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師匠との新年

あけましておめでとうございます!

本年もよろしくお願いいたします!


前回更新から時間が経ってしまいましたが、ブックマークを外さないでお待ちいただき、また、更新無い中でもいらしていただき、ありがとうございました。


なんだか新年早々、な内容なんですが、お楽しみ頂ければ幸いです。

 陽平はイライラしていた。

 鍋の中では鹿肉の煮込みが煮えている。

 水泡が出来ては小さく弾ける様子を、陽平はじっと見つめ続ける。

 脳内では、ここ3週間の出来事が巡っていた。


 聖夜市開幕日、陽平がエリーに告白した日。

 “考えさせて”と言われた日から、今日で3週間になる。

 あれからエリーは特に何の返事もすることなく、何事も無かったように穏やかに日々が過ぎていた。

 とっくのとうに年を越して、2人で新しい年を迎えて。


 いや、数日間は、何事も無かったように、とは行っていなかった。

 しばらくは、エリーの陽平への態度が少々ぎこちなかった。

 あの日の言葉に触れない様にしながら、そして、極力身体的接触を避けつつ、普段通りに接しようとしているのが透けて見えた。

 それはきっと、エリーの気遣いだった。

 だから、陽平も甘んじて受け入れた。邪険にされないことも嬉しかった。


 だが、それも年が明けた頃には影を潜め、日々気遣いも薄れ、最近では完全に“今まで通りの関係”だった。

 無かった事にされている。

 女子はこういう時切り替えが早いと聞いたことが有る。

 そういえば専門時代の女友達も、ラブラブな話を聞かされていたと思ったら、気付いたら違う彼氏が居る、ということもあった。

 いや、偏見か。男女関係無いのかもしれない。エリーは多分切り替えてしまえるタイプなんだ。


 鍋の中身がふつふつ煮えるのと共に、自分の怒りも静かに熱くなっていくのを感じる。


 あの時の告白は確かに勢いだった。

 でも、気持ちは本物だ。

 無視されて気分が良い訳が無い。


「ヨーヘイ。」


 背後から声がかかる。

 飛び上がる程驚いて、陽平は勢いよく振り返る。


「ねえ、何べんも声かけているのだけど。……ここのところずっとイライラしているでしょう。言いたいことが有るなら言ってよ。」


 気遣うような、しかし苛立ちもにじむ表情でそう言ったエリーに、先ほど水を差された陽平の怒りが再度煮えくり返る。


「言いたい事?分かっているでしょう。こっちから言う事はありませんよ。」


 つい、当たる様な口調で吐き出した。抑え込んだ怒りを内包して、地を這う様な低い声が出る。

 それに触発されたエリーも苛立ちを隠さなくなった。


「あのねえ、あなたいっつもそう。言いたい事が有っても言わないで、少しでも分が悪くなると黙るの。それで我慢してますって顔してうじうじしたりイライラしたり。とことんまで話し合わないと何も解決しないでしょう。」


「それは文化の違いですね。俺の所では言葉に頼らないのが美徳なんで。」


「何それ馬鹿馬鹿しい。皆が皆黙って探り合ってるの?それですれ違ったり真相が分からない状態を続けるんだ?そんなんじゃあ、文化の発展、停滞してるんじゃない?」


 頭に来た。陽平は堪え切れずに大声を上げた。


「元はと言えばあんたが無視したんだろ!」


 自分の大声に、唐突に冷静になる。スウ、と血の気が引いていくのを感じる。

 勝手に告白したのは自分だ。良い関係を崩しかけたのは自分だ。

 それをつなぎとめてくれたのは誰だ。


「ごめんなさい、すみません、そんなつもりじゃなかった。」


「そんなつもりじゃないって何。」


 エリーの声が微かに震えている。怒りなのか、悲しさなのか。表情から読み取れない。


「怒鳴るつもりじゃなかった。今までの関係を壊したい訳でもない。エリーが努めて普段通りにしてくれてたのも知ってるんです。」


 エリーは黙って耳を傾けている。


「……そうだ。エリーが俺を、あの日の事をただ無視してる訳じゃないのを知ってる。それに、……勝手に告白して勝手に期待してたのは俺だ。」


 エリーが口を開け、しかし躊躇って閉じるのが目の端に映った。


「……あの、ごめんなさい。勝手に、苛々していました。もう大丈夫です。答えも分かりました。」


 そうか。エリーは俺の告白を断ったんだ。しかし言葉にすればわだかまりが出来る。だから普段通り、がその応えだったんだ。陽平は一人で納得した。


「……あのねえ、ヨーヘイ、私、まだ何も言ってないんだけれど。」


「だから、普段通り、が告白への応えなんでしょう。」


 はあ、とため息を吐くエリーに、怒りがぶり返しそうになるのを必死で抑え込む。


「随分応えを返して無かったのは私が悪かった。ごめんなさい。私もあれから考えて、男の子としてのヨーヘイも意識し出したの。」


 陽平の心が跳ねる。


「ヨーヘイと過ごすのは幸せ。ヨーヘイの事は好き。愛してるって言ってもいいかもしれない。……でもね。」


 どんどん高鳴っていく胸に、唐突に杭を打ち込まれる。“でも”?


「……それが恋愛なのか親愛なのか友愛なのか分からない。全部混じってるかも。それに、例え恋愛だとしても。

 ……考えちゃうの。私、もう25なのよ。あなたの世界がどうだったか知らないけれど、こっちじゃ行き遅れよ。子どもが欲しいと思った時、これからじゃリスクが大きすぎる。ただでさえ、妊娠出産なんて棺桶に片足つっこんでるなんて言うのに。」


「そんなの全然気にしない!エリーが……」


 居ればそれでいい。そう言い切る勇気の無い陽平は口をつぐむ。

 そんな様子にエリーは苦笑する。


「あのね、まだ出会って一年も経たないけれど、なんだか私、ヨーヘイには幸せになって欲しいって思うの。だから、私より良い相手を見付けて欲しい。」


 エリー以外と幸せになんてなれっこない。

 そう思っても、羞恥心が勝ってしまって、声に出せない。


 ジョワアー!


 と、背後で鍋が噴き零れる音がして、陽平は慌てて鍋を火から降ろす。

 そうして結局有耶無耶の内に話が終わってしまった。


 そうして二人は今まで通り、普段通り、食事を囲むのだった。

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