魔法学校生活7ヶ月と2日目:資料館
「へえ、意外!マンフレート教授ってそんな人だったんだ。」
放課後、資料館への道中で、その日のマンフレート教授の話をすると、エリーがそう反応を返した。
「エリーも知らなかったんですね。」
「そりゃあ、学校全体を把握してるわけじゃないもの。しかも、数学は1年次の方が授業時間を確保されてるでしょ。接点はヨーヘイ達のが多いわよ。」
「エリーが子どもの頃は居なかった人なんですか?」
「ええ、私の頃はもっとヨボヨボのおじいちゃんだったわね。他の子に聞いてみたら、何年か前に体調を崩されて、田舎に帰られたそうよ。で、しばらくアガタ教授が数学を担当してたんだけど、ライナー教授がマンフレート教授を引っ張ってきたんですって。」
それもまた意外だった。外見的年齢や、教頭を務めていることから、ずっと昔からこの学校に居たものと思い込んでいた。
「元々国のお役人だったんだけど、お父様が亡くなられてお家に連れ戻されて、しばらく領地の管理をされていたらしいわ。で、適当過ぎる経営状況で傾いていたお家を再興されたけど、魔法研究をさせて貰えなくて、片っ端から領主の仕事をマニュアル化して飛び出したんですって。今は弟さんがお家を継がれたみたい。」
「随分具体的な情報ですね。」
「女の子達の情報収集能力って時々びっくりするわ。で、圧力か何かで元の職場に戻れずふらふらしていたのを、下水道事業で知り合ってたライナー教授に拾われたんだって。」
いやはやそんな詳細な経緯まで一生徒の知るところとは。
まあ、つまりはただの噂話ではあるのだが、こう作りがしっかりしていると真実味を帯びてくる。
「あ、疑ってる?5年生に風魔法と音魔法の双子が居て、その子達が仕入れた情報だからかなり信憑性は高いわよ。ちょっと怖いくらい色々知ってるんだから。なんで芸術家志望なのかしら。ついつい、諜報系の部署にでも入ればいいのに勿体ない、って思っちゃうわあ。」
周囲に誰も見当たらなくても、会話を聞かれているかもしれないということか、と思ったら、陽平の肌が粟立った。
と言うか、何故エリーはその人達と知り合いなのだろう。
そうこうする内、資料館に着いた。
両開きの扉を入ると、更に腰の位置くらいの高さに内部と隔てる仕切りが設けられていた。
「こんにちは、資料館のご利用ですね。まずは所持している魔法道具をチェック致します。」
管理人らしき女性が出てきた。
大き目の虫眼鏡の様な物を、2人の頭から足先までかざしていく。まるで一昔前の空港でのチェックの様だ。
「特に資料を損壊しそうなものは有りませんね。安心してください、周囲への影響の有無や影響範囲を調べるだけで、詳しい機能まで分かるものではありません。」
エリーの目が心なしか輝いている。探求心に火を点けてしまったのかもしれない。
「では次に、こちらの腕輪を嵌めてください。これは火、水等資料を損なう虞が高い魔法に反発し、抑制する機能があります。その他にも、意図的に資料を改竄しようとすれば感知しますので。」
「これ、一つ貸して貰えませんか!?一晩で良いので!!」
「ごめんなさいね、こちら悪用されては困るので、外に出せないのです。研究したければ、国の魔法道具製作機関に入りましょうね。資料館内で調べようとしても抑制力が働きますよ。」
はっきり断られてエリーはがっくりと肩を落とした。
そんなエリーを引っ張って、陽平は資料館内へと進む。
そこには、まさに魔法世界、と言うべき幻想的な光景が広がっていた。
ドーム型の建造物の中央にどん、と鎮座する天体図。驚いたことに、この世界は既に地動説が受け入れられているようだ。太陽と思われる発光する球を中心に、いくつもの惑星がゆっくりと公転している。それがごく自然である、とでもいう様に、何の支えも無く宙に浮いたまま動いていた。“Georg Purbach/Agatha Aura Weishaupt”と名前が刻まれている。
そして、中央に集められたいくつもの石板に、天井まで埋め尽くすような無数の本。本棚には、天辺まで届く木製の長い梯子がある。
「うおお……!!」
思わず陽平が感嘆の声を漏らした。
「いつ見ても圧巻だわ。うーん、何から始めましょう。とりあえず、地学かしら。」
エリーが本棚の手前に立ち手をかざすと、ス、と梯子が寄ってきた。
なんだそれ!かっこいい!ハ〇ー・ポ〇ターの世界みたいだ!
そして、何故か最下部に5段しかない足場に右足を掛けたかと思うと、音もなく足場ごと上昇していった。
何冊かの本を手に取ると、エリーが降りてくる。
「次!は!俺に行かせてください!!」
「いいけど、そんな、どうしたのよ……」
興奮して詰め寄る陽平に若干引き気味のエリーが、持っていた内の一冊を陽平に手渡した。
ドーム状の部分に隣接した部屋に移動する。年齢層も様々に、先客は多かった。その中に、噛り付く様に資料を読んでいるアルブレヒトを見かけたが、邪魔しないように声は掛けない。
適当な場所に掛け、エリーに手渡された世界地図を広げる。
予想通り、それは地球とは全く異なる形をしていた。




