偶然
「人生って下らないと思わない?」
俺の彼女であるコノミが唐突に告げてきた。
コノミは俺の彼女にしておくには、勿体ない女性だ。
学校の成績は学年一位で、誰もがうらやむ美少女。文学部の部長を務めており、つい先日に詩のコンテストで優勝したことは記憶に新しい。
「そうは思わないけどな~。また突然どうして?」
俺はコノミのような女性と釣り合う男ではないと思っている。もちろんコノミのため、向上心を持って日常に取り組んでいるが、なかなか難しい。そんな俺がコノミと付き合えているのは幸運以外の何物でもなく、人生は下らないとも思えない。
「いえ、だってね。私が出会う人たちって、”偶然”しかないじゃない。学校だってそう。特別集められたわけでもなく、近くに住んでいて同じ年に生まれたというだけの理由で、同じ空間で過ごしているのよ」
コノミは頭がいいからか、難しいことをいう時がある。以前コノミから聞いた話だが、知能指数が20離れていると、話が通じなくなるらしい。勿論、俺はコノミの方が賢いということは良くわかっていて、彼女の話題が理解できない時もある。そんな時は「わからない」と答えてほしいとコノミにお願いされていたので、その通りにした。
「ごめん、言ってることがよくわからない。確かに”偶然”だし、必然性なんて何もない。でもそれがどうして人生の下らなさにつながるんだ?」
コノミは俺の目をみてから、少し思案するように腕を組んだ。その姿勢は彼女のスタイルの良い体を際立たせ、とても魅力的に思う。以前、なぜスタイルが良いのかを聞いてみたら、運動してスタイルを維持する努力をしていると言っていた。流石コノミだと思う。
「それは、必然性が見当たらないからよ。私の知り合いだって、別にその人である必要はないわ。本当はもっと気が合う人が世の中にいるはずだし、例えば、会ったことのない隣の学校の生徒会長は、私の唯一無二の親友になるかもしれない。でもそうはならないし、なりようもないわ」
俺にはやっぱりコノミの言うことがわからない。
コノミは向上心の塊のような女性なのは知っている。可愛くて、思慮深くて、一途だ。
「もっと、効率的で合理的な出会いがあるはずだわ。それなのに、無作為に、適当に、何の理由もなく、その人と出会い同じコミュニティであることを強いられているわ。私の友達だって、私より相性のいい人がいるはずだし、全ては偶然なのよ。それに、気が合わない子だってそう」
ははぁ、だいたいわかってきたぞ。そうである理由がほしいのか。しかしそれを言ってしまうと、何が偶然で何が必然かわからなくなる気がするぞ。
「なるほど。そうである必要性がないってことかな? 確かにそうだ。俺の友達だって、何の意味もなく俺の友達になった。そいつが他の誰かでも問題なかっただろうな」
コノミは微笑を称えながら、俺の目をまっすぐ見た。とてもかわいらしくて、照れてしまう。偶然だっていい、彼女が俺の傍にいてくれてよかった。
「そうね。そうなのよ。今の時代、個人の情報がもっとあるのに、それを活用すらしない。私の家庭環境、収入、賢さの指標、それらを活用すれば本当に適切な人と友達になれるはずなのにね。AIのマッチングとか、活用できないのかしら」
コノミの言いたいことはわかる。確かにそうだ。少しの工夫を凝らせば、より良い出会いが人生に発生するはずだ。相性の良い人が出会えば、不幸なすれ違いなどもなくなるのではないだろうか。
「なるほどね。じゃあ俺は君と恋人になったけど、他に素敵な人がいたかもしれないって訳だね。それはそれで少し悲しいかも」
ふと、そう話を繋げて思い至る。もしかして、コノミの話の切り出し方は、別れ話なのだろうか。たまたま出会ってしまった俺よりもいい相手がいた。もしかして。
俺は内心焦ってしまうが、コノミに見抜かれてしまったようで。
「クスッ、そういうことになるわね。ただ私はとてもラッキーだったわ。だって貴方以上の人を考えられないもの。貴方は私の特別よ。貴方にとって、私も代わりになる人がいるのかしら?」
コノミは少し顔を赤くして、そう告げてくれた。コノミは賢いが、普通の女の子であることを俺は知っている。
「そうだな。いるかもしれないけど、俺の目の前には現れなかったからな。恥ずかしいが、コノミが一番好きだ」
だから、俺も素直にまっすぐに答えた。それは今、最も必要なことだと思ったからだ。
「まぁ。嬉しい。でもそうなのよね。”偶然”出会っただけ。確かにそういう所が人生の素敵な所なのかもね。私だって、君のことが好きなのは間違いないもの」
偶然が必然に変わった。
だから俺は、コノミの質問を聞き直した。
「やっぱりそれでも人生って下らないと思う?」
彼女は大きく笑って。
「そうね。人生って下らないわ。偶然、私の心が貴方に奪われてしまったんだもの」
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