第106話 今更気付いた事
「アドバイスをくれ」
中間考査が終わって普通授業に戻った木曜日の放課後。愛梨と百瀬が二人で遊びに行ったので、良いタイミングだと一真と拓海にファーストフード店に来てもらった。
開口一番に助けを求めたのだが、唐突過ぎて目の前の二人がきょとんとした顔になる。
「……二ノ宮さんと上手くいってないのか?」
訝し気に尋ねてくる一真に首を振る。
「いや、上手くいってる。いき過ぎてるって言った方が良いかもしれない」
付き合ってから二週間と少し。これまでと同じく喧嘩をする事など無かったし、恋人になったからと変にぎこちない空気になった訳でもない。
だが、それが問題なのだと真剣な表情で言葉を返した。
「だったら問題無いだろうが。何が辛いんだ?」
「……頼むから誰にも、一真はそれこそ百瀬にも言うなよ?」
「分かった、紫織にも言わない」
「僕も分かったよ。友達の相談には乗るに決まってるじゃないか」
「ありがとな。じゃあ早速――」
湊の真剣さが伝わったのだろう。二人が真面目な顔で頷いた。
感謝をしつつ、十月に入ってからの家での出来事を伝える。腕枕、パジャマ、耳かきの件など、順を追って説明していくうちに、二人の顔がどんどん曇っていくのはなぜだろうか。
「なあ、どうしたらいい?」
「爆発しろ。心配して損したぜ」
「それ相談じゃないよね? 自慢かな? 独り身の僕への当てつけかな? いくらなんでも怒るよ?」
「違うんだ! ……これってそういう事なんだよな?」
付き合ってから今日まで、湊は何度も理性を崩されそうになった。
想いは通じ合っているので、これまで以上の触れ合いでも何も問題無い。それどころか非常に嬉しいものの、ハッキリ言って愛梨の愛情は想像以上だ。
彼女はそういう事に慎重になるだろうと思っていたが、どう考えても先を求めているように見える。
しかし、まだ付き合い出してからたった二週間半しか経っていない。今まで以上の事をするのは早すぎるのではないかと思う。
とはいえ一旦それは置いておき、湊の気付きは勘違いではないはずだと確認を取ると、目の前の二人が呆れ顔になった。
「当たり前だ。むしろ、なんで手を出して無いかが不思議なくらいだぞ」
「それ据え膳ってレベルじゃないよねぇ。目の前のご馳走を食べないなんて、湊って貧乏舌なの?」
「やっぱりそうか。……にしても拓海の当たりが強いな。俺、何かしたか?」
「はぁ……」
どうやら他の男子――特に彼女持ちである一真が断言するのだから、湊の考えは間違いでは無かったようだ。
拓海に関してもさまざまな情報を持っているので意見を参考にしたいと思ったのだが、妙に湊への当たりが強い気がする。
疑問を覚えたので尋ねてみると、思いきり溜息を吐かれた。
「そりゃあわざわざ呼び出して真剣な表情で盛大にのろけるんだから、文句も言いたくなるさ。いいじゃん、それだけ認められてるんだよ?」
「それは嬉しいけど、付き合ってたった二週間半だ、早すぎるだろ」
「確かに恋人になってからはそうかもしれんが、お前らは既に半年間同棲してるんだぞ? 既にお互いの事なんて知り尽くしてるんだから、遅すぎるくらいだ」
一真がじっとりとした目で湊を見つめてくる。
彼の言い分は納得出来るが、だからといって恋人になったとたん手を出すというのは誠実では無いように思う。
それに、愛梨の外見は当然ながら魅力的だが内面も好きなのだ。
ここで欲望に任せると体目当てのように思えてしまい、気が進まない。
「まあ、そうなんだがな。体目当てとか、軽いやつとか思われないか? もしそれで嫌われたらと思うと、どうしてもなぁ……」
「そんな事は無いと思うけど。湊は心配性というか、何と言うか」
拓海がやれやれと言わんばかりに首を振った。
その隣の一真はふと何かを思いついたようで、神妙な顔で口を開く。
「なあ、お前アレってどうしてるんだ? 出来るタイミングあるのか?」
「……いきなり何を言い出すんだよ」
一真のぼかした質問の内容は男として当たり前の事なので、当然ながら理解している。
だが、その意図が分からない。どういうつもりだと睨むと、一真は不思議そうな表情になる。
「いや、彼女と同棲してて、でも手を出してないんだろ? こちとら思春期の男子高校生なんだから、普通我慢できないはずだ。だからどうしてるのかと思ってな」
「……いくら一緒に住んでてもやりようはあるからな。必死に隠してるんだ」
同棲しているからといって全ての事を知られている訳では無いし、愛梨の全てを知っては駄目だと思っている。
互いに触れられたくないものは必ずあり、それはいくら恋人でも踏み込んではいけない領域だろう。
だが愛梨は勘が鋭いので、隠し事がバレないかとヒヤヒヤしている。
