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「汝、未だ名を知らぬ異邦の民よ」
宮廷魔術師マーリンの朝は早い。
何故なら異世界人を召喚する儀式に一日の大半を費やすからだ。
朝食もろくにとらず祭壇に向かうと、呪文を詠唱。古代語を巧みに操り、複雑怪奇な力場を虚空に構成していく。
【異世界人召喚】ーー
それは此処ではない何処か別の世界から英雄と呼ばれる力のあるものを呼び出す奥義とも言える魔術だ。
「我が救いを求める声を聞き給え」
マーリンには控えめに言って天才といえる程、魔術の才能に溢れていた。
幼少期には既に魔導の申し子と恐れられ、十代で象牙の塔に所属し、魔術史を何百年も早める実績を残してきた。
【異世界人召喚】は老練の魔術師百人かかりで数ヶ月はかかるであろう難易度の魔術だったが、彼は欠伸をしながら成功できた。
「さあ運命の糸を手繰り、今異界の門より我が元に現われ出でよ……!」
マーリンがすべての呪文詠唱を終えると、祭壇上に突如それが出現した。
巨大な匣である。聖人の棺を思わせる荘厳な飾り付けの施された立方体だが棺でないことは明白だった。
何故なら正面には操舵が付属されており仕組みを持った器械を連想させたし、何より硝子張りになっている外壁から覗くそこのは煌びやかで色とりどりの美しい無数の宝玉が詰まっていた。
準備はほぼ整った。
後はもう操舵を念じて動かすだけであの箱の下部に設けられた排出口から宝玉が零れ落ちる。強大な魔力の塊であるそれが解放されると、次元の扉が形成されて異世界人を呼び出すことができるのだ。
「……」
だがマーリンはまだ召喚を行わない。まだ為すべきことがひとつだけあったからだ。
呪文詠唱に比べれば容易く、寧ろやる必要もないことだったが天才である彼は何よりもその下拵えを重要視していた。
「……どうか」
マーリンは両手を握りあわせるように組むと、それまで涼しい顔だった彼の眉間に深いしわが刻まれる 。
そして険しい表情で、彼はある言葉を紡ぎ出した。
より良い人材を召喚する為、より引きを強くする為、考えに考えを重ね至った為すべきことーー
それは祈りだ。
紡ぎ出したその言葉に魔術的な影響はない。
更に言えば無信仰者である為に聖職者としての奇蹟にも寄与しない。
それはただの自己満足であり意味自体もあるかどうか分からない。
だがそうせざるを得なかった。
何故ならばこの【異世界人召喚】はランダム制。
即ちどんな人物がやってくるのかは誰にも予測不可能なのだ。
これについてはマーリンでさえ制御不能の領域であり、召喚できた人物が有能かどうかは完全に運次第だった。
余談だが召喚される異世界人には格付けが存在した。
最高峰がSSR。次点がSR。そしてR、UCときて最低辺がC。それは能力の高さと同義であり、また出現率の低さの順番でもあった。
故に縋るように強請るようにひたすらに彼は祈り続ける。召喚呪文の詠唱もそこそこに何時間も何十時間も寝食を忘れただただ言葉を重ねていく。
きっと彼のそばで声に耳を傾ければ、次のような言葉が聞こえてきたに違いない
「使えるSSRが出ますように、使えるSSRが出ますように、使えるSSRが出ますように、使えるSSRが出ますように、SSRが出ますように、SSRが出ますように……敵の獣人娘にほだされてあっさり寝返る裏切り勇者とか、チートスキルで水道事業を始めた挙句アコギな商売を始める商人勇者とか、異性と見れば見境なく仲間にして挙句後宮紛いなものを造り出す好色勇者とかはもうたくさんです……ぶつぶつ」
世紀の大天才アンブローズ・マーリンーー実は彼にも唯一弱点と呼べるものがあった。
どういうわけか致命的なまでにクジ運が悪かったのである。