三章 竜を狩る者
転生の翌日。
小鳥のさえずりで目が覚めた。
起きようとするが体が動かない。何かが体に乗っている?
腹の方を見るとアイリスに抱き枕にされていた。夫婦なので一緒に寝るのは構わない。しかし昨夜は「シングルベッドに二人は狭いから」と言って別々で寝ていたはずだが・・・どうやら夜中に忍び込んで来たらしい。
暫くしてアイリスも目が覚めた。ほっぺたをすりすりしてくる。この甘えん坊め。
朝食はベーコンエッグとライ麦パン、そしてコーヒー。異世界でも食べるものは基本的に前世と変わらないようだ。
朝食を摂りながらアイリスに仕事について聞く。
「店番は私がするからシゲちゃんは薬草の採取と、出来ればスライムが落とす魔石の欠片の採取をお願い」
「うん。・・・うん?シゲちゃん?」
昨晩、アイリスが割と真剣に悩んでいたのが呼び方だ。前世の「茂」か今の「シーゲル」か。結局、シゲちゃんになったようだ。
「・・・ダメ?」
「良いよ。好きなように呼びなよ、アイ」
何気なくアイと呼んだのだが、何やら嬉しそう。
食事を済ませ、出掛ける準備をしていると部屋にアイリスがやってきた。今日は髪は結わないようだ。
「出掛けるときは、これを忘れずに着けて」
渡されたのは腕時計。四角くてやや大きめだ。
「スマートウォッチ?」
「みたいなやつ。マジックウォッチって言う魔力で動く時計で、通話やメール、マップの確認ができるの。これは最新式で救難信号も出せるやつだよ。ちなみに魔力の補充は装着者からの供給以外に、魔石からも可能だから倒したモンスターが落としたら絶対に回収してね」
着けてみる。驚くほど軽い。これなら戦闘の邪魔にもならないだろう。
「それとこれ、装備を揃える為のお金。魔装屋で『アイテムバッグ』を忘れずに買ってね。いっぱい入るから便利だよ。余ったお金は武器や防具に使って」
渡されたのは3万G、1G=1円らしい。こっちの世界でも紙幣を使うようで一万G札には軍服のイケメンが描かれていた。「若き日のシュナイゼル」だそうだ。
~魔装屋アレクサンダー~
魔装とは・・・魔法装備の略。道具には魔法陣が描かれており、魔法の力により驚くほど使い勝手が良い。使用者から魔力供給が必要なもの、魔石から魔力供給を行えるもの、魔力供給不要の3タイプがある。
アイリスに言われたアイテムバッグとやらを買いに来た。
「いらっしゃい。おや!?これはまた魔力が欠片もない人がやって来たわ」
店に入るなり店主の婆さんから酷い言われよう。
「あぁ、魔力が無いのは薄々気付いてる。アイテムバッグをくださいな。あれは魔力供給不要でしょ?」
「え~と、アイテムバッグは・・・そこの棚に置いてあるのがそうじゃよ」
指差された所を見ると、ウエストポーチが並んでいた。一つ取って中を覗いて見ると、魔法で空間が捻じ曲げられていた。なるほど、これなら大量の薬草も難なく持ち運べそうだ。
種類がいくつか有ったが、丈夫そうなワインレッドのアイテムバッグにした。お値段5千G。
購入して早速、装備してみる。黒の戦闘服にワインレッドのウエストポーチ、なかなか良い色合いだ。・・・目立ってモンスターに襲われやすくなるか?
