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第13話 ○○○の日

「ただいま」

「おかえりなさい」


 愛梨に声を掛けると疑うような目をされた。

 目だけでなく表情もムスっとしているので、本当に機嫌が悪いのかもしれない。


「いきなりどうしたんですか、夜ご飯を作るなんて言い出して」

「言っただろ? (たま)には俺も作りたいんだ」


 愛梨が事情を隠した以上、湊から言う訳にはいかない。言ったら完全にセクハラになるので駄目だ。

 何とか誤魔化そうとしたが余計不審な目をされた。冷たい目ではないものの、今までで一番不機嫌な目かもしれない。


「でも、これまではバイトが休みの時でも私に作らせてくれたじゃないですか」

「気分だ気分、たまたまだよ。それと、いつも作ってくれてありがとな」


 普段から味の感想を伝えているし、感謝の言葉も言っているつもりだ。大したことは言えず、美味い、ありがとう、くらいしか言えてないが。

 改めて感謝を伝えると何を勘違いしたのか、愛梨が泣きそうな顔になった。

 紛れもなく湊の本心なのだが、取って付けたような言い方になってしまったのが良くなかったのかもしれない。


「すまん、お礼を言うタイミングが悪かったな」

「……そんな言い方をするという事は、もしかして私の夜ご飯は不満でしたか?」

「いきなりどうした? そんな事言ってないだろ。むしろいつも美味しくて感謝してるくらいだ」

「でも、九条先輩、急に作るって言い出しました。やっぱり何かおかしいです」


 完全に勘違いしているし、声が涙声になってきた。そろそろ泣き始めるんじゃないだろうか。

 愛梨が泣きそうな事に戸惑っていると急に詰め寄ってきた。顔が近い。

 こんな時だけれど、澄んだアイスブルーの目は吸い込まれそうで、やはり綺麗だなと思ってしまった。


「すみません、なにか悪いところがあったなら言ってください。ちゃんと直しますから!」

「いや、悪いとこなんて全く無いが」

「じゃあ何で急に夜ご飯を作るなんて言い出したんですか!」


 本当に愛梨に不満は無い。けれど完全に取り乱しているので、この調子だと誤魔化しても駄目なようだ。

 湊から言わなければならないのが凄まじく恥ずかしい。こんなの公開処刑だろう。

 というか普通に怒られる気がする。


「……分かった、言うよ。怒らないでくれると助かる」

「やっぱり理由があるんじゃないですか。ちゃんと受け止めますから言ってください」


 湊が溜息を吐くと美しい碧色の瞳に涙が滲む。そんな顔をされたら話すしかなくなってしまう。

 しかも愛梨の口ぶりからすると、湊が普段何かを我慢していると愛梨の中で決まってしまっている。

 なるべく遠回しの言葉で理解して欲しい。


「男性には無いけど、女性には月一回くらいで体調が悪くなる時があるよな?」

「何意味の分からない事を言ってるんですか? ちゃんと言ってくれるって約束しましたよね?」


 やはり駄目なようだ。

 一応こういう時に何と言えばいいかスマホで調べておいたものの、合っているか分からないし実際に言う事になるとは思わなかった。

 ちなみに、百瀬の場合は自分からストレートに言うので変な気遣いが無い。

 もうどうにでもなれ、と思いながら湊は口を開く。


「二ノ宮、今日女の子の日だろう?」

「…………はい?」

「だから、女の子の日なんじゃないのか?」

「……」


 愛梨に伝えると完全に反応が無くなった。

 一瞬で無表情になったと思ったら、すぐにリンゴのように真っ赤な顔になる。

 涙目なのは変わっていないが、泣きそうな顔から無表情、真っ赤な顔と、この僅かな間で凄い表情の変化だ。


「え、な、なんで、わかったん、ですか?」


 あまりに気が動転しすぎてちゃんと言葉が発せていない。

 愛梨が慌てている分、湊が冷静にならなければと思い、しっかり理由を説明する。


「朝から何かだるそうだった。俺には体調が悪いと言わなかった。体育を見学してた。以上の事から判断しただけだ」


 男である湊に「今日は生理なんです」なんて言える訳がない。

 その上で体育を見学している愛梨を女子が心配するなど原因はもう一つしかない。


「えっと、あの、その、わ、わたし」

「はいはい、とりあえず落ち着け。そして一旦俺から離れてくれ」

「――っ!」


