7ヶ月と3日目:ヴァーゲ教授の調査資料
2冊目にも、びっしりとヴァーゲ教授による調査内容が書き記されていた。
こちらは主に、建国以前のものも含む周辺地域で起きた不思議な事象と年が連ねられている。
最初の4ページには、見開きいっぱいにこの国とその周辺を南北に2分割して地図が描かれ、不思議な事象が起きた所には点が打たれている。
有力なものなのか、中には赤く強調された点もあり、書き足していったのであろう、インクや文字の状態が異なる数字が点の周辺に示されていた。
更にめくると、箇条書きで発生時期・概要が示されており、“少数の口伝のみ、信憑性に欠けるか”“人為的である可能性”など、脇には教授のコメントが添えられているものもある。
新しく分かった情報を常に書き加えていたからであろう、記述されている事象の発生年は前後しているが、どの項目にも“→〇年”と添えられている。恐らく前回発生したものからの経過年数を現したのだろう。何度も書き換えられているのか、こちらもインクや文字の大きさなどが概要部分とは異なっていた。
地図ページで赤く示されていた点と対応しているのであろう、赤く下線を引かれた事象は、やはり教授が情報を集め出したであろう時期に近いほど多くなっていた。信頼性が高く、また、地球との関連性について有力な情報だと推測された。
神話の様な古いものは流して読み、赤い事象のみ拾っていく。
その中に、15年前の国立魔法学校での事件が記されていた。
“3年次生徒の空間魔法に対する適正検査及び演習中、演習場中空が裂けたようになり、勢い良く多量の水が飛び出す。ヴァイスハウプト教授が防御壁作成・空間修復を試み、被害は大きかったが建造物のみ。放出された水は塩水で、不純物が含まれており、海水と思われた。 →5年/15年”
これは、と思い陽平がエリーに目をやると、エリーも思う所があったのか、その一文を繰り返し目で追っている様だった。
「……私の、せい、だけじゃ、……なかっ……」
ぽつ、とエリーが零した。いつもひょうひょうとしているエリーだが、壊れないはずの演習場を大きく破壊し、更には友人の命を奪いかけたという事実は、幼い心に大きな傷を作っていたのだろう。グ、と喉を鳴らして言葉を飲み込んだエリーから、安堵のような、反して怒りを抑えるような、もしくは戸惑うような、揺れ動く複雑な感情が読み取れた。
陽平はエリーの右手を強く握った。
エリーは陽平を振り返りその胸に額を埋めると、しばらくそのままにしていた。
永く続くようなその空気は、しかし時間にして数秒にも満たなかったであろう、勢いよく顔を本の方に戻したエリーによって絶たれた。
「5年、15年、って並んでるけど、前回の事象を見るとどっちも赤線なのよね。とすれば、5年、の方が正しい気がするけど、なんで併記してあるのかしら。確かに、5年前の方はただの魔法の暴発で済みそうな話ではあるけれど、そう考えちゃうと、私のも魔法の暴発と言えばそうとも取れるし。他にも何年、15年、って併記してあるのがあるってことは、15年が有力って考えてるのかしらね。」
「15年……」
エリーの事件の下には、陽平の事が書かれ、“→15年”と添えられていた。
そう言えば、併記してある“15年”の文字は、全て新しく書き加えられたようだった。
もし、15年周期で向こうと繋がっているのだとしたら、もし戻れたとして15年後。
向こうと同じ時間が流れているのか、例えそうだとしても転移する時点がどうなるのか不明だが、教授と陽平の件だけ見れば、向こうでも75年前、こちらでも75年前。
転移してきた時点で30歳だった陽平は、45歳になっている事になる。
元の体どころか元の場所に戻れるかも分からないとは言え、戻れたところでその先どうなるというのだろう。
ますます気が重くなっていく陽平に、エリーが笑いかけた。
「やっぱりテミス教授って凄かったのね!こんなたくさんの情報を簡単に貰っちゃったんだもの、あとは私たちも頑張らないとよね!」
私たち、かあ。そっか、俺は今、俺だけじゃなかった。
太陽の様な笑顔を向けるエリーに、陽平は、ああ、好きだなあ、と思った。




