六章 死の皇帝とヘラクレス症
19.8.23 誤字、脱字、気になった部分の文章を少し修正しました。
暗黒大陸の探索で「魔女の森」にやって来た。魔女が住んでるわけではなく、転生の森以上の特殊な魔力が宿った土地で、魔女が何かしたのでは?みたいなノリで名付けたらしい。薬効植物も種類豊富で、採取しても直ぐに生えてくる。正直、気味悪い。
しかしアイリスは大喜びだ。
「これが家庭菜園で出来れば、無限に回復薬作れるのに」
家庭菜園は何度か試してるが、全て失敗している。高品質な薬効植物の栽培には土壌の魔力が不可欠らしい。
「ここの土を持って帰れば家庭菜園でも出来るかも」
テトラの提案を聞いて、アイリスは土を集めようとする。まるで甲子園で敗退した球児みたいになってる。
「アイ、それは転生の森の土で試した。日に日に魔力が失われていくから失敗したんだ」
それを聞いてアイリスがしょんぼりする。
薬効植物もある程度集めた時だった。茂みから物音がした。
「!?アイ、テトラ、気をつけろ!何か居る」
戦闘態勢になったところで姿を現したのは黒いスライムだった。スライムなら問題なく・・・
「シゲ君、逃げて!勝てる相手じゃない!!」
テトラが叫ぶと同時に黒スライムが水の刃を飛ばす。紙一重で避けた。刃はそのまま飛んでいき、後ろに有った木々を薙ぎ倒す。しかも溶解効果のオマケ付き。
「そいつは究極指定モンスターのデスエンペラー・スライム。斬撃無効に打撃無効、魔法反射まで持ってるから、こっちの攻撃は何も効かない!」
つまりは無敵。こいつはチート能力のテトラすら足元にも及ばない、裏ボス級のモンスターだ。
「ゲート開放!シゲ君、急いで!」
黒スライムの攻撃を避けながらゲートに飛び込む。テトラのゲートの魔法で何とか逃れることが出来た。
~ベースキャンプ~
ベースキャンプへと逃げ延びた。
「ゼェ、ゼェ、この大陸には、あんなモンスターが居るのか?」
「数百年前に先代魔王が封印したはずよ。まさかアイツの封印が解けてたなんて・・・二人共、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。アイは・・・アイ!?」
アイリスが倒れたまま動かない。急いで駆け寄り、抱き起す。
「息が荒い。熱も有る。これは・・・」
「この症状はヘラクレス症ね。急激なレベルアップに体が付いて来れなくて発症するの。さっきのスライムは逃げるだけでも莫大な経験値が手に入るから、原因はそれね」
「どうすれば治る!?」
「心配しなくても風邪と一緒で休めば治るから、そんな泣かないの」
テトラに言われて気付いた。アイリスが心配で泣いていた。
「家のベッドで休ませた方が良いわ。ゲート開放」
暗黒大陸の探索を早々に切り上げ、自宅に帰還するのであった。
~自宅~
アイリスをベッドに寝かせる。体温を測ると38℃。解熱剤を飲ませたいが、意識が戻らない事には薬を飲ませられない。おでこに冷却シートを貼って意識が戻るのを待つことにした。冷却シートは前にアイリスが氷属性スライムの素材から作った画期的な(?)物だ。
帰宅後、テトラもぶっ倒れてしまった。戦闘+ゲートの魔法連発で魔力切れらしい。
「テトラ、具合はどうだい?」
「大丈夫~。魔力自動回復のスキルが有るから少し休めば・・・あ!シゲ君が魔力回復薬を口移しで飲ませてくれたら直ぐ元気になる」
「冗談を言う元気が有るなら問題なしっと」
「ひど~い。アイちゃんと扱い違いすぎるんだけど!?」
「大した事無いんだから、自分で魔力回復薬飲みなさい」
「え~あれ苦いから飲みたくない」
「『良薬は口に苦し』だぞ」
「ブーブー、シゲ君のバーカ、意気地なし」
テトラが不貞腐れてしまった。といっても、冗談半分のようだが。
アイリスの持っていた医学書でヘラクレス症について調べる。
ヘラクレス症とは・・・大量の経験値を入手し、レベルが急激に上がると発症する。体が変化に付いて来れず拒絶反応を起こし、頭痛、めまい、発熱など風邪に似た症状がでる。しっかり休養を取れば風邪より早く治る。
熟練冒険者パーティに新米冒険者が加入した際などに発症しやすい。風邪すら引かなかった超人ヘラクレスですら発症したため、ヘラクレス症と呼ばれるようになった。
「シゲ君、アイちゃんのスマート・・・じゃなかった、マジックウォッチにステータス確認のアプリが有るはずだから起動して」
他人のステータスを覗き見るのはどうかと思ったが、言われたとおりにアプリを起動する。
「う~ん、レベル49か・・・元のレベルが分からないから何とも言えないけど、たぶん今日は目が覚めないかも。明日の朝には元気とまではいかなくても、起きて食事や会話ができるはずだよ。だから、そんな世界の終わりみたいな顔やめなさいって」
そんな酷い顔してたのか?
