第102話 学年一位の分からないところ
文化祭が明けて、もうすぐ二週間が経つ金曜日。
週明けから中間考査が始まるので、勉強の時間を多めに取っている。
「湊さん、分からないところがあるんです、教えてくれませんか?」
夏の期末考査のように互いに無言での勉強になるかと思ったのだが、愛梨がそう尋ねてきた。
今まで彼女と一緒に勉強してきたが、質問される事など一度も無かったはずだ。文化祭期間でも勉強はしっかりしていたので、遅れている訳でも無いだろう。
湊が一年前に勉強した範囲なので教える事は出来るものの、学年一位に教える事など無いように思える。
とはいえ、困っているなら助けるべきだ。
「ああ、いいぞ。どこだ?」
「湊さんの勉強が終わったらでいいですよ。私の所為で貴方の成績を下げる訳にはいきませんから」
「……まあ、それならお言葉に甘えて」
普通分からないところがあるのならすぐに教えるべきだとは思うが、愛梨の気遣いは有難いのでさっさと今日の勉強を終わらせるべく取り掛かる。
だが――
(分からないって言った割には、困っているようには見えないんだよなぁ……)
ちらちらと愛梨の勉強を伺っているのだが、どうも躓いているようには見えない。
完全にいつも通りのようで疑問を覚えるが、それは置いておいて湊も勉強に集中した。
「それで、どこが分からないんだ?」
「ちょっと待ってくださいね、移動しますから」
互いの勉強が一段落し、ようやく愛梨に教える時間が取れたのでそう言うと、机を挟んで座っていた彼女がこちらに来た。
当然のように湊の胡坐に座るがその服装はパジャマであり、柔らかい太股の感触をしっかりと感じてしまう。
(嬉しいけど、ここ一週間これだから辛いなぁ……)
デートの日以降、彼女は湊のスウェットを愛用し、宣言通り入れ替えまで行っている。
彼女が着た後のスウェットは甘い匂いが染みついているので、体の反応を抑えるのが大変だ。
それに、この服装で無防備な体勢になる事もあり、眩しい太股だけでなく、その先すらも偶に見えてしまうので非常に心臓に悪い。
今回もその類のもので、視界の端に白い布地が見えてしまっているが、本人がそれを気にする事無く嬉しそうに体を委ねてくる。
「ふふ、ではお願いします」
「いや、何でこの体勢なんだよ」
向かい合わせでは見辛いので隣に来るのは分かるが、ひっつくのは違う気がする。
思わず疑問をぶつけると、柔らかい笑顔を返された。
「ええ、もちろんです。こうするとしっかり教えられるでしょう?」
「……まあいいか、じゃあどこで躓いたんだ?」
「えっとですね――」
愛梨が分からない場所を言ったのだが、そこは彼女の頭の良さなら十分理解できるところだ。そもそもその先を解いていたので、分からないはずが無いだろう。
また、この体勢は非常に危険であり、後ろから覗き込んで教えると、どうしても抱き締めて上から見下ろす形になる。
そうなると芸術品と言っても過言ではない谷が見え、眩しい肌色が広がっているのがバッチリ見えてしまう。
(これは勉強なんだ。やましい気持ちになってどうする)
勉強を教える側が邪な気持ちになってはいけない、と首を振ってその感情を追い出していると愛梨の体が震えた。
顔を覗き込むと、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「なあ愛梨、お前もしかして――」
「さあ次です、ここですね」
湊の言葉を遮って愛梨は次に進んでいく。だが、その場所も彼女であれば必ず分かるものだ。
尋ねた側である愛梨はにやにやとした笑みを続けており、間違っても勉強が分からない人がする笑みでは無い。
となれば答えは簡単だ。
(こいつ、わざとやってるな)
そうであれば先程までの愛梨の態度に全て納得がいく。
分からないところがあると言ったにも関わらず後で良いと言い、彼女であれば絶対に理解しているであろう場所を指定してくる。
そして、意地の悪い笑顔を浮かべてわざとらしく体をくっつけてくるので、もはや確定だ。
ならば、これは勉強などではなく単に湊をからかう為の行動であり、熱心に教える必要は無い。
「ああ、それはだな――」
「ひゃっ!」
わざと愛梨の耳元に口を近づけ、息を吹きかけるように言うと悲鳴が上がった。
彼女が振り返ってじとっとした目で睨んでくるが、笑顔で対応する。
「どうした?」
「耳が、その……」
「仕方無いだろ? 教えるとなると近づくしかないんだから」
「さっきまでそんな教え方して無かったじゃないですか。……もしかしてバレました?」
「さあ、なんのことやら。続きをやるぞ」
どうやら愛梨が勘づいたようだがもう遅い。この体勢であれば湊から絶対に逃げる事は出来ないし、そもそもこの体勢を望んだのは彼女だ。
しっかりと細いお腹に腕を回して固定し、耳元で話す。
「ここはだな――」
「あの、もう十分ですから! 分かりましたから!」
「……お前、わざとやっただろ? これもちゃんと理解してるだろうが」
「はい、そうです! そうですから、止めて!」
「仕方ないな」
このままでは愛梨が暴れそうだったので、拘束を外すと彼女はすぐに抜け出した。
ムスッとした顔でこちらを見つめてくるが、その顔は湊がやりたいくらいだ。
「嘘を吐いてまでくっつきたいのは嬉しいが、俺も反撃するから気を付けろよ?」
「十分理解しましたよ。でも、一緒に居たいと思うのは普通の事でしょう?」
「まあ、そうだな。じゃあほら、今度は悪戯しないから」
「ふふ、えいっ」
もはや勉強をする雰囲気では無いこともあり、道具を片付けてから腕を広げると、彼女は顔を綻ばせて湊の胸に飛び込んできた。




