表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/176

魔法少女、カイゴウ 上。

「なんであんたねこになってんのよー!」


 わたしは目の前の黒猫にそう叫んだ。


 おかしいおかしいとは思ってたけど、ちょっとおかしすぎ。

 まぁ、どっちにしてもここの所の現実は、もうほんとおはなしの中の出来事のようで、変、なのだ。


「しょうがないだろ! とっつかまっちまったもんだから、心逃がすだけで精一杯だったんだよ」


 そんなこともできるんだ。

 ほんと魔法使いみたい。

「俺は第一世代のオリジナルだから、ずっとやつにとっての研究材料だったのさ……。麻里子のおかげでそんな生活からも逃れられたと思ってたんだが、第二世代の思わぬパニックで、どうやら俺のことも回収に来たらしい」

第二世代って……祥子さんのこと?

「とにかく、だな。このままじゃ俺は「力」が満足に使えない。純粋なオリジナルなのかどうかまだよくわからないけれど、こうなったらお前の「力」に頼るしかないわけだ」

 え? どいうこと……?

「簡単に言うと、心をこの黒猫に定着させるのに「力」のほとんどを使ってる状態なんだ」

 ちょっとまだ頭が混乱してる。

 夕べわたしの前に現れたきれいな女の人みたいな(わるいかな? でもほんとそんな感じの)男性、秋さん。その彼が今は目の前の黒猫で……

 今のこの、ゴーストタウンみたいになった街で、途方にくれてたところで再会したわけで。

「しょうがない。この力、お前いったいなんだと思ってる?」

「え……超能力?」

 まるで魔法みたい、とは子供っぽくて言えなかった。


 黒猫の彼はちょっと舌なめずりしてから見上げる。

 ……かわいい

 ちょっとにやけちゃった。わるいかな。


「まぁ。この世界にはまだまだ人が知らない力がいっぱいあるってことさ」

 ちょっ、それじゃ答えになってない!

「簡単に言うと空間に存在するエネルギーと人の持つ精神エネルギーは突き詰めれば同一だってことで」

 あうあう、あたまが混乱するー、なになに??

「つまり心は力だってことさ」

 えー。

「ま、難しいことは俺にもよくはわかってないけど」

 なにそれっ

「とにかく、とあるマッドな博士が、ある特殊なウイルスを使って人の心の力を解き放つ実験をしてるってことなんだよ」

 それで祥子さんが?

「直接ウイルスを投与されたものを「オリジナル」で、オリジナルから感染したものはオリジナルの力で操ることができる。吸血鬼が従僕を増やすみたいに」

 なんかすごく詳しいのね。

「お前は俺の知ってる範囲ではやつらに知られてない唯一のオリジナルだから、力の使い方さえマスターすれば、なんとか突破口も開けるかもしれない」

 ほんと、こんな状況、なんとかしたいよ……


 まぁ、でも、黒猫は……ミリィだよね? やっぱり。

「これからあんたのことミリィってよぶからね」

「なんだよそれー!!」

 かわいいからいいじゃない♪

          1


 今日はデート。


 五月。

 初夏の香りがそろそろしてくる、とっても気持ちのいい日曜日。

 ポカポカとした明るい日差しの中、ふんふんとはなうたを歌いながら。

 なんだかすっごくうきうきした気分。

 こんなデートみたいなの、いや、誰がなんて言ったってこれはデートなの。

 好きな人と映画みたりショッピングしたり♪って、デートじゃなくてなんだっていうの。

 そんなうきうきした気分であるいて。


 時計を見る。

 うん。一時。時間ぴったり。

 わたしはちょっと駆け足になって待ち合わせの公園の噴水の前へ、と、急いだ。

「祥子さぁあん! 待ったぁあ?」

 はぁはぁ肩で息をしながら、せいいっぱいの笑顔になって。

「ううん。あたしも今来たところ」

 彼女、祥子さんも、やさしい、透き通るような声でそう答えてくれる。

 そう。この彼女、ロングヘアーに整った顔立ちの、十人がたぶん十人とも美人だと思うだろう、そんな彼女、相川祥子さん、が、今日のデートの相手なのだった。

 わたしの方、といえば、百五十センチに満たない身長に、お世辞にも大人っぽいとは言えない童顔で、しかも白のTシャツにデニム地のミニスカートなんてはいてるもんだから、どう贔屓目に見たって小学生の高学年か、中学生くらいに見えてしまう。髪もおかっぱで、美容院なんてとんと縁がないし、化粧っけもないし……そんなことばっかり並べてると落ち込みそうになるけど、ほんとは明日で二十一歳の誕生日を迎える、そろそろ大人の女って呼ばれたい年頃なのだ。

 子供っぽく見られるのをほんとに気にしてるんだったら、もっと服装とか、気を使ったらいいんだろうけど。

 実際、何度も挑戦してみたことはあったのだ。

 でもその度に、あまりの似合わなさに、断念してしまった。

 それに大人っぽくするのって、なかなかお金がかかるんだよね。そんな余裕はあんまりなくって。

 今のケーキ屋のお給料じゃ、ひとり暮らしの友坂悠さん、としては、食べてゆくのに精一杯だったのだ。

 今年、短大を卒業したものの、就職活動した先には全部ふられ、結局学生時代からのバイト先のケーキ屋「ミセス=マロン」でフリーターをしてたりするんだけど。親は、

「ちゃんとした処に就職できなかったんだから、帰って来なさい!」

 って、うるさいけど。

 それでも、どうしても田舎には帰りたくなくって、こうして、ちょっと貧乏?な暮らしをしていたのだった。


「ねえ、ともちゃん。(ともちゃんってのは、わたしのあだなみたいなもので、友坂、ともさか、の、ともちゃん、ね)翔子さん、は、もうやめようよ。なんか、いつまでも他人行儀みたいで、ちょっと、さみしいし……」

