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第123話 理性を削られて

「では、湊さんに命令です。大人しくしてください」

「……は?」


 家に帰ってあれこれと済ませた頃には愛梨の頭から視線の主の事は忘れ去られたようで、とりあえず一安心だ。

 だが湊に命令出来る権利を持っている彼女の発言に、呆けた声を出してしまった。

 今までこういう場合は理性を壊すかのような要求をされたのだが、呆気(あっけ)なさすぎる。

 どういうつもりなのかと美しい顔を見つめても、ご機嫌な笑顔から変わらない。


「本当はもっと違う事を要求するつもりだったんですがね。よく考えれば、命令で湊さんを動かしても嬉しくないので止めました。代わりに今日のナンパから守ってくれたお礼として、いっぱいご奉仕しますね」

「当然の事をしたまでだ。ご奉仕なんてされるような事じゃないだろ」


 本来の要求がどんなものだったのかは気になるが、第六感が聞いては駄目だと言っている。愛梨が納得しているのならそれでいいと気持ちを切り替えた。

 ナンパに関しては、恋人があんな目に遭っているのに指を咥えて見ている彼氏などいないだろう。

 守った時に愛梨に「お礼しますね」と言われていたが、明らかにご奉仕は過剰だ。

 湊の指摘は間違っていないはずなのに、彼女は柔らかな笑顔を浮かべている。


「それほどの事なんですよ」

「なんでだよ」

「だって、湊さんが独占欲を出す事なんてほぼ無いじゃないですか、貴方の物だと実感出来て嬉しいんですよ。湊さんだって私の独占欲を嬉しそうに受け止めたんですから、気持ちは理解出来るはずです」

