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「うわあああああ落ちるううううううううう」

「はっはっはっはっはっはー」


【長距離転移】とはその名称通り、馬車で何日もかけて移動するような場所へと一瞬で辿り着ける魔術である。


この魔術の扱いの難しさは次の二点が原因だ

ひとつはおおよその方角と距離を跳躍することしかできない点。術式と魔力が非常に難しく、熟練の腕前であっても目的地との誤差は十里圏内だ。

もうひとつは出現先に物体――例えば木々や山、人や建造物などが存在している場合、即死が免れない点。


つまり何処に出現するのか正確な位置がわからないので常に死の危険がつきまとう故に、腕の立つ魔術師にとっても手軽に使用できない魔術であった。


だがマーリンはこの問題をある方法によって克服していた。

それは即ち、渡り鳥すら存在しない遥か上空に躍り出るというものである。


「まじ死ぬまじで死ぬていうか師匠死ね」

「はっはっはっはっはっはーミゼ君、そんな事を言っているとそのまま大地に激突させますよ?」


眼下には一本の亀裂が真っ直ぐに走る赤茶けた台地が広がり、そこに向けて二人は猛スピードで自由落下していく。


「師匠、ここは?」

「通称【巨人の食卓】です」


【巨人の食卓】と呼ばれるその台地こそが王国最大の防衛拠点であり、間を抜けて続く渓谷こそ王国へと至る大街道だ。どんぴしゃで目的地に出現できたのは運がいいわけではなくマーリンの腕――正確に測量した結果である。


「敵軍に奪われた件の【赤銅の砦】のある場所じゃないですか……何故?」

「さて」


自由落下したままマーリンは懐から……【魔戯貨】を取り出して、虚空に巨大な魔法陣を展開、召喚魔術を行使した。


無論、【異世界召喚の儀】などではない。

それよりも遥かに稚拙で、容易で、下位で、低対価の召喚――専属契約を果たした魔獣幻獣の類を呼び寄せるだけのただの空間魔術だ。

その威力は、猫や子供を呼び寄せるだけの魔術よりも遥かに強力だ。


「『我が盟友よ、ここに契約を果たし、力を貸したまえ』」


手のなかの【魔戯貨】が溶けて消えると、突如おどろおどろしい黒雲が雷鳴を響かせながら辺りに立ち込め、そこから白眼を剥いた妖艶な乙女が巨大な貌を覗かせる。


「【常闇の死都の巫女パンデモニウム

『ぬううう我が名を呼ぶのは誰かしらああん?』

「やあパンデモニウム殿」

『あらやだあああん我が主人マーリンちゃああああん、ついに夜伽の――』

「要求は敵の殲滅のみです」

『もおイケズなお・ひ・と』


召喚したのは一匹の大悪魔だ。

よくは知らないが異形の神或いは邪神に類する存在らしい。幼少時代に戯れに呼び出し、以来何故か気に入られ肉体関係を迫られるので非常に面倒な相手だったが戦力としては非常に頼もしい存在だ。


『さあああん冥界の瘴気よ、我が吐息となって生きとし生けるもの絶やしちゃいなさあああい』


微かに笑った後、巨大な唇から吹き出された濃い紫の毒々しい吐息が地上に広がっていく。


廃都と化す霧メガデス】。

土に触れると無害化するので故に土地に悪影響を与えないが、瞬きの間に小さな都ひとつを多い、そこにいる市民を虐殺できるだけの威力を持っている恐ろしい猛毒である。


一瞬にして濃霧に包まれた野営地からは彼方此方から次々と悲鳴が上がり、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられているのを容易く想像させた。


「うげえ……魔物とはいえむご過ぎる」


二人が片側の砦の近くに【浮遊】で着陸する頃、すっかりと晴れた辺り一帯には恐ろしい形相で転がる小鬼の骸が埋め尽くしていた。


「何故、我々がこんな場所に?」

「ミゼ君、我々の使命は何でしょう?」

「【軍勢】の再編……異世界人で軍隊を作ること?」

「それはあくまで手段に過ぎません。我々がすべきことは【赤銅の砦】の奪還です。それが為されさえすれば【軍勢】の再編など些末なこと」

「まさか」

「さあミゼ君、頑張って取り戻しましょう♪」

「……」


足元に突如、何かが突き刺さる。

木矢だ。

飛んできた方角を見れば、砦の至る窓から布で覆った顔と、細い緑の腕と、粗雑な弓を覗かせた小鬼達がこちらを狙っている。

外にいた連中には抜群の効果を発揮した毒も、立て籠もっていた者達には効果がなかったようだ。


最前列にいた小鬼がこちらに気づいて錆びだらけの鉄棍棒をこちらに向けてぎゃあぎゃあと騒いでいる。突然降って湧いた人間を警戒している。

それから角笛を鳴らした。

ジャラジャラと音がして周囲のゴブリンたちが取り囲むように近づきながら各々の獲物を取り出した。


『『『ギイ』』』


耳障りな掛け声と共に、一斉に矢が放たれた。

視界を覆う程の無数の何かが一斉にこちらに向けて飛来してくる。

なかなかの脅威だ。ひとつひとつには大した威力は無いだろうが、汚物や毒が塗られ、何より全身を何度も隈なく穿つ程の物量がある。まともに受ければ、どんな猛者であれ数秒と立っていられないだろう。


