第138話 責任の重さに軽量化を
「おはよう……ってあれ?何でお主らこんなところで寝ておるのじゃ?」
「寝坊助でありんすな。ここは寝床じゃありんせん」
起きてきたおタツ達は、食堂で変な寝相で寝ていたタクマ達を叩き起こす。
「あれ?俺ら一体……」
「にしてもこんな血の臭い、一体真夜中に何してたんや?さては喧嘩か?」
「まさか。いや、あながち間違いではないか……も……」
どうせ夢だったんだ。そう思った時だった。めり込んでいた壁が治っている。リュウヤが殴られた床が治っている。散乱していた家具の位置が元に戻っている。
そう、全てが何もなかったかのように戻っていたのだ。しかし、微かな意識の中で、オニキスが置いて帰った薬だけはそこに置かれていた。
「まさか……」
「おいタクマ、どこ行くんだ!」
いきなり走り出したタクマに、リュウヤは声をかける。だが、タクマにその声は届かず、そのまま走って行く。
そして、食堂近くの部屋、ピアとフォルテが居た部屋の扉を開ける。
「タクマ殿……これは一体……」
「……くそっ」
だが、そこに2人が居なかった。やはり夢ではなかった。
助けられなかった悔しさから、後ろでノエルは、優しく壁を殴る。
「やっぱり、夢じゃなかったんですね」
「俺のせいだ。俺が勝手に飯食わそうとしたせいで、いい情報も聞き出せないまま……」
「リュウヤ君!君のせいではなぁい!こんなにムキムキなのに、全く役に立たなかった私も悪い!むしろ、全部私のせいでもあーる!」
跪いてまで悔しがるリュウヤに、フラッシュはマッスルポーズを披露しながら励ました。
が、全員引いてしまう。
「フラッシュ……何があったか知らないけど、偶にはいい事言うじゃない」
励ましの声を聞いたその時、悔やんでいたリュウヤの心に火が付いた。
「おらぁお前らぁ!飯の時間じゃぁぁぁ!!食って食って力付けて、あのメガネに100万倍返しするぞぉ!」
あまりの熱気に、全員少し離れる。
確かにリュウヤは、気楽に生きているが熱い奴だった。だが、まさかここまで熱くなるとは思いも寄らなかった。余程ピアとフォルテを守れなかった事が悔しかったのだろう。
いや、皆悔しい。だがリュウヤは、その悔しさを自分を傷付けるナイフではなく、己の心を燃やす燃料として受け止めたのである。
(ふ、フラッシュさんのマッスル励ましが効いた!?)
タクマは、一人でその様子に驚いた。
【ノアの方舟 玉座の間】
「さて君達、彼らに何の話をしタ?」
「「……」」
「まさか、α様の話ヲ?」
Zは、床に座らせた2人に尋問をする。だが、ピアもフォルテも、何も話そうとはしなかった。
それに腹を立てたZは、目の前に濃硫酸を垂らす。それにより、床のタイルから怪しい煙が立ち込める。
「ヒッ……」
「ピアちゃん」
「さぁ、黙ってないで答えるのでス!何を話しタ!」
Zがヒートアップしていると、後ろの大きな扉が開いた。
『こらこら。負けたくらいで、後輩イビリをするのは良くないぞ、Z』
「「あ、α様……」」
「もー、連れて帰れとは言ったけど、お姉ちゃん叱れなんて言ってないぞ?」
現れたアルルとαに、Zはすぐさま態度を変え、片膝をついて頭を下げた。
するとαは、正座させられていた2人と同じ高さに屈み『彼と、どんな話をしたんだい?』と訊いた。
「アルルちゃんの正体、クィーンサキュバスだって事だけです」
「それ以外は、何も言ってません」
『……だそうだ。それで、タクマ君の捕獲は失敗』
αは、優しい声でそう言った。その間、ピア達は震え上がっていた。
殺される。殺されてしまう、と。そう思っていると、αは2人の頬に手を当て『怖がることはない』と言葉を返す。
「α様、良いのですカ?」
『あぁ。それに、最初から私の事を話しても、許していたよ』
「しかも〜、もう会ったことあるんだよね、タクマ君に」
「何ですっテ!?」
『オニキス君やZだけでなく、これからは私も彼のお世話になると予想していたからね。こっそりと挨拶に』
αは、その時の事を語る。だが、その声に感情はこもっておらず、喜んでいるのか、はたまた何も思わなかったのか、読み取ることはできなかった。
その話を聞いたZは「先程は、悪かったな」と、素直にピアとフォルテに謝った。
『それよりアルル、君に渡したオーブの件だが……』
「バッチグーよん!ちゃーんと、適任者見つけて頑張ってくれてるから、大丈夫V!」
彼女のようにαの腕にしがみつくアルルは、キャッキャウフフと楽しそうに回転しながら、V字ピースをして答えた。
αはそんな彼女を、感情のない声で笑い、『いい子だ』と頭を撫でた。
『そうだ、君達にお駄賃をあげよう。おいで』
「「は、はい」」
αは、アルルと2人に手招きをした。そして、やってきた三人の手に、十万ゼルン相当の金貨を手渡した。
その金額に驚いたピアは、「こ、こんなに貰っていいんですか?」と訊いた。
するとαは、ピアとフォルテに向けて『怪我をさせたお詫びだ。それで美味しいものでも食べなさい』と返す。
更に、『これで欲しいものを買うといい』と、ピアとフォルテの手に、追加でまた十万ゼルンを手渡した。
「「あ、ありがとうございます」」
「じゃあピアちゃん、これからメルサバのハウスケーキ食べ行こ!」
「うん!フォルテちゃん!」
2人は仲良さそうに手を繋ぎ、αのアジトを後にした。αは、そんな2人をじっと見つめて見送った後、何も言わずに大きな扉から帰っていった。
Zも、すぐ近くの壁にワープゲートを開き、どこかへ消えていく。
「αの野郎、マジで何をするつもりなんだ?ろくに計画を明かそうとしないし、全く掴めない」
こっそりと玉座の影に潜んでいたオニキスは、彼の事に対し呟いた。
だが、考えても無意味だと悟ったのか、オニキスは「いつかは然るべき時が来るかもな」と言い残し、影に消えた。