「まあ、確かにな」


 愛梨には結構な頻度で独占欲というか嫉妬の感情を向けられているが、嫌だと思った事は一度も無い。

 それと同じだと言われると、ストンと腑に落ちた。


「そういう事で、これは湊さんへのお礼としての甘やかしなんですよ」

「でも、結局それって愛梨へのご褒美じゃないよな?」


 今日は湊が愛梨の言う事を聞き、奉仕する側のはずだ。これでは立場が逆になってしまい、彼女へのご褒美にはならないと思う。

 話がずれていないかと尋ねたのだが、彼女が首を横に振った。


「いいえ、これで良いんですよ。じゃあ準備しますね」


 愛梨が急に布団を敷きだした。

 今の時間からそんな事をするのなら、この後に待っている行為は絞られてくる。

 そして、準備を終えた彼女は布団の上をぽんぽんと叩いた。


「ほら、今日は貴方を好きにして良いんでしょう? 文句言ってないで、こっちに来てください」

「……本当に物好きだなぁ」


 本来ご褒美とは自分が受け取る側のはずだ。

 それが他人への奉仕になっているのだから、愛梨は優しすぎる。

 苦笑を浮かべつつ、指示された通りに布団にうつ伏せになった。


「それだけ嬉しかったって事ですよ。という訳で、これから貴方を甘やかします。いっぱい、いっぱい、溺れてくださいね?」


 甘い声が頭上から掛かり、湊の理性が試される時間が始まる。



「ふふ、気持ち良いですか?」


 夏休みからほぼマッサージをされていなかったが、勘は鈍っていないようで、最適な力加減で腕を揉んでくる。

 とはいえ今の時点では腕だけであり、いつもであればもう肩や腰にも触れているはずだ。

 気持ち良さでだんだんぼんやりとしつつある頭でそう考えていると、とんとんと肩を叩かれた。


「おねむの所すみませんが、一つやってみたい事があるんです。いいですか?」

「どうぞ」

「重かったら言ってくださいね。……よいしょ」


 湊の眠気は見透かされていたようで、(ささや)くような声でお願いされた。

 今更何を遠慮する必要があるのかと思って許可すると、何かが湊の腰に乗ってくる。


「平気ですか?」

「……ああ、その位置なら大丈夫だ。にしても、今までそんな事してなかっただろ?」


 予想より随分と軽いが、やはり人一人分の重さというのは結構なものだ。

 だが愛梨は負担にならない位置に居てくれるので、これなら長時間乗られていても問題無い。

 湊からは見えないが、生足かつ布地は大切な所だけだと思うので、柔らかな感触から(よこしま)な想像をしてしまう。

 それを必死に押し込め、どういう風の吹き回しなのかと問い詰めたのだが、意地悪な声が返ってくる。


「本格的にやるとなると、こうした方がやりやすいかと思いまして。……(ちな)みに、えっちな湊さんは私の体勢を想像しましたか?」

「してない」

「はい嘘ですね、バレバレです。これは後が楽しみですね」

「何で分かるんだよ……」


 湊が抱く感情は男だからこその物であり、愛梨にはいまいち理解出来ない事のはずなのだが、それでも彼女は正確に当ててきた。

 なげやりに言葉を零すと、体重を掛けたマッサージが始まる。


「湊さんの事ならばっちりですから。さあ、頑張ってくださいね?」


 いつもと違ったマッサージだが、本格的なものは凄まじく気持ち良かった。





「二回目の耳かきはどうですか?」

「素晴らしいとしか言えないな」


 二学期の中間考査以降、愛梨に何回か耳かきをしたいと言われていたが、それとなく断っていた。

 なので今回が二回目になるのだが、一段と上達した気がする。

 また耳かきだけでなく、真っ白な太股を全く隠さずに湊を膝枕しているのだから、すべすべ、もちもちとした感触に虜になってしまう。


「太股も、ですよね? えっちなんですから」

「そんな格好で誘惑してくる愛梨も人の事言えないだろ」


 湊をからかってくる声に反論すると、愛梨は耳かきを止めて、くしゃっと頭を撫でてくる。


「ええ、そうですよ。もっと貴方に触れて欲しくてこうしてるんです」

「……なあ愛梨、他の人にこんな事しないでくれ」


 既に醜い独占欲を見せているのだから、もう隠す必要は無いだろうと思って懇願(こんがん)する。

 そんな事絶対にしないと分かっているのに、愛梨にきちんと言葉にして欲しい。こんな面倒臭い思いを抱くのだから、湊も相当なものだと思う。

 彼女は撫で方をあやすような柔らかいものに変えて言葉を紡ぐ。


「当たり前です、これは貴方だけにする特別ですよ」

「ごめんな」

「いいえ、貴方が安心するのならいくらでも言いますからね」

「……ありがとう」


 重い感情を受け止められ、胸が嬉しさで苦しくなる。

 短いお礼しか言えない事を申し訳なく思っていると、愛梨は湊の心を解すような蕩けた笑みを浮かべた。


「お礼なんていいですよ。それよりも、もっと私を感じてくださいね?」


 湊を駄目にする耳かきを再開される。

 




「では、後一つは寝ながらなので、横になりましょうか」

「……ん」


 マッサージが終わり、耳かきの後も甘やかされた事もあって、湊にはもう抵抗の意志など残っていない。

 欠片しか残っていない理性によって手を出す事は抑えられているが、体はふらふらと吸い寄せられるように愛梨を求めてしまう。

 このままでは駄目だと思っていても、体は止まらない。湊が近くに行くと、彼女は腕を広げた。


「おいで?」

「愛梨……」


 倒れ込むように抱き着き、形の良いデコルテに顔を埋めると、細い指が頭を撫でてくる。

 愛梨の甘やかしが更に理性を削り、柔らかな感触に溺れ、いつまでも撫でられたくなってしまった。

 それどころか少しでも離れるのを寂しく感じ、すりすりと頬を擦り付けても彼女は軽やかな笑みを零すだけだ。


「甘やかした甲斐がありましたねぇ、もっと正直になっていいですよ」

「……」


 せめてお礼を言わなければと思うが、言葉が出て来ず、甘い匂いに正常な思考すら出来なくなる。


「いいこいいこ。ほら、遠慮せずに甘えてください、委ねてください」


 今でも十分溺れているのだが、さらに湊を堕とそうと愛梨が甘い声を発した。

 言葉を発する事も億劫(おっくう)になり、子供のように縋りつきながら目を閉じる。


「ふふっ。もっと、もっと、溶かしてあげますからね」


 とん、とんと小さい子供を寝かしつけるように愛梨が背中を軽く叩いてくる。

 もう湊は彼女が居なければ生きていけない。


「こうして、ずっと貴方を甘やかし続けるのも良いですね。だから、このまま何も考えずに寝ちゃいましょう?」


 愛梨の発言に喜びしか感じない時点で、心の底から彼女に溺れているのだろう。

 幸福感に満たされながら、意識を手放した。

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[良い点] 幸せそうでなにより! [一言] 砂糖の貯蓄倉庫はどこですかー? はやく預けないと溢れてしまう!
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