第98話 衝撃的なお仕置き
ある程度書き溜めが出来たので、これからは一日一回投稿に戻します。
「とりあえず必要な物は買ったな。後は何かあるか?」
今回のデートの目的である服を買い終わったので、喫茶店で休憩がてら愛梨に尋ねてみた。
他に見に行くものが無ければ帰ろうかと思ったのだが彼女が頷く。
「あるにはありますが、ちょっと待ってくださいね」
行きたい所があると言った愛梨はなぜかスマホを触りだした。
何かを探し終えたその顔がニヤリと悪戯っぽい笑みを形作ったので、背筋が寒くなる。
「ふふっ、では湊さんにこの中から好みを選んでもらいます。因みにこれもお仕置きなので反論は許しませんよ?」
「はいよ。どれどれ――ってお前、これは無いだろう!?」
愛梨に見せられた物は女性の下着だ。
湊の脳内はそんな場合を想定しておらず、思わず問い詰めてしまった。
取り乱した態度がおかしいのか、彼女がくすくすと笑いながら唇に人差し指を当てる。
「しー、です。店内で騒いだら駄目ですよ?」
「……ごめん。にしてもこれは質が悪すぎる。どういうつもりだ?」
流石に店内で騒ぐのはマナー違反なので素直に謝り、改めて尋ねた。
男性に自らの下着を選んでもらうというのは、普通有り得ないのではないだろうか。
じっとりとした目で愛梨を睨むが、彼女は笑みを崩さない。
「言ったでしょう? 湊さんに好みの物を選んでもらおうと思ったんです」
「いや、何でだよ」
「貴方の好みに合わせたいんです。それを着けている私を見たくありませんか?」
「ッ!?」
男を惑わす誘いに言葉が発せず、目を見開いて彼女を見つめるが、その顔は楽しそうに笑っているだけだ。
心臓の鼓動がうるさいし、頬が熱すぎる。今の湊の顔はおそらく真っ赤だろう。
「……それ、意味分かってるよな?」
湊の好みの下着を着けている愛梨を見る、という意味がまさか分からないはずは無い。
おそるおそる伺うと、彼女は頬を朱に染めて首を縦に振る。
「もちろんですよ。とはいえ、いつか貴方が見たいと思った時に望みに応えられるように、という意味が強いですけどね」
その言葉から察するに、しっかりと理解した上での発言なのは間違い無い。
また、言い方を変えれば「いつ見られて良いようにしたい」という意味に聞こえてしまう。
「……分かった。それは百歩譲って良いとして、なんでスマホなんだよ」
湊の理性など薄っぺらいもので、あっさり欲望に負けてしまった。
正直なところ、湊の好みの下着というのは非常に心くすぐられるものだ。
だが完全に欲望に身を任せた訳では無く、愛梨から言い出したという事もあって納得をしたのだが、それでもスマホで見せてくるというのはよく分からない。
疑問をぶつけると、彼女は苦笑を浮かべた。
「本当は店の中まで来て欲しい所ですが、流石に駄目でしょうね。……男性入店禁止という訳ではありませんが、気になる人も居ると思います。なので、今から行く店の商品を検索したんですよ」
「なるほど、確かにそうだな」
言われてみれば、女性のそういう店に男が入ると良い目では見られないだろう。それに湊も気まず過ぎて入りたくない。
むしろスマホで良かったと安堵していると、愛梨が目を細めた。
「私としては湊さんがおろおろする姿が見れるので、ぜひ一緒に入って欲しいところなんですが?」
「……勘弁してくれ。俺には荷が重すぎる」
「でしたら、貴方の好みを選んでくださいね?」
「ハイ」
店に入るくらいならと、腹を括って色とりどりの布地を視界に入れる。すると、愛梨が耳を寄せてきた。
「湊さんの、えっち」
呟かれた言葉が湊の胸を甘く疼かせる。
何も否定は出来無いと思いながら、唇を尖らせて愛梨を睨んだ。
「愛梨こそ人の事言えないだろ。あんまりからかうと帰ってから見るぞ?」
「さっきも言ったでしょう? 貴方が望むなら良いですよ?」
