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魔法少女、カイゴウ 級。

「まずはどんな感じがいいかなー?」


 嬉々とした表情を浮かべクローゼットを漁る純ちゃん。

 なんか遊ばれてる?


 あれから……

 

 街は静まり返っていた。

 わたしたちはなるべく注意しながら純ちゃんのアパートまでやってきたのだけど、その間誰一人として動いている人影は見えなかった。

 車も、警察も、スーパーも、コンビニも、すべてが静寂の世界に入り込んでしまったかのようで。


 まるでこの街中、昔まだわたしが小学生の頃、図書館で借りて読んだSF小説の短編集にあった「化石の町」のように、時が止まってしまったかのようだった。

 それはそれは気味の悪いお話で、すべてが固まった不思議な街に迷い込んだ人が、それが時間の流れから自分だけがはじき出されたかのように周りと自分との時間の流れが違うことに気づき、水も食べ物もその世界のものは時間が止まり固まってしまったようになって飲むことも食べることも出来ず、絶望の中絶命するという……とんでもないおはなしで。

 わたしはそのお話を読んだとき、自分がもしそんな世界に迷い込んだらどうしよう、と、すごく怖くなった覚えがある。

 ただ違うのは、この世界は固まった人もいなければ、水も固まったわけではなかったので、食べ物がたべられないわけじゃないのが救い。

 怖いのにはかわりがないけどね。


 純ちゃんちに着いてちょっと落ち着いて。

 

「これなんかどう?」

 赤と白とふりふり。

 ちょっとかわいすぎ。


「だったら……これは?」

 えんじのノースリーブのワンピース。

 寒いよね?それ。ミニスカートすぎだし。


「じゃぁこれ……」

 シックなセーラー服調。

 あうー……

「やっぱりこれかなー?」

 着てみると、なんだかすごく胸が強調される感じ。

 恥ずかしい……


「ともちゃん胸あるほうだから強調したほうがかわいいよー」


 えーーーーーー、うきゅー、そんなこといわれたの初めてだ……

 ただまるいだけだよ。



 なんだかんだでいろいろ着せられて、いまは黄色いスカートの衣装。

 コスプレ?だよねこれ。

 これはわたしよく知らなかったけど、たしかテレビのアニメの魔法少女の衣装だよ。

 まどか☆マドカに出てくる女の子。

 にゅー。

 純ちゃんってこういう人だった?


