魔法少女、カイゴウ 魔。
見知らぬ天井。
ただただ白く、蛍光灯が二本光ってる。
これは……夢かな。
頭の奥でそんな意識がむくっと起きる。
なんであたしこんなところにいるんだろう?
そんなことを考えてた筈。
全身は痺れていて身動きが出来ず、部屋の全体を見渡すことができないんだけど、そんなことはあまり意識していないみたい。
頭の中はもやに包まれたようにはっきりしないまま。
まるで白い世界に自分だけ取り残されたようなえもいわれぬ不安な気持ちになったとき、部屋の外からの声が静寂を切り裂いた。
「なんてことを! あなた……」
「だから、やはりあれは失敗作だった、と、言ったのだ」
ママ…パパ……
「言ったはずだ。わたしが欲しいのはお前の家系に流れる『血』だと」
☆
どうせあたしは失敗作だから
じりりりり
目覚まし……、じゃ、ない。
緊急コール。
あたしが出なきゃいけないの?
どうせたいした用じゃないんでしょう。
そう夢うつつに思いながらベッドからおきあがる。
さむい。
今日はまだ冷える。
今何時だろう?
まだ寝てる頭を振って、枕元においてあったのらくろの目覚ましを持ち上げて時間を確認するとまだ3時前だった。
こんな時間に何……
ちょっとイライラしながらインターフォンのボタンを押して、「何?」とだけ答える。
「緊急の検体が搬入されました。なるべく早くおいで頂けるとありがたいです」
アシスタントドクターの声。
彼らで対処できないなんてどういうことだろう……
まだ夢と現実がひしめき合っている頭で考える。
だめ。
わかんない。
それでなくても今夜の夢は最悪だった。
まだあたしが希望を持って父の期待に答えられると信じていたころのシチュエーションの夢で。
それが裏切られたあの日の夢。
失敗作って言葉がまだ頭の中に響いている。
そう。あたしは失敗作なのだ。
いまはそんなわたしでもできること、を、と、やっているつもりだけれど、半分抜け殻みたいなものだ。今のあたしは。
☆
とにかく行かなければいけないらしい。
急いで着替えて顔だけ簡単に作り、髪の毛はぼさぼさなのにブラシだけあてて後ろでまとめた。
いつもの白衣をコートのように羽織り、廊下に出る。
胸にはIDカードがちゃんとついているのだけ確かめて。
ここの施設ではどこに行くのにもIDが必要だ。
重要な部屋に入るのにも、階を移動するのにも。
もちろん自室の鍵にもなっている。
廊下に出るとあきらかに普段と違うざわつきが感じられた。
移動廊下を乗り継ぎ管理センターへ急ぐ。
「何があったの?」
部屋に入るなりあたしは聞いた。
一瞬ざわっと無秩序に声が発せられ、主任の声によって途切れる。
「実はかねてから実験中の検体が暴走しまして、その回収が終わったところなのですが……」
「それって……」
「町ひとつ汚染されました。現在隔離済ですが」
「大丈夫なの?」
「回収した検体も現在は安定しました。あとでチェックしていただければ……」
「だったらなんで緊急ってあたし呼び出すのよ!」
ちょっとイラっとして。
「町の隔離とか政治的な話はお父様の担当でしょう?」
「それが……実は管理ナンバー1号Aに問題が発生しました」
「えっ……」
「現在意識不明の状態でして」
「何したのよ!」
「亜紀は今普通の人間として暮らしているはずでしょう!!」
亜紀になにかしてたらゆるさない。
「実は今回の検体の回収にあたってAに助力を求めたのですが断られまして、回収後もその後の協力を求めたのですが」
「無理やり言うこと聞かせようとかしたんじゃないでしょうね!」
「多少強引だったかもしれませんが、Aは少々自由にしすぎています」
「それはちゃんとおじい様の許可をもらってあるはず。あなたたちにとやかく言われる筋合いはないわ!」
あたしがそう啖呵を切ったところで一瞬の沈黙。
ドクターたちはこそこそ小声で2~3会話をし、あたしの方に向き直って言った。
「わかりました。今回のことはわれわれも多少強引に事を運びすぎました。その点はお詫びします。しかし、そもそもAの研究がもっと本格的にできれば今のようなまわりくどい手順を踏まなくてもよかったはずで。そのあたりをもう少し考えてほしいですな」