「前世で死別してるから、どうしても不安が消えないんだよ。・・・あれ?こっちもレベルが上がってる。レベル35、職業:狩人?」
自分のマジックウォッチを確認すると、レベルと職業が変わっていた。バッドステータスでレベル20以上にならないはずだが・・・
「莫大な経験値だったから、バッドステータスでも抑えきれずにレベルが上がっちゃったのかしら?因みにハンターってのはモンスターに特攻効果のある職業よ。反面、人間やヴァンパイアには攻撃力ダウンするから注意して」
この世界では成長や戦い方で職業が得られる。今回、私はハンターになったそうだ。
因みに、今までやってきた一般人は特攻効果が無く、職業スキルという物も無い。代わりに弱点もなく、装備に制限もない。使い勝手は良かった。
「もしハンターが使いにくかったら、ギルドで変更できるからね。まぁ、私は自分で瞬時に変更できる特殊職業だけど」
テトラ先生が丁寧に教えつつも、最後はちゃっかり自慢してくる。ついでだから、前から疑問だった事も聞いてみよう。
「テトラ先生。戦闘スタイルも労働も職業って言ってるっぽいけど、職業は?って聞かれたら何と答えたら良いんですか?薬局店員?ハンター?」
「うん?・・・あーあれか。ギルドの書類とかには戦闘スタイルを『職業』って記載されるけど、皆は『役割』とか『兵種』って言うよ。役場の書類の『職業』は労働の方で普通に仕事。ギルド本部のお偉いさん方が仕事サボってるから改善されないらしいよ」
ギルドの書類やマジックウォッチの表記が紛らわしかっただけで、職業は薬局店員兼冒険者、冒険者としての兵種はハンターだそうだ。
時計を見ると17時。そろそろ晩御飯の支度をしなくては。と言っても、大したものは作れない。
「テトラ。晩御飯はカレーで良いか?」
カレーなら具材を切って鍋に突っ込んで煮込むだけ。美味しい拘りカレーだと手間だが。
「・・・フフフ、天文館のカレー店を制覇したこの私にカレーを出そうとは、相当な自信があるようね」
あれ?テトラってカレーにうるさい人なの??しかも何故、天文館(鹿児島県)なんだ??
「専門的な知識は無いから期待しないで」
「期待してるからね。不味かったら口移しで魔力回復薬を飲ましてもらう刑に処す」
まだ言うかコイツはと思いつつ、台所に向かった。
早速、調理を始める。といっても、適当に食材を切って適当に鶏肉と玉ねぎを炒めて、適当に残りの食材と適当な量の水を入れて、ひと煮立ちさせる。沸騰したら市販のカレールゥ・・・はこの世界で手に入らないので、アイリス特製のカレー粉を入れて更に煮込む。
暫く煮込んで味見をしてみる。悪くないが、テトラのあの様子だと満足しないだろう。擦り下ろしたリンゴと蜂蜜を加えてバーモンド州風カレーにし、隠し味に赤ワインを少々入れて酸味とコクを足す。
再度味見。うむ、私としてはかなり凝ったカレーが出来た。
夕食時、テトラに食べてもらった評価は・・・
「ベースは甘めのバーモンド州風ね。そこに赤ワインかしら?隠し味に入れてある。味はギリギリ合格ラインだけど、とろみが無いスープカレーで具材の大きさもバラバラ。分量とか気にせず超適当に作ったワイルドカレーね」
まるで見ていたように言い当てるテトラに唖然とした。
「点数はそうね・・・65点。専門店と比べるのも可哀そうだから、特別に審査を甘くしたわ」
ということでテトラが満足とはいかなかったが、ギリギリ合格点らしいカレーが出来た。
夜、アイリスの体温を測る。37℃、少し下がってきた。おでこの冷却シートを貼り変える。
ベッドの横に椅子を持ってきて、読書をしながらアイリスが目を覚ますのを待つ。しかし、結局この日はアイリスが目を覚ます事は無く、いつの間にか私も寝落ちしてしまった。
~テトラ目線~
シゲ君、一人で調理なんて大丈夫かな?普段、調理なんてしないけど・・・
魔力がある程度回復したから動けるけど、体が重い。けどシゲ君が気になったので、こっそり様子を見に行くことにした。あら?意外とテキパキとやってる。リンゴと蜂蜜・・・バーモンド州カレーか。そして隠し味に・・・赤ワインね。
手伝いに来たつもりだったけど大丈夫そうだったから、もう少し休んでおこうと思い部屋に戻った。
「う~ん・・・テトラちゃん?ここは・・・?」
アイちゃんが目を覚ました。
「家に帰って来たわ。はい、熱が有るから解熱剤飲んで」
アイちゃんは解熱剤を飲むと、また眠ってしまった。シゲ君に目を覚ましたことを伝えようと思ったけれど、また取り乱しちゃいそうだったから敢えて言わない事にした。