第1話 銀髪碧眼の美少女と同棲する事になりました
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桜が咲き誇る四月の初め、高校二年生となった九条湊は、今日行われた入学式の片付け後、義母である九条楓に呼ばれて、現在一人暮らししている家の近くのファミレスに来ている。
中に入り、テーブルに案内されると、そこには義母と神経質そうな男性、そして彼女――二ノ宮愛梨がいた。
二ノ宮愛梨。今日行われた入学式で、新入生にとんでもない美少女がいる、と噂されるようになった女の子だ。
腰まで届くロングストレートの銀髪、目の色は澄んだアイスブルー、完成された人形のような綺麗な顔立ち。
シミ一つない肌に、体付きは出る所は出て引っ込むところは引っ込んでいる。まさしく理想の女の子だろう。
更に新入生代表挨拶をしていたので頭も良いらしい。
なぜ彼女がここにいるのかという疑問と、そのすぐ傍に大きめのキャリーバッグと学生鞄があるのが目に付いた。
気にはなったものの、義母に目線で座るように促されたので、空いている席に座る。
「私は二ノ宮浩二、よろしく。こっちは娘の愛梨だ」
目の前の男性が頭を下げつつ話しかけてきた。
気さくな笑顔を向けられたものの、無理矢理浮かべているような感じのする笑顔だと思った。
どうやら目の前の男性――浩二さんは愛梨の父のようだ。
「よろしくお願いします」
浩二さんの後に続いて愛梨にも深々とお辞儀をされた。
その声には何の感情も乗っていないし、頭を上げた時の表情は完全な無表情だ。
気にはなったものの、とりあえず本題に入らなければ話は進まないだろう。
「九条湊です、よろしくお願いします。それで、俺に一体何の用でしょうか」
先の二人に倣って礼をし、用件を尋ねる。とはいっても正直予想は出来ている。
わざわざ初対面の人をこうして会わせるなど普通はありえない。可能性があるとしたらおそらく再婚だろう。
こちらは父が他界して既におらず、向こうは浩二さんと彼女だけのようだし、正解のはずだ。
ただの紹介だけというなら話はそこで終わるのでさっさと済ませたい。
義母はこの二人と楽しく過ごすのだろうし、湊には関係の無い事だと思っている。
分かりきった答えが返ってくると思ったのだが――
「九条湊君、私の娘を君の家で引き取って欲しい」
浩二さんに先程と全く同じ笑顔で告げられた。友好的な表情が何故か不気味に見える。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
聞き間違いじゃないだろうかと思って、もう一度尋ねる。
「今、何と言いましたか?」
「私の娘を君の家で引き取って欲しいと言ったんだ」
浩二さんの返事は変わらない、その表情もまた同じだ。
いきなりこんな話を持ち出されて困惑するものの、今の話だけで引き取りますと言う訳にはいかない。
とりあえずは理由を聞かなければならないだろう。
「貴方達は血の繋がった親子ではないのですか?」
「もちろん血の繋がった親子だよ。ちょっとした事情があってね」
「ちょっとした事情というのを教えていただかないと承諾できません。なぜ実の娘を他人に預けるのでしょうか」
好意的な笑顔を浮かべ続けられても、理由を説明してもらわなければ引き取る事など出来ない。
湊が納得しないでいると、浩二さんはようやく笑顔を引っ込めて顔を顰めた。
すぐに受け入れない事に苛立ったのだろう。
「……はあ、仕方ない。私は近々、君の義母である楓と結婚する。その時にその子は邪魔なんだ」
いかにも忌まわしそうな声だ。表情も先程までの笑顔などとは違い、不愛想になっている。
実の親が、結婚する人の息子に血の繋がった娘を邪魔だから預けるなど、どう考えてもちょっとどころの話ではない。しかも初対面のだ。
それに今、目の前の男は実の娘を邪魔と言ったのか、それは実の娘に言う言葉では無いだろう。
一瞬だけ横目で愛梨を見るが、その表情は眉一つ動いていない。まるで本当の人形のようだ。
感情的にならないようテーブルの下で拳を握りしめ平静を装う。
「実の娘に邪魔だとは言いすぎだと思いますが」