「・・・あんた、ポケットに何入れとる?変な魔力が漏れとるよ」
婆さんに言われてポケットを確認する。森で拾った魔法陣の描かれた鏡だ。アイリスの物かと思っていたが、本人は知らないと言っていた。
「これは・・見たことの無い魔法陣じゃな。分るのは何か特殊な道具で魔力供給不要じゃ。これを何処で?」
「転生の森で拾ったんだ」
転生の森と聞いて婆さんの目が若返ったように生き生きとしだす。
「転生の森か!?あそこは特殊な魔力に満ちていての~。異世界から転生者が来る他に異世界の道具も来るから、迷いこむ様子から昔は迷いの森と呼ばれていたんじゃ。この鏡も異世界から迷い込んで来たんじゃろう」
異世界の道具か・・・薬草探しのついでに探してみよう。
鏡を返してもらい、魔装屋を後にした。
~武器屋アームストロング~
接近戦用に刀は持っている。だが、遠距離武器も有れば戦術の幅が広がる。バッドステータスでレベルが上がらない以上、別な方法で強くならなければならない。
「おう、いらっしゃい!」
ムキムキマッチョなモヒカン男が店主らしい。無駄に声がデカい。
「遠距離武器を探してるのですが・・・」
「遠距離武器かい?少し高いがボウガンがオススメだぜ!」
モヒカンがカウンター裏からハンドガンサイズのボウガンを取り出す。
「弓の強さは80ポンド、有効射程は15m前後、お値段1万2千G」
「矢は?」
「ノーマルアロー10本付属。別売りでノーマルアロー1本100G、シャープアロー(貫通効果)1本200G、爆裂アロー1本800Gだ」
「うん?爆裂??」
「爆裂ってのは爆裂魔法が込められた矢で、安全装置を解除して発射!当たったら半径3mの爆発が起きる。矢は消し飛ぶから再利用不可だ」
魔法が使えない私にとって爆裂アローはかなり魅力的だった。
「よし、買おう。ボウガンと爆裂アロー5本、シャープアロー10本ください」
「あいよ!合計1万5千G、3千Gはおまけするから矢の補充にはまたウチに来てくれ」
このモヒカン、なかなか商売上手だ。買ったボウガンと矢をアイテムバッグに入れる。まるでブラックホールに吸い込まれるように入っていった。
また来るよと言って武器屋を後にする。
~転生の森~
回復薬作成用の薬草を集める。前世からのスキル「サバイバル技術上級」のおかげで草花の種類が図鑑無しでもわかる。キズに効く弟切草、毒に効くドクダミ、火傷に効くアロエ・・・見た目は普通の薬草だがアイリス曰く「転生の森の特殊な魔力のせいで効能が倍加してる」そうだ。
スライムも倒し、魔石の欠片を集める。この魔石の欠片が高純度回復薬の作成には欠かせないらしい。
薬草を集め終わって帰ろうとした時だった。
「誰か!助けて下さーーい!!」
若い男の声。同時にマジックウォッチに「HELP!」と表示される。救難信号を受信した!
直ぐにマジックウォッチのマップに表示された地点に向かう。
そこに居たのは冒険者のパーティー。声の主であろう若い戦士(男)、負傷した重装戦士(男)、怯えてる魔導士(ロリ)、そしてエルフのアーチャー(女)の4名。
そして敵は・・・ドラゴンだ!
ドラゴンの鱗は鋼よりも遥かに硬い。戦うには圧倒的なレベル差でのゴリ押し、ドラゴンキラーのスキル付き武器か聖剣レベルの武器が無いと圧倒的に不利だ。
本来なら逃げるのが正しい判断だが、あの負傷者は絶対に逃げきれない。
物陰に隠れ、ボウガンにシャープアローを装填し息を潜める。貫通力のある矢とドラゴンの鱗、どちらが上なのだろうか?
エルフが牽制射撃。その間に若い戦士が負傷者を引きずりながらドラゴンから遠ざかる。魔導士も持ち直して下位魔法攻撃。
どの攻撃も決定打にならない。が、観察していると顔への攻撃を嫌がっているように見える。鱗が薄いのだろうか?頭部を狙い、矢を放つ。
「カキンッ」という音。矢はドラゴンの目の少し後ろに当たったが、弾かれた。貫通効果が効かないほど恐ろしく硬い。
ドラゴンが此方を睨むが、まだ攻撃はしてこない。
「サンダーボルト」「ウォーターハザード」
魔導士が中位魔法を連発する。アイリス曰く「攻撃魔法は魔力消費が多いから連発は無理」だそうだが・・・
魔導士が攻撃している隙に爆裂アローを装填、頭部狙いで放つ。
「ドーーーン!」と爆音が響く。水と雷の魔法攻撃で電気分解が起きてたらしく、想像以上の大爆発が起こった。しかしドラゴンはまだ生きてる。よく見ると首周りの鱗が剥がれている。
ドラゴンが殺意に満ちた表情で此方に突進してくる。どうやら「逆鱗に触れてしまった」ようだ。
あんな突進食らったら一溜りもない。横に飛び込んで回避する。ドラゴンはそのまま木にぶつかり動きが止まる。脳震盪を起こしたようだ。ボウガンをアイテムバッグに仕舞い、腰の刀を抜刀する。
「斬り捨て御免」
そう言ってドラゴンの首を斬り落とした。鱗が所々残ってたからだろうか?刀が刃こぼれだらけになってしまった。
「けが人は!?」
急いで負傷している重装戦士の元に行く。ドラゴンの爪は鉄すらバターの様に切り裂くと聞いたが、本当の様だ。頑丈そうな鎧ごと切り裂かれ致命傷を負っている。
「俺は・・・もう・・助からん」
「そんな・・・ガイさん!?」
パーティー皆が助からないと思っている。
アイテムバッグから回復薬を取り出す。アイリスから緊急時に使うように渡された回復薬SS。
回復薬SS・・・最強の回復薬。頭と体が繋がってさえいれば致命傷でも治る。副作用として、代謝を極限まで高めるため3~5歳分の老化を引き起こす。
「ちょっと老けるが最強の回復薬だ。命が惜しければ飲め」
ガイというらしい負傷者に回復薬SSを渡す。
ガイはそれを一気に飲み干した。すると見る見るキズが治っていく。顔も少し老けたが誰もあまり気にしていないようだ。
「治ったーー痛たたた・・・」
「バカ!まだ動いちゃだめよ!!」
調子に乗って動き回ろうとしたところをエルフに叱られている。
「兄ちゃんのおかげで助かったよ。ありがとう。俺はリーダーのガイ、そっちの若い戦士がジン、このアーチャーエルフがレイ、そんで魔導士のテトラだ」
「私はシーゲル・クラウス。クラウス薬局の薬草調達係です」
薬局の店員だと言ったら皆が目を丸くする。
「冗談だろ?あんなに苦戦したドラゴンをいとも簡単に倒せるのなんて勇者や王者くらいだぞ」
ガイがこういうが、私は勇者ですと言って信じるのだろうか?
