第100話 天国か、それとも地獄か
「では、最後のお仕置きです」
猫と戯れて家に帰り、愛梨が風呂に入るタイミングでそんな言葉を掛けられた。いつお仕置きされるか気掛かりだったが、今からのようだ。
意地の悪い笑顔を浮かべているので、どうせ碌な事にはならない。覚悟は決めているものの、彼女の表情とは反対に顔を顰める。
「……分かった。それで、何をすればいいんだ?」
「湊さんのいつも着ているパジャマをいただきます」
最近肌寒くなってきたので、パジャマとして少し厚手のスウェットを着ていたのだが、愛梨はそれが欲しいようだ。
そんな物をねだってくるのには疑問を覚えるが、価値は無いと思うので一向に構わない。
「別に良いけど、なんでそんなものを……」
「まあまあ、いいじゃないですか。それで足りなくなった分は今日買ったパジャマを使ってください」
「なるほど、だから俺の服を買ったのか」
「ええ」
どうやら愛梨はそこまで見越して買い物をしていたらしい。
理由を言わなかったのは気になるものの、いつも着ているスウェットを渡す。
「ほら、これでいいか?」
「はい、ありがとうございます。じゃあお風呂に入ってきますね」
「ごゆっくり」
「……ふふ、覚悟してくださいね?」
着替えに行く際に愛梨がぼそりと呟いたが、それが何を意味するのか分からない。
彼女の風呂に入っている音を聞きつつぼんやりと考えを巡らせていると、ようやく閃いた。
「まさか……。いや、それしかないな。耐えられるかなぁ……」
これから起こる事は、おそらく湊の理性をガリガリと削るものだろう。
そうなって欲しい期待はあるが、欲望を抑えるべく自制を効かせる精神が疲労するのは確実だ。
愛梨が風呂から上がった時を想像しながら湊は頭を抱えた。
「上がりました」
「お疲れさん。……ああ、やっぱりか」
風呂上がりの愛梨は予想通り湊のスウェットを着ていた。
問題なのはズボン側を着ていないことで、真っ白でありつつ健康そうな太腿がバッチリ見えている。
そんな魅力的な肢体を見せられた事で、湊の心臓が鼓動を早めてしまう。
「どうですか。似合ってますか?」
愛梨が機嫌良さそうに手をパタパタさせるが、サイズが彼女の体に合っておらずぶかぶかであり、袖から指先しか出ていない。
また襟ぐりも大きく開いており、普段なら見えない胸元がしっかり見えてしまっている。
あざとすぎる姿と仕草に早速理性が無くなりそうになったが、必死に抑えて無表情を意識した。
「あざとい、ずる過ぎる。……可愛いけど」
「ふふ、頑張ってくださいね。それにしても、やっぱり湊さんの良い匂いがしますね」
すんすんとスウェットの匂いを嗅がれて、羞恥に頬が熱くなるのを自覚する。
その上、嬉しそうに笑うのだから質が悪い。
「えへへ、湊さんに包まれてる感じです。幸せですねぇ」
「……なあ愛梨、いつものに着替えてくれないか?」
今も必死に愛梨を愛でようとする手を抑えているのだ。この可愛すぎる姿を一日中見せつけられると思うと、あまりに辛すぎる。
罰とは分かっているものの、これは自制が続きそうに無い。なので懇願したのだが、彼女は湊の言葉に首を振った。
「嫌ですよー、もうこれは私の物なんですから」
「……私の物? まさか、これからずっと着るつもりか?」
「そうですよ?」
当然だと言わんばかりに首をコテンと傾けながら応えられたので、思わず顔が引き攣ってしまった。
これから毎日こんな無防備な姿を見れるのは天国ではあるが、同時に地獄でもある。
今日だけならまだしも、これから先もこのままは確実に理性が持たない。
どうにかして止めさせなければと思っていると、何かを考えついたのか「ああ、でも」と愛梨が声を上げた。
「後日他のパジャマと交換して欲しいです」
「何で?」
「ずっと私が着ていると湊さんの匂いが無くなっちゃいます。ですから、偶には交換しましょう?」
よほど湊を傍に感じたいのか、愛梨が着ている物を交換してくれとねだってきた。
それは同時に湊が彼女の匂いの付いた物を着る事になるのだが、分かっているのだろうか。
「それ、愛梨の匂いが付いたものを俺が着る事になるんだが、本当に良いのか?」
「湊さんは私の匂いが好きですから、構いませんよ。それとも嫌ですか?……そんな事、無いでしょう?」
「貴方の気持ちなど分かっています」と言いたげな意地の悪い笑顔で愛梨がそう尋ねてきた。
内心を正確に当てられて、否定の言葉が出せなくなる。
