魔法学校生活6か月と2日目:テミス・ヴァーゲ教授
「失礼します。ヴァーゲ教授はご在室でしょうか。」
ノックすると、間をおいて教授室の扉が開いた。
「どうぞ。」
招き入れたのはヴァーゲ教授ではなく、いつだったか法学研究室に入りたいと直談判に来ていたアルブレヒトだった。げっそりとやつれて見える。
「え、と、アルブレヒト?話はもういいの?」
「ああ、もう終わったから。」
「ええと、研究室に入れることになったとか……」
全くそんな喜ばしい状況には見えないが、予想できる用事がそれくらいしか無かったもので、陽平は問うてみる。
「はは、そうだったならいいんだけど。もう少し頑張るつもりだ。」
入り口を塞いで会話していると、いつの間にか後ろにヴァーゲ教授が立っていた。
生徒2人の肩が跳ねる。
「アルブレヒト、あなたは良く努力しているわ。でも、1年以上かけて学ぶべき範囲を、他の必修科目がある中で自学自習しているのよ、しかもあなた、お父様の言いつけで魔法数学も先の範囲を学んでいるらしいじゃない。足りない所が有って当たり前だわ。どうか、そんなに焦らないで。まだ半年ですよ。研究室は逃げも隠れもしませんし、研究室に入ることが最終目的ではないでしょう。」
「あの、研究室に入ってから学ぶのではダメなんですか。」
「ここまで勉強されたのは評価出来ますし、それでも良いけれど、この子の事だから、今度は研究生との差に自責し始めると思うわよ。」
図星を突かれたのか、アルブレヒトが一層肩を落とした。
「追い込んでしまった私が言うのも変でしょうけれど、あまり無理をしないで。体を壊したら元も子もないでしょう。今日の様にいつでも質問にいらしてくれていいですから。」
アルブレヒトは一礼すると帰って行った。
その後ろ姿を教授は心配そうに見遣る。
「昨日の授業とまったく違いますね。」
しまった、と思うがもう遅い。陽平はあまりに迂闊な自分に呆れる。零れた本音はあまりにも失礼なものだった。
と、教授が困ったように笑う。
「昨日は本当にごめんなさいね。今日の授業でも一部の生徒達の目の奥に怯えが有って反省していたのよ。いつも、生徒達には後悔の無いよう過ごして欲しいと思っているだけなんだけれど。大分、私情が入ってしまった。こんな齢にもなって、なんて大人げなかったのかしら。」
至極落ち込んだ様子で背中を丸める高齢の教授の姿に、陽平は焦る。
「でも、俺は正論だと思いましたし、結局はあれがきっかけで、皆どの授業も真剣に聞くようになりましたから。昔の映画とかでは、普通に鞭で打たれてましたし。いや、絶対にそれは間違いだと思いますけど、先生は体罰とか生徒を傷つけるような暴言を吐いたりしたわけじゃないんですから。」
教授が目を丸くして陽平を見、何か言おうと口を開けて、しかし言葉を飲み込む。
少し考えてまた口を開いた。
「しかし、私情で物を叩き、怒鳴ってしまい、まだ幼い生徒らに自分の考えを押し付けてしまったことは事実です。次の授業で謝ろうと思うわ。それにしても、私の話になってしまったけれど、何か御用があったのではなくて?」
「そうでした、エリ……俺の後見人の魔法使いが、城下町の上水道に関しての発明をしまして、それを各戸に配置できる様提案したいと伺いました。俺より詳しい者が3年生におりまして、授業が終わり次第こちらに向かう手筈ですが、その前に構想だけお話しようかと。」
「それは面白いわね!ぜひ聞かせて欲しいわ。他の教授陣も国と連携していますから、協力を仰ぎましょう。さあ、掛けて。」
予想以上にすんなりと受け入れて貰えてホクホク顔の陽平は、促されるままソファに腰かけ、蜂蜜酒をごちそうになりながら構想の説明をした。