「亜紀は特別なの! そもそも亜紀を研究したからといってあなたたちの思ってるような結果は出ないわ。思い違いよ!」
ざわざわと声が上がる中、あたしはそう言い放って管理センターをあとにした。
集中治療室の前には警備員が2名いたけれど、それらに無言で目を向けると、「こちらです」と、ドアをあけてくれ。
一歩踏み入ってすぐにわかった。
亜紀は中央のカプセルに眠るように収まっていた。
あたしは亜紀の顔を覗き込み、少し安心した。
亜紀の心はここには無い。
どこか一時避難してるのかな。
無理やりにでも亜紀をあたしの手の届くところに留めたのはあたしの罪。
手放したくなかった。
大切なあたしのアドニス。
☆
亜紀とはじめて会ったのは幼稚園の頃。
っていってもそんなことは亜紀は覚えていないだろうけど。
当時彼女はしごくまっとうな普通の女の子だった。
まわりもたぶん本人も疑問を挟む余地のないくらい。
あたしはと言えば……
すくなくともまっとう、とは言いがたい。
あたしの麻の字は実は魔で、里の字は実は理だ、って、よくそう周りに揶揄された。
あたしの母親はドイツ系ハーフなんだけどその家系は由緒正しい魔女の家系で、ひいおばあちゃんはほんとうに箒に乗って空を飛んだんだって、いっつもママに聞かされて。
あたしにもそんな血が流れてるんだって、けっこう自慢だった。
もちろんそんなことを他人に話せばバカにされるってちゃんと理解してたからずっと誰にもいわなかったけれど。
それでも誰かに話したくて自慢したくてしょうがない気持ちはずっと持っていた。
父親の影響かおじいちゃんの影響か、子供の頃からすべてがわかった気持ちになっていたあたしは、ずいぶんこまっしゃくれた子供だったのだろう。
まわりの子供がすごく幼く見えて、じぶんは大人と対等だって、それ以上だって、そう思って育ってきた。
最初に入った幼稚園ではまわりの子供と打ち解けられず、先生にもさじをなげられ、孤立していた。
あたし自身としては孤高の女とか気取って、どうでもよかったんだけど、母親があたしの境遇を先生に聞いて泣き出して。
散々すったもんだしたあげく新しい幼稚園に通うことになった。
幼稚園を転入するなんてめずらしいらしく、最初のうちはいろいろ声をかけられた。
周りの子供たちはなんとなく仲良くなりなんとなく遊ぶ。
それがあたしには理解できなかった。
仲良くする、とか、友達になる、とか、どういうことなのかわからなかった。
結局あたしは新しい幼稚園でもほかの子供たちからは孤立し、ほとんどの時間、一人で空想にふけってすごすことになったのだった。
☆
「ほら、あそこにでびかるってすたんどがあるだろー? そこのむこうにあるこうえんで……」
「たっくんすごいーかんじよめるんだー」
「これぐらいらくしょーだぜ」
「ぼ、ぼくもあいうえおはよめるよー」
あー、もうまたバカ話。
男の子たちが騒いでる。
普段だったらそんなの無視なんだけど。
「ばかねあんたたち。あれはいでみつって読むのよ」
「なんだよ」
「そんなのまだならってませんー」
「なまいきだぞおまえ」
これだから同い年のお子茶魔はレベルが低いんだから。
あんなばかな男子は無視して立ち去ろうと思ったそのとき、あたしのそでにすがりつくようにきらきらした目で、
「すごいねー、まりちゃん」
亜紀がそう、あまずっぱい声で。
きゅん
おないどしの子なんておこさま過ぎて。
あたしの理想はかっこいいないすみどる。
パパみたいな人。
そうおもってたはずなのに。
こころの奥がきゅんって言って、あたしは亜紀のことがすごく気になって気になってしかたなくなった。
あたしが行くところには子犬のようについてくるようになった亜紀がもうかわいくてかわいくてしかたがなくて。
っていうかこれはペットがかわいいのと同じだよね、と、自分を納得させて。
だいたい亜紀は女の子なんだもん、レンアイ対象にはならないはず、あたしのーまるだもん。
そう心に言い聞かせて。
だけどどうしても。
亜紀から目がはなせなかった。
☆
あたしはあいかわらず一人孤高のおんなを演じていたつもりだったけれど、そんなあたしにいつもくっついてくるようになった亜紀。
正直、最初に亜紀を見たときは、「この子ちょっととろい?」くらいにしか思わなかった。
それなのに、なんでだろう?
