第10話 学校での愛梨
「お、あれ二ノ宮さんだな」
休み時間、廊下を移動していると一真が愛梨を見つけた。
どうやら向こうも移動していたらしい、何人かの女子と笑顔で会話しながら彼女は湊達とすれ違った。
一瞬だけ目が合ったものの、特に何かが起きる訳でも無い。どちらも完全に他人のフリをした。
「はー、近くでみるとやっぱりとんでもない美人だな。笑顔も綺麗だったし」
「確かに、綺麗だったな」
綺麗な笑顔だったとは思う、けれど湊が最近家で見ている笑顔とは明らかに質が違う。
あれは湊が最初に髪について尋ねた時の、貼り付けたような笑顔だった。
最近家ではほぼ見ていなかったが、やはりあの笑顔を見ると湊の心はざわついてしまう。
ああやって普段は他人と距離を取っているのだろう。
「早く声を掛けないと誰かに取られちまうぞ?」
「取られるってなんだよ、別に誰のものでもないだろ」
一真がいつものニヤニヤした笑顔で湊を見る。
あまり女性を物扱いするのはいい気分じゃないので、一真への声が若干低くなってしまった。
「今はな、けど結構な数の人が告白したらしい」
他人事のように一真が言う、実際のところ百瀬という彼女がいるので、一真はほぼ気にしていないのだろう。
告白くらいされるだろうと思っていたが、入学してからまだ約二週間しか経っていないのにもう多くの人が告白したらしい。
互いの事をよく知らないまま告白するのは勇気がいると思う、あるいは相当な自信があるのか、それとも無謀なだけか。
まあ見た目が良いので、それに惹かれる人が多いのだろう。
愛梨のうんざりした顔を思い出して、湊は内心で苦笑いした。
「ちなみに結果は?」
「全滅だとさ、取り付く島もないらしい」
一真は呆れたという風な声を出して首を横に振った。
一応分かっていた結果を聞く。誰かと付き合っているなら話題になっていそうだが、噂すら無い。
そもそも家での彼女の過ごし方が最初の頃と変わっていないので、全員振っただろうと湊は確信していた。
「それで、告白の断り方が無表情で『すみません、貴方に興味はありませんので』としか言わないから、一部では氷の人形って言われてるらしい」
「氷の人形ね、また大層な蔑称をつけたな」
一真の顔がしかめっ面になる、湊も一真の話を聞いて眉を寄せた。愛梨の対応にではない、告白した人達の態度の悪さにだ。
確かに銀髪碧眼で無表情とくれば想像できそうな呼ばれ方だ。実際、湊も彼女の無表情を最初の頃は人形のようだと思ったのだから。
だからと言ってそれを口に出すのは駄目だろう。
「ほぼ振られた人達の腹いせだろうな。それとクラスで男子から話しかけられた時も冷たい対応らしい。紫織が『二ノ宮さんの男子への対応が冷え冷えだー』って言ってたからな」
「下心丸出しで寄って来る男子が嫌なんだろうな」
実際、愛梨はそういう男子に対して話題を提供するのが嫌なので、外で湊と関わらないようにしているのだ。
湊と愛梨の見た目が釣り合わないので関わらないという可能性は頭の中から放り出した。
「多分そうだろうな、そういうのは女子にバレバレなのになぁ」
やれやれと首を振る一真。
一真の見た目は軽そうだが、下心丸出しの目線をしないよう百瀬に注意されて気をつけている。ここら辺の気遣いが出来るのが、クラスで人気者たる所以なのだろう。
「でも全員がそう呼んでいる訳じゃないんだろ?」
「流石にな。とはいえ聞いていても気持ちの良い話じゃないな」
「本当にな」
確かに愛梨の学校生活だけを見たらそう思うのだろう。けれど、家で様々な表情を見ている湊はもう人形のようだとは思っていない。
ぞっとするような無表情も見たことがあるが、それは地雷を踏んでしまった時だけだ。
最近は地雷を踏むようなことはしないように気を付けている。
なので、もう彼女の表情が無表情や貼り付けた笑顔だけでは無いのを知っているのだが、当然ながら他の人には分からない。
(何だろうな、何か納得いかないな)
良く分からないもやもやした気持ちになっていると、一真が暗い雰囲気を変えようと明るい声を出した。
「そういえば最近湊の家に行ってねえな、今度行ってもいいか?」
「駄目だ」
確かに一年生の頃、一真はよく家に遊びに来ていた。しかし今は愛梨がいるので家に呼ぶ訳にはいかない。
即座に断ると一真にむすっとした顔で睨まれた。
「何でだよ、お前部屋を散らかすタイプじゃないだろうが」
「最近掃除をサボり気味でな、汚部屋になりつつあるんだ。今度一真の家に行くから勘弁してくれ」
「ふーん、なるほどな。分かったよ、それで手打ちにしてやる」
「手打ちってなんだよ」
一真とよく分からない口論をしつつ笑い合った。
このまま取り止めの無い話で誤魔化そうと思ったのだが、急に一真の顔が曇った。
「湊、体大丈夫か?」
「は? 別に健康だが、何で急に?」
湊は風邪を引いている訳でもないし、持病も持っていない。心配される理由が無い。
「お前、最近妙に疲れてそうだし、偶に肩とか腰とか揉んでるから、気になってな」
「……え、マジで?」
「無意識かよ」
肩や腰を揉んでいる事に湊自身、全く気付いていなかった。真顔で一真に尋ねるとじっとりとした目で睨まれた。
実際のところ最近妙に疲れやすいと思っていたのだ、しかも肩、腰と言われれば心当たりがある。
(やっぱり床で寝るのは駄目だったか?)
床で寝始めて約二週間、疲れが取り切れず溜まってしまったのだろう。
何とか対策しなければと湊は思った。
「じいちゃんはもういい歳なんじゃよ」
「なんだそれ、この年で湊じいちゃんとかセンス無さすぎだろ」
わざと年寄りっぽく言うとゲラゲラと笑われた。
ここまで馬鹿にされるとは思っていなかったものの、話を逸らす事が出来た。
このまま更に話を変えさせてもらおう。
「ところで一真。さっき二ノ宮さんの事をとんでもない美人と言ってたな、百瀬が聞いたらどうなるかな?」
「湊さん、お願いします。黙っていて下さい」
「どうしようかなー」
平謝りされたがもちろん百瀬には密告した。恋人がいるのに他の人に現を抜かした罰だ。
放課後にお仕置きをされているのを見つつ、バイトに向かった。
「一真、わたしという恋人がいながらどういう事かな?」
「湊、お前! 覚えとけよー!」
「じゃあな、二人共」