「ねー、純ちゃんってこういうの着るの?」

「えー、わたしはあんまり着ないんだけどさー、うちの彼氏がこういうの好きで、いっぱい持ってくるんだー」

 そっかー。

「ともちゃんだったらかわいいしこういうの似合うよ♪」

 え……かっわいくなんか……


 こういうのは初めてですごく恥ずかしくて。

 でもちょっと楽しんでるわたしがいる。

 なんか不思議な気分。


     ☆


「きゃー♪」

「うきゅー」


 なんかきゃーきゃーきゃっきゃ言いながら楽しんでるらしい。

 俺は席を外したから中でどんなことが行われてるかはわからないけれど。


 まぁみかけは猫だし、あいつらは俺のこと男だって意識をもってないようだったから、そのまま同席したってよかったのかもしれないけれど。


 でも、だめだ。

 婦女子の着替えに同席するなど、プライドが許さないのだ。


 そんなことをおもいつつ廊下に敷いてあったマットの上でまるくなる俺。

 まるで猫。

 いや、いまは猫なのだからこれで自然なのだ。

 体が勝手に、こういう姿勢になり……これが楽なのだからしょうがないんだ、と、自分に言い聞かせる。


 そう、魂がどうとか言っても、結局その体の持つ本能みたいのには逆らえない。



 って、いままでの俺だったら考えもできなかった結論にたどり着いた。

 そう、こんな結論になるのだったら、今までの自分はなんだったのだろう……

 体と心は別なのだ、と、自分の体を受け付けず、ひたすら自分のことを「男」だと、そう主張することが自分のアイデンティティーだったではないか……


 こんな思考、たぶんこのままじゃ理解されない。

 少しは過去のことを語っておこうと思う。


     ☆


 あれは小学生の高学年の頃。

 たしか5年生にあがる春休みのときだった。


 それまで大好きな兄と両親にかこまれ、自分が不幸だなんて一度も考えもしなかった子供時代を過ごしてた俺は、当時は「ぼく」って自称してた。

 この自称っていうのはやっぱり人生にとって、アイデンティティーの最たるものなのだとおもう。



当時、ぼく、は、ごく普通の男の子だった。少なくとも、周りにはそう思われていたはずだ。

 とくに運動が得意というわけでもなく、

 勉強がすごくできるというわけでもなく、

 ゲームも付き合い程度。

 本もマンガも一通りは読むけれど、

 なにに熱中するわけでもなく、

 テレビのアイドルをかわいいなとは思うけれど、

 とくにどのアイドルに夢中というわけでもなくて。


 友達はなんとなくいっぱいいたけれど、

 結局僕自身の立ち位置は、その他大勢、の、一人だった。


 大人しすぎるわけでもなかったけれど、

 自己主張するのがほんの少しだけ苦手だったのかもしれない。


 顔立ちはどちらかといったら整っていたほうだったので、小さい頃はかわいいかわいいとよくいわれた。

 だからよけいにそんな大人たちから自分を隠したかったのかもしれないのだけれど。


 そんな、外ではほんとどこにでもいる普通の男の子を完璧に演じていたぼくに。

 ある朝とんでもない出来事が舞い降りた。


 それはいつもの登校前。朝ごはんを作ってくれていた兄さん。


「亜紀ー! あーき! 朝だよー」

 ねむいよ、もう少しだけ……

 いつもの優しい兄さんの声。まだまだ寝ていたい甘えてるぼく。

 そんないつもの日常が今日も繰り返される筈だった。


 あ、そうそう、ぼくのほんとうの名前は「亜紀」って書く。

 小さいころは近所の人にもよく、女の子?って言われた。

 いまはその女の子っぽさが嫌で「秋」って名乗ってるけど。


 起こされてから十分ほど過ぎた後、眠気をさまそうと目をこすりながらベッドから起き上がったとき、

、突然電話の音がした。

 

 兄さんが出たかとおもうと、ガチャン! と受話器が落ちる音がした。

 不安な予感。


 ぼくがねまきのまま部屋を出て台所に向かうと、呆然としてたたずんでる兄さんがなにか呟いた。

 聞き取れなくて、でも、何かすごく悪いこと、悲しいことが起こったことだけはわかった。



 ぼくたちの両親は普段世界中を飛び回っているような人だった。ボランティアであちこちの困っている人を助けたりしていたらしい。

 たぶん祖父母から受け継いだ遺産が多少あったのだろう、そんな両親だったけれど、ぼくたちは生きていくのに不自由はしなかった。

 ただ、愛情が過多な両親の目は、自分の子供よりも世界中の不幸な子供たちのほうを向いていることが多く、ぼくのことは二の次だったのだろう。きっと。

 ぼくにしてもそんな両親よりも、誰よりも、兄といっしょにいることが幸せだったのだ。

 