 ふたりで映画見て、ショッピングして、お茶して。喫茶店で、翔子さんが、そう、切り出した。

「じゃあ、翔子さんも、ともちゃん、じゃなくて、ゆう、って呼んでくれる? だったらわたしも、……うーん、そう、おねえさま、って呼んであげる!」

「それは……ちょっと……恥ずかしい……」

 翔子さん、顔が赤い。

「それに、ともちゃん明日で二十一歳じゃない。あたしより、年上になるんだし……お姉さんじゃおかしいよ」

「ううん! もお! 年上ったってそう何カ月も違うわけじゃないんだし、翔子さんは誰が見たってわたしより年上って雰囲気なんだし。それにね、翔くんの時だったら可愛い弟でもいいんだけど、翔子さんは絶対、わたしの、お姉様、よ」

「もう……」

 翔子さんは、ちょっと、ため息をついた。


          ☆

 

「あたしは、ともちゃんを恋愛対象として好きになってるのかなぁ……?」

 悠と別れ夕暮れの街を一人歩きながら、あたしはそうひとりごちた。

 もともと、人に恋をした経験って、ないかもしれない。

 いじめられたりばかにされてたのもあるけれど、結局自分が傷つくのが嫌で、心を閉ざすようにしていたから。

 寂しさに押しつぶされそうで、もう限界だと思っていたとき。

 悠、ともちゃんだけが、わたしの寂しかった心を開けてくれた。

 大事にしたい友達。

 だから、恋愛なんて感情で、壊したくない……


「お嬢さん。いい儲け話があるんだけど、ちょっと聞いてもらえない?」

 突然、そう、悩みながら歩いていたとき、、黒服に黒い帽子、黒いサングラス、という、見るからに怪しい男に呼び止められた。

(新手のナンパ、じゃあ、ないよねぇ。でも儲け話って?) 

 ほんと、見るからにうさんくさい。

 年の頃は……三十ちょっとすぎってところかな。

 ちょっと小太りで、背もそんなに高くない。ほんと、ナンパだったら、お断りなんだけど……でも……

 儲け話ってのは、ちょっと引っ掛かる。

 お金は、いるのよねぇ。

 今、貯金が五百万ある。これが一千万になったら、夜の仕事をやめて、昼間の、普通の仕事だけで暮らしてゆこう。

 根拠があるわけではなかったけれども。

 そう心に決めていた。

 だから。

 ちょっと、いや、ものすごくうさんくさかったけど、彼女はこの男の話を聞いてみることにした。

 どうせ、自分はほんとは男なんだから、もし売春とか、AVとかであっても、そうひどい目には会わないだろうって。

 だったら聞いてみるぐらい、いいか、って思った。


 近くにあった喫茶店で。

 その男はもぞもぞとポケットをまさぐって、ヨレヨレになった名刺を一枚取り出すと、それを差し出しながら言った。

「えー、天城製薬ってご存じですか? 私そこで開発担当している者なんですが。え、ご存じない。いやー、まいったな。これでも結構有名なんですがねー」

 全然聞いたことがない。

 これは新手のキャッチセールスかなぁ。

 だったら長居は無用だ。

 へんなもの売り付けられちゃ、たまんない。

 やっぱり、うまい話なんて、そうそう転がってるもんじゃないよね。

「私、ちょっと用事がありますから」

 もう帰ろう。わたしはそう言って立ち上がった。

「いや、ちょ、ちょっと待ってください!」

 いきなり腕をつかまれて。

「べつに、何か商品を売り付けようってんじゃないんです! 本当に儲かる話なんですよ! お願いですからもう少し話を聞いてください」

 もお!恥ずかしい!

 その男があんまり、すがりつくような目でそう叫ぶものだから、少し恥ずかしくなって。

「聞くだけですよ。聞くだけ」

 そう言って、また腰掛けた。

「実はですねえ、私共でこの度開発した新薬の臨床試験のアルバイトを、お願いしたいんですよ」

 臨床試験? おもいっきり危険じゃないの!

「もちろん。報酬はたっぷり、用意してあります。一週間協力して頂ければ、三百万、差し上げます」

 三百万? やっぱり、相当危険ってことでしょう?

「危険なことは、一切ありませんし、その期間、拘束もしません。ご自宅で一週間、この薬を毎日一回飲んで頂くだけでいいんです」

 そう言って、黒いカバンからドリンク剤のようなもの七本と、錠剤を取り出す。

「もし万一、身体の具合がちょっとでもおかしい、と思われたら、すぐ、こちらの方へ連絡くだされば、すぐにでもとんで参りますし、うちの研究室は最新設備を誇っておりますから、安心して頂いて宜しいか、と」 

 だったら自分で飲めばいいじゃない。なにもあたしなんかに言わなくても。

 でも……三百万は、魅力。

「いやあ、この薬の完成には、ぜひとも若い人の協力が必要なんですよ。え、ご協力頂けますか。いやあ、助かりますよ」

「えっ、あたしなんにも……」

「本当に有り難うございます! それでは一週間後、一度検査をさせてもらいますので、こちらの方へご連絡頂けますか。あ、ここの支払いは私が。それでは宜しくお願いします」

 そう言ってその男、伝票を持ってとっとと行ってしまった。

       

「どうしよう。これ……」

 薬を見ながら、ちょっとため息をつく。

 やっぱり三百万にちょっと引かれて、はっきり断りきれなかった。 

 まあ、でも、死んじゃうこと、は、ないよねぇ?


