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魔法学校生活7ヶ月と2日目:マンフレート教授の意外性(続き)

「皆は、何故魔法使いになりたいと思った?どんな魔法使いになりたいと思っている?魔法が発現したからなんとなく、でもいいぞ。」


 生徒らが考え出す。

 半年以上共に過ごした中で、生徒同士は、どの生徒も少なからず憧れるものがあるのをお互いに知っていたが、こうして改めて教授と言う立場の、しかも普段厳格な様子の人間から問われると、“きちんと答えなくては”と考えてしまうのだろう。

 そうして、それをきっかけに、自分を見つめ直している様だ。


 教授の方はそうした深い意図は無かった様で、必死に考え込んでしまって言葉を返さない生徒の姿に驚いている様子だった。


 陽平にとって、今日のマンフレート教授は何から何まで新鮮だった。普段と印象があまりにも異なる。

 そう、多分、もっともこの人を適切に表せる言葉は“天然”だ。天然。年配の男性、しかも目上の人間に向かって“天然”と言うのは憚られるが、言葉を充ててみると非常にしっくりくるのだ。

 多分この教授は、エリーに近いのでは無かろうか。天才故に少しずれていて、仕事は出来るししっかりしているものの、普段はどこか抜けている。


 陽平は、“研究生に授業が不出来だと指摘される”と言う教授の言葉を聞いた時には、その指摘だけで改善されないなら具体的に問題点を挙げてやればいいのに、と思ったのだが、研究生らがそれをしない理由がなんとなく分かった。

 多分、素晴らしい教授を他の人間にも知らしめたい気持ちと、分かる人間だけ分かっていればいい、という一種独占欲の様な感情の板挟みなのだろう。

 陽平が時々エリーと共に居て陥る状況だ。

 まあ、指摘したのに、数学への有り余る愛、もしくは教授の天然さによって活かして貰えていない可能性も大きいが。


 陽平が思考を飛ばしていると、一人の生徒の手が上がった。

 法学研究室を志望するアルブレヒトの妹、ヨハンナだった。


「私からよろしいでしょうか。ヨハンナ・ヴェルフです。

 私は、ヴェルフ家の娘として生まれたからには、ヴェルフ家の為に生きたいと思っております。

 幸いにして、兄も私も魔法の力を授かりました。領民が安心して暮らせるように領地を治め、豊かにしていきたい。その為に、知力でも武力でも魔法を活かしたいと思い魔法使いを志しました。

 領地ではブドウ農家を経営しております。土魔法や空間魔法でその補助をしてもいいし、薬草学や薬学を修めて薬草畑と魔法薬の精製を始めてもいい。魔法はたくさんの可能性を秘めています!」


 活き活きと話すヨハンナに、クラス中が静まる。

 ヨハンナは、年齢に対して実にしっかりした考えを持っているし、掲げる理想に見合う努力もしている。

 少々卑屈になりかける同年齢の他の生徒らの沈黙に全く気付かない教授は意見を返す。


「君は君だから、“お家の為に”を第一義とする必要は無いと思うのだが、君が好きで魔法を学んでいることは実に喜ばしいな。どの分野においても実生活に応用しようとする柔軟性も素晴らしい。自身の魔法傾向が何であっても、十分に生かせそうだ。他の者は?」


 一段と下がった自信のせいで、皆“誰か犠牲になれ”と目配せしあう。

 そんな中でまた一人の生徒の手が上がった。


「えっと、じゃあ、次、私、えっと、リリー・カウフマンです。私の父は、魔法が使える事がわかったのがとても遅かったのですが、それでも学校に入って、実家の商売を大きくして、今では城下町で飲食関係を営む人から、国の食事事情を飛躍的に進歩させた功労者だと言われます。私も、父の様になりたいです。」


 少々どもってしまったが、話し出しにくい空気を率先して崩そうとしたリリーに皆感謝の顔を向けた。

 顔を真っ赤にしながらも、一生懸命話す誠実さがリリーらしい。


「ああ、君のお父さんの事は良く覚えているよ。大人になっての入学にも関わらず、卑屈になったり逆に驕ったりせずに実に誠実に魔法の勉強に取り組んでいた。しかも、明るくて友好的で、皆の人気者だったよ。君にもぜひ頑張って欲しい。」


 リリーの発言により、クラス全体から活発に意見が出だした。

 その一つ一つに、教授は一言添えていく。

 しかし、男子生徒の多くから挙がる“強くなって軍に入り、国の為に戦いたい”と言う希望には、毎度困った顔で言い淀んでは口数少なく話を締めていた。

 戦争は無いに越したことはないし、出来る事なら生徒に傷ついてほしくない。しかし、国立の魔法学校の教授と言う立場からは、その士気を否定するわけにはいかないのだろう。

 文と武は本来その役割を異にする方が国として安定するように陽平は思うが、そう理想ばかり言えないのだろうな、と他人事のように考えた。


 陽平も、以前エリーと考えた自分の設定をそのまま述べたが、教授は実に興味深げに耳を傾けていた。

 教授は、生徒が話す間中その人間の目から目線を外さないもので、皆どぎまぎしているようだったが、例にもれず陽平も、気恥ずかしい様な嬉しい様な居心地悪い思いをしながら話し終えた。


 特にその時間はそれ以外の何かをするでもなく終了したが、所々で“次の授業から数学頑張ってみよう”と言う言葉が上がっていたので、教授の意図せぬ所で副次的効果があったようだった。

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