(実際、この前は危なかったなぁ……)
愛梨が寝たのを確認してからトイレに向かったのだが、湊の体温が無い事に気付いたのだろう。寝ぼけながらも彼女が湊を探し出してしまった。
もう少し気付くのが遅れたら大変な事になっていたので、注意を怠っては駄目だと意気込みを新たにしたくらいだ。
だが、正直に伝えられないとはいえ、隠し事をしているという後ろめたさはある。複雑なんだと顔に表すと、一真の顔が引き攣った。
「お前はお前で苦労してるんだな……」
「だから相談してるんだ、このままじゃ我慢の限界だからな。何か無いか?」
「うーん。そうだねぇ……」
真剣に頼み込むと、二人は眉を寄せて思案する。
暫くすると、拓海がポンと手を叩いて晴れやかな顔をした。
「湊はあれこれ理由を付けて手を出さないだろうから、ありきたりだけど少しずつ進めば良いんじゃないかな?」
「少しずつって言うが、次となると何かあるか?」
「そりゃあキスだよ。どうせそんなにいちゃついてても、キスすらして無いんだよね?」
「……まあ、そうだな」
付き合い出したその日に少しだけアピールされたものの、それ以降タイミングが掴めずにずるずるとここまで引っ張ってしまっている。
そもそもそれすら早いと思うのだが、腕枕や耳かきの次と言えばそれくらいしか無いのかもしれない。
とはいえあっさり出来るようなものでも無いので、顔を顰めて言葉を紡ぐと拓海が溜息を吐く。
「はぁ……。いや、あれこれ言うのは止めておくよ。まさか本当に一回もやって無いのには驚きだけどね」
「いや、だってなぁ……」
「はいはい。それで、まずはキスからだろうね。というかそれしか無いと思うんだけど」
「確かにな」
拓海の意見に同意を示すと、一真が「ああ、それなら」と明るい声を出した。
「湊の誕生日にプレゼントとしてねだるのはどうだ? 来月だろ?」
「……なるほど、良いかもしれない」
湊の誕生日は十一月の末だ。
欲しい物はこれといって無いので、言ってみる価値はある。
その時の事を想像すると胸が弾むが、同時に愛梨を物扱いしているようで申し訳ない気持ちにもなる。
けれど切っ掛けとしては良いだろうし、彼女の反応を見てから最終的な判断をすれば問題無い。
ようやく湊が前向きな発言をしたことで一真達が明るい顔つきになった。
「よし、ならその案で行け。俺達はいつものように軽めで済ませるぞ」
「ああ、それでよろしく頼む。相談に乗ってくれてありがとな」
幼馴染三人――というよりかは湊が一真と百瀬に誕生日プレゼントを渡すか受け取る時は、軽い菓子とお祝いの言葉だけにしている。
毎年頭を悩ませ財布と相談するくらいなら、安い物と気持ちだけでも十分に有難い。
一真と百瀬は湊の時とは違って、お互いの誕生日の時に特別な事をしているようだが、カップルなのでそれくらいはするだろう。
湊は恋人の情事に首を突っ込むつもりなど無いので、ある程度把握しつつも特に触れていない。
ようやく先が見えた事への感謝を伝えると、なぜか苦笑が返ってくる。
「別にいいさ。唯ののろけじゃ無かったからな」
「僕も同じだよ。彼女自慢は独り身には辛いからね。相談に乗るのは良いけど、程々ののろけでお願いするよ」
「俺は割と真剣だったんだがな……」
決して自慢したい訳では無く、本当に困っていたから相談したのだが、どうやら二人は相当呆れたようだ。
これ以降も相談して良いようだが、今度はちゃんと気を付けようと決意する。
話も一段落し、とりとめのない会話に移るかと思ったのだが、ふと拓海が首を傾げた。
「湊の誕生日は一ヶ月後だけど、二ノ宮さんの誕生日っていつなの?」
「いつって、それは……」
その先の言葉が出てこない。なにせ湊はその答えを持っていないからだ。
(しまった、愛梨の誕生日が分からない。もしこの半年間のどこかだったらどうしよう)
愛梨の性格であれば自分から言う事は無いだろうし、湊以外の人が知っているとは思えない。
もしもこの半年間のうちに過ぎていたらと考えると、背中に冷や汗が流れた。
(どうにかして聞かなきゃな。でも難しいなぁ……)
あまり露骨に聞くと、愛梨が湊の誕生日を気にしだす。
既に欲しい物は決まっているので、プレゼントであれこれと悩ませたくは無いし、事前にハッキリと言うのはアピールしているようで恥ずかしすぎる。
かといって当日に伝えると間違いなく彼女は怒る。下手をすると気に病むだろう。
そうなると、湊の誕生日とプレゼントをそれとなく伝えつつも、愛梨の誕生日を聞き出さなければならない。
ハードルの高い内容が湊の前に立ちはだかり、思わず頭を抱えてしまう。
「まさか……」
「嘘だろ……」
質問に応えずに悩みだした湊を見て、二人が驚愕の声を漏らした。