          ☆


 夕暮れに染まる街並みを眺めながら。

 わたしは翔子さんの家へ、と、向かっていた。

 翔子さんが、一緒にゴハン食べようって家に招待してくれたのだ。嬉しい。

 階段を駆け上がって、ドアの前。

 ピンポーン

 ちょっとドアを開く。

「こんばんわー、翔子さぁん、きたよー」

「あ、ともちゃぁん、ごめぇん。いま、手がはなせないのぉー。あがってぇー」

 キッチンの方から声がする。

 玄関をあがり、キッチンをのぞき込んで、

「あっ、すごい……」

 そこにはできたばかりの、ものすごい量のごちそうがならんでいた。

 ケーキもある。

 ワインも……。

 なんかうれしくって、ちょっと涙ぐんじゃった。

 わたしのために、ここまでしてくれる、そんな翔子さんの気持ち、が、うれしかった。

「もうすぐできるから、ともちゃん、ジュースでも飲みながら、居間でテレビでも見て待っててね。あ、そこの冷蔵庫に入ってるから」

「うん……。ありがとう……」

 そういえば、ちょっと喉が乾いてる。

 でも、ワインがまってるし、そんなに飲めないし。

 冷蔵庫を覗いてみると栄養ドリンクがあった。

 丁度いいよね。このくらいが。


          ☆


「ハッピーバースデーともちゃん」

 ふたりでテーブルをかこんで。

「ありがとう……。わたし、ほんと、うれしい……」

「そんなに気にしないで、ね。あたし、誰かの誕生日を祝うなんて、それだけで、うれしいんだから。祝ってあげられる人がいるって、考えるだけで、幸せよ」

「ほんと……ありがとね! あっ、これ、おいしい。ほんと、翔子さんってお料理上手よねぇ。いいお嫁さんになれるよ、ほんと。わたしが貰いたいぐらい!」

 どきっ!

「え、あの、……ほんとはね、どこかレストランで食事でも、って思ったんだけど、ほら、ともちゃん自炊してないって、言ってたでしょう。だから、手料理の方がいいかなって、思ったの」

「あはは、いつもは、ほかほか弁ばっかり」

「でも、だめよ。そんなのばっかりじゃ。栄養のバランスが取れなくって、身体、こわしちゃうから」

「でも、わたし、料理の才能ないからなぁ。ほんと、翔子さんをお嫁に貰いたい、よ」

 どきっ、どきどきどきっ!

 心臓が、あたふたしてる。

「……あ、そうそう。ともちゃん、たしか小説書いてるって言ってたよね。今も書いてるの?」 

 あたし、ちょっと無理やり話を変えて。

 悠は、はにかみながら、答えた。

「小説って言えるほどのもんじゃないけどね。今も、時間見つけて書いてるよ。なんかねぇ、おはなし書きたくって書きたくってしかたがなくなるときがあるの」

「ふーん」

「まだまだ、趣味、だけどね。だけど、なんていうかな、自分はこういう想いを持って生きてるんだっ、てことを、誰かに伝えるって、とっても楽しいよ。それに、わたしの書いた小説が誰かに読んでもらえて、もしそれが、その人の人生観っていうのかな、に、少しでも影響を与えることができたら、って、考えるだけでわくわくしちゃう。――生きてる間に一冊でもいい、自分の本、を出せたらなあ、っていうのが、今のわたしの夢なんだ」

「すごいんだぁ。ともちゃん」

「あはは。そんな偉そうなこと言えるほど、人生経験豊富じゃないけどね。わたしの人生観なんて、マンガ、とか、小説の受け売りばっかりだとおもうし。でもね。たとえばさ、ひとがひとを好きになるってこと、男も女も関係ないっておもうのね。ひとりの人間として好きになるってこと、あるっておもうし。あっ、これね、今書いてる小説のテーマなんだ。男の子同士の話なんだけど」

 なんか、自分のことを言われてるような、そんな気分。

「あたしも読んでみたいな。ともちゃんの小説」

「うん、絶対、書き上がったら真っ先にみせるよ。でもねぇ、なかなかすすまないんだ。わたしの言いたいこと、ばっかりじゃあ、青年の主張、みたいになっちゃうし、やっぱりドラマ性、とか、人間の心理、とか、しっかりしてないと、面白くないもんね。なんかさあ、演出家と俳優さんを一人でこなさなきゃならない、みたいな、そんな感じ。それが難しくって。だからもうちょっとかかりそうだから、待っててね。まあ、へたなもんはへたで、しょうがないんだけどさぁ」

  