「まあ良いじゃないか、私達が結婚したら君達は兄妹だ。一緒に住んでも問題無いだろう?」
再び気さくな笑顔を浮かべられたものの、今更そんな表情を見ても友好的に対応など出来ない。
高校生二人がいきなり会って、君たちは今日から兄妹だと言われても誰も納得しないだろう。
それに話題をすり替えたので、どうやら触れられたくない話のようだ。
「今日初めて会って兄妹ですと言われても困ります」
「あんたはお金があるんだし、問題無いはずよ」
反論すると浩二さんの横にいる義母がこちらを睨み、鬱陶しそうに金銭の話を持ち出してきた。余程聞かれたくないらしい。
確かに湊の金銭面に問題は無い。
しかし、お金を持っているから引き取っても大丈夫という話では無いし、問題なのは愛梨の方だと思う。
「俺のお金の問題じゃありません。それにお金の話ならば気にしなければいけないのは彼女の金銭面です」
これほどまでに愛梨を疎ましく思っているのならお金を出し渋ると思って言ったのだが、どうやら違ったようだ。
浩二さんは意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「なるほど、なら娘の金は私の方から多少出そうじゃないか」
つまり、お金は問題無いようにしてやるから黙って愛梨を預かれ、という事なのだろう。
確かに浩二さんの方からお金を出すと言ったので、そのお金を合わせれば二人分の生活費も大丈夫だと思う。
浩二さんと義母の顔を見るが、冷ややかな微笑を浮かべている。おそらくこれ以上は何を言っても駄目だろう。
仕方ないと溜息を吐いてから二人を見返す。
「分かりました、金銭面だけならそれで大丈夫でしょう。ですが、俺はまだ彼女の意見を聞いていません」
ただ、問題無いのはお金だけの話だ、まだ本人の意思を聞いていない。
もし愛梨がこの件に反対、もしくは何らかの意見を言うのならこの件を無しにするか、少しでも何か聞き出せるかもしれない。
自己紹介以降、一言も発していなかった彼女の方をしっかり見てから尋ねる。
「君はそれでいいのか? 初対面の男と一緒に暮らすんだぞ?」
愛梨はまさしく人形のような、何の感情も浮かんでいない表情でこちらを見て、平坦な声で――
「構いません」
そう言った。
深呼吸を一つして気持ちを落ち着かせる。一番大変であろう愛梨が構わないと言った以上、この場で駄々を捏ねる事に意味は無い。
ならば、こんな事をいきなり言い出してきた対価として出来る限りの条件を出させてもらおう。
そうしなければまた今日のように理不尽なことを言われかねない。
「彼女を引き取る事に条件があります。録音させてもらいますが、構いませんね?」
「良いだろう、言ってみたまえ」
事が上手く運んで上機嫌なのか、妙にニコニコとした笑顔を浮かべている。
許可されたのでスマホのボイスレコーダーを起動させる、何かの役に立つかもしれない。
「二ノ宮愛梨の生活費を多少補助する事。親の承認が必要な書類は送るので、最低限、俺達の親としての責務を果たしてもらう事。高校三年間、俺達が卒業するまで俺達の生活に関わらない事。これが条件です」
目の前の二人を見ながらきっぱりと言い切った。これが譲歩できる最低限の条件だ。
「いいだろう、その条件を呑もう」
あちらとしても納得のいく条件らしい。浩二さんはようやく納得のいく話が出来たというように満足そうに顔を綻ばせている。
「ありがとうございます」
頭を下げるのは癪だが曲がりなりにも親だ、条件を呑んでくれたことに対する感謝はしなければいけない。
頭を上げると上機嫌な顔のまま浩二さんが言葉を発する。
「それと湊君、君の姓はどうする? 私達が結婚する以上二ノ宮を名乗って貰おうと思うが」
「お断りします、俺は九条です」
問答するまでも無い、即座に断った。
別に九条の姓に特別な意味は無いが、義母は苗字を変えると思っているので、一人くらいはこの姓を名乗り続けたい。
浩二さんは一瞬だけ顔を歪ませたものの、特に文句を言う事は無く、すぐに笑顔に戻った。
「まあいいだろう、これで話は終わりだ」
こうして高校二年生の春、銀髪碧眼の後輩と同居する事になった。