師匠との生活の始まり2
二人で席に着くと、エリーはパチン、と指を鳴らした。
途端、マグカップからボコボコと気泡が弾けた。陽平が目を覚ました時から一口も飲まれず放置されていた物だが、用意したての様に湯気が立つ。匂いと色から、牛乳の様であった。
「豪華ねー!」
陽平は、自分の今後がかかった(と勝手に思い込んでいる)料理の評価の如何にハラハラとエリーを見つめる。
エリーはきらきらとした目をしながら肉にナイフを入れ、一口食べたかと思うと、無言で次を切り取り、次から次に口周りを汚しながら大きな塊を頬張り始めた。そうして野菜、芋玉と休むことなく口に入れていく。
エリーの頬をツ、と一筋の雫が伝う。
突然の涙に慌てた陽平は、勢いよく立ち上がった。
「美味しい……」
「え?」
「ちゃんとした料理だ……」
「……」
「しかも、なんか懐かしい気がする。」
オーバーリアクションに少々引いてしまったが、続いてじわじわと喜びが胸に広がっていく。涙ながらの言葉なのだ、偽りでないに違いない。
「台所には、食材も、調味料も、香辛料も揃っていましたけど……」
「ズッ、グスッ、あれはさー、あれがあれば美味しいのが出来ると思ったのよね。」
あー、よくあるやつ……
「焼いても煮ても、なんか足りないし、でも色々入れても結局変な臭いになったり、逆に全然変わんなかったりして、もう何年も塩くらいしか使ってなかった。何か売りに行くときくらいしか食堂にも行けないし。」
変に気負ってしまっていたが、エリーはあまり建前だとか計算だとか考えないのかもしれない。つまり、自分は実際に必要とされていたのだ。そう気付いた陽平は、命の恩人で、これからお世話になるエリーが不自由なく、思う存分魔法の研究をできるよう、そして、日々健やかに暮らせる様サポートしようと心に決めた。
「次も、美味しいものを作れるよう頑張りますね。」
久しぶりに、仕事以外で人と共に摂る食事は温かい味がした。
食事を終えると、エリーの仕事の手伝いをすることにした。
キッチン脇の扉を出ると、2メートル四方程の別棟が見え、その下を二股に分かれた小川が流れていた。
「ああ、そうだ、そこトイレね。隣がシャワー。……ちゃんと囲いを出る前に魔法で浄化する仕組みにしてるわよ……」
陽平の目線と表情に気付いたエリーが答えた。
中庭には巨大な狼の躯が3体横たわっていた。陽平がこの世界に転移した際襲ってきたそれだろう。もっと多数であったと記憶しているが、追い払う魔法を使ったような話しぶりだったことから、仕留める頭数を絞ったのかもしれない。
「解体出来る?」
「すみません。」
「いいよ謝んなくて。そうしたら、皮を剥いじゃうから、川で洗って。」
てっきり中身だけ抜き取る様なホラーな魔法を使うかと思ったが、エリーは大ぶりのナイフで解体していく。ナイフの切れ味は魔法で強化しているのだろう、スルスルと刃を進めていくが、チートと言えどコントロールすることを考えれば手の方が楽なのかもしれない。
トイレとシャワーに続く小川で皮に付いた血を流していると、成程、真下を通って反対側から流れ出る頃には透明な水になっていた。川下にろ過装置があるのか。
血を落とした毛皮を木組みの物干しにかけると、次の仕事を探す。解体作業の方は手伝えないとして、山積みの洗濯物が気になった。これも、魔法で“まとめてジャブジャブ”するつもりだったのだろう。家事係としては請け負いたいが、女性物に手を出すのは気が引ける。
「あの、ししょ……エリー、アレは」
「洗ってくれるの?!」
あ、全くの杞憂でしたね。首肯して洗濯物に取り掛かった。