「ごちそうさまっ、ありがとねぇ」

「うん。ともちゃん、またきてね」

 悠は、ちょっと酔っ払って、タクシーで帰っていった。


 ともちゃん。あなたは充分大人だわ。

 少なくとも、人を好きになるってことに臆病なあたしより……

 見送りながら、そんなことを考えて。

 部屋に戻って、居間のソファーに沈みこむように座り、しばらくボーっとしてしまい。

 フッと気がつくと、テーブルの上に、あの臨床試験の薬のビンがあって。

「え? なんでこれがこんなところに……」

 それは飲み干した空ビンだった。

 昨夜飲んだビンは間違いなく捨てた。

 こんなとこに置いた覚えはない。

 と、いうことは。

「ともちゃん! ともちゃん、これ、飲んじゃったんだ!」

 どうしよう。

 でも、あたし、飲んでも、べつになんともなかったし……

 だいじょうぶかなぁ。


          ☆


 ちょっと酔っ払って、なんかすごくハイになって、ベッドの上に仰向けにころがった。

 そんなに飲んだ覚えはなかったけど、普段あんまりお酒に縁のない生活をしていたこともあって、結構フラフラで、気分もよかった。

 それに、翔子さんの家で自分の誕生日を祝ってもらった、と、いうのが、その酔いに拍車をかけたのかも知れない。

 翔子さん、いや、翔くんは、わたしにとっては、初恋、といっていい存在だった。

わたしはどちらかといったら、美形好きのほれっぽい性格で、マンガのキャラクターやテレビのアイドルに、すぐ夢中になってしまう方だったから。

 生身の男の子に夢中になったのは、翔くんが初めてだったのだ。

 もっとも、最初はアイドルに夢中になるノリで、アルバイト仲間で美形の翔くんにひとめぼれしたのだったけど。

 翔くんの過去を聞いたときは、多少同情もあって、ともだちになろう、と思ったのだったけれど、翔子さん、としてつきあってゆくうちに、やっぱり自分はひとりの人間として、翔くん、翔子さんひっくるめて好きなんだ、というように思えてきたのだった。

 それは今までの友達、親友以上に、どちらかといったら親や兄弟に感じるものにちかくって。恋とか愛とかはほんとは今でもよくわかってないかもしれない。でも、理屈じゃなく、好きだって思っていた。

 だから、ほんと、今日の、翔子さんが自分の誕生日を祝ってくれた気持ちがうれしくって。

 思わず、ハイな気分になって。

 ベッドにころがったまま、右手を鉄砲の形にして、机の上のケシゴムを狙って、

「バン」

 って、撃ったつもりの声。

 すると。

 消しゴムは、まるで本当に弾にはじかれたように、

 パン

 と、音を立てて。

 机の向こうに弾けて飛んでいってしまった。

 一瞬、なにが起こったか理解できなくって。

 しばらく、ボー、っとしてしまって。

 そのうち、

「あは。あは、はは」

 と、なぜか笑いがこみ上げてきて。

 酔っ払って、夢でもみてるのかなって思ったけど、すごくうれしくなった。

 超能力、というものの存在を知ったのは、もう、いつの頃だったか覚えていない。

 それが、テレビだったか、小説だったか、それともマンガだったのかさえ。

 ただ、自分にもそんな不思議な力があったらなぁって、ずっと憧れてきた。 

 それを使って世界を征服しよう、とか、大金持ちになろう、とか、そんな大それた考えを持っていたわけではなかったけど。

 魔法とか超能力とかそんな、ふしぎ、を、信じていたかったのだ。

 次に、机の上にあったボールペンを持ち上げてみようと、手を合わせて、精神を集中するようなそぶりをして。

 するとやっぱり、そのボールペンは、ふわ、っと持ち上がり。

 もう、笑いころげ、そのまま疲れて眠ってしまったらしい。

          ☆


 草木も眠る牛三つ時。

 

 と、いっても、今の世の中、そうそう真っ暗闇、ってことはなかったのだけれども。

 そんな中、一人の若い男が、ふらふらと歩いていた。

 おそくまで飲んでいて、終電をなくし、しかたがなく歩いて帰途についているところだった。

 ふらふらと、ほろ酔い気分で歩いていると、ふと、気がつくと、目の前の街灯の下に、若い女が立っている。

 あやしい目つきの美女が、こちらをじっと見つめている。

 普段だったら、怪しい、と思うその光景を、その男、酒のため、警戒心を無くしていて、

「おねーさん、こんな所でなにしてんの。ひとりじゃあ危ないよぉ」

 と、いとも気軽に声をかける。

 すると。

 女は、スーッと、男の方に近づいて、

「あなたを、まって、いたの」

 と、あやしい、なまめかしい声で、そう、ゆっくりと言った。

 男はすっかり理性をなくしてしまい。

「ど、ど、どういうことかなー」

 と、どもりながら言うと。

 女は、

「こういうことよ」

 と、抱きついてきて。

 ボーッとつったっている男の首筋に唇を近づけて。

 噛みついた。

 そして。

 一人光悦とした表情をして立ち尽くしている男を残して。

 いつのまにか、女はいずこともなく消えうせていた。


          ☆


 薄暗い、窓のない部屋で。

 一人の初老の男が黙々とコンピューターのキーボードを叩いている。

 見事な白髪をオールバックにし、白衣を着、眼鏡をかけ、胸まであるあご髭をときどき撫でながら。 

 しかし、その目つきはどことなく知性を感じさせる、精悍な顔つきで。

 その男は、ふと、手を休めると、いきなり、

「二宮君! 二宮君はおらんのか!」

 と、叫んだ。

「はい。なんでしょうか、教授」

 ドアがスーッと開き、中肉中背の、やはり白衣を着た男が、あまり間を置かず、その部屋へと入って来た。

 教授と呼ばれた白髪の男は、少しイライラとしたようすで、あご髭を何回も撫でながら言った。

「二宮君。例の件はどうなっておる?」

 一呼吸置いて。

「わしの研究テーマである、『空間エネルギーと人の精神エネルギーの同一性』には、人の精神エネルギーの解明が不可欠だ、ということは、助手の君には充分解っておるのだろう? その為には、若く、成熟した、しかも柔軟な人間の脳が必要だ、ということも」

