第101話 買い食い
文化祭から一週間と少し経った放課後。珍しい五人で大型ショッピングモールを散策している。
「悪いね、何だか気を遣わせちゃったみたいでさ」
「紹介したいと思ってたから、気にすんな」
幼馴染二人と愛梨ならばもはやいつもと言えるが、今日はそれに加えて拓海もだ。
ちょうど文化祭の熱も引いてきたのでタイミングが良く、拓海は愛梨に会った事はあるが正式に紹介していなかった。
既に顔合わせをしてからある程度の情報共有をしており、思ったよりすんなりと仲を深めている。
「にしても二ノ宮さんが許可してくれるとは思わなかったな。警戒してないのかい?」
「そこまで気にしてませんよ。私達の事情を黙ってくれていたようですし、上村先輩からは嫌な感じはしません」
「おお、そう言ってくれるのは嬉しいね」
「それに、湊さん以外の男性とは友人より上の関係に絶対ならないので」
愛梨の言葉には「あなたは眼中に無い」という意味がこもっており、それを拓海は正確に読み取って苦い笑いをしている。
「友人止まりを悲しむべきか、そこまで受け入れてくれた事を喜ぶべきか。……いや、ここは湊達の会話を聞ける状況を楽しむべきだね」
「逞しいなぁ、お前」
どんなになっても自分を曲げない拓海に呆れつつ、ショッピングモールをぶらつく。
「そう言えば二ノ宮さん達って、デートする時はどこに行ってるんだい?」
「基本的には必要な物を買ってすぐ帰りますね。私も湊さんも視線を気にしないとはいっても疲れるので」
愛梨の性格上、特に用事も無く外をぶらつくというのは有り得ない。それはこれまで何回かあった買い物の時に証明されている。
拓海はしっかり事情を把握したようで、気まずそうな笑みを浮かべた。
「この視線の多さならそう言いたくなるよねぇ……」
「とは言っても今日は大人数なので、湊さんと二人きりの時ほど多くありませんよ」
「これ以上って、凄まじいなぁ。……湊、頑張ってるんだね」
「覚悟の上だからな」
拓海の尊敬しつつも呆れたような声に苦笑を返す。
今日は確かに以前デートした時より湊への視線は減っているし、そもそも他人の視線などもはや気にしていない。
だが、愛梨に気を遣わせているのは確かだ。それでも側に居てくれていると理解していても、申し訳ない気持ちでちくりと胸が痛む。
すると湊の内心を感じ取ったのか、彼女が傍に来て囁く。
「分かってるとは思いますが、視線が多くて一緒に外に出たくないという訳じゃありませんからね。今になって視線に関して気に病んでると怒りますよ?」
「ありがとな」
ほんの少しの苦しみすら見抜いてしまう愛梨に隠し事は出来ないなと思いつつ、感謝を伝えた。
そんな湊の態度に彼女は満足そうに微笑む。
「私の居場所はあの家である以前に、貴方の傍です。それが外であっても、家であっても。いいですね?」
「ホント、頭が上らないよ」
「……うん? 待って、今のおかしくない? 付き合ってるんだから互いの家に行くのは分かるけど、そんな言い方じゃなかったよね?」
拓海が愛梨の発言に首を傾げた。
今まで彼女がプライベートに関係する話を持ち出す時は、湊以外だと百瀬と一真の前だけだった。拓海はある程度信用出来るからと口が滑ったのだろう。
愛梨が失敗したというように顔を曇らせる。
ここから先はいくら拓海でも安易に話せる事ではない。
「……拓海、どうしても聞きたいか?」
「うん、是非とも!」
拓海は穏やかな笑みの中に好奇心を潜ませながら答えたので、嘘は許さないと真っ直ぐに見つめる。
「絶対に他人に言わない事を約束してくれ。もし破った場合、俺はお前を一生恨む」
「……元々他人にバラす気は無いけど、湊がそこまで言うのなら相当なんだろうね。絶対に言わないって約束するよ」
拓海が人好きのする笑みを引っ込めて真剣な顔で宣言したので、そこまで言うのなら良いかと思う。
愛梨はどうだろうかと隣を見ると目が合い、小さく頷かれた。
一番この件で心配している彼女が許可するのならばと口を開く。
「分かった。じゃあ俺と愛梨は――」
「なるほど、そりゃあ仲が良い訳だよ」
湊達の家庭事情を聞いた拓海が納得の声を零した。
「じゃあ二ノ宮さんは義妹になる訳だね」
「書類上はそうなるな」
「で、そんな二人は同居――この場合は同棲が正しいのかな――をしていると。それもたった六畳半の家で」
「ど、同棲……」
付き合っている二人が一緒に暮らしているのだから、確かに同居ではなく同棲という方が正しい。
その言葉は胸をくすぐる響きを持っており、それは愛梨も同じなのか、頬を赤く染めている。
「そう、ですよね。どうせい、同棲……ふふっ」
「というか、普通そんな狭い場所での生活なんてそうそう続かないと思うんだけど。よほど相性が良いんだと思うよ」
