第62話 目覚め、魔王の慈愛
「こうなれば、もうアレしかないな……」
「アレってまさか……」
「確かにソレなら目覚めそうじゃな」
ノブナガ、リュウヤ、メアの声が遠くから聞こえる。
しかも、それと同時に嫌な予感もする。
一体これから何をされるのだろうか、タクマはとにかく脳から「目を開けろ」と指令を出し、目を開いた。
「………」
目を開けると、ノブナガの顔がだんだんと近付いてきていた。
それを見てタクマは一瞬フリーズしたが、その後すぐ、悲鳴を上げながら起き上がり、ノブナガの額と衝突した。
「ぐほっ!」
「痛っ……な、何してんですか」
タクマは赤いコブが現れた額を摩りながら起き上がり、ノブナガに訊ねる。
だが、起き上がってすぐ、腹部の傷が痛み出し、また布団に倒れてしまった。
「あんま無理すんな、ゆっくり起きろ」
「あぁ、ごめん」
今度はリュウヤの手を借りて、今度こそ起き上がる。
するとノブナガも同時に額を摩りながら起き上がり「すまんすまん、ちょっとした冗談だ」と下手なウィンクをしながら答えた。
「タクマさんがなかなか起きなかったので、目覚めの良さそうなノブナガ殿に頼んだでありんす」
「それにしても、なかなか鈍い音が鳴ったでござるな」
ちょうど茶を淹れていたおタツと、それを一番乗りで飲む吾郎は、起きたタクマに言った。
それより、メアとノエルは何処に?
タクマはその事に気付き、辺りを見渡す。
だが、どこを見ても、あの特徴的なサイドテールも、肩まである栗色の髪も見当たらない。
「なぁ、メアとノエルは……?」
タクマは隣で薬草をすり潰しているリュウヤに訊く。
するとリュウヤは、隣の部屋を指差し、「夜更まで戦ったからね、途中で寝ちゃった」と小声で話した。
とにかく二人が無事で良かった。タクマはほっと胸を撫で下ろす。
「よし、とりあえず包帯取るぞ」
「あぁ」
リュウヤは、タクマの身体の殆どを覆っていた真っ赤な包帯を取る。
黒銀に刺された右手、骸骨兵士に斬られた傷、それらが死にかけたけたけど、生きて帰ってこれた証として目に染みる。
いや違う、リュウヤの塗った薬が染みるのだ。
「いだだだだだ!!」
「刀傷によく効く薬だ、我慢してくれ」
タクマの体に薬を塗り終えたリュウヤは、その上から包帯を巻いた。
「さて、朝飯でも作るか」
リュウヤはそう言い、下の階にある調理場まで向かった。
その間……
「黒銀、安らか眠りたまえ……」
ノブナガは手で掘り起こした穴の中に、唯一残った黒銀の着物の一部を埋め、その上に雑ではあるが石を積み重ねた墓に手を合わせる。
そこにタクマとおタツは同じように手を合わせ、メアとノエルは手で十字架を作ってから祈りを捧げた。
「にしても黒銀さんの魂、何処行ったんだろうか……」
タクマはあのオーブの事と、エンヴォスの事を思い浮かべる。
するとその時、庭の方からドサッと何かが落ちてくる音がした。
「何じゃ!?」
「ウチが様子を見てくるでありんす」
そう言い、普段の着物姿に戻っていたおタツは、イリュージョンマジックのように掌から苦無を取り出し、庭へと向かった。
そして向かってから数秒後、悲鳴を上げて戻ってきた。
「ど、どうしたのじゃ!?」
メアは顔を真っ赤にして、頭上から湯気を浮かばせるおタツに駆け寄り、何があったか訊ねる。
するとおタツは「へ、へへ、へい、はだ、はだ……」と、訳の分からない事を話し出した。よっぽど記憶に残る物を見たのだろうか。
「エンヴォスの残りカスとかだったら困りますから、見に行きましょう」
ノエルは指をボキボキと鳴らしながら、ノエル、タクマ、ノブナガの3人でもう一度様子見をしに行った。
するとそこにはなんと、死んだと思っていた黒銀が、倒れていた。しかも裸で。
確かにこんなのを見れば、あのおタツでさえも、顔を真っ赤にして悲鳴を上げるのも納得がいく。
「黒銀さん、生きてたのか!」
「うーん……ひっ!!」
意識を取り戻した黒銀は、駆け寄ってきたタクマ達を見て後ろに下がる。
それもその筈、エンヴォスに心を乗っ取られていたとはいえノブナガを妬んで、謀反を起こしたのは事実。そりゃあ逃げるに決まっている。
それに、ノブナガも怖い顔をしながら黒銀に近付く。
「も、申し訳ございません!命だけは、命だけは……」
「見苦しいですよ!人の命奪おうとしたくせに、せめて罪を償ってください!」
ノエルは惨めに謝罪する黒銀に対して、そう言いつける。
そしてノブナガも、その黒銀の顔面を1発殴った。
「ノブナガ……」
鈍い音を聞いてマズいと思ったメアは、真っ先に見えた状況に驚く。
だがノブナガは、頬を痛々しく押さえる黒銀に、手を差し伸べた。
「ノブナガ様?どうして……」
殺されると思っていた黒銀は、ノブナガのまさかの行動に理解できず、そう訊ねる。
するとノブナガは「おあいこだな」と黒銀に言った。
「妬みとは、妬ましい相手を消す為の武器ではない。その妬ましい相手を“超えたい”と思う気持ちを燃やす燃料だ」
「だから、もう一度やり直してみないか?今度は、ワシの好きライバルとして、な?」
しかし、やっぱり怖いのか、黒銀は「暗殺しようとした私を、何故許すのです?」と訊ねた。
するとノブナガは、「お主を気に入ってたからだよ」と笑顔で答えた。
「まぁ、当分は雑用担当になってもらうがね」
その言葉を聞いた黒銀は、涙を流しながら、ノブナガの手を握り返した。
ノブナガも、握り返した黒銀を、口を笑わせて受け入れる。
すると、庭前の縁側の襖が開き、その中からリュウヤが「飯が出来たぞ〜」と呼びに出てきた。
「って、黒銀さん生きてたの!?」
「まぁ色々あって、更生したらノブナガのライバルになるみたいだ」
目が飛び出るくらい驚いているリュウヤに、タクマは簡潔に説明した。
「さーてと、美味い飯食って勝利の祝杯でも挙げようじゃないか」
「おっ、今日はエビフライじゃな?」
「それは海老天でござるよ、メア殿」
そんな会話をしながら、タクマ達は食事へと向かったのだった。