 助手の二宮は、すこしおどおどした調子で、

「は、はい。それはもう、重々承知しております。被験者も、まあ少し苦労しましたが、なんとか一名確保したのですが……。ただ……」

「ただ、何だ」

「いえ、ただ、少々やっかいな事になりまして……」

「何だ。言ってみろ」

「実は……」

 二宮は、小声で、教授に耳打ちして。

「そういう……わけ、でして……」

「ふん。まあ、そんな事なら大した問題ではないな……。わしが必要としているのはそのオリジナルの脳だけだからな。要は、例のウイルスが人間の脳に働いて、どんな反応を示すか、と、いうデータが欲しいだけだ」

「はあ。では、いかが致しましょうか」

「まあ、自意識の欠如、というのには問題がある。オリジナルは早急にここに確保して、実験を続ける必要があるだろう」

「では、私めが」

「頼んだぞ」

 二宮助手は、一礼すると、足早にその部屋を出ていった。


          ☆


 目覚めたのは、朝の十時だった。

 痛い!

 軽い頭痛がする。

 昨夜どうやって帰ってきたか、あんまり覚えていない。

 これだからお酒ってあんまり好きになれないんだよなぁ。

 でも、まあ、夕べは楽しかったから、いいか。

 そんなこと、考えながら起きて。

 今日はお昼からバイトはいってるから、そろそろ用意しなくっちゃ。

 ベッドから身を起こし、軽く伸びをして、ふと、机の上を見ると、なんかえらく散らかっている。

 筆箱の中身がバラバラに飛び散って。

 そりゃあ、ちゃんとしまってあったわけじゃなかったけど。

 それにしてもこれは酷すぎる。

 ケシゴムなんかどっかにいってしまって。

わたしはたぶん落ちているだろうケシゴムを探して、それが机と壁の間の隙間に入り込んでしまっているのを見つけた。

 それを取ろうと手を伸ばして。

 でも届かなくて。

 もお! ケシゴムの方からこっちに来てくれればいいのに!

 なんて、理不尽なこと考えたとき。

 ふわっと、本当に、そのケシゴムの方から、飛んで来て、手の中に収まった。

 で、その瞬間。

 夕べの、夢の中のような出来事を思い出した。

 これは……超能力……よ、ね。

 念動力、サイコキネシス。

 間違いないよ。わたし……。

 超能力、使えるように、なったんだ。

 なんか、もう、すっごく幸せな気分になって。

 誰でもいいから、このこと、話したくって話したくってしかたがなくなって。

 すこしでも早く店に行って、このことを誰かに話そうって。

 大急ぎで支度して、家を出た。


 うきうきとした気分でマロンへ向かう途中で、ふと、ひとつの考えが頭をよぎった。

 それは、それまでのうきうきとした気分をポンっとすっとばしてしまうような、そんな考えで。

 超能力者って、おはなしの中の超能力者って、みんな、幸せじゃ、ない。自分が超能力者だってこと、極力隠そうとしている。怪物だって言われたり、インチキだって言われたり。研究材料にされたり、戦争の道具になったり。

 みんな、そんな目にあったりして、孤独で、さみしい目にあっている。

 それは、いやだ。

 ほんとにそんな人ばっかりじゃ、ないとはおもうけど。

 でも。

 そんなさみしい思いをするのはいやだ。

 今まで、ただ単純に超能力のこと喜んでいたけど、そんな気分じゃなくなってしまった。

とぼとぼと。

 とぼとぼと、歩いて、

 このまま早くついてもしょうがない。

 という気持ちになって。

 でもやっぱり、だれかに判ってもらいたいな。

 そんなふうに思って。

 ひとり、いる。

 この力の事、打ち明けても、たぶんそのまま受けとめてくれるんじゃないかって、そう、思える人が。

 翔子さんなら、たぶん、わたしのこと、怪物だなんて、言わない。

 わたしのこと、信じてくれる。

 そう感じた。

 今日は翔子さんバイトにはいっていない。

 だから、あがってから、翔子さんのお店に、行って、この力の事、話そう。

 そう決めた。


 バイトをあがったのは九時で、わたしは急いで着替えると一目算に翔子さんのスナックへ向かった。

 早く話したくて。

 ほかにお客さん、あんまりいないといいなって考えながら。

 ところが。

 たどり着いてみると、お店は休みになっていた。

 そんな筈ないのに。

 昨日も休みで、二日続けて休む筈ない。

 どうしちゃったんだろ。

 まさか。

 翔子さん、病気?

 風邪でもひいて、うちで寝てるんだろか?

 だったらお見舞いにゆこう。

 もう、遅いけど、きっとさみしい思いをして、ひとり、寝込んでるんだ。

 ゴハンも食べてないかも知れないし……

 わたしはいてもたってもいられなくなって、翔子さんの家へ、急いだ。

 階段を駆け上がってドアの前、チャイムを鳴らす。

 ピンポーン

 …………。

 返事がない。

 電気もついてない。

 ドアノブをまわしてみた。

 カチャ

 開いてる?

 すごく不用心。

 でも、こんな真っ暗な中で翔子さん寝てるって、そんなに悪いのかなぁ。

 手探りでスイッチを探し、蛍光灯をつけ。

「えっ!」

 明かりがついて、びっくりした。

 そこは、昨日来たときとはうって変わって酷い散らかり様で、靴の跡なんかもついていて。

「どろぼう?」

 泥棒にでも入られたとしか、思えないような有り様だったのだ。

「翔子さん!」

 返事はない。

「翔子さぁん!」

 そう叫びながら、居間も、寝室も、バスルームも、探して。

 でも。

 どこにもいなかった。 

 その場に、へたり、しゃがみこんで、ぼうぜんとして。

 翔子さん……どうしちゃったの……

 危険な目に……あってるの……?

