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「ふー……【赤銅の砦】が陥落したブヒ」


醜く肥った男が骨つき肉を齧りながら、苛立った様子でそう告げた。

でっぷりとした身体を窮屈そうに玉座におさめた彼は、この国の王だ。


件の【赤銅の砦】は都市防衛の要となっていた要塞のひとつだったが、大規模な小鬼ゴブリンの襲撃によって攻め落とされてしまったらしい。


長くに渡って続いてきた魔族との戦争で劣勢を強いられていた王国だったがこれは最悪のニュースだった。既に王都ではいつ魔族が押し寄せてもおかしくないという噂が流れていた。


「だが案ずるなブヒ」


王はムシャムシャと肉を齧り続けながらそう続けた。


「我々は今こそ初心に返るべき時が来たのでブヒ。この国の得意とするのは、戦でも外交でもないのでブヒヒ」


その瞳に少なからず狂気を宿していたが、言葉自体は妄言ではなかった。


この国には紐解けば幾度となく勝ち目のない戦局を覆し、大規模な飢饉や水害を乗り越えてきた実績があった。

それは奇跡などではない。たったひとつの理由に拠るものだ。


「宮廷魔術師アンブローズ・マーブヒよ」

「……はっ」


マーリンは胸騒ぎと共に玉座の前へと進み出て片膝をついた。


政務官たちがこちらを見てひそひそ囁きあっている。

「あれが噂の秘蔵っ子か」「彼こそが王国の切り札」「魔術師の寵児がついに」「今度こそ戦に勝てるぞ」などと言いたい放題である。


「貴様に【軍勢レギオン】の再編を命じるブヒ」


やはりーー嫌な予感が的中してしまった。

ていうか名前マーブヒじゃないけど。


マーリンは目深に被ったフードの奥で小さな溜息をついた。

王からの直々の命令というだけでも気が重いのに、これ程の無理難題は、直前に服用した胃薬だけでは足りないくらいにストレス過多だ。


だが王命を辞退などできるわけがない。

今、王のいや王国の希望を裏切れば、一族郎党物理的に首が飛ぶのは確定なのでそれはできなかった。


「この【鍵】を授ける。為すべき事を為せ。そして勝利の札を引き当てるがいい」


「謹んで拝命致します」


かくしてーー

王国の命運は一本の鍵と共に、宮廷魔術マーリンに託されたのだった。



「……とは言ったものの憂鬱過ぎる」


謁見後、マーリンはぼやきながらその足で城内の最奥部に向かっていた。


「正直しんどい。こんな仕事なんか引き受けたくなかった。辞退したい。憂鬱だ」


国家の命運を背負うなど嫌すぎる。

万引きなど軽犯罪的な不祥事を起こすことで王命を解任して貰う方法について巡らせているとーー。


「王様から直々にお仕事を貰えたんですよ。大変な名誉じゃないですか」

「……ミゼ君」


弟子のミゼラブルがやってきてしまった。

マーリンにとって唯一の弟子だ。まだ十三で、魔術の才もろくに開花していない未熟者ではあるが、生まれつきのある特殊な能力の為に同行させていた。


「僕は正直仕事なんかしたくないんです。あそこで断れば絞首刑ですから引き受けましたけど、僕は宮廷魔術師らしく魔術の研究がしたいんです」

「研究って……師匠は破廉恥な恋愛小説読んでるだけじゃないですか」

「そうですが?」

「……開き直らないで下さい」

「ところでミゼ君、前から思ってたんだけど王様って何か豚っぽくないですか?」

「ちょっ師匠、誰かに聞かれたら不敬罪で絞首刑ですよ!」

「はは、あれ実は人豚オークかもしれないです。語尾がブヒヒとかホント品がない」

「おい黙れ」


などとたわいない会話をしているうちに目的の場所に到着してしまった。

そこは王城地下ーー長い螺旋階段を下った果てにある城門の如く巨大な扉だ。


錠はおろか閂すらなかったが魔術師であるマーリンの眼には侵入者避けが幾重にも施されているのがわかる。