 そんな両親がテロ多発地域で銃弾に倒れたというのが、この朝の知らせだった。


 そこからはすごくあわただしく、もう何があったのかよく覚えていない。

 葬式が終わり、葬儀会社の人が、

「それでは写真を撮りますから喪主さん親族のみなさん並んでください」

 って、まるで記念写真を撮るような口ぶりで言ってきたとき、ぼくの顔はいきなりこみあげてきた涙でびしょぬれになった。

 写真なんか撮らないで!って、泣きながら叫んだ。

 父さん母さんなんてって、ぼくのことはたいして愛していないんだって、そうひねくれた頭で考えていた筈なのに。それまで堪えていたものを吐き出すように、泣き崩れていた。


          ☆


「亜紀。僕はちょっと出かけなくてはならなくなった。亜紀一人にするのは心配だけれど、ちゃんとご飯たべるんだぞ」


 あわただしい時が流れ、周囲から親戚とかそういう関係の人たちもいなくなった朝、台所でそういう書置きを見つけた。


 最初はすぐに帰ってくるものだと思っていた。

 そんなに深刻なことだとは思っていなかったから……少なくても文面からはそんな風には思えなかったから。

 でも、次の日になっても、一週間経っても、兄さんはもどってこなかった。

 こんなことは初めてで、でも、どうしたらいいのかわからなくって。

 ぼくは何も知らない、何もできない子供だったのだ。


 数日。

 そのまま。


 ぼくは抜け殻になった。



 兄さんがいなくなって一週間たった。

 ぼくはうちのなかで引きこもったまま冷蔵庫の中のものや買い置きしてあったインスタント食材で食いつなぎ、何もしない、なにも考えられない時間をすごしていたらしい。

「兄さん、どこにいっちゃったの……」

 そう呟きながらなきながらおきているのか寝ているのかわからないような時間を。


 だんだんと頭がはっきりしてくると、不安な気持ちも浮かんでくる。

 これからどうしたらいいのか、

 一人で生きていくってどうしたらいいかわからない。


 ピンポン

 チャイムが鳴った。

「すみません、お兄様のことでお話があります。亜紀さんいらっしゃいませんか?」

 インターフォンから聞こえてくる。


 ぼくはあわててベッドからおきて玄関をあけた。

 そこには細身のグレーのスーツを身にまとったビジネスマン風の女性が立っていた。

「私、弁護士をしています桐山と言います。亜紀さん、ですね?」

 名刺をだしながらにっこり笑う女性。

 ぼくはぽかんとしながら受け取った。


 不思議な魅力のあるお姉さん。変な人じゃなさそうだしとりあえず玄関先じゃなんだからと思って、リビングまで案内して。

 お客様用のお茶を用意してソファーに腰掛けると、

「実は私お兄様から頼まれまして……」

 と、桐山さんがきりだした。

「兄さん! どこにいるのっ?」

 ぼくは堪えきれずそう叫んでしまって。

「あ、いえそれは、ちょっと私の口からは言えないのですが……ただ、これからの亜紀さんの生活を含めて学校の手配を頼まれて」

 ……

「お兄様は今は亜紀さんには会えないところにいらっしゃるんですけど、亜紀さんがこれから転校することになるセントイプシロン女学園にいらっしゃれば、お兄様も安心なされるので」


 安心……そっか。

 兄さん、心配してくれてるんだ。

 でも女学園って……


「女学園? そこの小等部は共学なの?」


「いえ、セントイプシロン女学園は小中高大学まで一貫した女子高になってます」

「だって……ぼくおとこのこだよ?」


「え、そんなはずは……それでは話が……」

 口の中でもごもご呟いて、桐山さんはどこかに電話をかけだした。

「はい、そうなんですけど……そうですか……」

 電話を切って桐山さん、にっこりほほえんでこう言った。

「大丈夫みたいですよ。亜紀さんはなにも心配しなくても。すべて手配は整っていますから」


 なんだかはぐらかされちゃったけどまぁいいか。


          ☆


 翌日ぼくは荷物を用意して家の前で迎えを待っていた。

 戸締りはしたし、しばらく留守するけどごめんね。っておうちに挨拶して。

 結局兄さんのことはたいして教えてもらえなかった。

 でも、きっとこれから行く場所にヒントがあるはず!