 どこいっちゃったの?

 翔子さん……。

 そのとき。

 ガタッ

 玄関で物音。

「翔子さん! いるの?」

 わたしが立ち上がって近づこうとすると。

 ガタガタッ

 玄関から、黒い人影が逃げて行くのが見えた。

「どろぼう!」

 どろぼうだ!

 あのどろぼうなら、翔子さんのこと、なにか知ってる!

 ううん!

 あのどろぼうが、翔子さん、さらったのかも知れない!

 うん! きっとそうだ!

 大急ぎでその泥棒を追いかけて、外に飛び出した。

 外に飛び出して、

「いない!」

 階段の下にも。

 道にも。

 そんな遠くに行ってるわけない!

 じゃあ……

「うっ!」

 突然、背後から羽交い締めにされ、口を塞がれた。

「う、うっ!」

 必死でもがいて、逃げ出そうとしたとき。

「おとなしくしろ!」ってドスの効いた声。

 おとなしくなんて、してたまるもんか! こいつが、こいつが翔子さんを酷い目に遭わせたんだ!

 手のひらで、その男を払いのけようとして。

 すると。

 そんなに力がはいったようには思えなかったのに、いとも簡単に、その男、後ろに吹っ飛んでいって。

 えっ?

 わたしにこんな力がある筈がない……

 じゃあこれ、超能力のせい?

 よーし、せっかく超能力が使えるんだ。

 こいつ、やっつけてやる!

 妙な自信が湧いてきて、いつもになく強気になって、そう言った。

「翔子さんをどこにやったの! 言わないと、酷い目に遭わせるよ!」

 しかし、その黒い背広に黒いサングラスの男、えらく余裕で立ち上がると、

「なにが酷い目だって? お嬢ちゃん?」

 と、言いながら、背中に手をまわし、サバイバルナイフを取り出すと、それを振りかざしてジリジリと迫って来た。

 わたしは、もう一度さっきみたいに吹っ飛ばしてやろうと、手のひらをかざして、

「えい! えい!」

 と……でも、相手は別に何ともなくって。

 ただその掛け声だけが、むなしく響くだけだった。

(なんで! なんでなんともないの!)

 と、心の中で叫んで。

 考えてみれば、超能力っていっても、そんなに大きな物とか重い物を動かしてみたことはなかったのだから、あたりまえなのかも知れなかったけど。

 でも、そんなこと考えている余裕はなかった。

 その男は、ナイフを持った右手を大きく振りかぶって。

(だめ! このままじゃ、ころされる!)

 不思議と恐怖はなかったけれど、とにかく、このままじゃだめだ、逃げるしかない、と、そう思うが早いか、さっ、と振り向き駆け出した。

「待て!」

 男は、すぐ、追いかけて来た。

 わたしは階段を駆け降り、ひたすら走っていった。

 しばらく追いかけられて。

 しかし、その差は一向に縮まらなかった。

 

 不思議……あいつ……足が遅いんだろか? わたしより……。

 わたしは走るのが遅い。本当に、遅い。

 高校のとき百メートル走るのに十七秒以下で走れた事がない。

 今だったらたぶん、もっと遅くなってる。

 そんな自分より遅い男の人なんて、めったにいない筈。

 そう思っていたから。

 でも。

 今日はなんか、早いような気も、しないでもない。

 身体が軽い。

 いつもだったらとっくにバテて、止まっちゃうだろうに、まだまだ走れる。

 これも、超能力のせいだろうか?

 自分の身体を使う事だったら、もしかしたら、超能力が使えるのかも知れない。

 たぶん、そういうことにちがいない。

 

 それでも、公園に逃げ込んだころ、疲れがピークになって。

 あの男はまだまだしつこく追ってくる。

「ハア、ハア、ハア」

 もう嫌!

 止まったら捕まっちゃう!

 でも、もう、限界!

 どこか、隠れるとこ、ない、の?

 そう思いながら走って。

 垣根の角をまがったとき、突然、

「こっちに!」

 そういって、手を引かれて。

 わたしはその、誰か判らない人に手を引かれて、垣根の隙間、ちょうど人が二人ぐらい隠れることができる所に身を隠した。

 追いついてきた黒い服の泥棒の男は、ちょっとキョロキョロと辺りを見渡していたけれど、やがて、諦めたらしくどこかへ去って行った。

「行ったみたいだ」

「あ、ありがとう、ございます……」

 そうお礼を言いながら、その人を見て。

 年の頃は二十一、二。たぶん同い年ぐらい。

 鼻筋の通った整った綺麗な顔で、髪は肩までぐらい……。

 一見男とも女とも見える。そんな人で。

 厚手のデニムのシャツにジーンズ、と、細身だとぐらいしか体型がはっきり判らなかったので、ちょっと判断がつかなかった。

 垣根から出て立ち上がっても、その人は身長が百六十代の半ばぐらいしかなく、それはやっぱり判らなくて。

「ちいさい子が夜遅くこんな所うろついてるから、危ない目にあうんだ」

 いきなり、そう言われてしまった。

 その声は、乱暴な話し方ではあったけれども、どう聞いても女の声で。

 ぷちっ

 ちいさい子?

 ちいさい?

 こどもっ!