 ようやく顔が近いのに気付いたらしい、耳まで真っ赤になった愛梨は、ものすごい速さで居間の隅に逃げて行った。

 顔を見られたくないのかクッションで顔を覆っている。スカートで膝を立てているので角度しだいで下着が見えそうだ。

 もちろん見るつもりは無いので、愛梨を視界から外しつつ声を掛ける。


「それで、俺が夜飯作ってもいいか?」

「……おねがいします」


 クッションに頭を埋めていたのでくぐもった声で答えられた。

 そういう仕草は可愛らしいなと湊は心の中で思うだけにしておく。





 居間の隅で動かなくなった愛梨を放っておいて夜飯を作る。ご飯はお願いしていたので既に出来ている。

 作るのは鶏がゆだ。おかゆを作るときに鶏ひき肉と塩を少し入れて完成。普段の愛梨の夜飯に比べたら手間なんて(ほとん)どかかって無い。

 食べる時に生姜やごま油を加えても味が変わって美味しいようだ。


「「いただきます」」


 朝飯は湊が作っているが、夜飯は初日から愛梨に毎日作ってもらっている。

 今回で初めて湊の夜飯を食べてもらう事になるが、心配なものの味見したかぎり失敗もしていないと思う。


「どうだ、食べれるか?」

「……おいしいです」


 いい感想を貰えてホッとする、どうやら口に合ったようだ。

 ちなみに愛梨の顔はまだほんのり赤いままだ。早とちりした挙句、湊にバラされたことによる羞恥心はそう簡単に無くならないらしい。


「良かった、ネットで調べたものだから正直不安だったんだ」

「おいしいです。本当に、おいしい……」


 滅茶苦茶感動しながら食べている。

 しみじみと言われると流石に照れくさくなるのであまり言わないで欲しい。

 少し涙声になっているのは気付かないフリをした。


「そんなに言われるとは思わなかった、ただの鶏がゆだぞ?」

「ただのなんて言わないで下さい。私にとっては最高のご飯です」

「そんなもんかね。普段の二ノ宮の料理に比べたら全然手間もかかってないんだがな」


 これでそんなに感謝されるなら普段の湊はもっと感想を言うべきだろう。自分の語彙力の低さが恨めしい。


「それでもおいしいんです」

「これからは俺もちゃんとしたお礼を言おうか? この飯のここが味わい深くて。みたいな」

「そんな詳細はいいですよ、普段の感想で十分嬉しいです」


 湊が冗談半分で言うとくすくすと笑われて遠慮された。言ってくれと言われたら頑張って考えるつもりだったのだが。

 その後、愛梨は本当に美味しそうに食べてくれた。





「夜ご飯、ありがとうございました。正直、今日は辛かったので」


 食べ終わって一息吐いていると愛梨に頭を下げられた。へにゃりと申し訳なさそうに眉を寄せている。


「どういたしまして。まあ俺に言う訳にもいかないからな、気づけて良かったよ。それで、いつも今日のような感じなのか?」


 愛梨は恥ずかしいだろうが、この事情は聞かなければならない。

 実際今日はかなりキツかったようなので、無理させる訳にはいかない。 


「普段はここまでじゃないんですよ。月に一回あるかないかです」

「本当だな?」


 ふるふると首を振って否定されたが、もう一度尋ねた。

 今日夜飯を作ろうとしたように愛梨はすぐ無理をしそうなので、ちゃんと聞いておいた方がいいだろう。

 

「この状況で嘘はつきませんよ。心配してくれる九条先輩に悪いです」

「ならよし。今度からそれとなく言ってくれ、その時は俺が作るから」


 これは譲れない、普段のお礼というには全く足りていないがこれくらいは返したい。

 本当に申し訳なさそうに苦笑いしているので、おそらく本心なのだろう。


「分かりました、よろしくお願いします。それと、気づいてくれてありがとうございます」

「本当にたまたまだよ。……俺の事、怒らないんだな」


 言わされたものの、デリカシーの無い発言をしたのだ、怒られる覚悟していたのだが。


「心配してくれた人を怒ったりなんてしませんよ」

「正直ビンタくらいされるかと思ったんだがな」

「そんな事しません。凄く恥ずかしかったですけどね」

「すまん」

「私の自業自得ですから、気にしないで下さい。本当に、ありがとうございます」


 羞恥と照れを半分ずつ混ぜ込んだ可憐な笑顔に、胸の鼓動が速くなった。

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