「ふむ」


試しに杖の先をくるくると回して【解錠】してみるとーーガタンと錠の下りた後、扉が耳を塞ぎたくなるような軋みを上げる。


宮廷うちのセキュリティ、ヤバイですね」と思わずにはいられない程、あっさりと開いた。

無論それはマーリンの魔術の腕が卓越しているからこそなのだが、彼自身はその自覚が薄かったりする。


「うわあ……これが開かずの間ですか」


同行していた弟子のミゼラブルが声を上げた。


「こんなに素晴らしい品々を拝見できるとは眼福です」


開かずの間ーー存在こそ宮廷では有名であったが、十数年間踏み入れた者のいないと言われている王家の宝物庫だ。


立てかけられた巨人の如く全身甲冑の影、硝子箱の中で淡く反射する髑髏水晶球、微かな低音を響かせる壁掛けの大剣、囁き声が聞こえてくる台座の首飾り、額縁に中で蠢く大蛇……

真っ直ぐにのびた通路の壁際に、膨大な量の調度品や装飾品が飾られていた。


ミゼラブルの言う通り確かにそこはまるで博物館か美術館のようで見応えがある。


「師匠。どれもこれも魔力の残滓を感じるのですが、もしかして全部魔導具なんですか?」

「ですね。あの仮面は他人に成り変われる仮面『千の容貌』、そっちの黒い鎧は魔力を糧にして動く『漆喰らい』」

「うわ……どれもこれも御伽噺に出てくるような幻想級の魔導具ですね。……思いついたんですけどこれらを戦線に補給物資として送れば戦局変わるんじゃありませんか?」

「良い着眼点ですね。ミゼ君に十点あげましょう。でも但し実用性に乏しいので採用は不可」

「どうしてですか?」

「ここにあるものは全部呪われています」

「呪われて……」

「誰にでもなれる代わりに次第に自我を失っていく、生も根も吸われ鎧の一部に成り果てる、そんなものばかりです」


ミゼラブルがうっかり髑髏水晶を覗き込もうとしておおきく仰け反っている。


「扱うには相応の代償と能力を必要。だからこれらを扱いこなせる者がいれば、そもそも負け戦になどになってないのです」

「な、成る程」

「よしミゼ君……試しにそこの棘だらけの鎧を着出てあげましょう」

「いやいやいやいや」

「大丈夫ですよ。ちょっと鎧の内側からも棘が食い込んで使用者にのたうちまわるような苦痛を与えるだけですから」

「どこが大丈夫で、どこがちょっと何ですか。そんなものはいらん。おい止めろ。戯れに弟子で遊ぶのは」

「ちぇー」


開かずの間の魔導具はひとつ扱いを間違えれば、或いは使い手の力量がなければ暴走しかねない代物。いや実際にその大半が過去災厄を引き起こした所為でここにしまわれている。


見ればどれもこれも厳重な封印が施されていたが、その理由は盗難防止というより不用意な発動恐れての措置だろう。

まあマーリンにとっては解くことは造作もないレベルの封印なのだが。


「道具はあっても使える人がいないのが実情なんだよなあ」

「はあ……うちの王国どれだけ人材不足なんですか……」


やがて二人が辿り着いたのは突き当りの壁だ。そこには一見何もなかったが、鍵穴が隠されていた。

王から賜った鍵を差し込むと、カチャリという音と共に壁が横滑り動き、扉が出現する。


正直、国家の命運など担いたくもなかった。名誉も実績もいらない。ただただ書架で読書をしたり惰眠をむさぼったりお茶を啜って平穏に生きていきたいと思っていた。


だが王命を受けた以上は結果を出さなくては物理的に首が飛ぶし、何よりこのままでは王国が滅びるのも事実だ。


「だから異世界よそから召喚ぶんです」


マーリンは意を決するとノブを掴み、その先に待つ恐ろしい魔導具に立ち向かうべく扉を開いたのだった。

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