「わたしは、わたしは子供じゃない! 二十一よ! あんただって女の人が夜一人歩きしたら危ないじゃない!」

 思わずそう言い返していた。

 するとその人はちょっと不機嫌な顔をして言った。 

「あいにく、俺は男なんでね。そういう心配はしてもらわなくて結構。ちいさい子って言ったのは悪かったがな、どっちにしても女が夜一人歩きしてたら危ないんだよ!」

 わたしは、助けてもらっておいてあんな怒り方してわるかったな、と、言ってしまってから後悔していたけど、それでもこの彼の言い方にまた腹を立てて。

「女が女がって言うけどね、いまどき男だってあんたみたいに華奢で綺麗な人だと狙われるんだからね! その筋の人だっているんだから! それに、いまのは別に痴漢に襲われてたわけじゃないんだから!」

「じゃあやっぱり誘拐か? おまえが子供っぽかったから誘拐されそうになったんだろう? まさか痴情のもつれって風には見えなかったからな」

「誘拐。わたしじゃないけど……」

 急に暗い気分になり声を落として。

 彼も、そんな気持ちを感じとったのか、真剣な表情になった。

「どういうことだよ?」

「翔子さん……さらわれちゃった……そうだ、警察にいけば……」

 突然、彼は怒ったような、苦虫を噛み潰したような、そんな顔になって、

「無駄だ」

 と言った。

「なんでよ!」

 反射的にそう、言い返していた。

「その翔子さんってのは、相川翔、って奴のことだろ」

「なんであんたが翔子さんのこと知ってるのよ!」

 彼はそんなわたしの言葉は無視して続けた。

「だったら無駄だ。警察にはとっくに手がまわってる。警察にいったってまともに取り合ってなんかもらえない」

「なんでそんなことわかるのよ! あんたいったいなにものなの? あいつの仲間?」

「そんなんじゃねえ! とにかく、これ以上かかわるな!」

「かかわるな、ってなによ、かかわるなって。翔子さんは、わたしにとって大事な人なんだから! そんなことあんたに言われる筋合いないよ!」

 彼を睨みつけて。

 彼もわたしの目を見つめ、しかしその目は最初のちょっとからかうような目つきではなく、怖いぐらい真剣な目つきで。

 わたしはしだいにその彼の目に圧倒されだして。

 思わず、目をそらしてしまったそのとき。


「見つけたぞ」


 黒服の男だった。


 あんまり大声だったからみつかっちゃったのかも、だけど、なんかその男の様子がおかしかった。

 なんかさっきよりも、歯が突き出して、犬歯みたいのが見える……

 邪魔そうにサングラスを外すと、目が赤く光り。

 肩の肉が盛り上がると、背広が破け真っ黒な毛に覆われた体があらわれた。

「うそ……」

 恐怖よりも驚きの方が大きくて、わたしは立ち尽くすのが精一杯だった。

「後ろに下がって」

 助けてくれた彼が、わたしを庇うようにして前にでた。

「ほんとはこんなとこ、人に見せたくないんだけど、しょうがないな……」

 いつのまにか彼の手にステッキみたいのが握られていた。

 ガウゥ!! 真っ黒な毛むくじゃらになった男がまるで狼男のような唸り声をあげて飛びかかってきた。

 わたしは思わずその場にしゃがみこんだ。

 彼は、デニムのシャツを脱ぎ、まるで拳闘士よろしく黒狼男を翻弄し、手にもったステッキを振りかざした。

「Magia Stupefy!」

 不思議な発音が聞こえたとおもうと、黒狼男はその場に崩れ落ち――

 みるみる牙のようになっていた犬歯がちいさくなって、体毛が消え、ふつうの男性に戻っていった……


「もう大丈夫」

 しばらく呆然と成り行きをみていることしかできなかったわたしに、

「とにかく……今夜は帰りな。タクシー捕まえてやるから……」

 そう言った彼の声は、今までとはうって変わった、やさしい声だった。


          ☆


 翔子さん!


 夢を見ていた。

 夢の中で、翔子さん、怪物になった黒服の男に殺されそうになって。

 目が覚めた。

あれから。

 あの人、あの助けてくれた彼は自分のことを、篠宮 秋、大学生だ、と名乗って。それ以外はなにも教えてくれなかった。

 聞きたいことは一杯あったけど、それでも、この人を信用できるわけじゃない。

 そうも、思っていた。

 あまりにも知りすぎている。

 それに、あの力……

 まるであれは魔法使いみたいな……

 だから、よけいに信用できない。彼が翔子さんをさらった奴の仲間じゃないって保証はどこにもない。

 でも。

 今の自分には翔子さんを助け出すだけの力も方法もなくって。

 彼の話が本当なら、警察もあてにならないし……。

 わたしはベッドのなかでうずくまり、どうすれば翔子さんを助けられるのか、自分に何ができるのか、ただひたすら考えていた。夕べもこうやって考えていて、いつの間にか寝入ってしまったらしい。そのまま夢の中まで引きずって、あんな夢を見たのだろう。

 このままじゃ、翔子さんがあの夢のような目にあうのも時間の問題のように思えて。もしかしたらもうすでに……。

 それは考えたくなかった。

やっぱり、あの彼、篠宮秋さんにもっとちゃんと話聞くしかない……でも、どうやって?


          ☆


 朝日が窓から射している。

「う~ん……」

 おもいっきりのびをしてベッドの上で身を起こした。ふとんが足元で丸まってる。なんか喉の調子も悪いし。風邪でもひいたかなぁ?

