表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/307

第195話 時の止まった花屋

 それからタクマとデンジは、彼の家で一泊した後、見せたいものがあるとワトソンに連れられ、異様に綺麗な民家の前に来た。そう、タクマがずっと気になっていた例の家だ。

 その民家は綺麗な割には寂しい雰囲気が漂っており、屋根の上には掠れた文字で「花屋 キング」と書かれていた。


「ここが、彼の家族が暮らしていた家だ」

「綺麗ですね。まだ誰か居るんですか?」

「いいや、彼は3人家族。オニが居ない今、ただの廃墟と同じだよ」


 言ってからワトソンは、我が物顔でドアノブに手をかけた。勿論、不法侵入はマズイと、タクマは止めようとする。

 しかし彼は、「今は僕の所有物だから」と言い、扉を開けた。


「所有物?まさかこの家を、買ったと言うのかい?」

「そうだよ。反逆者だったとしても、ここは彼の帰る場所だからね。どんな状態であれ、帰って来たらプレゼントするつもりだよ」


 ワトソンは内装を見回して言う。薄暗くて不気味に見えるが、この状態でもそのまま店を再開できそうなほど、沢山の花が元気に咲いている。

 彼が全てを管理しているのだろう。帰って来た時何も変わってない事に安心させる為なのだと思うと、奴がどれだけ信頼されていたかが窺える。

 しかし、何故か違和感を覚えた。青、黄、緑、紫。ここまで色があるのに、何故か赤い花とバラだけがない。花屋の代名詞とも言える花がない事に、違和感を覚えたのだ。


「あれ?あの、赤い花はどうしたんですか?」


 訊くと、ワトソンは花に水をやりながら「散乱していたんだよ、現場にね」と答えを返した。


「両親の死体と血に塗れて、白かった花も真っ赤な花も、全て赤に染まっていたそうだ。だから、帰って来た時のことも考えて、それだけは置かないって決めたんだ」

「ワトソンさん、あなたは本当に優しいお方だ」

「非難されるだろうに、ここまでしてあげるなんて凄い人ですよ」

「そうかなぁ、照れちゃう」


 二人に褒められ、ワトソンは顔を赤くして頭を掻いた。そして、照れるのをやめた後、植木鉢の黄色い花の花びらを撫でながら優しい声で言った。


「僕は信じてるんだ。どんなになっても、彼は彼だって」


 ──タクマとデンジが花屋を見てから数時間後、二人の知らない頃に奴がやって来ていた。そう、オニキスだ。

 しかし彼は、オーブを衛星のように漂わせるでもなく、暴れるでもなく、フードで顔を隠し、密かに墓石の前に立っていた。

 その墓石には、ラピス・キング、エメラ・キングの名前が彫られている。そう、オニキスの両親だ。


「2年ぶりだな。親父、お袋」


 両親に再会の挨拶をし、お供え置き場に酒を置く。父親用にウィスキー、酒の弱い母親用に度数の低い酒。二つを置いたオニキスは、心の中で飲めるはずもないのにな、と馬鹿馬鹿しそうに鼻で笑った。

 それから、オニキスは墓の前で胡座を描き、心の中で二年間の日々を語った。


 ──アンタらの葬儀が終わってから、俺はガラに復讐する為に2年間最強を狩り続けた。お陰で今じゃあ言い値が首にかかっちまったがね。

 でも、後悔はしてねぇ。お陰で命を狙う馬鹿を狩って強くなったからな。それに、面白ぇ奴とも出会えた。

 ただ、悪魔に魂売っちまったのはちょっとは後悔してるかもな。心臓のタイムリミットが迫ってるとはいえ、人を殺しかけた。アイツだけを殺す為に、今まで殺しはしなかったのに。なのに、ガラの野郎は俺が出てってすぐ死にやがった。


「ホント、俺の2年間は、何だったんだよ……」

「ほぉ、やはりそう言うコトでしたカ」

「誰だ!」


 聴き慣れた気味の悪い声にハッとしたオニキスは、怒鳴りながら振り返った。そこには案の定、Zがいた。それも、墓石の上に乗った罰当たりな状態で。

 クソ、最悪な野郎に見られちまった。本来なら殺してやりてぇが、俺の力はそんな事のために使うんじゃあねぇ。誤魔化せ、何か方法があるはずだ。

 ……いや待て。もうガラは逝っちまったんだ。それに病で死ぬくらいなら、気に食わねぇコイツを殺して、金に困ったガキ共に言い値の首をよこすのがいいかもしれない。

 オニキスは考えた。するとその時、Zはニヤリと更に口角を上げ、いいのですカ?と訊いた。


「何の話だ?」

「確かガラでしたかネ?彼は妻と娘を残して、この世を去ったようデス」

「何を言いたい?あくまでも俺の目的はガラ一人。女子供を殺すつもりは……」


 だが、オニキスが振り向き直そうとした時、さっきまで後ろにいた筈のZが両親の墓の後ろに立っていた。

 見えなかったぞ、いつの間に移動したんだ?初対面の時から動きの速い野郎とは思っていたが、まさかここまで速く!?

 しかし動揺している間に、Zはオニキスの顔の近くにまで迫っていた。


「彼は君が気に食わないという理由でアナタの両親を殺シタ。それなのニ、国民から信頼サレ、死ぬまでの短い間いい時間を過ごしタ」

「……っ!」

「どうせ復讐するナラ、地獄の彼を不幸のドン底に突き落として仕舞えば良いのですヨ」


 ──そうだ。アイツは俺の家庭を滅茶苦茶にしたのに、娘や妻なんて、俺の家庭を奪うように楽しい時間を過ごしていたんだ。さぞ楽しかったろうなぁ、さぞ面白かったろうなぁ、さぞ気持ちよかったろうなぁ!俺から全てを奪ったくせに!テメェだけいい思いして勝手に逝きやがったくせに!この際寄付も何も関係ねぇ!皆殺しだ!

 Zの注いだ油により、オニキスの中で煮えたぎる怒りがコントロール範囲内を大幅に上回った。止め処なく溢れるその怒りは、心、神経、人格、理性の更に奥にある潜在意識からも湧き上がった。

 その怒り様は、まさしく煉獄の炎が如し。今の彼にとって、誰を殺す、誰だけを殺すなんていう冷静な判断はできない。

 何故なら、その怒りにより、ガラへの憎しみがガラの家族、取り巻き、そして彼を正義と称えたフォーデン全体へと拡がってしまっていたからだ。


「フハハハハハ!!ハハハハハ!!ハーッハハハハハハハ!!待っていろ!テメェら纏めて、この俺“復讐の死神”が地獄に送ってやる!」


 壊れたようにオニキスが叫ぶと、禍々しい剣と鞄に隠していた二つのオーブが光り輝いた。

 止め処なく溢れる怒り、フォーデンの幸せを奪ってやるという欲。その二つの感情が混ざり合い、今の彼が出来たのだ。


「さて、仕込みは上々。後は彼らがどう動くのカ、楽しみですネ」


 ゆっくりと歩いて行くオニキスの背中を見送り、Zは不気味な笑顔でこれから始まる事を楽しみにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