「まあいいさ。町に戻って改めて礼がしたいのだが」
「私も薬草集めが終わって帰るところなので、一緒に戻りましょう」
「助かるよ。歩けるくらいには回復したが、戦闘は無理そうだからな」
ドラゴンの素材は強力な武具の製造に役立つらしいので、死骸にアイテムバッグを被せ収納した。こんなデカい物も入るとはビックリだ。
帰り道、エルフのレイに腕を組まれ質問攻めにされた。それを見たガイとジンはニヤニヤしていた。テトラはフードを深く被っていたので表情は分からなかった。
救難信号を受信した他の冒険者達とも合流し、最重的には10人の大所帯となっていた。
~自宅~
「ただいま・・・え?」
店番しているアイリスがカウンターに突っ伏している。
「アイ・・・どうした?」
「う~ん・・・が、足り・・・ない」
何か言ったが聞き取れなかった。何かが足りないようだが魔力不足だろうか?
「シゲニウムが足りない」
そう言って抱き着いてくる。
「はぁ~、生き返る~」
物凄く幸せそう。シゲニウムってなんやねんとツッコミたい所だが、その前に
「アイ、お客さんだぞ」
一緒に来ていたガイとジンが後ろでニヤニヤしている。レイは不服そう。テトラは・・・あれ?居ない。
「コホン、・・・失礼しました。いらっしゃいませ」
直ぐに仕事モードになった。切り替えが早い。
「あ~、俺たちは買い物に来たんじゃなくて・・・」
ガイが転生の森で起きたことを話す。
「というわけで、礼としてこれを受け取ってほしい」
ガイが出したのは大量の金貨。この世界は紙幣の国と金貨の国が有るようだ。
「え!?こんなに受け取れません!」
この後ガイとアイリスで受け取って受け取れないのやり取りが続く。金貨の価値が分からなかったのでアイリスに丸投げしたわけだが、正解だったようだ。
「・・・これはもしや、チャンス!?」
レイが悪い事を思いついた顔になる。
「ねぇシーゲルさん。お金が受け取れないなら私がお礼になるのはどう?」
「やめなさい!」
暴走して服を脱ぎ始めたレイをジンが止める。
結局、回復薬SS代として金貨1枚だけ受け取った。
「ところで、テトラさんは?」
「あぁ。彼女は森で出会って、そのままクエストを手伝ってくれてたんだ。で、終わったらどっか行っちまった」
どうやら元々3人パーティーだったようだ。
ガイ達が帰った後、アイリスは回復薬を作り始めた。
「メイク!」
呪文を唱えると薬草が一瞬で青色の回復薬になった。
「魔石の欠片を置いてもう一回、メイク!」
回復薬の色が変わった。より強力な赤色の回復薬Sになった。
「そしてシゲちゃんが倒したドラゴンの血を使って、メイク!」
黒い回復薬。そう、これが回復薬SSだ。
ドラゴンの血を浴びたジークフリートは不死身になったそうだが、実際にはドラゴンの血にそんな効果は無い。しかし、回復薬に混ぜると凄まじい回復能力を得られるらしい。
「ふぅ・・・凄いでしょ?」
少し疲れたようだが、ドヤ顔。
「凄い凄い」
頭を撫でて褒める。
「えへへ(満面の笑顔)」
夜
「・・・なぁ、アイ」
「うん?な~に?」
「確かベッドってシングルだったよな?なんでダブルになってるの?」
「構造を理解して材料を揃えたら、メイクの魔法で簡単に作れるよ」
つまり、いつの間にかシングルベッド2つをダブルベッドに作り変えたわけだ。
「これから毎晩一緒(幸せそう)」
これから毎晩、アイリスの抱き枕にされることになった。