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師匠と疫病4

長らく更新せずすみませんでした。

お待ちいただいていた皆さま、ありがとうございます。

お楽しみいただければ幸いです。

 次の国では、歓待とはいかないが最初の国の様にあからさまな敵意を向けられる事も無かった。

 いつでもエリー達に対抗出来るよう、軍人らしき人間らがこちらを警戒していたが、先ぶれが有ったのか街道の除染作業に当たる2人に攻撃を仕掛ける様子は無かった。


 鋭い視線を浴びながらの作業は中々に精神疲労を伴ったが、それでもスムーズに作業は進み、井戸に清浄化の呪文陣を刻むところまで含め、半日で中央都市での作業を終えた。

 代表者であろう人間と数名の魔法使いについて詰め所の様な所へ行くと、自国での感染症対策を惜しみなく伝えた。

 感染症対策は一部地域の対策で終わるものではない。情報を出し惜しみするデメリットは在れメリットは無い。


 そうして、せめてもの感謝として安全であるという食事を振舞われ、特産であるというレース製品や青い絵柄が白に映える陶器、チーズなどを大量に渡され、他地域の除染作業を任せてその国を後にした。


「ご飯、美味しかったですねえ。」


「美味しかったわねえ。ついがっついちゃった。失敗。貰ったものも美しいものばかりだし、ある程度売るにしても、いくつか取っときたいわ。」


 出てきた料理の材料や味付けなど話す内、次の国に到着した。


 その国も統治者のものであろう大きな館を中心に街が築かれ、街並みには栄華を誇る国の力が伺えたが、昼時にも関わらず、異様に静まり返っていた。

 上空を飛んで中心部へ進んで行くと、引き留められはしないが、そこかしこにこちらを伺う気配が在った。


 身を隠す無数の気配は気持ち悪いものだったが、先ほどの国と同じような対応なのだろうと2人は作業に専念することにした。


 もうじき日が落ちるであろうという刻に切り上げる事にし、地上に降りようとすると、眼の端に矢を向ける人影が写った。

 何をしようとしているのか頭が追いつくやいなや、目の前にエリーが現れた。


「エリー!?」


 矢を受けたエリーの左腕が青黒く変色し爛れていく。

 毒なのか呪いなのか、その青黒さは、陶器の様に白く美しい肌をじわじわと侵食していく。


 呻きながら緩やかに高度を落としていくエリーをぼうと眺めていた陽平は、我に返ると急いで後を追った。

 追いついてエリーを支え地面に降りると、陽平は布袋から石灰を取り出し、自分たちを囲む円を描き、エリーを守る様、覆いかぶさる様にしながら、その円の外に、呪文を書いていく。ありったけの呪詛を込めて、大きく、いくつも、“溶岩になる”と。


「溶岩になれ、溶岩になれ、燃えろ、燃えろ、飲み込んじまえ!!」


 どろどろに溶けた石畳が周囲を飲み込んでいく。

 陽平の煮えたぎるはらわたを表すようにボコボコと音を立てる溶岩は、とてつもない熱量で近づいた建造物を燃やしていく。


 陽平に向けて矢と魔法の雨が降り注ぐが、陽平は全く意に介さなかった。その攻撃は一つも通らない。

 陽平の防護服はエリー特製だ。こんなこともあろうかと、病原菌以外にも陽平に対する攻撃は防がれるようにしてある。


 そう、陽平に攻撃は届かないのだ。


 それなのに、なぜ。エリーは陽平の前に出たのか。自分が頼りないからだ。

 情けない。情けない!


 そこかしこから悲鳴が上がる。屋内で身を潜めていた一般人らも堪らず飛び出し逃げまどうが、その背を溶岩が追っていく。街が阿鼻叫喚の渦に飲み込まれていく。


 少しずつ、陽平への攻撃よりも溶岩を押しとどめる方に人員が流れ、大勢で何やら防壁の様な物を作り出すのが見えるが、それさえ溶かして飲みこんでいく。


 助けてやったのに、命を救ってやったってのに、エリーになんてことを。

 人も街も、国ごと燃えちまえ!!


 陽平は、布かばんから野宿に備えて持ってきたテント代わりのシーツを引っ張り出すと、エリーに巻き付ける。勿論これも、エリーお手製の呪文入りだ。


 陽平は大袋を持つと、溶岩に向けて口を開けた。


 ギイヤアアアアアアア

 ヒイイイイイイイイイ


 爆発するように蒸発した水は、空中で攻撃を放つ者らを襲う。


 絶叫が響き渡っても、陽平の中にはどろどろと重いものが這っている。


 ダメ押しとばかりに再度水を撒こうとすると、小さな声が響いた。


「ヨーヘイ、やめて」


 振り返ると、身じろぎ、シーツから出たエリーと目が合う。


 侵食は止まった様だが、痛々しくジュクジュクと爛れた青黒い傷はそのままだ。

 エリーの顔には脂汗が滲み、蒼白で、苦悶の表情を浮かべている。それでも、エリーはよろよろと右腕を上げ、横に振った。

 と、溶岩は急速に冷え、その動きを止めた。


「……ッヨーヘイ、…帰ッ…ろう……」


 悲痛な目で見るエリーの元に陽平は飛び寄り、荷物ごとエリーを抱えると、全力で飛翔した。

 直接向いた攻撃なら、エリーはなんなく弾いて見せただろう。彼女が傷を負ったのは、弱い自分がそばに居るせいではないか。湧き上がる不安を振り払うように、陽平は只管黒の森を目指した。

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