付き合ってたった一週間、しかもキスすらしていないのだ。脅しはしたが、実際にそんな事をするつもりは無い。
それに約半年間一緒に生活しているとはいえ、簡単にしていいものでは無いだろう。
「いいや、それは無いな。……まだ」
「まだ、ですね。それをどこまで言い続けられるか楽しみですよ」
湊が言葉を濁した内容をしっかりと理解しつつも、愛梨はむしろ嬉しそうに微笑む。
その発言は湊を堕とそうとするものであり、弱すぎる理性で耐えられるのか不安に思いながらそっぽを向いた。
「……逃げ出したい」
店に入る事が出来ないので少し離れた場所で待っているのだが、それでも周囲の女性からの視線が突き刺さっている気がする。
もちろんそんなのは勘違いだと思うので、気を紛らわせる為にスマホの画面に集中した。
時間を気にしていなかったのでどれくらい経ったか分からないが、不意に何かが目を覆い、視界が真っ暗になる。
「だーれだ?」
こんな事をする人など一人しか居ない。
随分可愛らしい事をするのだなと微笑ましく思いつつ、細い指を退けて振り返る。
やはりというか、満面の笑みを浮かべている愛梨がいた。
「一度やってみたかったんです。楽しいですね」
「俺も楽しいんだが、まさかこういう事をされる立場になるとは思わなかったなぁ……」
後ろから目隠しなど漫画の世界の話だと思っていたが、実際にされると結構楽しい。
しみじみと呟くと、愛梨が買い物袋をかさりと揺らした。
「そうですよ。目隠しも、これも彼氏である貴方の特権です。楽しんでくださいね?」
「それに関しては嬉しいけど気が重い」
愛梨が買った物について嬉しさはあるが、理性がガリガリと削られるのが分かりきっているので、素直に喜べない。
そんな湊の態度が不満なのか、彼女が頬を膨らませる。
「もう。えっちな湊さんの好みの下着を選んだのに、そんな事言うんですか?」
「俺が悪かった。すみませんでした」
「湊さんってああいうのが好みなんですねぇ。勉強になりました」
「頼むから止めてくれ……」
湊に選択肢が無かったとはいえ、完全に趣味がバレてしまった事には変わりない。
このままでは愛梨にいじられ続けるのは確実なので、懇願しつつ店を後にする。
「それにしても、本当に清楚系が好きなんですね」
「否定はしないけど、愛梨にはやっぱりそういう物が一番似合うと思っての選択だぞ」
お願いしても駄目そうなので、やけっぱちで正直に応えた。
いくら湊の好みで良いと言われても、着ける本人が納得のいかないものを無理強いするつもりは無い。とはいえ、嫌な顔をしていないので結構気に入ったのだろう。
何もしていないのに妙に疲れた気がするが、終わって良かったと思っていると、彼女が顎に手を当てて思案する。
「そんなに清楚系が好きなら言動もそうしましょうか? 正直今の私は全く違うと思うので」
「いいや、お願いだからそれは止めてくれ。……俺はありのままの愛梨が好きなんだから」
湊の意志で愛梨の心を捻じ曲げてしまえば、それは今まで彼女に勝手な理想を押し付けてきた人達と何も変わらなくなってしまう。
それに、確かにそういう系統のものは好きだが、彼女の明るくいじらしい所も好きなのだ。それを失って欲しくは無い。
心の底からのお願いをすると、ふわりとした笑顔を返された。
「物好きですね、からかわれるのが好きなんですか?」
「そういう愛梨も好きだって話だ。……ずっとからかって欲しいとかは思ってないからな?」
愛梨のからかいは胸をくすぐられるものの、不快感は全く無い。
けれど、され続けると身が持たないのでそれは遠慮して欲しいと言うと、彼女は意地の悪い笑顔を浮かべた。
「分かりました。でも、まだお仕置きは終わってないので、今日の夜は大変ですねぇ」
「……マジかよ」
どうやら家に帰ってから湊は何かとんでもない事をされるらしい。
嬉しいような、恐ろしいような気持ちで呟いた。