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7ヶ月と3日目:あちらとこちら

 資料館に訪れた翌日、陽平とエリーはヴァーゲ教授の元を訪れていた。


「ごめんなさいね、ちょっと今日は別件でここに付きっきりではいられないの。その資料はこの部屋から出せない様になっているから、この部屋で見てくださいね。退室される時は本棚に戻してくれればいいわ。それから、手を出してくれるかしら。」


 陽平が手を出すと、教授は鍵を握らせ、その手を自身の両手で包み込み、ポンポン、と二度軽く叩いた。


「私の事情を知る少数の人間のみその資料を読める様にしてあるんですけれど、今回、その範囲外の方にお見せすると言う事で、鍵を作って貰いました。その鍵も、この部屋からは出せませんし、私しか使用可能な状態には出来ません。その鍵は、必ず、私の引き出しのここに仕舞ってくださいな。」


 そう言うと、教授は執務机の引き出しと、更にその中の小箱の蓋を開けた。

 こう、“必ずこうしてください”と言う決まり事だけ提示されて見張りが居なくなる、という状況は、昔話などで“絶対にそうされない”パターンだよな、と陽平は思う。黄泉の国での伊邪那岐然り、鶴の恩返し然り、パンドラの箱に浦島太郎、瓜子姫然り……

 思考が飛んだ事に気付いた陽平が慌てて教授を見ると、教授は口元に手を当てて笑っていた。


「2人とも、異なる意味で約束を守ってくれなさそうですね。まあ、必ずそうなるようになっていますから、どっちでも良いんですけれど。破ると“ちょっとした罰”が有るらしいですから、言うとおりにした方が賢明かと。ちなみに、アガタの作ですよ。」


 良からぬ考えを読まれ、居心地悪い思いで視線を逸らすとエリーと目が合う。

 エリーも同様だったらしく、2人して苦笑した。


「それでは私はこれで。ゆっくりしてらして。まあ、今日中には読み切れないでしょうから、また何度でもいらしてね。」


 そう残して教授が去っていった。


「テミス教授って、本当何でもお見通し、って感じだわね。まあ、私たち多分、顔に出易いんでしょうけれど。」


「エリーも戻さなかったらどうなるんだろうって思ったんですか?」


「ううん、持ち出せないって言われると、尚更持ち出したくなっちゃうわよねって思った。でも、アガタ教授かあ……解呪めんどくさそうだしちょっと恐いからやめとく……」


 天邪鬼か。まあ、気持ちは分かる。


 教授から渡された資料は、10㎝は有ろうかという分厚いもので、2冊有った。

 75年この世界に居た事を考えると少ない様な気もしたが、教授の場合帰りたいという目的があった訳でもなく、電話やインターネット等の情報収集手段がある訳でも無い事を考えれば、これは十分以上の量なのだろう。

 本を開いて確信する。

 そこにはびっしりと、この国の歴史・周辺国と、地球の歴史・周辺国との比較が書かれていた。

 世界地図が描かれ、統治範囲の変遷も図示されている。

 近頃大分こちらの文字に親しんだ陽平であったが、それでも読むのを躊躇った。


「うへえ、これ……ちょっと後回しにしない……?」


 知識欲の塊だと思っていたエリーが、意外にも難色を示した。


「エリーなら目をきらきらさせて読むものかと思いました。」


「魔法に関する事ならね、いくらでも読みますよ。歴史はね、何と言うかこう、うん。……面倒臭い。」


 成程、好みの問題らしい。ちょっと分かる。


「俺もちょっと……好きじゃないんで……次の章に……」


 どんどん飛ばしていくと、残りのページには全て人物名がずらりと並んでいた。

 そこには、歴代の統治者や地位がそれほど高くない者まで挙げられ、地球でのものであろう、歴史に登場する大まかな年代と成した事柄、この世界での地位等が書かれていた。


 これも、あちらとこちらを繋げると言う目的からすると後回しで良いと思われたため、2冊目を開いた。

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