 漠然とそう感じて。


 立ち止まってるのは性にあわないから。

 とにかく前進あるのみ。


「十時に迎えに来るってはなしだったけど……」

 ちょっと早く外に出すぎたかな……

 そんなこと考えながらぼーっと道路を見てると、なんだかすごくはでな車がやってきた。

「なにこれ……」

 白銀をおもわせる白、シルバー? クラッシックなつくりの車。ロールスロイスみたいな……

「お待たせしました」

 目の前でとまった車から現れた桐山さんにそくされるまま、ぼくはその車に乗り込んだ。

 ほんと、白銀の馬車、みたい。なんかすごくきれい。

 カボチャの馬車をおもわせる応接間みたいな内装。

 シンデレラはこんな馬車でお城にいったのかな……




 どこか異国情緒たっぷりの林道を馬車は進んで行った。


 目の前には桐山さん。ずっとにこにこしている。

 やっぱりずっとにこにこしている人って好印象なのかな。にこにこが似合ってるからいいのかな。

 そんなことをとりとめもなく考えて。


 この先にほんとうに学校なんてあるんだろうか?

 すこし不安になったぼくに、桐山さんが声をかけてくれた。

「セントイプシロン女学園はこの山の頂上にあるのですよ。亜紀さん」

 頂上……

 生徒はどうやって通ってるんだろう……?

「もちろん、すべての生徒がこの学園の敷地内にある寮で共同生活を送っています。外から通うのは実質不可能ですし、治安の問題もありますしね」

 じゃぁ、ぼくもここで暮らすことになるってこと……?

「さて。もうそろそろ学園の敷地に入りますね。この道をまっすぐ行くと正門があってその両端に寮があります――」

 桐山さんがそう学園の説明をしてくれている間に、車は正門についた。


「ここからは歩いていきますね」

 

 ドアをあけてくれたのは執事服の運転手。ぼくの荷物をてきぱきと出して持ってってくれるみたい。


 噴水のある中庭を抜け、玄関口を通り……

 大きな扉の学長室の前まで着いた。

 コンコン

「失礼します」

 桐山さんが扉をあけてくれて、ぼくは一歩踏み出した。

「ようこそ。篠宮亜紀君。当学園は君を歓迎するよ」

 そこにはロマンスグレーの紳士が手招きするように待っていた。


          ☆


「君は肉体は精神の入れ物に過ぎないのだという考え方を聞いた事があるかね?」


「実はそれは正しいようで正確ではない」


「人の精神は肉体があってはじめて形成される」


「意識は脳の働きによって右往左往するものなのだよ」


「しかし、そうして形成された意識というものは、肉体から独立して存在しうるものなのだ」


「この宇宙の摂理とは、最終的に精神エネルギーの集合体の存在を導き出す」


「ここは古来神の宿る山として知られ」


「わたしの研究の結果、ここには特殊なエネルギー場が存在することがわかったのだ」


「そして、若い無垢な精神の子供を集めることで、そのエネルギーは一層増幅されるのだ」


「そこでわたしはこの場所に、学園を建てることにしたのだが、どうせならそこで学ぶ子供たちの能力を開放する手助けができればとおもい、魔法少女養成学校にすることにした。魔法というのは精神とエネルギーを同調させ生み出す力なのだよ」