だがマーリンが不可視の障壁を展開すると、矢の群れはある領域を境目に突き抜けることなく、傘を打つ雨だれのような音を立てて次々に墜落していく。


「無茶だ……無茶苦茶過ぎる……」

「なに問題ありません。ほら飛び道具もこんなにあるからね」


マーリンはお返しとばかりに召喚した剣を抜き取り、砦に向けて投擲した。


ガン――外壁に矢のように突き刺さった後、ドン――爆発して周囲を瓦礫に変えたのは無論、強化によって増幅された膂力が原因では無い。剣に込められた呪いだか魔術だか加護だかを暴発させた結果である。


使い捨てである点については勿体ないとしか言いようがないが、呪文を行使するよりも魔力の消費を抑えられるし、代わりは幾らでもある。


マーリンは次元の裂け目から鎧や剣を次々に搬入していくと、できあがった山から適当に引き抜いて投げつけていく。


「そ、それらの武具見覚えがあるのですがどうしたのですか」

「勿論、開かずの間にあった禁断の魔導具を拝借しました」

「それ呪われてるやつじゃないですか」

「はっはっは。呪い? そんなもの呪われた先から【解呪】していけばいいんですよ」


何を真っ青な顔をしているのだろう。戦争に活用した方が余程有益ではないかと言っていたのはミゼラブル自身ではないか。そして扱える人材が王国軍には存在しない以上、扱える者が使うのが筋だろう。


「さあミゼ君、頑張って砦を攻略しましょうか。これを攻略できたら特別に単位をひとつあげましょう」

「いらないから宮廷に帰してくださーい」


成る程、書架にこもって読書三昧だったせいで気づかなかったが、久し振りにこうやって身体を動かして労働に励むのも悪く無い。


弟子が泣きながら何かを訴えていたが、湧き上がるアドレナリンによってハイテンションになってしまっているせいでよく聞こえない。


それからマーリンはたった半日の攻防で、小鬼の殲滅をやり遂げ、見事、砦の奪還を果たしたのだった。




「宮廷魔術師顧問マーブヒよ」

「はっ」


玉座に恐ろしい程の脂肪を押し込んだ男が、マーリンの名を呼んだ。


近頃は精神的重圧から食事量を増やしたと噂されていた王だったが、その表情は明るく、ニコニコしながら骨付き肉を頬張っている。

何れにしても食べるのだなとマーリンは思った。


「貴様の召喚した英雄により、ゴブリン軍団の殲滅は果たされ、要塞も奪還できた事、礼を言おうデフ」

「勿体なきお言葉です」


これは嘘ではない。

マーリンとミゼラブルが砦に乗り込んだ後で、異世界人――召喚したばかりの少女の力を借りたので本当の話だった。【幻獣使い】である彼女と【特典】持ちの九匹の猫が大暴れしてくれたおかげで数日かかる見積だった、砦墜としが半日で済んだのである。


「だがまだ魔族軍の侵攻は続いている。このまま召喚を続け【軍勢】を増強するのだ。ついては追加の予算を与えるでブヒ」


マーリンは憂鬱な気持ちを隠しながら、恭しい態度でそれ・・を受け取ると、その場を後にした。


与えられた予算は【魔戯貨】百枚。

これでまた後三十回は【異世界召喚の祭壇ガチャ】を使わなくてはならなくなった。何度試そうがロクな結果にならないのは目に見えている。いっそのことこの【魔戯貨】を持ったまま出奔してしまった方がどんな楽か。


「まあ……後一回、いや二回くらいは廻してみてもいいかもしれません。次こそはいいアタリが引けるかもしれませんしね」


この時はまだ誰も――本人ですら気づいていなかった。

マーリンが【異世界召喚の祭壇】依存症になりつつあることに。



アンブローズ・マーリン――やがて彼は【軍勢】によって百万の魔族の軍勢を壊滅させるが、代わりに傾国の魔術師とも呼ばれることになる。

何故なら【魔戯貨】の為、【異世界召喚の祭壇】を廻す為に、私財どころか国の予算を食い潰すからである。


これはそんな最悪の宮廷魔術師の始まりの物語である。

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