決めたのならすぐに行動すべきだ。時間はあまり残されていないのだから。
許可を取って店を後にし、アクセサリーショップから少し離れた位置で、スマホの連絡アプリを立ち上げた。
今回の件で、どうしても協力してもらわなければならない人が居る。
『九条君、どうしたんだい?』
数コールの後、先程聞いた男の声が聞こえてきた。
仕事中かと思ったが、先程言っていた通り今日は店が空いているらしい。
「店長、お願いがあるんです。俺をこれから一ヵ月間、閉店まで働かせてください。それと、その分の給料を前借り出来ないでしょうか?」
今回の件に関しては、誰かにお金借りる事などやっては駄目だと思っている。だが、あと一週間もすれば期限だ。
貯金だけではどうしようもないとなれば、なりふり構ってはいられない。
湊のバイト先は夜になるとバーと飲食店を兼用するので、ここで稼ぐしかないだろう。
店長の奥さんが深夜近くまで仕事をするので、いつでも息抜き出来るようにと始めた事のようだが、今回は都合が良い。
とはいえ、そう簡単にはいかないだろう。
(高校生が夜遅くまで働くんだ、前借りも含めて普通許されない。だけど、ここで断られたら他のバイトを探すしかなくなる)
どこに行っても、遅い時間まで高校生のバイトを雇ってもらえる場所など無い。
ましてや短期間となれば尚更だ。
却下されたらどうしようと、心臓の鼓動が激くなっているのを自覚する。
『うーん。それは、さっきの悩みの件だね?』
「はい、どうしても欲しい物があるんです。お願いします」
電話越しで伝わらないと分かっていても、小さく頭を下げた。
ここで許可をもらえなければ、全ての計画が駄目になってしまう。だが、しつこくお願いするのは良くない。
想いは伝えたので、あとは待つだけだとジッと耐える。
『……確認したい事がある』
どれくらい経っただろうか。硬い声が聞こえてきた。
ここで嘘を吐いて信用を失う訳にはいかない。
「何でしょうか?」
『それは、一ヶ月ずっと閉店まで働かなくてはいけないものかな?』
「……正直、余裕を持ってますね。普通にシフトに入るだけでは足りず、かといってこれから毎日閉店まで働くのは少し多いと思います。どれくらい増えるかにもよりますが」
愛梨と暮らし始めて散財する事が無くなったので、貯金はかなりある。
無茶をして給料がどれくらい増えるかは流石に分からないものの、これまでの経験と計算上からはそれくらいで貯まるだろう。
しかし、前借りなどという普通では許されない事を頼んでいるのだ。溜まりそうになったらいつも通りに戻すなど、そんな適当な事が許される訳がない。
なので一ヶ月と言ったのだが、それはそれとして質問にはきちんと答えた。
『夜遅いという事も加味して、だいたい五割り増しくらいだね』
「……でしたら予想通りですね」
店長の言葉から計算すると、大体予想していた金額になりそうだ。
だが、それに何の意味があるのだろうか。
首を傾げながら返答すると、電話越しの声が明るいものに変わる。
『よし、なら閉店まで働くのは許可しよう。君の落ち着き方なら大学生だと言ってもバレなさそうだしね。だが、必ず週に一回は休む事、それと体調が悪くなったら絶対に無理はしない事。これらの事は緩い自営業だから出来るのであって、当然だけど他言無用だ。守れるかい?』
「誰にも言いません。ですが無茶をお願いするのですから、休むのは駄目なのでは……」
既にバイトとして相当の無茶を言っているのだ。
そんな横暴など許されるのかと戸惑っていると、穏やかな声が掛かる。
『良いんだよ。知っての通り、俺の店は単に趣味だ。それに君は真面目だし、一年以上もお世話になっている。これくらいの無茶は許すべきだろう』
「……ありがとうございます」
凄まじい無茶を許可してくれた事に、心からの感謝を伝えた。
店長からここまでの信頼を得られているという事実と、目的を果たせるという実感に目頭が熱くなる。
『とはいえ、甘くはしないよ。いいね?』
「分かっています。精一杯、頑張ります」
『よし、それじゃあ詳しい話をしようか。まず――』
湊からお願いした事なのだ。妥協は怠慢は許されない。
ハッキリと応えてから、明日からのシフトについて詳しく打ち合わせを行った。
そして打ち合わせ後、すぐにアクセサリーショップに戻って先程の店員に声を掛ける。
「すみません。遅くなりました。今から選びます」
「いえ、構いませんよ。では、ゆっくり選んでください。決まりましたら何点か確認したい事と準備していただきたい物があるので、声を掛けてくださいね?」
「はい」
適当に選ぶつもりは無いが、ここでミスしては全てが水の泡だ。
たっぷり時間を掛けて納得のいく物を選び、その後女性店員と話し合う。
「――以上です。大丈夫ですか?」
「はい、準備出来ます。でも良いんですか? あと一週間しかありませんよ?」
お互いにかなりの無茶な要求をした。
湊の方は問題無いものの、店側としては相当の無理難題ではないだろうか。
頼んだ側ではあるが、思わず訝しむ。
「在庫を確認したところ大丈夫のようですし、任せてください」
「……お願いします」
バイト先の店長にこの人と、なんだか大人の人に迷惑を掛けてばかりな気がする。
深く頭を下げると、眩しいものを見るような目をされた。
「いいえ、そうやって皆さんの役に立てるのなら。ここで働く甲斐がありますよ」