魔法学校生活7ヶ月と2日目:世界地図
各テーブルの中央には棒が突き出し、その頂点には、ホタルのように冷たい光の球と、それをそこに留める円錐形の屋根の檻が設置されていた。
立ったときの陽平の目線程の高さにあり、テーブルを眩しくない程度に明るく照らす。
ろうそくを使用していないのは勿論、光に熱を感じないあたり、資料の保管への強いこだわりを感じる。
檻の形をしているあたり、もしかしたら、あの光は、捕らわれた妖精が発しているのだろうか、とふと陽平は思う。
エリーに聞いてみたくて仕方なかったが、自分でもメルヘン脳が過ぎる事に気付いていたので、陽平は口をつぐんだ。大方、月だかホタルだかの光を再現していて、檻の柱は、互いに働きかけて光を球状に集めているか、ただの支柱の役割しかないかだろう。
「ねえ、知ってる?これ、妖精を捕まえて無理矢理光らせてて、閉館したら取り出して飼ってるんだって。酷いよね。」
光を見ていた陽平に気付き、エリーが声をかけた。
勢い良く陽平がエリーを振り返る。
ブッフゥウ!
エリーが盛大に噴き出した。一斉に批難の目線が集まる。
「ごっ……ごめん……なさい。グフッ」
皆が徐に自身の作業に戻っていく。
エリーが何やらガサゴソとやって、鞄から丸い石を取り出し、陽平に一つ手渡した。
不機嫌な顔でそれを受け取った陽平に、身振りで耳に当てろと伝える。
エリーは自分の方の石を無線機よろしく口の辺りに当てて話し出した。
「ごめんごめん、ヨーヘイがあんまりランプを気にしてるもんだから、からかいたくなっちゃって。ここに初めて来たとき、私、そんな風に勘違いしたのよ。まさか……ブフッ!そんな悲壮な顔をするとは……グフッ!いやぁ、ヨーヘイって純粋よねえ。」
石から響くが如く耳に届いた音に驚いたのも束の間、謝ったかと思った傍からからかわれて、いっそう顔をしかめる陽平に、エリーが一言、小さく呟いた。
「かーわいい……」
ぼっ!と一瞬で顔が真っ赤に染まり、それを自覚した陽平は慌ててエリーから顔を反らす。
だって仕方ない、声は石を伝わって来るから、まるで耳元で囁かれたかの様だったのだ。
いやいや、囁かれたからといって、男が“可愛い”と言われて照れてどうする。乙女か。それとも飼い犬か。これは偏見なのか?差別か?なら照れて問題は無いのでは……
ぐるぐるしながら、陽平は、エリーからの好意的な言葉ならどんなものでも喜んでしまいそうな自分に焦りを覚える。
気を取り直して、と言うより話題を変えたくて石についてエリーに問うと、やはりその石は互いにこっそり会話するためのものだった。発された声を周りに漏らさず集め、集めたものはもう一方から最も近い耳に指向性を持って届けられるらしい。
エリー凄いな。
お喋りばかりしていては仕方ないので、エリーに手渡された資料を見始める。そこには地球と似て非なる世界地図があった。
空から確認した訳ではないから正確性は図りかねるものの、ヴァーゲ教授が言っていた通りその地図は非常に精巧で、入り組んだ海岸線や形の異なる山が細かく描写されている。
いや、描写と言うと語弊が有る。
本を開くと、独りでに羊皮紙が変形し、立体模型のように世界地図を示したのだ。
興奮の余り転げ回ってしまいそうになる自分を必死に押さえながら、陽平は地図を確認する。
簡易的な梅の絵と言って形を想像出来るだろうか。
この世界は、少し歪で平べったい梅の花と、その向かって右手にある二枚の葉で成り立っていた。
向かって左下の花弁は他の花弁と離れており、右下の花弁はかろうじて右端の花弁の下部と繋がっている状態。
そして、左端の花弁の中央辺りにこの国の印があった。
他国に囲まれたこの国は、実に立ち回りに苦労したことだろう。
日本らしき島は無かった。
「どう?やっぱり、そっちの世界と違うの?」
「ええ、何となく、元の世界の大陸に対応するような配置では有るんですが、形が全く違いますし、無い土地も多いです。」
「そっか。そうなるとやっぱり、どうにかしてそっちとこっちを繋げる方法を探すしか無いわね。こっちの天体図には、ヨーヘイの星はありそう?」
エリーが天体に関する本を見せる。
特に宇宙に興味があったわけでも無いから、陽平にはどれがどの星かなど判別はつかないが、青い星はやはりこの世界のことを示しているらしく、その他に地球らしき星は無かった。
「まぁ、違う、って事が分かっただけ良しとしましょうか。次、何を調べる?」
「これまでにも俺のような人間が居たか調べたいですが、考えてみたら既にヴァーゲ教授が調べていそうですし、とりあえず一度出直しましょう。」
「それもそうね。二度手間になっちゃう。教授の資料を見てから方向性を決めましょうか。」
「あ、返却は俺が!」
本を手にした陽平は、うきうきと梯子の足場に掴まる。
下段に右足を乗せると、すう、と足場が昇っていった。
どんどん高くなる視界に興奮する内、目的の本棚の高さに来たので、体重を傾けると、柱ごとすう、と横移動する。
「はぁー、魔法最高!」
ふと“これってセグウェ……”と喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、陽平は呟いた。