「そ、そうですか? えへへ。私達相性ピッタリですね、湊さん」
愛梨が頬を緩めて笑みを浮かべる。
蕩けているというより若干だらしないくらいだが、そんな顔も隙を見せているようで魅力的だ。
彼女を掌の上で転がした拓海の顔を見ると少しにやけているので、面白がっているのが分かる。
「それは嬉しいんだがな。おい拓海、煽るなよ」
「ごめんごめん、ここまで露骨な反応を見せられると面白くなっちゃって。でも本気でお似合いだと思ってるんだよ?」
「お似合い……! 上村先輩って良い人ですね!」
「うわぁ、愛梨ちょろいなぁ……」
愛梨が男子に対して普段では有り得ないような褒め方をするので、百瀬が引き気味で呟いた。その隣にいる一真も苦笑している。
「おーい湊、そろそろ二ノ宮さんを停止させてくれー。お前にしか止められないからさぁ」
「分かってる。愛梨、嬉しいのは分かるが落ち着け」
「同棲、お似合い、ようやく認められた! ふふ、ふふふ……」
「駄目だこれ」
愛梨は湊の声すら聞き入れないほど、拓海から湊達の関係を受け入れられた事に喜んでいる。そして、湊が駄目ならばもはや放っておくしかないだろう。
今まではあまり多くの人から良い反応をもらえなかったので、その気持ちは分からなくは無いが、ふやけた笑顔は破壊力があり過ぎる。
そんな魅力的な笑顔を周囲に見せるのには抵抗があるものの、あくまで湊達の関係について喜んでいるので別にいいかと納得した。
「とりあえず放置だな。時間が経ったら治るだろ」
「……意外と雑だな、まあいいか。それで紫織、あれだろ?」
「そうそう、あれだよ」
特に目的も無くぶらついていると思っていたが、どうやら百瀬には目的地があったようだ。
そんな彼女が指差したのはクレープ屋だ。見た感じ並んでいる人は女子が多いが、今の湊達は男の割合が高い。
本当に行くつもりかと百瀬を訝し気に見ると、「当たり前だ」と言わんばかりの笑顔を返された。
「愛梨ってこういうものをあんまり食べた事無さそうだからね。折角だし良いかなと思ったんだけど、皆はどう?」
「俺は構わないぞ、恋人の意見を断る訳無いだろ」
「僕も良いよ、男友達とは殆ど行かないからね。興味はある」
「お前ら度胸あるな……。まあ、俺も良いぞ、愛梨に楽しんで欲しいからな。それで愛梨、いい加減戻ってこい」
「は、はい! 行きます!」
一応話を聞いてはいたのか、愛梨がようやく湊の言葉に反応した。
彼女の言葉を聞いて百瀬が声を上げる。
「じゃあ学生らしく買い食いしよう!」
百瀬と一真は慣れているのかすぐに注文し、拓海も割とすんなり決めた。
だが愛梨は決めきれないようで、顎に手を当て難しい顔で思案している。
彼女の好きにさせようと思っていたのだが、あまりに待たせすぎると他の客に迷惑が掛かってしまうので助け船を出す。
「どうした? 何が良いか決めきれないのか?」
「はい、どれも美味しそうで……」
「いくつか候補は絞ったか?」
こういう物は何個か候補を決めてから、それをふるいに掛けると決まる気がする。
流石に全部良いとは言わないだろうと思ったが、やはり愛梨は二つを指差した。
「……どっちかで」
「じゃあ二つ買うか」
「そんなに入りませんよ。夜ご飯もあるのに……」
愛梨は一瞬だけ目を輝かせたが、すぐにしゅんと落ち込んだ。
だが、湊にはちゃんと考えがある。
「俺の分と愛梨の分で二つだ。半分こすればいいだろ?」
「なるほど、それは良い考えです」
そもそも割と小食な愛梨が二つ食べるとは思っていないし、簡単に食べたい物が決まるとも思っていなかった。
なので湊がフォローにまわれるよう、最後に注文しようとしていたことが正解だったようだ。
そして、ようやく五人分のクレープが届いたので皆で食べる。
「さあ湊さん、どうぞ」
「じゃあ遠慮なく。……ん、上手い。愛梨もほら」
「はい。……美味しいですね」
一緒に住んで長いものの、間接キスや食べさせ合いなど数えるくらいしかしていない。
恋人になったので許されるだろうとお互いに遠慮しなかったが、微笑んでいる愛梨の頬を見るとほんのりと朱が差しており、照れくさいようだ。
湊の頬も熱を持っているのが自覚できるので、おそらく同じ顔をしているだろう。
そんな湊達のやりとりを拓海が呆れたような目で見ている。
「これ、こっちがいたたまれなくなるなぁ。ねぇ一真……ってそうか、あの二人も恋人か」
拓海は同類を探そうとしたようだが、残念ながら湊と同じようなやりとりを一真達もやっている。
今までであれば恋人同士のやりとりなど他の世界の出来事のように感じていたが、いざ体験すると悪くない。
「ああ、独り身は辛いなぁ……。これが二ノ宮さんをからかった罰かな」
ぼそりと呟かれた言葉は聞こえていたものの、二つのカップルは何も反応しなかった。