 そんなことぼんやり考えてたら、頭がすっきりしてきて。

 で、思い出した。

 翔子さんのことと、それから……。

「バイト~、遅れちゃう~」

 今日は9時からシフトに入っているのに。

「8時! もう? なんで~」

 頭洗ってる時間ないよ~

 わたしは急いで着替えて、顔を洗うのもそこそこに部屋を飛び出した。

 アパートから一歩出て、なんかいつもと違う妙な感覚に囚われて……

 なんだろう……

 なんかへん……

 小鳥のさえずりがすっごく綺麗に聞こえる。空は真っ青で、とっても透き通ってて。空気が綺麗過ぎるみたいで。ちいさい音まで、なんかはっきり聞こえてくるのに……

 ――人の気配が無い。

 人が生活していれば、街にはなんだかんだと人の気配がある。

 普段はあんまり意識しないけど、車の音や、喧騒が、ぜったいどこかから聞こえてくるもの。それがまったくないって経験、今までしたことなかったから。

 最初はなんで妙なのか、はっきり解らなかったけれど、気がついてみれば……

 すれ違う人も、車も、なんにも、どこにもなかった。

 どうしちゃったんだろ……

 大通りに出ても、やっぱり誰もいなくて。

 独り言を口に出すのも、なんかためらわれた。

 喋った言葉が、空気に吸い込まれてしまいそうな、そんな感覚に囚われて。

 とにかく早くバイト先に行こう。それだけを考えて急ぎ足で歩いていた。


 バタン

 かなり乱暴に扉を開けて……

「おはよ~ございます!」

 大きめな声でそう、挨拶の声をあげた。

 …………。

 でも、返事がどこからも聞こえてこない。

 この時間なら、開店の準備でみんなばたばたしている筈なのに。

「誰かいないのー?」

 誰もいない店内で、もう、半泣きで叫んだそのとき。

 ガタ

 更衣室の方から中から音がした。

中を覗くとロッカーのうちの一つがガタガタ揺れていた。

慌てて駆け寄って勢い良く扉をあける。

「じゅんちゃん!」

 アルバイト仲間の純ちゃんがローカーの中で蹲って震えてた。

「どうしたの!?」

「あ、と、ともちゃん!!」

 純ちゃんは泣きそうな顔でしがみついてきた。

「怖かった……ともちゃん……」

 

「ゾンビみたいだった」

 純ちゃんはそう表現した。

 とりあえずコーヒーを淹れ、イートインコーナーのソファーで飲みながら。

 ちょっと落ち着いてきたみたい。


 最初は数人の男の人だったという。

 目がうつろなちょっと変な雰囲気の人が数人、店内に入って来て。

最初は普通に対応しようとしたのだけれど、言葉も通じないような感じで。困って店長を呼ぶと、いきなり襲いかかってきたらしい。

「もう怖くて怖くて、店長が逃げろ、隠れろ、って言ってくれて、私ここに隠れてるうちに気を失って……」

 大体話はわかったけど、襲われた店長はどうしちゃったんだろう?

 お店の中も、そこまで争ったような形跡もなくて。

 もしかしたら街に人気が無かったのも、同じ原因なんだろうか。

「そう。そのゾンビみたいなのが原因さ」

 突然頭に響くような声が聞こえた。

 夕べの秋さんの声。まちがいない。

「どこ?」

 え? 周りに誰もいない……

 見回してみても店内には人影がない。

 と、見回した拍子に、周囲のナプキンスタンドとかPOPとかがバタバタって倒れて。

 ……しまった、純ちゃんに気が付かれたかな……

「今のでやっとわかった。お前、能力に目覚めてるだろ?」

 え??

「どこ探してる? ここだよここ」

 どこ……?

 窓の外にいたのはまだ大人になりきってない感じの、可愛い黒猫だった。

――まさか

「残念ながらそのまさかなんだ」

 って……

「なんであんたねこになってんのよー!」


         ☆☆☆ 


 もうほんとどうなっちゃってるのか。まぁ、でも、とにかく、翔子さんと操り人形になった街の人たちを助けなくちゃ。ね。


「ね、そろそろおしゃべりしていい?」

わっ、純ちゃん。

純ちゃんがいることすっかり忘れてた。こんな不思議な話してるのに、なんか純ちゃんわかったふうな感じ?

「翔子さんって、翔君のことだよね?」

「どーしてー!」

「ばればれだよー♪」

「あんな美人の人がどうして男装なんかして働いてるんだろう?って、みんな噂してたし」

えー、、

まぁ、それはちょっとちがうんだけどそれ以上はいえなくて。


「とりあえずこれ」

ミリィの秋さん、口からチョコの小枝みたいなのを落とした。

拾ってみると小さな笛のような感じ。

「手に持って念じてみな。バトン大の大きさになるから」

ちょっと半信半疑だけどとりあえずおおきくなれって念じてみると、ちっちゃかったそれは手の中でみるみる大きくなって、夕べ見たステッキみたいなものになった。

ほんと手品みたいに。

「調整器だよ。力の道筋、量を調整してくれる」

 増幅だといいのに。

「まず形から、ちゃんとした力のコントロールができるように心の方を鍛えないと……しかしその恰好はさまにならないな」

「自分だってミリィのくせに人のカッコのこというなー!」

「ちゃんと精神をコントロールするにはそれなりに装束もきちんとしたほうがいいんだよ」

 なにそれ!

「私ちょうどいい服持ってるよー♪ かわいいの。貸してあげる」

 もう純ちゃんまで……

 もう。いい。なんでもしてあげるよっ 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