「中でも思春期の少女の精神エネルギーは、従来の物理法則を凌駕する」


「すばらしいじゃないか」


「世界を平和にする子供を育てることが、わたしの使命なのだよ」


 目の前のロマンスグレーの紳士の演説? を聞きながら、ぼくは早く本題に入ってほしくてしかたがなかった。兄さんのことも聞きたいのに、なかなか、だ。


「さて、君のお兄さんから頼まれているから君をこの学園で預かることにしたのだけれど……君には資格がありそうだ。さっそく君にはこの学園の一員として過ごしてもらう」

「でも、ぼくは男だけど、それでもいいんですか?」


「入りなさい」


 一人の少女が扉から入ってきた。

 ミディアムボブの目がぱっちりしたすごくかわいい子。ちょっと好みかも。


「私の娘、麻里子」

「今後君の教育係を勤めてもらう。慣れないことも多いだろうがなんでも聞いてくれたまえ」


「よろしくね」

 少女はかるくウインクして。

「ねー、君ほんとに男の子? しんじらんない。あたしよりかわいいじゃない」

 そんなことは……

「君は自分のことがよくわかっていないようだ」

 学長もそんなことを言う。


 ぼくは暗示にかかったように、ぼーっと二人の言葉を聴いてしまっていた。


「君用の制服も用意してあるから、サイズあわせをするといい。あわないところがあれば急いで直させよう」


 疑問に思ったこともいっぱいあったしまだ聞きたいこといっぱいあるけど……

 まぁいいか。


 実は、ぼくは兄さんに頼まれて? ときどき妹になってあげていた。

 兄さんが買ってくるかわいい服を着てあげたり。

 普通じゃないよね? これがぼくが周りから隠したかった秘密のうちのひとつ。なんでかはわからないけど、兄さんはぼくを妹みたいに扱おうとすることが多かったのだ。

 だからここで女子生徒を演じるなんてたいした問題じゃない、って気がした。

 兄を見つけるまでの間だと、

 日常と違う、

 そんな気分でいたのだった。


 学長室の隣の小部屋で。


「これがうちの制服だから、着てみて」

 と麻里子。

 かわいい制服。紺のショートブレザーに白のブラウス、赤いひもネクタイ、同じく紺のギャザーのミニスカート。

 正直女の子の服を着たことがないわけじゃないけど、でも、見られたまま着替えるのは恥ずかしい。

「あんた着かたとかわかる? 教えてあげるから恥ずかしがらずに着替えなよ」

 着慣れてる、なんて、いえないし……しょうがない、ままよ。

 ぼくは服を脱いで着替え始めた。

 そんなぼくの着替えを見ながら、

「ふーん、そっか、そいうことか」

 麻里子は何か意味深に、そう呟いた。



「やっぱりかわいい♪ よくにあってるよ」


「あとは下着とか靴下とかだねー。そいうのの売り場もちゃんとあるからあとで買いにいこうね」


「んー、ちょっと袖が長いかな。亜紀ちゃんなで肩だもんしょうがないね。明後日が始業式だから、間に合わせるよう言っとくね」


 着てきた服に着替えながら、ぼくははたと気がついた。

 そういえば忘れてたけど、このままの格好じゃ女子校の寮なんて行けないよね。

 ぼくはふつうにチェックのシャツにジーンズ。

 まるっきり男の子の格好だから。


「そんな心配いらないんじゃない? 亜紀ちゃん普通にちゃんと女子に見えるから」


 そこまではっきり断言されると、ちょっと悔しいけど納得するしかないか。

 にしても、すっかり亜紀ちゃん、だ。

 こっちも麻里子って呼び捨てちゃってるけど。


          ☆


 麻里子とふたり寮に向かって。


「来る途中でみたわよね? 正門の両隣に寮への入り口があるの。これからあたしたちが住むのは東寮だから正門を出て左の入り口ね」

 麻里子が左手で指差しながらそういう。

 寮生活なんて初めてで、

 これから何が起こるのだろう

 期待と不安が入り混じった感慨にふけっていると、


「このままここに入れるわけにはいかないよ!」


 いきなり目の前に数人の生徒。


「あんたがこの寮に入る資格があるかどうか、確かめさせてもらう!」


 え、もしかしてばれてるのか……?

 ぼくはちょっと絶句しつつ、なんとか横目で麻里子のほうを見ると、麻里子は首をふって、

「だからここは魔法少女養成学校なんだって。普通の学校と違うのはあたりまえだよ」

 あー、そういうことか。

 っていうか普通の学校とは違うのはわかるけど、だからといって入寮にテスト? もし不合格だったらいくとこなくなっちゃうじゃない。



 立ち塞がった生徒のなかから、とりわけ目立つ少女が一歩踏み出した。

 金髪の巻き毛、カモシカのような足。いかにも体育会系女子で、ぱっと見少年のように見える。もちろん美少年だ。

「わたしはレベル7だけど、もちろん手加減はしてあげる。それでも死んじゃうようだったらしょうがないけれど」

 そんな――

 女の子に手をあげるのはちょっとしたくないけど、だからといってこのまま拒否をするわけにはいかない。ぼくだって兄さんの行方の手がかりを見つけるまでここから出て行くわけにいかないのだから。