あれ以来男子たちはあたしのこと遠巻きに見ながら敵視しているような感じ。
女子の集団からもそれまではただ無視されるだけだったのが、怖いようなキツイ視線を送られるようになった。
そんな中でも亜紀だけはあたしの周りにいつもいてくれた。
このままでは亜紀まで仲間はずれになっちゃうんじゃないだろうか…?
それがあたしは不安だった。
「亜紀、あなたはいいの?」
「なにが?」
あっけらかんと亜紀。
「あたしと一緒にいるとあなたまで嫌われちゃわない?」
「え?」
びっくりした顔で。
「あき、まりちゃん好き♪」
そういいはなつ亜紀。
「じゅんちゃんも、きよみちゃんも、あっくんもたっくんも好き♪」
「でもいちばんまりちゃん大好き♪」
おもいっきりおおきい笑顔になって。
あ……
わかってしまった。
あたしが欲しかったもの。
「だからきらいじゃないよ?」
ほんとは欲しくてしかたがなかったもの。
「きっとみんなもまりちゃん大好きだよ」
欲しかったけど、手に入れる方法がわからなかったもの。
あたしは亜紀を抱きしめ、言った。
「あのね、亜紀。あたしは実は魔女なのよ」
きょとんとしながらも亜紀、笑顔になりながら。
「まじょってなに?」
「まほうつかうの?」
「テレビでやってるクリーミーマミみたいなの?」
立て続けに質問漬けになった。
「んー」
「にたようなもんかな」
はにかみながらそう答えるあたし。
亜紀はあたしの腕の中からぴょこんと飛び出して。
「じゃぁあきもへんしんするー」
「ぱられるぽっぷんぴっぷんにゃん♪」
「ねこねこまほうしょあきにゃー♪」
「にゃー♪」
亜紀はぴょんぴょんとびはねながらぐるぐるっとまわった。
そんな亜紀がものすごくかわいくて。
愛おしかった。
☆
「そこのおちびちゃんたちかい? うちの坊ちゃんに恥かかせてくれたのは」
「そうだよ、もうどんと怖がらせてやって」
あたしと亜紀が公園で遊んでた昼下がり。
最近ことあるごとに口げんかを吹っかけてきてた男子が大人3人引き連れてあたしたちの前に立ち塞がった。
もともと幼稚園のクラスでガキ大将みたいな男子でみんなからは一目おかれていたのが、あたしにいろいろ言い負かされたり間違いを指摘されたりしたおかげで面目がつぶれたらしい。それでも懲りずに何度も口げんかふっかけてくるんだけど、いつも言い負かしてあげてたのが気に入らなかったのか。
「島崎達也……あんた……あたしに言い負かされたからって大人連れてきてどうするっていうの」
大の男が3人も子供一人の言いなりになっておかしいんじゃない?
「あんたたちもあんたたちよ。おかしいんじゃないの? 幼稚園の喧嘩にどうして大人がでてくんのよ!」
「おじょうちゃん、悪いね。今日はちょっと怖い目にあってもらうよ」
じりじりと近づいてくる男たち。
島崎達也はにやにやわらいながら男たちの影にいる。
情けないやつ。
でも……
ちょっとまずい。
亜紀もいるのに。
あいにく今日に限って近くに人がいない。
もちろんそれも確認してきてるんだろうけど。
「近寄らないで! 大声あげるわよ! あんたたちなんか警察に捕まって牢屋行きだからね!」
「声をあげたって今はこの辺には誰もいないさ」
「ほんとなまいきなガキだな」
殴られる!
あたしは反射的に両手で顔の前を覆った。
痛い!
殴られはしなかったけどすごい力で腕を捕まれて。
くやしい、くやしい、くやしい!!
こんなやつらあたしに流れてる魔女の血が目覚めればこてんこてんにやっつけてやるのに!!
って悔し涙を堪えてたとき、あたしの後ろで震えてた亜紀が飛び出してきて。
小さな子供がぶつかったとは思えないくらいびっくりするくらいの力であたしの手をつかんでる男に体当たりした。
「亜紀……」
二三歩後ずさった男たちとあたしの間に仁王立ちになった亜紀。
さっきまで震えてたとは思えないくらい、堂々として。
「まりちゃんを、いじめるにゃーーーー!!」
そう叫んだと同時に、亜紀の周りの空気が変わったのがわかった。
突然、亜紀の周りに切り裂くような空気の渦ができ、目の前の男たちも目を背け、手で顔を覆った。
魔力の暴走?