とはいえ素直に認めるのは癪なので、そっぽを向きながら言葉を口にする。
「……覚悟しろ、たっぷり堪能してやる」
「ええ、良いですよ。互いの匂いが感じれるって凄く素敵な事だと思うので」
「はぁ……」
顔を綻ばせて微笑む愛梨をほんのりと睨みつつ、どこまで我慢が出来るだろうかと溜息を吐いた。
「本当に慣れましたね、上手です」
「一週間もやってるからなぁ。愛梨の髪を台無しにする訳にはいかないから、上達出来て良かったよ」
ここ最近の習慣である愛梨の髪の手入れをしていると、お褒めの言葉をいただいた。
一週間手入れをし続けて少しは程度は上達したと思っているので、それが実感出来るのは本当に嬉しい。
しみじみと呟くと、くすりと笑われる。
「ふふ、本当に好きですよね、私の髪。とは言っても手間が掛かるので、もう止めたくなる頃かなと思ってました」
「そんな訳あるか。愛梨の銀髪を手入れするのは趣味になってるんだから、俺から取り上げないでくれ」
「……物好きな人です」
羞恥のこもった呟きには負の感情など全く含まれていないので、なんだかんだで嬉しいのだろう。
喜んでくれているようで良かったと思いながら手入れを続けていると、ふと疑問が浮かんだ。
「なあ愛梨、下ってどうしてるんだ?」
「はい? 下ですか?」
「ああ、パジャマに俺のスウェットを使うのは良いんだが、その……、俺の服しか見えないような気がしてな。どうなってるのかなと」
てっきりショートパンツでも履いていると思っていたのだが、愛梨が座ってもそれらしきものが全く見えない。
遠回しに言うと、肌の手入れを終えた彼女が立ち上がって、湊の方を振り向いた。
「下がどうなってるか見たいですか?」
愛梨はからかうような笑顔を浮かべてはいるものの、その頬はほんのりと赤くなっている。
湊をからかうだけで彼女が頬を染めるのは変なので、もしやと思考してしまった。
そんな邪な考えを首を振って払う。
「見たいというか、見られてもいいのか? ……今でも十分俺に見られてるけど」
「見られるのが嫌ならこんな格好なんてしませんよ。ねえ湊さん、この下、どうしてると思います?」
愛梨が少しずつ服の裾を持ち上げる。
じわじわと白い太股が見える範囲が広がっていき、湊の目はそこから離れなくなってしまった。
こちらの目線がどこに向けられているかなど分かっているはすだが、それでも彼女は手を止めない。
なんだかお預けされているような気がして、喉が勝手に鳴る。
後ほんの少しで、取り返しのつかない場所が見えてしまう所まで来ると――
「はい、おしまいです」
愛梨はあっさりと裾を元の位置に戻した。
その顔は真っ赤になりつつも、蕩けた笑みを浮かべている。
完全に掌の上で踊らされたと分かるので、唇を尖らせて彼女を睨む。
「からかいすぎだろ」
「ふふっ、湊さん、目が釘付けでしたよ? そんなに興味があるなら触ってみては?」
「……ああもう、お前は!」
この少女はどれだけ湊の心をくすぐればいいのだろうか。
堪らなくなって、細い手を掴んで引き寄せる。
「きゃ!?」
悲鳴が聞こえたがもはや気にならない。
ここまで湊をからかったのだ、その罰を受けてもらおう。
小さい体を抱きしめて、風呂上がりのしっとりとした髪に顔を埋める。
愛梨特有の甘い匂いのする髪を堪能していると、戸惑った声が耳に届く。
「あ、あの……?」
「お前は男心を全く分かってない。どれだけ俺が我慢してるか知らないだろ」
「……別に我慢しなくていいんですよ? いっぱい触ってくださいね?」
愛梨はもぞもぞと体勢を変え、湊の胸にすっぽりと埋まった。
そんなに言うのならと首筋に息を吹きかける。
「ひゃあっ!? え、何ですか!?」
「もういい、後の事なんて知るか。俺の好きなようにさせてもらう」
この子はどれだけ自分の行動が湊の理性を削っているか、理解していないのだろう。
男を誘惑するとどういう目に合うか教えなければと思い、首筋をくすぐる。
「え、あ、それは無しで! ふふ、ま、まって、おねがい!」
「帰り道も俺をからかったよなぁ。それに、あの時のお願いをまだ叶えてなかったから、今からやるか」
「今はだめです! あはは! ごめんなさい、ゆるして!」
「嫌だね」
「やぁー! 湊さんがいじめるー!」
じたばたと愛梨が暴れていくうちにスウェットが乱れ、今日どこかで見た気がする薄水色の布地が視界の端に入る。
また、柔らかいものが湊の太股に触れている感触があるが、どちらにも気付かないフリをした。




