魔法学校生活7カ月と3日目:アガタ教授の弁明
陽平の胸がじわじわとエリーへの好意に染まっていく。
そして、陽平は理解した。自身が日本へ戻ることに躊躇いを感じたのは、エリーとの生活を終わらせたくないと思ってしまったからなのだと。
言葉を失くしてエリーを見つめる陽平に、エリーもまた視線を返した。その眼には戸惑いが宿るが、それでも居心地悪そうな様子は無い。どんどんエリーへの想いがつのっていく。
静かなその空間を壊すように、扉を叩く音が響いた。
「アガタ・ヴァイスハウプトです。キルシュとヨーヘイは居ますか。」
陽平が慌てて扉に駆け寄り、問いかけに応えつつノブに手を掛けたところで、外から扉が開いた。
陽平はヴァイスハウプト教授を真下から見上げる格好になる。
思わず威圧感に後ずさるが、教授は微動だにせず、エリーの前に在る分厚い本に気付くと、ああ、と小さく嘆息した。
何事かと様子を伺う二人に、教授が声をかけた。
「……話す機会が欲しいと、エルフリーデ嬢に早急に伝えていただけますか。……なるべく、早く。勿論、こちらから黒い森に伺います。」
「あの、急ぎでしたら、内容を伝えましょうか。」
「いえ、直接お話します。」
教授の堅固な意思を見て、エリーと陽平は顔を見合わせた。
「ここのところ特に予定も無いか……はずだから、いつでも来て構わないですよ。」
エリーが応えた。
「では今からよろしいかしら。資料は道すがら私が把握している範囲で説明いたします。本日全てに目を通すのは難しいと思いますし、お二人にとってもそれほど悪い条件では無いと思います。」
教授の勢いに圧されて帰り支度をする。教授が指を振ると、鍵や資料は定位置に戻った。
教授は二人の手を取ると、有無を言わさず城門の外まで空間を飛ばす。所謂、ワープだった。
陽平が興奮する間も無く、二人に先導させて小屋へ飛行する。
この人もチート組か、と思いながら、陽平は教授の説明を聞いていた。
粗方資料に有った通りの内容で、目を通していなかった部分としては、この世界が在る星も、環境など地球の状態と非常に似ている事、直径や自転速度から鑑みるに、時間の経過もさほど変わらないであろう事などが分かった。
ほどなく、三人は小屋の扉の前に降り立った。
「魔女様を呼んでくるので、お待ちください。」
エリーが告げ、独り小屋に入っていく。
「……強引な訪問、失礼しました。ただ、ヴァーゲ教授から鍵を渡した人物の名を聞いて、きちんと話さねばと思ったのです。」
陽平は、15年前のエリーの件だろうと察した。
エリーがキルシュへの変身を解いて外に居た二人を招き入れると、教授にソファを勧める。
陽平は三人分のグリューワインを用意すると、エリーの側に腰かけた。
「突然の訪問、失礼しました。単刀直入に言います。15年前の魔法学校での事件について謝罪と弁明をしたく伺いました。」
「謝罪も何も、私はあの時先生に助けられた側です。」
「確かに、鉄砲水からあなたを含む生徒たちを守ることは出来ました。……しかし、あなたが学校を、それどころか家まで追われるのを止めることが出来なかった。」
「……アガタ先生。……私は、先生が私をかばっていたのを知っていました。学校側の意見が割れていたのも知っていますし、あの時点で退学処分になっていなかったのは、先生のご尽力があったことも。だから、役所で先生を見かけたと……とキルシュから聞いた時、私のせいで先生がクビになったのかとすら思いました。そして、先生がまだ教職を務められて居る事に、安堵したのです。
あの時私が家を出たのは、学校での事だけが理由では有りません。城下町の人々の目や、両親に迷惑を掛けたくないという気持ちが理由です。」
「……それでも、私には。あなたに伝えるべき事があるのです。あの時、当事者や学校の上層部などに対して、きっと、もっと上手いやり方があったはずだと」
「異世界の、ことですよね。」
エリーは、教授の目を見て、はっきりと言い切った。




