第110話 謎の質問
「今日の放課後、紫織さんと買い物に行ってきますね」
週末しっかり休んだ事で愛梨は完全に回復し、湊に風邪が移る事も無かった。
また、日曜日の夜に少しだけいざこざがあったが、湊達はこれまでと何も変わらない距離感で生活している。
そして、もう少しで十月も終わってしまうというある日、彼女が朝食を摂りながら話をしてきた。
「ああ、楽しんでこい」
愛梨の言い方から察するに、湊が居てはいけない買い物なのだろう。
深くは聞かずに言葉を返すと、愛梨はふわりと笑った。
「ありがとうございます」
「お礼なんていいから。ナンパには気を付けるんだぞ」
「はい、分かってますよ。それでですね、湊さんに質問があるんです」
「質問? まあいいか、何だ?」
愛梨がこういう聞き方をしてきたことはあまり無い。
今までの経験上、この場合はあまり碌な事にならないが、いじわるをした覚えは無いのでお仕置き等ではないはずだ。
そう判断して質問を待つと、微笑を浮かべた彼女が口を開く。
「好きな色って何色ですか?」
「色か? ……派手じゃない色かな。あとは寒色系が良い」
質問の意図が分からずに愛梨を見つめるが、その表情からは真意が読み取れなかった。とはいえ大した質問ではないので、拒否する理由は無い。
あまり派手すぎるのは好みではないと伝えると、彼女の笑顔が悪戯っぽいものに変わる。
「了解です。あとは……湊さんって私の体の何処が一番好きですか?」
「それ、朝から言うような事じゃない気がするんだが」
男側から言えば間違いなくセクハラになりそうなセリフが愛梨の口から発せられた。
既にバレているとはいえ、改めて自らの性癖を暴露するような事を言うのは気が引ける。
乗り気ではない態度を取ると、愛梨は楽し気な表情を浮かべた。
「いいじゃないですか。髪ですか? 太腿ですか? それともうなじ? ストレートに胸って事もありますね」
「……髪」
このままではどんどん愛梨の発言が際どいものになる思ったので、恥ずかしさを抑えて告げた。
すると、彼女はくすくすと軽やかに笑う。
「ふふ、了解です。この銀髪好きさん」
「どこが一番だろうが俺の勝手だろ。……それで、質問に何の意味があったんだ?」
からかいつつも嬉しそうに笑う愛梨に心をくすぐられ、唇を尖らせる。
脈絡の無く、言いづらい質問にしっかり答えたのだ。ある程度は理由を聞いても良いだろう。
だが、彼女はふるふると首を横に振る。
「ごめんなさい、内緒です。と言っても二つ目の質問はすぐに分かるので、楽しみにしててくださいね」
「……分かったよ」
こういう場合の愛梨は絶対に引かないし、そんな言い方をされたという事は、近いうちに湊の心を揺さぶる何かを起こすようだ。
付き合ってからの約一ヶ月ですら理性をガリガリ削られているので、その時の事を考えると期待と不安が胸に満ちる。
とはいえ、彼女は湊に害が及ぶような事を絶対にしないと確信しており、これは楽しみに待つべきだと思いなおして朝食を平らげた。
「さあ、後少しでハロウィンだな」
「えらくご機嫌だな。何かするのか?」
休憩時間中、一真が妙に機嫌が良かったので尋ねてみた。
以前まで、ハロウィンを含むカップルが盛り上がる日など心底どうでも良く、興味すら無かったが、今では湊もそちら側だ。
一真もそれを分かっているから遠慮なく湊に話し掛けたのだろう。
(しかしハロウィンねぇ、普通にいちゃつくだけだろうに)
一真の言う通り、もう少し経つと世間一般的にハロウィンと呼ばれる日になるのだが、だからと言って行事は特に無いはずだ。
昔は幼馴染三人でお菓子の送り合いをしていたが、こういう日は一真と百瀬が二人っきりで恋人の時間を楽しみたいだろうと、湊からお願いして無しにしてもらっている。
彼らが何かをしている事は知っているので、少なくともいちゃつくのは確かなのだが、だからといってここまで上機嫌になるだろうか。
「ああ、ハロウィンと言えば仮装だからな。紫織がレンタルで衣装を借りて見せてくれるんだよ」
「へぇ、お前らそういう事してたのか」
言われてみれば、ハロウィンは普段出来ない仮装をする機会だ。それに、百瀬の人脈ならそういう服が借りられる店を探すのも朝飯前だろう。
ノリが良い彼女はいろいろな服を着てファッションショーのようになるかもしれないと他人事のように思っていると、一真に呆れた風な目を向けられた。
「多分だが、今回はお前にも関係があるからな?」
「は? 何で?」
「二ノ宮さんが紫織と一緒に衣装を借りるかもしれないだろ。まあ、俺は詳しい事なんて聞かされてないけどな」
「愛梨もか? ……あいつがそんな事するかぁ?」
あまり愛梨はそういう衣装に興味が無さそうに思える。それに、物欲の無い彼女がわざわざそういう物にお金を使うだろうかという疑問もある。
有り得ないだろうと一真の意見を一蹴しようとしたが、今朝の光景が頭をよぎった。
(いや、待てよ? 愛梨の朝の質問の意図って、もしかしてそういう事か?)
湊が思う愛梨の魅力的な部分をわざわざ応えさせ、その上で「すぐに分かる」と言ったのだ。
そこから考えるに、十分可能性はあるだろう。
(銀髪が似合うハロウィンのコスプレか。何があるかなぁ)
そこまで考えてしまうと、もう湊の想像は止まらない。
目の前の一真そっちのけであれこれと考えを膨らませていると、じっとりとした目で彼が睨んできた。
「おい、俺との会話を放り出して彼女のあられもない姿を妄想すんな」
「誰がそんな想像するか。きっと愛梨ならどんな服でも似合うだろうなと思っただけだ」
一真の言っているような姿など断じて、これっぽっちも想像していない。
変な事を言うなと睨み返すと、彼がやれやれといった風に首を振る。
「完全にハロウィンの時に何かあるって確信してるじゃねえか。さてはそれっぽいアクションがあったな?」
「……うるさい」
一真に指摘されて初めて気付いたが、既に湊の中で愛梨が何かをするのが確定事項になっていた。
気恥ずかしくてニヤニヤとした笑顔に冷たく返すが、それでも「分かっている」と言いたげに肩を叩いて来るのが非常に鬱陶しい。
「おいおい、つれないなぁ。お互いに彼女との甘い一時を楽しもうぜ? 期待してるんだろ? なあ?」
「はぁ……。否定はしない。けどお前の絡みはむかつく」
愛梨は湊の心をくすぐってくるようなからかい方だが、一真のそれは冗談だと分かっていても的確に湊の神経を逆なでしてくる。
こんなところで幼馴染の付き合いの長さなど見せなくていいだろうと溜息を吐き、遠慮の無い言葉をぶつけた。
だが、それでも一真の煽りは止められない。
「やーい、むっつりー」
「……ほう。その喧嘩、買うぞ」
ここまで露骨にからかわれては黙ってなどいられない。
ハロウィンを楽しみに思いつつ、男同士の気兼ねない言葉のやりとりをした。