亜紀に……
「なんだ!」
「目が・・・」
男たちがそう驚愕した次の瞬間。
ドン!!
と、周りの空気が吹き飛んだ。
☆
……ここは……どこ?
見知らぬ天井。
ぼんやりと白い。
体中が痛かった。
少し身動きするだけでも痛い。
あたしは真っ白なシーツで覆われたベッドに寝かされていた。
部屋は白くて静寂なイメージなのに、外でなにかザワザワ声がする。
パパ?
あたしは聞き耳をたてその声を少しでも理解しようとしてみた。
ほとんどがパパの声。
ママの声はか細くてあんまり聞こえない……
やはりあれは失敗作だったな。
なんてこというんですあなた!
お前と結婚するときに言ったはずだ。
わたしは魔女の血がほしいと。
あのこにも流れているはずです。
おまえだって子供の頃は魔力があっただろう?
大人になって使えなくなったといっても、せめて若いうちには力が使える筈だ。
やはりだんだんと薄れるものなのか今のお前にはほとんど魔力は残っていないようだがな。
しかしあれには力が発現する兆候はみられなかった。
必ず産み分けをとSRY除去薬まで使ったんだがな。
まさかとは思ったのだがが、今回あれはSRY欠損だったということがわかった。
そういった形で誕生させた場合は通常女性に受け継がれる魔女の血は受け継がれないということか。
なんてこと……
おまえ麻希子さんになんてことを。
麻里子はわしの孫じゃ。
魔女の血など関係ない。
わしの研究を継がせる。
おじいちゃん ありがとう
パパはあたしのことなんてただの実験動物みたいにしか思っていないんだってことが悲しかったけれど、涙も出なかった。
気持ちがなぜか理解できる気がした。
そんな父親の期待に自分が答えることができなかったことだけが、辛かった。
そっか。あたしは魔女の血を受け継いでいなかったのか。
そんな現実があたしのなかで消化されて。
やっぱりあたしの理はどこかおかしいのかもしれないな。
そう、漠然と考えていた。
☆
この事件のあとあたしたちは離れ離れになっていたのだけれど、そのあいだもあたしはずっと亜紀のことを忘れられずにいた。
おじいちゃんに聞いても亜紀のことは教えてもらえなかった。
再会したのはセントイプシロン女学園小等部5年生のとき。
びっくりしたのは、亜紀が記憶を無くしてたのを知っただけでなく、すっかり男の子だって自覚になってたこと。
見た目は変わってない、っていうかふつうに成長してきれいになってたけど、自分のこと男の子だって言い張る。
たぶんなにか暗示にかかってるのだ。
お兄さんか、もしくは亜紀のご両親だろうか? それとも……亜紀自身?
たしかにあの亜紀の強力な魔力の暴走は亜紀自身にとっても危険だ。
何もかも傷つけて自分自身まで傷つけてしまいそうだった。
だからきっと今の亜紀にかかってる暗示がそんな魔力のブレーキになっているのかもしれない。
そんな亜紀も学生生活を女性として過ごすうちに、少しずつ力を制御できるようになっていった。
もともと亜紀は別格だった。
セントイプシロン女学園は日本のみならず全世界から魔女の血を引く子供の保護のために建てられた。
誰でも魔法少女になれるわけではなかったのだ。
☆☆☆
心のずっと奥にもぐるとね、どこかでポッカリ開いた穴みたいなのがあるの。
そこから手を伸ばすと、っていうか手を伸ばすイメージをすると、ほんとの手が届かない物でも”掴める”んだよ。
もっと奥に潜るとね、周りにいる人の心に触れることもできる。
つながってるんだよみんな。心の底で。
自分の体だともっと簡単。
ふつうに動かすよりももっと力強く動かせるし。
それとね、こないだためしてみたんだけど、
心ごとこの体を離れることもできないことはないんだ。
戻ってこれないと困るし怖いから、完全には離れないようにしてたけど。
亜紀の言葉が羨ましくて、そして憧れた。
亜紀はあたしだ。
あたしがなりたかったあたし。
魔女を生み出すためにわざわざ魔女の末裔を選び出し結婚した父親。
でもそうして生まれてきたあたしは魔女の血を受け継がなかった。
女性だけに受け継がれる魔女の遺伝子はあたしには無く亜紀にはあったのだ。