 ぼくは彼女たちに案内されるまま、グランドに立っていた。

 正面には先ほどの金髪巻き毛の女子。


「ルールは簡単。これからわたしが攻撃するから、どちらかが死んじゃったり気絶したり降参したら負け。もちろん反撃オーケーだからね」

 物騒なことを……


「いい? いくよ!」


 いきなり霧のようなものが当たり一面に立ち込め、目の前が紫に染まった。


 くる!

 見えはしないけど正面からものすごい勢いで何かが近づいてくるのがわかった。

 ぼくは前を両腕でブロックしつつ、姿勢を落とす。

 ドン、って靴底だとおもう硬いゴムの衝撃。

 腕がいたい。

 今度は横からくる。

 避け切れず、おもいっきり弾かれた。

 そのままバランスをくずしてるぼくの背中に次の衝撃。

 おもいっきり前のめりに倒れこんだ。

「もう終わりかい?」

 そう嘲笑するような響きの声に、

「まだだよ! まだ」

 そう言い返していた。


 ほんとうはもうこんなのは嫌だけれど、このまま女の子に負けたんじゃかっこがつかない。

 そりゃぁぼくは見た目もみんなと変わらないのかもしれないけど、そういうはなしじゃない。

 なんとかしなけりゃ。


 注意しながらなんとか起き上がったぼくは、こんどはまた前方から近づいてくるたぶん人間の体に向かって、逆に飛びついた。

 捕まえてしまおうと思ったのだ。

 体は軽い。

 まるで今まで重い体を引きずっていたとでもいうかのように、今は、ここにいる、在る、ぼくの体は軽く、動けた。

 これもこの山を覆う場の影響なのかな? ちょっと意外だ。

 魔法の学校っていうことはこんな体を使った攻撃だけではないんだろうとおもうのに、たぶんこれはほんとかなり手加減をしてくれているのかも。

 と考えてるのか意識のの表面に浮かべただけなのかわからないうちに、ぼくは飛びついた姿勢のまま背中をおもいっきり踏まれ倒れこんだ。

 ちょっと甘かった。


「ユーリ、だめだよ」

「それ以上やったらその子殺しちゃう」

 どこからかそんな声が聞こえてくる。


 口に入った砂を吐き捨ててる間に、次の攻撃が来るのがわかった。

 このままだとまた背中を押しつぶされる、とおもうやいなや、ぼくは体をひねってそのまま反動をつけて中腰の上体に立ち上がり、地面を踏みつけるように飛んでくる足をめがけてさらうようにキック。

 これが効を奏し相手のバランスを崩したところでもう一度飛びついた。

 なんとか相手の巻き毛のあたまを抱え込むように押さえ込むと、

「降参、あたしのまけだ」

 と、ユーリ。

 まだまだ跳ね飛ばそうとすればできるはず、そんな風に感じていたけれど、ユーリはあっさりと降参してくれた。


「やるじゃんあんた、まったくのど素人なのにね」

 抱え込まれて苦しくないのか、そんなセリフを軽く言う少女をあらためてみてみると、最初はほんとに女の子か? とも思ったけれど、こうして抱きついてみると骨格とかさわり心地とかはやっぱり華奢で、女の子なんだなとおもう。

 手を緩めるとユーリはするするっとぼくの下敷きから抜け出し、ぱんぱんとほこりをはたきながら、

「あはは、ちょっと乱暴だったね。ごめんよ」

「でもこれがここでの挨拶なのさ」

「中途半端に女々しいやつは、結局大成しないからね。ここでは」


 って、じゃぁ……

「じゃぁおもいっきり女の子っぽい娘はいいってこと?」


「決まってるじゃないか。ここは魔法少女養成学校なんだから」



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